(4)環境問題をどうとらえるか?

1999.01.01
(4)環境問題をどうとらえるか?
 第4回の担当は奥野恭輔です。

 どうも社会科の科目、特に環境問題に興味があるらしく、3年の前期は環境に関する科目を多く履修していた。温暖化、砂漠化、森林の減少、異常気象……。世界中で議論し尽くされて、それでもまだ議論を行う。そこまで話をして何を絞り出したいのか、それより解決に向けて100の言葉より1の行動を起こしては、と呆れてしまうのが今までの環境問題に対する見方だった。が、その見方は甘いということを大学の講義で知らされた。

 例を挙げてみよう。昨年、日本にゲリラ豪雨なる現象が起こったのは記憶に新しい。異常気象は地球の温暖化が原因とされている。また温暖化は炭酸ガスの増加が原因と多くの専門家が口にしている。ここで「ゲリラ豪雨―異常気象―温暖化」の図式が成り立つわけで、単純かもしれないが温暖化の解決が根本の策となるだろう。では炭酸ガスの排出を減らせばよいというのが今までの私の環境観だったわけだが、ことはそう簡単ではない。

 炭酸ガスをどうやって減らせばよいのか。車、火力発電、工場……。原因は多岐にわたり、規模もさまざま。個人では手が負えないものもある。第一、工場や発電が止まれば生活や経済に支障が生じる。日本のような先進国なら「環境に配慮した」という一文から始まるエコな例もあるだろうが、途上国ではそうはいかない。環境の汚染が問題視されている中国では、環境対策を進める政府と経済発展を求める民間とで価値観の行き違いが生じているそうだ。

 温暖化に限らず、環境をそれ単体で考えることはできない。民間から国レベルの政治、社会、経済問題と幅広くリンクしているのが環境問題だ。砂漠化を防止するための植林も国民の生活を圧迫するのではやりようがないし、処理に金のかかる廃棄物なら捨ててしまったほうが得という考えも最もではある。単純ではない環境問題をどうとらえるか。たった一つの「世界」に住む者として、冒頭の問いに考察を深めてみてはどうか。目の前の空間から地球の反対側まで、すべてが環境である。まして私たち学生はこの先、死という終着駅までの悠久ともいえる月日をこの環境で過ごすのだから。

[奥野恭輔]

第5回は不動地由香が担当します。