【硬式野球】(73)ドラフト会議後明スポ独占インタビュー 光弘帆高内野手

(この取材は10月25日に行われました)
光弘帆高内野手(商4=履正社)
――ドラフト会議から3日ほど経ちましたが、今の実感はいかがですか。
「ドラフト後はまだちょっとそわそわする感じだったんですけど、もう今は普通に日常に戻ったなという感じです。でも指名された時よりは実感は湧いています」
――調査書が届いていたのは広島東洋カープを含め2球団だったとのことですが、指名を待っている間はどのような気持ちでしたか。
「下位指名かなとは思っていて。どんどん呼ばれるにつれて、無理かなと思ったりしたんですけど、本当にその2球団の時には絶対呼ばれてほしいなと思っていました」
――ドラフト会議後、さまざまな方からお祝いの言葉をいただいたと思いますが、特に印象に残っているものはありますか。
「家族とかもそうですし、今まで指導してくださったコーチの人とか、監督だとか、そういう人からもいろんな言葉をもらったので、それはすごくうれしかったです」
――プロ入りを目指す中で、明大への進学を決めた当時はどのような思いがあったのでしょうか。
「高校からプロに行きたかったんですけど、実績がなく、2年生が終わるころにはあまり注目されていなかったから無理かなというので進学を決めました。明治は大学の中でめっちゃトップだと思っていましたし、関東の方でやりたかったのと、履正社から明治に行く人が多かったのもあります」
――上京に加えて初の寮生活だったと思いますが、不安はありませんでしたか。
「生活も正直どんな感じなんだろうと思っていて、だいぶ不安だったんですけど、内海(優太内野手・商4=広陵)と同部屋になったので、それで入学した時は結構安心しました。(内海選手とは高校日本代表の時に知り合ったのでしょうか)そうですね。その後の明治の練習会とかも一緒に行ったりしていたので。心配はあったけど最初1年生と同部屋というのでだいぶ救われました」
――1年時はどのような日々を送っていたのでしょうか。
「空いているところがあれば出られるんじゃないかぐらいの気持ちではあったんですけど、実際に(明大に)入ってからは宗山さん(塁選手、令7商卒・現東北楽天ゴールデンイーグルス)もいるし、希由翔さん(上田選手、令6国際卒・現千葉ロッテマリーンズ)もいるし、とりあえず1年目は体づくりでもしようかなというくらい、試合に出るのは諦めてはいましたね」
――大学野球のレベルの高さはどのような部分で感じていましたか。
「明治のレベルの高さもありましたけど、やっぱり相手ピッチャーの質の違いというか、野球の違いを一番感じて。打席に立っても『こんなに打てないものかな』と毎回悩んでというのは繰り返してはいましたね。(一番足りていないと感じたのはどの部分でしょうか)守備はそこそこ自信を持っていたんですけど、やっぱりバッティングが宗山さんとか見ても全然違うし、対応力が全くなかったですね」
――1年時はAチームとBチームを行き来していたとお聞きしました。
「Aチームにいさせてもらうことが結構多くて、試合には出られないけど見させてもらっていて、夏も(高森)キャンプに連れていってもらいました。ですが1年の冬から2年になるまでの間にある沼津のキャンプに行けるだろうなと思っていたら行けなくて。そこでもう本当にやる気がなくなりました。(府中のキャンプではどのような気持ちで練習に取り組んでいましたか)本当に府中のキャンプでコーチの人にめっちゃ厳しくしてもらって、人生で一番その期間はバットを振ったんじゃないかなというくらいバットも振ったし、A(チーム)よりも絶対練習しているなという自信は持っていたと思います」
――2年春には宗山選手のケガにより出場機会が訪れました。その時の経験が今につながっていることはありますか。
「ここで一番自信がつきましたね。エラーがなかったので、そこで守備に対しての自信はめっちゃついたし、(打率も)3割近くいって。自信がついたのは本当に2年生の春が一番大きいかなと思います」
――目標の選手には宗山選手を挙げていますが、プレーを間近で見て一番影響受けたことは何でしょうか。
「練習終わった後に毎日『一緒にノックをやらせてもらっていいですか』と言っていて。(宗山選手は)何も言わない、そういう人なので、教えてもらったことはほとんどないんですけど、見るだけで盗めるようにしたいと思っていました。(具体的にはどの部分を真似しようとしていましたか)守備の捕球の仕方とか、けん制を入れるタイミングというのは見ていて結構気にしていましたね」
――宗山選手を追いかけてきた立場から、光弘選手自身も同じプロの舞台に立てることが決まり、今どのような思いですか。
「本当に尊敬してずっと追いかけていた存在なので、まだまだ技術はそりゃ負けていますし、やっぱり2年先に進まれているんで、技術はもっと上だと思うんですけど、追いつけ追い越すじゃないですけど、宗山さんだけではなくて、いろんな人の技術を盗んで活躍したいなと思います」
――4年春は不調に陥りましたが、3年秋ごろにプロ志望を決めてから、結果を残さなければという意識やプレッシャーはありましたか。
「ドラフトを少し意識していたのもありますし、『結果を出さないと』と思ってもダメだったので、どうしたらいいんだろうみたいな悩みはすごくあった時期でした。特に迷惑をかけたので、いつまで経っても申し訳ないなとは思います。なんで結果出なかったんだろうとはすごく思うし、それがあったからといって今がいいわけではないですね。(今季はここまで順調にきていますか)バッティングが今は余裕があって、自分の感覚も良かったりしているのもあって、改めて野球が楽しいなと思っています」
――ドラフト会議での会見では、岡田龍生監督(前履正社高)に感謝を伝えたいと名前を挙げていましたが、岡田監督から学んだことや印象的なエピソードはありますか。
「何かあったというわけではなく、毎日何かしら怒られていました。真面目だったので、野球に対して『野球脳がない』『何考えているんだ』とめっちゃ言われて。言われすぎて、マジで考えた方がいいなと思って、それで周りをよく見られるようには絶対なったと思います」
――プロ入り後、同じチームで二遊間を組んでみたい選手はいますか。」
「菊池(涼介)さんはすごい方なので、どんなプレーをするんだろうなというのはめっちゃ見てみたいですね」
――プロでの目標はありますか。
「新人王とかそういう大きなことはあまり言えないんですけど、一軍にずっと残り続けられるような、必要とされる選手にすごくなりたいなと。息の長い選手、何十年先もいられるぐらいの選手になりたいと思います」
――最後に週末に控えた立大戦に向けて意気込みをお願いします。
「必ず優勝します」
――ありがとうございました。
[塩谷里菜]
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