(1)ルーキー特集 第1弾 ~田中蓮音編~
今年度も頼もしいルーキーたちが紫紺の門をたたいた。今回のルーキー特集でも例年に引き続き、競技の話から普段は見えない選手の意外な一面まで、それぞれの魅力をお届けする。
(この取材は3月3日に行われたものです)
――高校は星槎国際東京高ですが、最初から通信制を考えていたのでしょうか。
「最初は僕も普通に全日制の高校に行こうとして、受験も一応私立と都立を両方受けてはいたんですけど、私立の方は合格して都立は途中で受けるのをやめました。やはり私立となると、仮に自分が合格しても合格の枠って変わらないじゃないですか。でも都立だと自分が仮に合格してしまうと、その分1人落ちちゃうという形になってしまう。だから、都立の受験の前に考えた上で、自分は星槎にしたいなということで通信制にしました」
――明大での学部はどこですか。
「法学部です」
――フィギュア部門では珍しいですね。学部を選んだ理由はありますか。
「小さい頃から法律にすごく興味があって、小学5、6年生の時に、弁護士になりたいと思ったのがきっかけです。今は将来的にはフィギュアスケートに関わることをしたいなと思っているんですけど、小さい頃からの自分の思いはなくしたくなくて。せめて法律に関することを少しでも学べたらなと思って選びました」
――法学部は勉強が大変なイメージがありますが、自信はありますか。
「そこは先輩の丸山くん(英希・法3=宇都宮短大付)とかにいろいろ助言をもらいながら頑張っていきたいと思います」
――明大に進学を決めた理由はありますか。
「自分はあまり大学を知らないんですけど、小さい頃から明治は自分の中で大学として認識していて。その時はふんわりとしかまだ認識してはいなかったんですけど、ちょうど大島光翔くん(令7政経卒・現富士薬品)が明治に入った時に、大島くんはやはり埼玉というのもあって小さい頃からいろいろな試合で見てきて、常に背中を見てという形ではあったので、大島くんの観客の沸き立たせ方とかそういうのは自分の中でもすごく尊敬していて。その彼が入ったタイミングで『明治ってこんな人がいるんだな』というふうに感じたのがきっかけですね」
――大島選手と似ている部分もあるのかなと感じていました。
「やはり自分の持ち味は体の動かし方というか、ジャンプ、スピンとは少し違ったアクロバティックな要素で観客の目を引くというところではあると思います。そういう観客の心を動かすというか、そこの部分で言うと大島くんとはすごく似通っていることはあるのかなと思います」
――明大で交流のある選手はいらっしゃいますか。
「一応男の子は周藤くん(集・政経2=ID学園)とかは、南船橋で試合が一緒になったりするので、まあまあ喋ります。三浦佳生選手(政経3=目黒日大)とも東京都の連盟の強化(選手)なので、合宿などで少しお話したり、あとは菊地竜生くん(政経4=目黒日大)は自分の振り付け師の元生徒だったので。自分は振り付けの駒場(幸大)先生とは小学校2、3年生くらいからなんですけど、そのくらいから喋ったことはあります」
――拠点リンクはどこですか。
「拠点は東大和のリンクなのですが、ちょうど4月から変わってしまって。自分の拠点がまだ定まらない状況です」
――東大和にアカデミーができるんですよね。
「そうですね。アカデミーができて、今いるコーチなどを一旦全解雇みたいな感じで。そこからそこについていた生徒も4月から新しいところにつかなきゃいけない。アカデミーに入ってもいいし、他に移ってもいいよという感じなのですが、自分はまだ定まってない感じです」
――明大フィギュア部門の新入生はあと2人いますが、何か話しましたか。
「受験の面接は一緒に行って、帰りも一緒にご飯を食べたんですけど、そもそも自分たちの世代ってあまり人数がいなくて。人数が少ない上でみんな地方に散らばってしまっているので。『これからも一緒に頑張ろう』とみんなでご飯を食べて帰りました」
――スケートを始めたきっかけはなんですか。
「自分は4歳の時に初めて滑ったんですけど、そのきっかけは、テレビで多分女性の選手がスピンをしているのを見て、こんなことができるんだなと。その選手がスカートでひらひらしていて、それで目を奪われたというのもあるんですけど、こんなことが人にできるのかみたいな感じで、自分もやってみたいと思ったのが最初のきっかけです」
――本格的に始めたのはいつ頃からですか。
「4歳、5歳くらいから今の一つ前のコーチについて少しずつやっていったんですけど、まだその時は漠然と試合に出てみたいなとしか思っていませんでした。ダブルジャンプを習得してきて、全日本ノービスB1年目から出られることになって、そこでも真面目にやっていなかったというわけではないですけど、本気度というのは今とは少し違っていて、そこまでフィギュアスケートに熱心に向き合っていたというわけではありませんでした。そこからノービスB1年目、2年目、A1年目と続いて、ノービスA2年目のノービス全日本の時に自分がいろいろと失敗してしまって。一旦スケートから離れたんですけど、ちょうどその時にコロナが始まってしまって、学校にも行かないし、暇だしでスケートを再開して。それで今のコーチに移籍したんですけど、移籍した時にやはりスケートは楽しいなと再度思ったのと本気で頑張りたいなと思ったので、多分そのタイミングですね」
――スケート以外に他に習い事などはされていましたか。
「今もピアノとバイオリンと、あとはクラシックバレエはやっています。小さい時の方がいろいろとやっていて、スイミングやサッカーも一時期やっていたりしました」
――今もピアノとバイオリンとクラシックバレエを続けているんですね。
「クラシックバレエは本当にスケートと同時期の4歳5歳くらいの時に始めたので、やはりクラシックバレエの方の雰囲気もすごく安心できる場所だし、先生方もスケートをやっていることを理解してくれていて、いろいろとスケートにつながるアドバイスや『少しここ痛いんです』と言うと『こういうストレッチとかいいよ』とかいろいろと教えてくれるので、本当にクラシックバレエの安心感というか、これからもそこに居続けたいなと思えるような場所です」
――4人兄弟で音楽一家と伺いましたが、他の兄弟のみなさんも音楽をされているのでしょうか。
「最初に兄がピアノを習ったのに続いて双子の弟と妹がピアノやっていて自分もやろうかなって感じで始めて。あまり自分は練習が好きな方じゃなかったです。小さい頃はお母さんに言われた通り練習はしていた感じです。今もピアノやっているのは自分と兄だけです。兄は音大に行っていて、声楽科と副(専攻)でピアノ科なんですけど。だから音楽具合で言うと兄が一番ですね」
――兄弟全員名前に音という漢字が入っているんですよね。
「そうですね。全員音が入っています」
――名前の由来もみんな音が入っているからという感じでしょうか。
「なんで音を入れたのか、あまりよくわかっていないんですけど(笑)。自分の名前は男でも女でも蓮音にしようとなっていたらしくて。蓮音の蓮は、蓮の花から。泥の中でも蓮は綺麗に咲くから、どんな状況でも自分の成果というか、花を咲かせられたらなという思いは聞いたのですが、音に関してはあまりよくわからなかったです」
――他の兄弟はスケートはされているのでしょうか。
「最初は兄と弟の男3人でやっていたのですが、兄は高校に入った時に吹奏楽部に入って毎日夜中まで学校でやっていて、家で顔を合わせたこともなかったぐらい忙しかったので、中学くらいからあまりやっていなかったんですけど高校に入ってきっぱりと辞めてしまいました。弟の方は一緒にノービスBの時に全日本(ノービス)にも出たんですけど、モチベーションがなくなったのか今は週1くらいでたまに滑っている感じです」
――これまでで印象に残っている大会はありますか。
「やはり自分の中で一番(印象に)残っているのは、中学3年生の時の全国中学生大会(全中)かなと思います。中学1年生の全中はまず出られるレベルではなかったのですがそもそも試合自体がコロナでなくなってしまって。中学2年生の時は、ちょうど移籍して始めたてというのもあって、ダブルアクセルすらあまり跳べる状態ではなかったし、腰も痛めていた時期だったので、下から数えた方が早いかなという順位でした。中学2年生の全中が終わってからの1年間が、すごく先生の教え方がすごく自分に合っていて、その1年で急激に3回転フリップとかいろいろ跳べるようになった時期でした。中学3年生の全中でスケートを再開して初めてきちんとした成績が得られて、自分でも納得のできる形で終わることができた試合だったので、すごくそれが自分の中では再スタートの第一歩として心に残っています」
――スケートをやっている中で辛かったことはありますか。
「一番辛かったのは年下の子や、あとから始めた子たちにどんどん抜かされていく現状ですね。やはりスケートをやっていく上での一番最初の壁はダブルアクセルとかトリプルジャンプとかで。自分は最初に4級のステップとかでいろいろつまずいていたのですが、ちょうど中田くん(璃士・TOKIOインカラミ)が東大和でやっていた時期に彼の方が最初は下というか自分の方がまだ上ではあったのですが、どんどん彼が追い抜いていく状況で。でも、彼だけではなくて他にもいろいろな選手に抜かされていくその状況が自分はここまでなのかなと思ってしまう時があって。もう辞めたいなと思ったのがノービスAの最後の全日本でした」
――それでももう一度スケートをやろうと思ったのはなぜですか。
「自分は4歳からやっていて、その時も結構学校早退して来てみたいな感じでいろいろ滑っていて、だけど離れてしまうとスケートが恋しくて、また滑った時にやはりスケートが楽しいなと思ってもう一回頑張ってみようと思えたのが良かったなと思います」
――これまでスケートをやってきて一番力を入れてきた点はありますか。
「自分が一番力を入れているのは、やはり魅せることですかね。明確にそれが自分の強みだと認識したのは、本当に高校入ってくらいの時です。もともとジャンプがあまり得意ではないというか、自分の中でも苦手意識があるし、それはいずれ克服していかなければならないのですがそもそもスケートを始めたのが早いにせよ途中で出遅れてしまってはいるので。自分がジャンプを跳べなくて、自分には何があるんだろうというところで、自分には本当に運が良く、周りとは少し雰囲気が違うというか、(周りとは違った)体の動かし方、動きというのが自分にはあったので、そこが一番かなと思います」
――今シーズンは東京選手権(ブロック)で優勝されましたが、振り返っていかがでしょうか。
「今シーズンからトリプルアクセルを入れ始めたのですが、試合というすごく精神的にも不安定な状態で入れられるようになったというところはすごく自分の自信にもつながりました。それでもFS(フリースケーティング)では、アクセルだけ飛べても他が崩れてしまうということがあったのですが、少しずつでも着実に成長できているんだなと思った試合でした」
――来シーズンからはシニアになりますが、シニアになるとまた要素などが変わってきますよね。
「そうですね。やはりジュニアだとシニアと比べると幼さがあって。だけどシニアに行くと、周りもみんな体も大きいし滑り全てが大きく感じられる。やはり来年からシニアに上がる上で、自分を大きく見せていきたいなと思います」
――ご自身の強みはどのような点ですか。
「自分自身の強みは魅せることもそうだし、アクロバティックな要素ですね。ただ滑るだけでは誰の心も動かせないし、自分自身を表現できているとは言えないので、スケーティングスキルというのも大事ではあるのですが、しっかりと少し周りとは違うことをして、田中蓮音という存在をより引き立たせたらなと思います」
――参考にしている選手や憧れの選手はいらっしゃいますか。
「自分の憧れの選手は高橋大輔選手です。小さい頃はテレビで軽く見ていただけなのですが、スケートをもう一度やりたいとなって再開した時に、自分の目指すフィギュアスケーターとしての像がやはり高橋大輔選手とかなり重なっていて、彼が少し滑るだけで首の動かし方、目線の動かし方それだけで観客は沸くじゃないですか。それはすごく特別なことだなと思っていますし、自分もそのくらいのレベルまでいけたらなと思います。あとは現役の選手で言うと友野一希選手(第一住建)ですかね。彼もすごくエンターテイナーで、たとえ多分彼がジャンプを跳ばなくても、観客は絶対沸くと思うんですよ。だから彼も彼で友野一希という個性をすごく上手に前面に出せているなという感じがして、自分は少し参考にさせてもらっています」
――高橋大輔さんのお名前も上がりましたが、滑走屋にはどのような経緯で出演することになりましたか。
「自分はアイスショーという場で、観客の皆さんに自分自身を見せて心を動かしたいなということは昔から思っていたので、ちょうど高橋大輔さんが主催されている滑走屋ができた時に少し興味があって、出てみたいなとぼんやり思っていたのですが、オーディションのお知らせを見た時に自分もやってみたいなと思って。だけど最初は少し躊躇してしまって。オーディション受けるか否かで、滑走屋やアイスショーに出ようとしてそちらに気を取られすぎて、選手として自分はまだやっていきたいのに自分のメンタルがブレてしまったらどうしようとか。自分の選手としての成績なども今後落ちたりしてしまったら、自分自身を言い訳にしてしまわないかなと考えてしまったのですが、やはりそこは周りの方からの後押しもあって、やってみたいというふうにオーディションに応募しました」
――ちょうど準備期間だと思いますが、合宿などに参加してみていかがでしょうか。
「ちょうど3月8、9日くらいからずっとなんですけど。自分も練習に参加してみて思うのは、やはり現役のトップスケーターってすごいんだなと思って。トップのスケーターほどいろんなアイスショーに出られているし、その中でも自分自身の立ち位置が上位であるのを崩さないで、アイスショーでも彼らの個性を前面に出してできているのは、トップである所以(ゆえん)なんだなと思います」
――現在はどのような練習をされているのでしょうか。
「今は、それぞれの曲の振り付けをつくっている段階です。まず陸で振り入れをして氷上に行って氷上で動きやすい形に落とすという感じなんですけど。やはり普通の演技とは違ってニュアンスが大事になってくるというか、一人一人の感情が大事になってくる部分ではあるので、同じところを自分がやるのか他の人がやるのかでも雰囲気は変わってくると思いますし。だから自分以外の人の滑りや感情の出し方はすごく勉強させてもらっています」
――難しい点はありますか。
「難しいのは、感情の引き出しですね。どうしても自分のプログラムだと自分が正解なので、自分が何をどういうふうにやってもそれが自分の演技ではあるので、それはまだいいんですけど。アイスショー、特に滑走屋だとストーリーがあって、役の中に自分を憑依させるというか入り込まなければならないのでそこが少し難しいかなと思います」
――趣味はありますか。
「趣味は小さい頃から読書が好きで、いろいろな本を。自分は東野圭吾が一番好きです。本も読むし、ゲームとかもよくしたりします」
――東野圭吾さんの作品で何が一番好きですか。
「僕が一番印象に残っているのは『夢幻花』という、黄色いアサガオを主題にしたストーリーなんですけど。黄色いアサガオを主軸としてどんどんストーリーが展開していくんですけど、ストーリーの展開の仕方とか黄色い朝顔の立ち位置とかが自分の中ですごく好きな本です」
――大学で楽しみなことはありますか。
「やはり交友関係ですかね。今の高校だと学校に通うと言っても人と関わる機会は、全日制の高校などよりも少なくなってしまっているので、現状関わっているのはスケート関係の人たちと高校の5、6人くらい。あとはバレエの先生方とかで、本当にすごく範囲が限られているので、大学に入ったら人と話すのはあまり得意な方ではないのですが、しっかりといろいろな分野というか、例えば野球、サッカーとかいろいろな人たちとの関係というのは守っていけたらいいなと思います」
――4年間の目標はありますか。
「スケート方面ではしっかりと全日本(選手権)まで行って、上位に食い込める選手になりたいです」
――そのためにどのようなことに取り組んでいきますか。
「自分に足りないのはジャンプの安定性だと思っていて、最初が跳べても最後は跳べないとか、いつも跳べているものが跳べなくなるとか、今シーズンはそういうことが多かったので、しっかりと自分が跳べる得意なジャンプも100パーセントとはいかなくても、9割超えの安定性で跳べたらなと思います。全日本で上位に食い込むにはトリプルアクセルもしっかりと安定させなければなと思っているので、自分が跳べるジャンプはしっかりと安定させていきたいです」
――少し話は逸れますが、身長が高いように見えます。
「そうですかね。自分は165(センチ)とか、164.5(センチ)ですかね。多分伸びていないと思うので。弟が自分より10センチ高くて、昔は並んでいたんですけど。だけど最近話す時は少し上を見なきゃいけないのが悲しいなと思います」
――演技を見ると実際より高いように感じました。
「態度がでかいのかな(笑)。リンクに立っていると、4歳の頃からやっていたこともあって安心感ではないんですけど、自分の土俵みたいな感じがして、すごく安心しますね」
――手足が長いように感じます。
「演技をしている時、自分を大きく見せなきゃなと思っているので。初めてSP(ショートプログラム)を滑った時に、周りが全員年上で自分は小学生の時に周りはみんな中学生とかで体が大きいので、そんな中で自分はどうしたらいいかということで、その時は体も細かったし、今よりも女の子っぽかったので、いかに自分を大きく見せられるかというところは頑張っていました」
――クラシックバレエを行っていると体の動かし方も違ってきますか。
「多分手の動かし方はクラシックバレエだと本当に小さい頃からやっているので、そういうところがスケートにも出てくるのかなと思います」
――どんなスケーターになりたいですか。
「自分が目指すスケーターの像は、その人が滑るだけでみんながワクワクするというスケーターで、その人が滑ることで観客の心をガシッと鷲掴みできるようなスケーターが自分が目指すところではあるので、確実に一歩一歩近づけていけたらなと思います」
――ありがとうございました。
[野原千聖]
◆田中 蓮音(たなか・れおん)法1、星槎国際東京高
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