【硬式野球】(70)ドラフト会議後明スポ独占インタビュー 榊原七斗外野手

2026.10.29

(この取材は10月25日に行われました)

榊原七斗外野手(情コミ4=報徳学園)
――野球を始められた理由を教えてください。
 「もともと野球に興味はなかったんですけど、アニメの『メジャー』を見てかっこいいなと思っていて。両親から茂野吾郎がプリントされたグローブをプレゼントしてもらったときに興味を持ち始めたみたいです。あと兄が野球をしていて追っかけていた、ずっと目標にしていた存在で、人間性とかいろいろ人としてかっこよくて、それもあって始めました」

――大角健二監督(報徳学園高)が「二十何年間見てきた外野の中で一番」と仰っていました。秘訣(ひけつ)は何でしょうか。
 「バッティング練習の時に実際にポジションについて、このコースならここに飛びそうだなとか、この人のスイングならこっち飛ぶかなというのを中学校ぐらいの時からやっていました。今だとデータが出ているので、ある程度そういうのが分かったりしますが、足は自分的に速くないと思っていたので、高校までは一歩目を良くするためにはどうすればいいかを考えてたどり着きました。あとは、音を大事にしています。金属製バットだと高い音の時はしっかり打球見ながら動いたりとか、逆に詰まった音は前に速く走るとか、木製バットだと今は高い音と意外とこう伸びたりとか、練習からしています。ノックよりも実際の打球を大事にしないといけないかなと思います」

――高校の時は二刀流でしたが、大学進学はどのように決めましたか。
 「最初は大学でも二刀流でと思っていましたが、中学の時から外野の魅力があるとかいろいろずっと言われていて。大学進学の時に田中(武宏)前監督から『丸山(和郁選手・令4商卒=現東京ヤクルトスワローズ)2世にする』と言ってもらって区切るきっかけになったというか。ピッチャーを経験して、1点に負けて泣いてきた試合が本当に多かったので、逃げたわけではないですが、自分にとって一番この先いいのは外野かなと思って。高校入学の推薦で取られた時も本当は外野だったし、そういう縁を取って外野で良かったかなと思っています」

――田中前監督とはお話しされましたか。
 「指名を受けてから『丸山を超えてくれた』と言ってくれてうれしかったですが、まだ超えていないと思うので、これからが本当に勝負です」

――野球の技術以外で大切にしていることはありますか。
 「私生活のリズムも大事にするようにしていて。生活の乱れが自分のプレーにも影響をもたらすということを学んだし、トイレの掃除であったりとか、ゴミを拾ったりとか、あいさつを欠かさないとかですね。感謝を忘れずに。本当におかげさまでという気持ちでいるようにしています」

――これまでの人生で出会った人の中で影響を与えてくれた人はいらっしゃいますか。
 「両親、親戚以外だと大角先生が国語の先生ということもあって、知識が多いし、言葉で伝える力を学びました。『野球バカは野球をとるとバカになるからちゃんとしなさい』とか『みかんは1個腐ると2個、3個と菌が繁殖しちゃうからチームが腐るな』とかいろんないい言葉を受けてきたから大切にしています」

――一番大切にしてきた言葉を教えてください。
 「〝おかげさまで〟は一番大切にしています。高校1年生の時にちょうどコロナで3年生の大会ができなくて。でも今こうやってコロナで困っているのも自分たちだけではないし、野球も自分の勉強ができるのも家の人がいてくれるおかげさまでという言葉を3年生が自分たち後輩に向けて伝えてくれて。そこから大切にしています」

――野球ノートはまだ継続中でしょうか。
 「もちろんです。3年生の新チームになってから欠かさずにその時の感情であったり、プレーについてだったりをノートにぶつければ形には残ってしまいますが、見返すと思い出せるので、ノートを書くことはやはり大事かなって。プロ野球を見ているとベンチに帰ってノートを書いているので自分も書くようにしています」

――ドラフトに向かう時の心境はいかがでしたか。
 「寮から本当に1位で呼ばれるのかなとか少し焦っていた自分もいて、自分を信じて待っているというのが正直な気持ちで。1位でも2位でも入ってからの勝負なので、そういう評価をしてくださっていれば、本当にうれしいことですが、甘い世界ではないので。結果がどうであろうとまずは自分の名前が呼ばれるかどうかが楽しみでした」

――中でも1巡目の最後が阪神タイガースでしたが、心境はいかがでしたか。
 「どんどん呼ばれていく緊張感がすごくて。どんどん脈が速くなっていって、ドキドキしながらいました。自分が呼ばれた時は無というか。表情を出さないというのを決めていて、他の選手もいるし、球団の方はとっても喜ぶ姿はうれしいかもしれないですが、まだ顔には出さないでおこうと決めていました。でも呼ばれた瞬間、心の中では『あぁ、良かった』と思っていました。(いつから呼ばれたら無表情にしようと決めていましたか)宗山さん(塁・令7卒=現東北楽天ゴールデンイーグルス)を見て、実際に指名していただけることになったらそうしようと決めていました。(藤川球児監督が、それがチームの意向に沿っていたと話されていました)球団の意向は知らず。話を聞いたときはびっくりしましたけど、自分の行動は間違ってなかったかなと思いました」

――阪神での指名は想定内か想定外かどちらですか。
 「想定外に近いですが心のどこかで信じていたところはあります」

――1位にこだわってきた1年だと思います。振り返っていかがでしたか。
 「去年から口に出すことの意味があると自分の中で思っていたので、口に出して自分を縛りつけてやったことが良かったなと思います。背番号も、もちろん1にこだわるためで戸塚(俊美)監督に直談判して。大学を代表する1番のバッターでありたいと思って『よろしくお願いします』と言ったら、後日『お前に任せた』と言っていただいて、1番で頑張っていこうと思いました。なのでドラフト1位だった瞬間は率直に一番にして良かったと思ったし、 1年間やってきたことが報われたかどうか分かりませんが、いい方向にいってくれたかなというのはあります」

――指名を受けて掛けてもらった言葉で一番印象に残っている言葉はありますか。
 「お母さんから『本当に良かった』という言葉が聞けて本当に良かったです。お母さんからずっとハッパをかけられていて。『1位で行ける』とずっと後押ししてくれて。結果が出なくてくじけそうな時も『前向きにいこうね。弱音吐いちゃだめだよ。前向こう』と言ってくれて。本当に自分のためにずっと後押ししてくれて、高校の時も朝早くから送迎してくれたりしたのもあって、電話して『1年間頑張ったね』と声を聞いて安心して号泣してしまって。本当にそれくらいうれしかったです。お母さんの声を聞けて良かったです」

――それだけ1年間のプレッシャーはありましたか。
 「自分で自分を縛りつけているのもあるし、周りからのドラフト注目とかそういう評価が本当に自分に合っているのかという客観的に見ていた自分がいたので。そういうのがしんどかったですかね」

――プロに入っても貫きたいことはありますか。
 「全力カバー、全力プレーはずっとしていたことなので、そこはずっと貫きたいです」

――プロに入って成し遂げたい目標を改めてお願いします。
 「新人王を取りたいと思いますし、ゴールデングラブ賞は自分の中で本当に取りたいと思っています。1年目から頑張りたいと思っています。その先でも10年、15年プロでやりたいと思うし、本当に長く野球をやりたいと思っています」

――ありがとうございました。

[小松錦葵]