(22)ほんの数秒でさえも人生は変わる

1999.01.01
(22)ほんの数秒でさえも人生は変わる
 第22回の担当は小川晶です。

 
 突然の祖父の訃報(ふほう)は8月に入ってすぐのことだった。夏休みに入ったばかりで、これからたくさん遊んでやると意気込んでいたわたしにとっては寝耳に水。スケジュール帳には予定がぎっしり詰まっていたがすべて返上し、急きょ実家へ帰った。

 わたしは小さいころ、祖父に大変かわいがってもらっていた。だからこそ、変わり果てた祖父の姿を初めて見たときは、涙がこみ上げ、何とも言えない感情に襲われた。今でもあの時のことを思い出すと複雑な感情に陥ってしまう。わたし自身、身内の死というものに立ち会うのは初めてだったからだ。頭では理解していたものの、初めて出会う「死」にわたしは想像以上の衝撃を受けた。今思うと「死」というものは自分とはどこか遠くにある縁のないものだと思っていたのかもしれない。それでもそれは本当に突然誰にでもやってくる。人はいつ何が起こるか分からない。やっとそれを実感したわたしは「このままだらだらと毎日を送っていて良いのだろうか」と焦りを覚えた。

 道を歩いている途中、セミの鳴き声にふと足を止めた。セミの鳴き声といえば夏の代名詞。これを聞くとわたしは強く夏を感じることができる。セミの寿命は、はかない命の代名詞とされるほど短い。今の季節に聞くあの鳴き声を出しているセミの成虫は、10~20日間しか生きられない。子孫を残すため彼らは必死で鳴き続けているという。たった数日間が彼らにとってはすべてだが、わたしはどうだろう。気付いたら何もしていないのに1週間が経ってしまった、という経験が多々ある。わたしたちが何気なく過ごしているその数日間の意味はセミに置き換えると大きく異なってくる。

 また、連日行われている世界陸上ではウサイン・ボルト選手(ジャマイカ)が自身の100mの世界記録を0.11秒更新する異次元の走りを見せ、世界中を熱狂させた。100mの選手が0.11秒更新するというのは大変なことであるというのは陸上経験者ではないわたしですらよく分かる。しかし、日常生活に0.11秒を置き換えてみると、わたしたちはその時間の短さを気にも留めることはないだろう。2位のタイソン・ゲイ選手(米国)とボルト選手のタイム差はたった0.13秒。テレビであのレースを見た人なら分かるだろうが、たった0.13秒が数mの差を生み出し二人の明暗が分かれた。彼らにとって1秒にも満たない、そのわずかな時間には大きな意味がある。

 たった数日間が、また、たった数秒がわたしたちの人生を変えることがある。もしかしたらわたしは明日不慮の事故で死んでしまうかもしれない。いつか必ず「死」は訪れる。それがいつ来るかは誰にも分からない。だとしたら、ほんの数秒もわたしは必死で生きてみたいと思う。だらだらと毎日を送ることほど無駄なことはないのだ。きっとわずかな時間さえも何らかの意味がある。時間の尊さと、今を精一杯生きることを強く学んだ今年の夏。この文章を書いているこの一瞬もきっと大きな意味を持つと信じ、今しか流れないこの時間を大切にしていきたいと思う。

[小川晶]

第23回は紅谷春那が担当します。