【硬式野球】(72)ドラフト会議後明スポ独占インタビュー 福原聖矢主将

(この取材は10月25日に行われました)
福原聖矢主将(国際4=東海大菅生)
――小さいころから内野手と捕手を行き来されていたと思いますが、それぞれのポジションに対して当時はどのような思い入れがありましたか。
「最初はいろんなポジションを見ている中で、キャッチャーがつけている防具がかっこいいなと思ってそれをつけて遊んだりしていたのもあって、キャッチャーは好きでしたね。内野も壁当てとか遊びから始めました。野球がとにかく好きだったなというのはあります」
――幼少期のご自身はどのような性格でしたか。
「とにかくうーまくー(わんぱく)でしたね。(野球以外で夢中になっていることはありましたか)ピアノとかそろばん、水泳や英会話をしていました」
――好きな地元・沖縄の料理はなんですか。
「沖縄そばとゴーヤチャンプルーが安定に好きですね」
――小学6年生で初めて日本代表として海外に行ったり国際大会を経験したと思いますが、そこではどんな刺激を受けましたか。
「初めて日本以外で外国のチームと試合をしたり、全国から集まるような選抜チームで、その年代の中でいい選手とプレーできたり、レベルの高い野球を体験できたのは、次の中学に行く前の段階で刺激にはなりました」
――捕手をしている中で面白さを感じたのはいつ頃ですか。
「やっぱり高校くらいですかね。配球とかいろいろキャッチャーで相手の打線を封じるときとかは結構、自分のおかげで勝てたなという試合もあったりしたので、そういうときは楽しいです」
――高校から沖縄を出るということに不安はありませんでしたか。また、上京という決断が人生にどのような影響があったと思いますか。
「めちゃくちゃ山奥に寮と学校があって、コンビニまで自転車で15分とかのところで、イノシシとシカが普通に歩いていたりしていて。コロナもちょうどかぶさってほとんど野球漬けだったので、そこはいいことだったのかなというのはあります」
――高校時代にプレー面などで最も苦労したことは何ですか。
「体が小さいということで、1年生の時に試合に出始めて、2年生の時に周りが自分の体格に追いついて、やっぱり自分のセンスだけでは上にいけないなというのを感じました。そこが初めての壁というか、そういうところで身体づくりとかウエートをもう少し頑張らないといけないなと思わされたというか、大変でしたね」
――高校3年時の夏、最後の西東京大会にはどのような気持ちで野球をしていましたか。
「大会の開会式の前日に右足首の周りがドーナツ状に腫れて、靭帯(じんたい)が全部千切れる一歩手前みたいな感じで手術した方がいいと言われるくらいだったんですけど何とかやり切って。(出場した準々決勝まではどれくらいの期間がありましたか)3週間くらいですかね。毎日治療に行ってテーピングを巻いて、最初は歩けない状態だったのが何とか走れるぐらいになって。あとは痛み止めとかそういうので乗り切りました。(出塁、そして盗塁もされていましたよね)試合に出てしまったら、盗塁とかは勢いで、アドレナリンで何とかという感じですけど。結果的に準優勝で、同じ相手に春秋夏で3回負けて悔しいというのと、自分もチームも一番成長できたと思っていたはずが相手が全然上回ってきたので、まだまだ足りないなという思いはありましたね」
――高校時代に出会った人で自分自身に影響を与えてくれた人はいますか。
「若林さん(弘泰元監督)ですかね。いろんな考え方だったり、野球以外の部分で生き方というか、どうやって生きていくかとかを結構日頃からミーティングで話してくれたので、すごくいい影響を与えてくれた人ですね」
――大学野球のレベルの高さを感じたのはどんな時でしたか。
「大学に入った瞬間に4年生、3年生がいて、投げているボールとか全然違くて、バットも木ですし、自分はこれで試合に出られるのかなってくらいレベルの差は感じました」
――1学年上の小島大河捕手(令8政経卒・現埼玉西武ライオンズ)はどんな存在でしたか。
「自分が入学した時から小島さんはレギュラーをすぐ取って、小島さんが大学にいる間に追い抜こうという気持ちで練習はやっていました。小島さんは思っていないかもしれないですけど、自分はずっとライバル視していたので。そういう存在がいてくれたから、技術的にも精神的にも成長できたのかなというのはありますね」
――入学後2年間は試合に出られない時間を多く過ごしたと思いますが、その当時はどういった心境で練習を続けていましたか。
「一時期は野球を大学でも社会人でも、プロでもできなくなるのかなとか、このまま4年間終わってしまうのかなという焦りとかそういう気持ちも出てきたんですけど、まずは今やるべきことというか、やらないといけない課題とかを明確に必死に1日1日頑張ってきたという感じですかね」
――3年春に小島選手がケガをして出場機会が回ってきた時の心境はいかがでしたか。
「このチャンスを逃したらもうないなというか。4年間終わってしまうなと思ったので、ここは絶対活躍しようという気持ちはありました。(その中でご自身の3年春の成績はどのように評価していますか)悪いところもあったんですけど、いいプレーの方が個人的に多かったので自信にもつながったし、秋も出たい、小島さんを追い抜けるかもしれないという気持ちが少し芽生えました」
――大学4年間でいろんな投手と組んできた中で、自分の中で向き合い方などで何か変わった部分はありますか。
「やっぱりいろんなタイプの性格でいろんなボールを投げるピッチャーがいて、それぞれに合った配球だったり、組み合わせというのがあるので、その持ち味を自分が一番分かっていないといけないというか、引き出してあげられるような構え方とかの細かいところも気にするようにはしましたね」
――捕手というポジションを一言で表すなら何ですか。
「『回避ゲーム』ですかね。その状況で一番最悪な場面にならないように、ここに投げちゃ駄目、ここに投げちゃ駄目で消去法で選択していったりとか、ランナーをどこで刺すかとかどこでアウト取るかとか、ここで何をしたら一番駄目かっていうのを一番考えるポジションだと思うので、本当に回避ゲームをしているような感覚でやっていますね」
――捕手として、技術的な難しさと精神的な難しさのどちらを強く感じますか。
「精神的な難しさですね。頭を使うので、投手戦の時はもうバッティングに集中している暇がないぐらいの神経を使うので、身体が疲れるというよりは脳みそがぐったり疲れるという感じですかね」
――捕手として体格面で不利だなと感じたことはありますか。
「大きいキャッチャーだとやっぱり的が大きいというか、どっしりとした見た目の安心感は自分は出ないので。ピッチャーによっては小さい方が投げやすいっていうピッチャーもいるし、大きい方が投げやすいというピッチャーもいるんですけど、そこはどうしようもないところなので、それくらいですかね」
――打者との駆け引きや配球の駆け引きで面白さを感じる瞬間はどんな時ですか。
「球種を張ってくるようなバッターはうまいことファールを打たせたりして、その後に三振を取ったりすると結構面白いなっていうか楽しいですかね」
――これまで対戦した中で一番印象的な打者はどなたですか。
「慶大の今津選手ですかね。今年の秋は基本的にずっとピンチの場面で打席に立って、結構な確率で嫌な当たりというか、間を抜けたり、勝負強いバッターなので、ピンチの時にどこ投げたらいいのかなというのは一番迷うバッターかなと思います」
――理想としている捕手や影響を受けている捕手の方はいらっしゃいますか。
「いろんな選手、古田(敦也)さんだったり、里崎(智也)さんだったり、あと甲斐拓也選手(巨人)、小林(誠司)選手(巨人)などいろんな選手を参考にしてきていて、いろんな人のいいところを吸収できるようになってきたので。その中で自分の色が出ればいいかなっていう感じなので、そこまで理想像というのはあまりないですね」
――投手の性格によって声かけだったり、マウンドに行くタイミングとかは変えたりしていますか。
「あまり来てほしくないっというピッチャーもいたり、逆に息が上がって呼吸が乱れやすいピッチャーとかもいるので、そのタイミングを見ながらっていう感じですね。(ピッチャーが焦ったり、自信を失っている時はどうしていますか)どれだけ割り切って投げさせるかというか、どうにでもなれっていうぐらいの気持ちで投げさせるかは大事かなと思います」
――ドラフトについて、当日の起きた時の気持ちはいかがでしたか。
「今日ドラフトか〜みたいな感じで、もうスカウトの中で評価も決まっているだろうし、自分ではどうすることもできないので待つだけだなという感じでしたね」
――1巡目 、2巡目はどんな感情で中継を見ていましたか。
「榊原(七斗外野手・情コミ4=報徳学園)、岡田(啓吾内野手・商4=前橋育英)、松本直(情コミ4=鎌倉学園)がどれだけここで呼ばれるのかなっていうのが気になっていたのですごく楽しみに見ていました」
――榊原選手が阪神タイガースに1巡目で指名されましたが、それを聞いた瞬間はどうでしたか。
「やっぱり1位の最後の方で呼ばれて、ずっと彼は1位を目指して頑張っていたので、良かったなというか。うれしかったですね」
――東海大菅生高時代にバッテリーを組んだ鈴木泰成投手(青学大)のソフトバンクドラフト1位指名についてはいかがですか。
「ソフトバンクはやっぱりいいピッチャーもたくさんいて、今年大学生4人いいピッチャーも入っているので。またどんどんレベルが上がっていくのかなって思っていますね」
――自分自身はプロでどんな強みを発揮したいですか。
「1年目はまずはチームに溶け込まないといけないので、信頼関係をどんどんピッチャー陣と築いていければなというのは思っています」
――バッテリーを組んでみたい選手はいますか。
「松本健吾さん、石原勇輝さんはやっぱり菅生、明治の先輩なのでどちらも組んでみたいですね」
――神宮球場への思い入れを教えてください。
「一番最初に神宮球場で試合したのは小学校のマクドナルド杯で。そこから高校も神宮3年間、大学も4年間ずっと神宮を使っていたので本当に庭ですね(笑)」
――打撃面ではどのような成長を目指していますか。
「コンタクトというか選球眼だったり、バットに当てるのは割と得意な方なので、しっかり振った中でまずはライナー性の打球とか捉える当たりをどんどん増やしていって、最終的には角度もつけられるようになって、また打撃のレベルも何段階も上げていかないといけないなと思います」
――プロの捕手に必要な能力として、大学以上に重要になってくるのはどこだと思いますか。
「全部必要だとは思うんですけど、やっぱりデータの量も半端じゃないと思いますし、ピッチャーの数もいっぱいいるので、サインだったりプラスでバッティングの方のデータだったり、相手の特徴も全部覚える必要があると思うので。そこのデータを整理する能力とか、頭を使わないと結果を出せないと思うので、そこの部分は大切にしていきたいなと思います」
――小さくてもやれると証明するためには、どのようなプレーを見せたいですか。
「自分の持ち味のフットワークだったりとか、勝負強さだったり、しぶとさだったりというのを出して。ホームランバッターとかものすごく足が速い選手とかではないんですけど、『この選手必要だよな』っていうような選手にならないといけないなと思います」
――野球以外で人生の中で大切にしてきた信念はありますか。
「高校の若林監督がおっしゃっていた『発奮』という言葉で、人生人間何事も発奮、志とかそういう反骨心みたいなものがないと行動には移せないと思うので、そういう心は大事にしています」
――最後に1年目の目標をお願いします。
「まずは球団になじんで雰囲気になれて、早く一軍で活躍できるようにできたらなと思います」
――ありがとうございました。
[平良有梨奈]
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