(13)高校野球から大学野球へ
わたしはその時、降りしきる雨の中で泣き叫んでいた。
わたしの弟はこの夏、3回戦で第3シード校を破り史上初のベスト16入りを果たした横浜市立戸塚高等学校野球部の背番号13、つまり控えメンバーだった。強豪ひしめく神奈川の公立高校出身者としても、ひたむきにプレーする選手たちを見ていてもたってもいられなくなった私は、5回戦の応援に保土ヶ谷球場を訪れた。
初回、今大会第2シードの横浜隼人高相手に先制点を奪い、戸塚高は試合を優位に進めていた。だが、強豪私学の反撃に遭い、7回終了時には4点のリードをつけられてしまう。この日の空は気分屋で、一度降雨中断し再開した後、再び雨は強さを増していた。
8回表の戸塚高の攻撃。1死後、4番からの4連打と四球で2点差に迫る。なおも1死満塁。ここで代打に送られたのは、わたしの弟だった。リードされても必死に食らいついてく展開と、その体格からチーム随一の長距離打者の登場に、三塁側スタンドのボルテージは最高潮に達する。私にしてみれば、18年間けんかしながらも一緒に生活してきた弟に回ってきた絶好のチャンス。選手交代のアナウンスが入った時点で、いろいろなものが込み上げてきた。そして肝心の打席。背番号1の相手投手の初球をたたくと、打球は中前に落ちる。タイムリーだ。わたしの目からあふれた涙は、雨とともに流れていった。
結局後が続かず1点差までで追い上げは終わり、その裏に打ち込まれて戸塚高はコールド負けを喫した。しかし勝敗の行方以上に、選手たちの姿には感動させられた。毎年地方大会でさえ満員札止めも珍しくないほど人気がある高校野球のだいご味を、この夏あらためて感じさせられた。それと同時に、一つの疑問も生まれた。
「なぜ大学野球は盛り上がらないんだろう――」
大学野球部には、毎年多くの元高校球児が入部する。甲子園を沸かせた選手も少なくない。2年前、「ハンカチ王子」として一躍人気者になった斎藤佑樹投手が早大野球部に入部。直後の春の早慶戦は2試合で7万人を動員し、東京六大学野球の復興を思わせた。しかしブームは一時的なもので、その後の観客数は下降線の一途をたどっている。
高校野球と違い、故郷を背負うわけではない。ましてやほとんどの連盟がトーナメント制ではないため負けたら終わりの世界でもない。しかし、多くの若者にとって、大学生は人生で一番遊べる時期。そんな時期に、厳しい練習の日々を送ることを決意した青年たちを見守りたいとは思わないだろうか。
高校野球の聖地が甲子園なら、大学野球の聖地は神宮球場だ。春と秋のシーズンには、東京六大学野球と東都大学野球のリーグ戦がほぼ毎日あり、年2回の全国大会も神宮で行われる。大学野球に進む選手とともに、見る方も舞台を移してはどうだろうか。そこには甲子園にも劣らない、母校のプライドを懸けた熱い戦いが待っている。
彼らの努力をより多くの人に知ってもらいたいし、知らせたいとわたしは思う。初めは将来のプロ野球選手と知り合えるのでは、と思い始めたこの部活動だった。だがあの涙を流してからは、「大学を卒業しても続けたい」と胸を張って言えることになった。
第14回は山本理紗が担当します。
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