(15)「チャンピオンチームとしてどうチャレンジしていくか」田中澄憲監督 春シーズン終了後インタビュー
王者の勢いはとどまることを知らない。Bグループでのスタートとなった関東大学春季大会は全試合で30点以上の大差をつけて勝利。帝京大、東海大など強豪との招待試合でも勝ち星を挙げるなど好調をキープしている。今回は春シーズンの振り返り、そして夏、秋に向けての意気込みを監督、選手たちに伺った。
第1回は田中澄憲監督のインタビューをお送りします。(この取材は6月25日に行ったものです)
――春シーズンの振り返りをお願いします。
「昨年とは違った春を過ごした感じがします。昨年は古川(満選手・平30商卒・現トヨタ自動車ヴェルブリッツ)の代が決勝で帝京大に負けて、本気でチャンピオンを目指すという部分から最後にどうやって日本一になるかという部分をフォーカスしてスタートしました。そしたら、春に帝京に勝ってそのまま春季大会も初めて優勝という流れでした。昨年はチャレンジの連続だった春シーズンでしたが、今年に関しては日本一になったというある程度自信がある中で、勝ち負けではなくて内容の部分にこだわって、そういったところを追求するようにチームとして変わってきました」
――春シーズンの成長点と課題点は何ですか。
「試合中に修正する能力は成長したと思います。でも、チーム全体がうまくなっている中でラグビーの本質的な部分で戦ってほしいです。例えば痛いことをできるとか、ボールを持っていない時のハードワーク、そういった部分をもっと突き詰めないといけないです。僕が1年目の時(ヘッドコーチ就任年)は武器がなかったので、フィットネスだったりスクラムだったりにこだわってきました。今はいろいろなことができるようになったからこそ、ラグビーの本質的な部分を軽視してはいけないです。もっとチャンピオンチームとしてどうチャレンジしていくかというところだと思います」
――王者として迎える1年ですが、チャレンジャーとしてのマインドが重要になりますか。
「明治は常にチャレンジャーじゃないといけなくて、チャレンジャーであることはタフでもあることです。タフな部分を明治からなくしたら勝っていなかった頃の明治に戻ってしまいます。(最上級生を中心にまとまりは)一生懸命な部分は感じます。でも、何事でも完璧に満足することってないじゃないですか。良いって言ったらそこで終わりなので、でも、彼らは2年生の時に『こいつら大丈夫かよ』って心配されていた学年でした。僕が1年目の時も『こいつらが4年の時どうするんだよ』とは思っていました。それが4年生になってそれなりになっているから、上級生にならないと分からない部分も大きいです」
――春季で一番印象に残っている試合はどの試合ですか。
「課題を感じたのは東海大戦(○40-24)です。前半にあれだけいいラグビー(33-0)をしていて、それが後半で24点も取られて、明治は1トライしかとることができずに終わってしまいました。そういうゲーム展開になるというのはスタメンとリザーブの差の分、リザーブから出たメンバーで誰がリーダーシップを取るのかという部分です。(試合の後何か話したか)リザーブのメンバーには『責任を果たしていない』とは言いました。それで下のチームと入れ替わった人もいるし、チーム全体の経験値を上げないといけないなと思っているので、リザーブ選手を中心に起用した法大戦(○71-14)はうまく戦えたと思います。秋のスターティングメンバーが決まっているわけではないので、決めていく中である程度見極めていくこと、リザーブのメンバーが投入されて仕事をしてくれるメンバーなのか、ただのケガ人のリプレースメントなのかという部分を見ていかないといけないと思います」
――春季に成長を見せた選手はいますか。
「繁松(哲大・政経3=札幌山の手)とかはいいなと思いました。彼は派手ではないですけどいいプレーしてくれる選手です。前までは良くても抜けているプレーがありました。それが少しずつなくなってきて安定感が出てきました。あとは、山沢(京平・政経3=深谷)がスタンドに挑戦中なので、ここから難しい経験をたくさんする中で失敗もあると思います。そこをどう克服していくかが大切です。10番の出来はチームにとても影響するので、ミスの一つ二つで流れが悪くなることもあるので、そうならないように精神面も強くならないといけないです」
――今年から新しく取り組んでいること、取り組もうと思っていることはありますか。
「ウエート場のリニューアルを考えています。築40年くらいの古いトレーニングジムなので、高校よりも環境の悪いジムを使っているような状況です。大学日本一のチームが高校のレベルより設備の悪いウエート場を使っていたら果たしてどうなのかなっていうのはありますね。帝京大のジムを見たらわかるけど帝京大のジムと全然違うので、明治のジムは昭和みたいなジムですよ。(やはり環境の面では他大よりも劣ってしまう部分がありますか)全然他と違います。その中で選手たちも本当によくやっていて大したものだと思いますし、僕らも環境を良くしてあげたいとは思っています。例えば高校生が練習を見に来てくれたときには『日本一の明治のウエートってどんなだろう、すごいんだろうな』って思って来るわけじゃないですか。そのときに今の状態だと『え、これ?』ってなってしまうんですよ。ラグビーの部分はもちろん大事ですが、〝明治大学ラグビー部〟というクラブとしての成長がすごく大切なことだと思います」
――対抗戦開幕まではどのように過ごしますか。
「7月は社会人とも試合を組んであるので、チャレンジすることも重要ですが、それまでにしっかりとユニットの部分を強化することが重要です。あとは開幕までに特別することはないです。言ってしまうと、どれだけ細かいところを突き詰められるかという部分です。ボールを持っていないときの動き、早くセットすること、スペースを見てコミュニケーションを取ること、ハードな状況にこだわって細かいことを突き詰められるかという部分です」
――秋に向けての意気込みをお願いします。
「チームのベースアップが少しずつできてきているなかで、経験値の部分が大切です。例えば昨年、(対抗戦の)早稲田戦の時には山﨑(洋之・法4=筑紫)はリザーブでしたが、選手権は彼がスタートで出ているし、要するに出たメンバーが活躍することが大事です。試合で使われた人間が活躍できることが大事なのでそのためには普段からのトレーニングが大事になると思います。(9月以降にはW杯休止期間もはさみます)そこはジュニアの期間です。Bチーム、リザーブメンバーが多くゲームをできるので、チームの戦力を分厚くできます。あとはAチームももちろん練習試合を組んでいるので、そこの期間でチームの底上げや戦術の落とし込みもしようと考えています」
――ありがとうございました。
[清水康佑]
◆田中 澄憲(たなか・きよのり)平10文卒
監督就任2年目。在学時には監督不在の中主将を務め、チームを大学選手権準優勝に導いた。卒業後はサントリー・サンゴリアスで活躍。2016年度にはトップリーグ、日本選手権と2冠達成を支えた
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