明治大学雄弁部インタビュー拡大版(後編)/オープンキャンパス号特別企画

2026.08.01

 明大スポーツ第557号(オープンキャンパス号)にて、明大のサークルの中でも最も歴史の長い明治大学雄弁部の生田支部局長・木村幹太さん(農4=東農大第二)、代表・中野潮風さん(政経3=埼玉県立浦和)、副代表・笠岡賢四郎さん(政経3=大分東明)、和泉支部局長・秋庭大輝さん(政経2=桐蔭学園)、広報局長・永谷亮翔さん(政経2=山村学園)に取材をさせていただきました。紙面には載せ切れなかった興味深いお話を掲載していますので、8月1日発行の紙面と併せてぜひご覧ください。

(この取材は7月7日に行われたものです)

――講演会のアポ取りはどのようにされていますか。
秋庭「今年は私が担当させていただきました。大体手紙を出すところからスタートで、全部手書きで手紙を書いて、帰ってくる人と来ない人で2パターンいらっしゃるのですが、本当に忙しい方、大臣級の方はできるだけ毎年出さないようにしています。一昨年は、高市(早苗)さんにちょうど経済安全保障大臣の時に手紙を出して来ていただきましたが、大体大臣級の方々はお忙しいということなのと、SPの方がたくさん来られるということで、ちょっと怖いなというので出しませんでした。そうしたら今年石破(茂)さんをお呼びした時に、僕の無知で前任の総理大臣はSPがつくというのを知らずに、15人ぐらいの警視庁の方が当日いらっしゃって、1週間前に打ち合わせしたりもしました。手紙を出すときにメールアドレスも書いて出すので、メールが来て、ぜひお願いしますということだったらそのままメールで、日程調整なども全部やり取りをして決めるという形になっています。石破さんは、『承諾するんですけど、1回議員会館に来てください』というふうに言われまして、ちょうど僕と副代表と木村先輩と3人で行って、プレゼン資料を作って、ぜひお願いしますというふうに(お願いしました)」

木村「本当にこれくらいの距離で、ご本人と秘書2人ぐらいでした」

秋庭「『やるよ、どういう話したらいいの』みたいな感じでおっしゃったので、『ぜひこういう話をしてください』というふうにお願いして、当日もそれ通りにやってくださったという感じです」

――講演会に招待する方はどのように決めるのですか。
木村「今年も多分10月ごろに新歓反省会という形でやると思いますが、毎年10月、11月ぐらいに、今年の新歓何が悪かったか、何が良かったか、講演会の運営はどうだったかみたいなところをまとめて総括するんですけれども、その時に、次の4月に呼ぶ人誰だろうということで決めます。去年は確かホワイトボードに書き出して、この人は思想が偏っている、この人はこの前炎上したからやめとくかみたいな感じで絞って、10人ぐらいに固めて、その方々にアプローチするという形ですね」

――業務をする上で大変だったことはありますか。
秋庭「当日の集客もそうですが、前々からビラを作って配る人、当日運営するために誘導する人、受付の人、先生がいらっしゃったら対応して控え室まで連れて行って、少しお話したりなど、そういった人員も必要なので、いろいろな場所に気を配りながら取り組みました。スライドも作りますし、挨拶も絶対しますし、というので、各方面にいろいろな配慮をしながらやるというのは、すごく難しかったです。やはり一番は、石破先生の時が本当に大変でした。警視庁の方と打ち合わせをして、それ通りしっかり運営の段取りを進めていくという(のも大変でした)。あそこの図書館ホールは100、200人ぐらいのキャパだと思うんですけど、満員になって、それ以上の人が来たりもしていたので、それに対する対応も部員みんなでやろうということで、授業がある人もこの日だけは授業を休んで来るというふうに言ってくださった人がたくさんいて、講演会は本当に部員総動員でやっていました」

――活動をする上で身についたことを教えてください。
木村「僕は高校卒業までずっとサッカー部だったんですけれども、政治や社会問題を知りたい、勉強したいなという気持ちはありましたがなかなかできませんでした。やはりこういう団体に入って日頃から勉強会や活動をやる中で、例えば日頃のニュースを見るだけでも、このニュースの裏側にはどういう思惑があるのかとか、どういう関係性があるのかなとか、あるいは実際に目上の方やさまざまなところで活動されている方々とお会いする中で、やはりそういった人たちがなぜその業界の最前線や重要なポジションでバリバリ働かれているのかなということを本当に肌で実感しました。自分が将来社会に出る時にこういう社会人になりたいなとか、こういう能力があればいいのかという気づきみたいなところもこの部に入って身についたところではあるのかなと思います」

秋庭「役職に限らず話させていただきますと、まず入部してから、こんなにいろいろな人が世の中にいるんだなというのをまず知れたことですね。雄弁部の中にもすごくいろいろな方が入ってこられるので。今まで見てきた小中高、僕はずっと東京、神奈川の方にいました。雄弁部は割と地方から来て入部する人も多いので、いろいろ人に出会えたというところと、OBや先生の方とのつながりもそうですし、他大の人とのつながりもそうですし、いろいろな人に出会えるというのがまずあります。その中で、ここから自分の役職につながっていくのですが、人とのつながりというのは、一朝一夕ではないなとすごく感じました。講演会もそうですが、限られた部員の中で誰がどう手伝ってくれるのかとなった時に、別に放っておけば手伝ってくれるわけではなくて、どうすれば手伝ってくれるのかも考えることができますし、人を動かす時も、自分はその中で何ができるのかというのをすごく考えるので、自分が責任者という立場の中で、自分が外で動き回っている時に誰が中を統轄してくれるのかなど、そういった部分もすごく考える機会が多かったので、そういったところは結構自分の中でも成長できたのかなと思います」

笠岡「僕としては、責任を持って仕事をやり抜くというのがまだできてないかもしれないんですけれども、身に付いたかなと思っています。例えばOBの方との勉強会であったり、国会議員の方に口聞きをしていただいて国会見学をしたりするんですけれども、そういったOBとの関係で作るイベントというのは、ミスは許されないし、当然『今日だるいから飛ぼう』みたいなことも絶対許されないといったところで責任を持ってやり抜かないといけません。僕も1回弁論大会を主催したことがあるのですが、数百人規模の人間が関わっているので、それも計画的に弁論大会を設計して、ミスがないようにしないといけませんし、弁論大会で後輩が出場するときには、指導した人の責任というのはやはりありますし、絶対出るからには勝ってほしいなというふうに思うので、自分の時間をなるべく使って、勝ってもらえるように最大限努力するといった、責任を持って仕事をやり抜くことが身についたかなと思いますね」

中野「最後、僕から全体について、雄弁部で身につけられることとしてお話したいのが、分かりやすさと正確さです。このトレードオフになりがちな二つを両方とも成長させて、身につけることができると思うんですね。今、大学のレポートだったり学術的なことをAIに投げればできるような時代で、わざわざ今雄弁部がやっているような、壇上で弁論しなくともSNSでつぶやけば発信できる時代の中で、人間わかりやすい情報に飛びつきがちだったり、そのわかりやすい情報を発信している人が、言葉の背景や学術的な裏付けがないまま発信してしまっていると思うんですね。ただ、伝えるということは、わかりやすさと正確さ、いずれかがあればいいわけではなくて、両方必要なわけで、それを雄弁部の弁論大会で話す、伝える側であってもそうですし、受け取る側、その両方で身につくのかなと思います。伝える、受け取るという中で、わかりやすさと正確さ、この両方を同時に伸ばすことができるというのが雄弁部で身につけられることだと考えています」

――話し方のコツを教えてください。また、弁論の際に緊張はしますか。
木村「多分みんな緊張するんじゃないかな。緊張しない人はいないと思います」

笠岡「緊張の話というところでは、最後の限界までちゃんとリサーチをし尽くして、文章、原稿というのを限界まで添削する。その限界まで努力して添削したときに、自分がこれ以上ないもの作れないという納得感を持って弁論に臨めると、結構緊張はなくなるのかなと思っています。これ以上ないぐらい努力して作った原稿なんだから、これで仮に負けても勝っても自分の限界なんだからどうしようもないというところまでやったら緊張がなくなるのかなと。そこはやはり大事かなと思います」

中野「人によるとは思いますが、場数だと思っていて、結構厳しいやじももらえますし、質疑応答というのもあって、適当なことを言っていると詰められるわけです。ただ、こういったものを4年間やっていれば絶対に身に付くと思いますし、具体的にいくつかテクニックはありますが、それは入部してからのお楽しみです」

木村「基本的には小さい声で喋っていると自信なさげだし、何を言っているかわからないので、基本的には本当に腹から声を出して、口を大きく開けて通る声でというのは基本ですね。やはりそこがしっかりしていれば、自然と大きい声を出しているうちに緊張もほぐれていくし、テクニックよりも通る声というのは一番基本なのかなと思います」

――研究会について教えてください。
笠岡「元々2年ほど前まではあまり動いてなかったのですが、去年からしっかりやろうというところで、例えば、政治学研究会というのは政治学に興味ある人で集まって、上級生が本をみんなで輪読して、ゼミみたいな感じです。本を半学期、春期間通して輪読して、輪読プラス、グループディスカッションをやろうみたいな形で、結構ゼミの形式に似ているところが多いのかなというふうに思いますね。自分たちで作る政治学や経済学、哲学のゼミみたいな感じです」

――なにか研究会には所属されていますか。
笠岡「僕が1年前から研究会をしっかり動かしたいなと思って、最初に政治学研究会というのを元々あったんですけど、それをしっかり稼働させていこうっていうふうにやって、参考にしたのが、明治大学のゼミの運営のされ方です。輪読の本を考えたりとか、グループディスカッションをやったりしました。あと明治大学の授業をしっかり使いたいなと思ったんですね。というのも、例えば政治学科だったら、必修の政治学という授業で、毎回今日のこの論点に対してあなたの意見を教えてくださいみたいなリアクションペーパーが出るのですが、これを活用できるのではないかと思いました。結局、政治学研究会に来る人は政治学科が多いので、このリアクションペーパーの提出を忘れないようにしようという意味も含めて、この論点を今日のグループディスカッションにしようとやると、議論もできるし、単位も落とさないみたいなところで、授業をしっかりうまく使っていくというのも意識してやったところではあります」

――研究会は今どれくらいありますか。
笠岡「経済学、政治学、社哲心、地域産業、弁論術、ディベートの六つです。ただ、新しい新入生が入ってきて『僕こういうこと勉強したいんです』と思ったら、結構1年生から(新しい研究会を)作りやすい環境ではあるかなと思います」

木村「この1年間ぐらいで新しく発足したのが三つぐらいあって、それまでは基本的には政治学と経済学が結構大きかったんですけども、それ以外にも興味関心ある人は多いので、例えば地域産業研究会とか、ディベート、そして弁論術といって喋るやり方をしっかり詰めようみたいなところというのは本当にここ最近できて、ちゃんと毎週ないしは隔週で動かす形で軌道に乗ってきたという形ですね」

――雄弁部に入部したきっかけを教えてください。
中野「雄弁部に入部してから先輩に『なんで入ったの』と結構何度もこの2年間で(この質問を)聞かれました。僕はずっと政治家になりたいから入ったと答えていたんですね。だから結論としては、政治家になりたいから入ったのですが、雄弁部でいろいろなことをやってきて、他にも政治家になりたいと言って入ってきた先輩や同期ともいろいろな話をして、実際に政治の現場を見たり、自分が喋ることだったり、部の運営もそうですし、弁論もいろいろとやってきて、自分の適性だったり将来について深く考えました。政治家になりたいと思って入部しましたが、今は政治家になりたいとは思っていないです。ただ、自分を社会に対して最大化したいなとは思っています」

笠岡「僕は雄弁部に入部した理由と雄弁部に残った理由と二つありまして、一つ目は僕も政治家になりたいと思って雄弁部に入りました。元々なぜ最初政治家になりたいと思ったかと言いますと、後付けのエピソードになってしまうのですが、僕が小学校3年生の時に交通事故に巻き込まれて、ランドセルがなかったらコンクリートに頭を打ち付けて死んでいたんじゃないかなみたいな感じで、生死をさまよった時がありました。それで入院している時に、すごく死ぬのが怖くなったんですね。絶対に死にたくないなと思って。そんな入院中の僕に、父が『死を恐れずに果敢に行動している人』みたいなを本いっぱい持ってきたんですね。それで、こんなに僕が嫌だなって思った、死を恐れずに生きている人たち、戦っている人たちはすごいなと思って。じゃあ僕もこういう人たちのように大義のために生きたいなと思って、それで政治家になりたいなと思いました。雄弁部が一番登竜門に近いかなと思ったので選びました。(雄弁部に)残った理由としましては、弁論活動が先ほどお伝えした通り、社会課題の解決策を訴えていくという側面があるので、僕もそこに従事しながら、雄弁部から多くの社会を良くしていく人たちというのが、輩出されるとどんどん日本社会を良くできるなというふうに思ったのでそういった人たちを育てたいなと思って残ることに決めました」

秋庭「僕は政治家になりたいと思った時期もあるんですけど、基本的には中高時代、元々父親が政治に興味がすごく興味のある人だったので、その影響を受けて政治に興味を持ったというのもそうですし、中高の友達でめちゃくちゃ政治に興味がある人がいて、その友達と毎日話すという経験もあったので、どちらかというと政治家にも興味がありましたし、政治に関わることにすごく興味がありました。いろいろな政治の関わり方があると思うんですけど、その中で、早稲田の雄弁会がすごく有名だったんですよ。で、早稲田の雄弁会がめちゃくちゃ有名で、自分もそこに入りたいなっていうふうに漠然と思っていたので、雄弁会に入りたいなと思っていたら、早稲田に落っこちてしまって。それで明治に来たらたまたま雄弁部を見つけて、同じような名前のサークルがあるんだったらここに入ればいいかなというふうに、僕は結構ずさんな理由でここに入っているんですけど、その中でもやっぱり政治の世界を志す人というのは本当に多くて、それについて話すのがすごく楽しかったですし、自分が今まで興味があったのは、社会問題というよりは、政治の世界でどういうふうな人がいて、ニュースで出てくるような政策決定などの政治の話もそうですし、その裏側にある政治家同士の闘争など、そういうところにすごく興味がありました。社会問題というのは自分の中で触れたことがなかったものだったので、すごく新鮮なもので、弁論の世界というのはすごく自分の中で魅力的でした」

木村「僕も先ほどちらっと言ったのですが、高校3年生まで本当に全く勉強していなくて、朝起きて高校に行って、夜10時ぐらいに部活から帰ってきて寝て、それの繰り返しでした。受験も高3の11月まで志望校全部E判定みたいな状況で、全く勉強していなかったんですけれども、そういうことを知りたいなみたいな欲求があって、せっかく地元から上京してきて、学費もかけて大学に通っているんだから、そういったところをしっかりと大学4年間勉強したいなと思って見つけたというところです。あと僕が農学部の人間で、生田キャンパスにずっと通っているので、せっかく上京してきて明治大学という総合大学で、学生数も何万といるのに1つのキャンパスだけで終わってしまうのはもったいないなと思い、やはり人数が多いのは文系の方なので、そっちに入り込める団体はないかなと探していたところ、生田にも新歓に当時の先輩が来ていましたので、この二つの理由で僕は雄弁部に入りました」

――やはり政治家を志して入部される方が多いですか。
中野「それが意外とそうでもなくて、実際に新歓で弁論を見て、話すのがうまくなりたいなみたいな、訓練のために雄弁部の門を叩いて、日々弁論をはじめいろいろな活動で伝える、喋る、人前で声を出すという活動に勤しんでいる部員が結構います」

木村「入る理由で一番大きいのは、人前で堂々と喋りたいとか、ちょっと話すのが苦手だから、それを克服したいみたいな人が、多分一番多いんじゃないかなと思いますね」

秋庭「あとは哲学に興味がある人とかもたくさん入ってくるので、そういう勉強を一人でやるのではなくて、みんなで誰かと一緒にやってみたいっていう人も多いので、政治だけでもないです」

木村「政治だけではなくて、人文系の学問って言うんですかね。哲学にしても文学にしても、ここなら好きな人が多そうだなみたいな感じで入ってくる人も確かにいますね」

――部歌があると伺ったのですが、部歌はどのようなときに歌うのですか。
木村「部下は基本的には毎年11月にOB総会のときに駿河台の指定食堂を借りて、(その時に歌うために)覚えています。そこで先輩方などと円陣を組んで、最後に歌います。基本的には部歌は年1回で、大会の後や先輩方の追いコンの時は明大校歌を歌います」

――いつごろからあるのですか。
木村「多分明治(時代)とか、定かではないんですけれども、100年ぐらい前からあるんじゃないかなと思いますね。途中で先輩方の代によって、イントネーションや音を下げるのか上げるのかみたいなところが微妙に違ったりして、『お前はそっち側なんだな』みたいな感じで、世代間の差が出てくるっていうのもなかなか面白いなって思いますね、この部歌は」

――最後に受験生に向けてメッセージをお願いします。
笠岡
「最近の日本というのは、国際情勢も、年金システムも公共交通インフラも、さまざまな面で社会課題がどんどん生まれていって、それが生活にすごくダメージを与えるようになってきていると思っています。この時代において、一人一人が社会課題にしっかり向き合って、その解決策や自分の意見をしっかり持って、政治家にならなくても社会人として、今後社会に対して意見を持っている一人の人間として、大学を卒業するっていうのは重要な時代になってきているのかなというふうに思っているので、今必要な成長ができるサークルかなと思います」

木村「要約すると、身近な話題をしっかり深掘れます。身近な話題を理解して、人を説得する力を一緒に育てましょう」

笠岡「もしくは、人を説得する力を身につけるサークルであるかもしれません」

中野「汝、雄弁家たれ」

――ありがとうございました。

[聞き手:尼子雄一、川村暖、吉㟢帆奏]