【硬式野球】(63)為永皓 一日一日を、確実に 明治の顔へ

2026.09.24

 春季リーグ戦で1年生ながら三塁手として神宮球場に立った為永皓内野手(情コミ1=横浜)。甲子園や高校日本代表を経験し、いくつもの大勝負をくぐり抜けてきた。それでも、自らの武器を問われると返ってくるのは「確実性」という言葉だ。華やかな舞台の裏で、目の前の一球に向き合い、一日一日を積み重ねてきた。まだ1年生。紫紺の〝顔〟を目指す歩みは、始まったばかりだ。

苦しさが磨いた確実性
 横浜高では1年時秋から試合に出場した一方、順風満帆な3年間ではなかった。1年時秋の県大会での初戦。1試合3失策を喫し「一番きつかった」と振り返る。それでも逃げることなく、厳しいノックやゴロ捕球に食らいついた。失敗のたびに課題と向き合い、守備の精度を高めていった。その頃から大切にしていたのが『想像力』だ。高校時代の帽子にも記した言葉。投手が投げる前から打球や走者の動きを思い描き、次に起こることを予測する。ただ目の前の打球を捕るのではなく、その先まで考える。それが、為永なりの守備だった。その積み重ねの先で迎えた最後の夏。甲子園では県立岐阜商高戦を経験し「3年間で一番のゲームができた」と振り返る。もしあの瞬間に戻れるなら「サヨナラを打たれる前にマウンドへ行って話しかけたい」。最後の一球まで勝利を追い続けたからこそ残る悔しさがある。それでも、仲間と最後まで戦い抜いた経験は、今も為永の胸に刻まれている。

神宮で見つけた現在地
 高校日本代表では全国のトップ選手と肩を並べ、守備での手応えを得た一方、速球への対応に課題を感じた。さらなる高みを求め、選んだのが明大だった。六大学野球への憧れに加え、内野手が育つ環境に魅力を感じ「プロに少しでも近づきたい」と紫紺の門を叩いた。1年時春からリーグ戦に出場すると、高校とは異なる球威や変化球の切れに苦戦しながらも、打率2割8分を記録。早大戦では本塁打も放ち、神宮に確かな足跡を残した。その反面、守備では大学の打球の速さや強さに対応する難しさも実感した。今は高校で培った、打球の軌道や走者の動きを先に読む想像力と、一つのプレーを最後まで丁寧にやり切る確実性を土台に、より高いレベルで通用する守備を追い求めている。「まだまだもっと上を目指せる」。目標は3割、そして首位打者だ。「全然レギュラーという立場ではない」と自らに厳しく、競争の中で現在地を見つめる。結果を手にしても、視線は常にその先へ向いている。

明治の顔を目指す歩み
 為永が明大で掲げる目標は「チームの顔になること。明治は為永がいる、と誰からも分かるような選手になりたい」。レギュラーの座をつかむだけではない。プレーでチームを引っ張り、後輩からも尊敬される存在を目指す。その先に見据えるのが、プロ野球選手という夢だ。「一日一日を無駄にせず、努力してドラフトで選ばれる」。近道を探すのではなく、今日を積み重ねる。その積み重ねの先で、打席では長打を放ち、守備では流れを変える。攻守両面でチームに欠かせない存在となることが、為永の目指す〝明治の顔〟だ。まだ1年生。だから、今は完成された選手ではない。神宮で感じた速球への課題も、大学の打球の速さに苦戦した守備の経験も、全てが成長の材料になる。高校で培った〝一つ先を読む力〟を大学で磨き上げ、最後には自分のプレーでチームの勝利を引き寄せる。為永皓という名前が、明治を象徴する存在になるまでの歩みは、もう始まっている。

[田中崚太]

◆為永 皓(ためなが・ひかる)情コミ1、神奈川県出身、横浜高、173センチ・83キロ、右投げ左打ち、内野手。大のディズニーランド好き。