(6)〝島から甲子園〟 離島球児が見た大舞台 前山優樹インタビュー【後編】

2018.08.07

 夏の甲子園100回記念特別企画。第3弾は前山優樹投手(商3=鹿児島県立大島)のインタビューです。奄美大島の高校出身の前山選手は、高校2年次に離島のハンディキャップを克服し、21世紀枠で春のセンバツに出場されました。後編では前山選手が見た甲子園の回想、そしてその後の野球人生を語っていただきました。(この取材は7月29日に行ったものです)。

 

前編はこちら

 

 

 

――本格的に甲子園を意識し始めたのはいつ頃ですか。

 「公式戦で毎回結果を出していて、その時はベスト4でした。厳しいかとは思ったんですけど、21世紀枠に選ばれました。それまで意識はしていなかったです。決まった時は信じられない部分も楽しみな部分もありましたが、全国とのレベルの差も感じていたので、頑張らないといけないと思いました。(甲子園に出た年が奄美大島の日本復帰60周年)それも選考に関係していたのではないかと思います」

 

 

――初めての甲子園はいかがでしたか。

 「人が多くてすごいなと思ったんですけど、投げていればあっという間に終わってしまいました。(龍谷大平安との対戦)レベルの差を感じました。(自軍の)応援席がすごくて、ベンチにいても感じる程でした。それが一番印象深いです」

 

 

 

――1回戦で対戦した龍谷大平安高が優勝しました。

 「決勝はみんなで応援していて、親近感が湧き、優勝したときはうれしかったです」

 

 

 

――甲子園に出たことで変わった部分はありますか。

 「メディアにも注目されて、(寄付金で)道具も良くなったし、環境が良くなりました」

 

 

 

――センバツ後はどのように過ごしましたか。

 「センバツの後は走塁が課題だったので、徹底しました。(春のエースが投げられなかったので)自分が投げていたんですけど、その分経験は深まりました」

 

 

 

――高校3年間でのベストゲームを選んでください。

 「招待試合で、強豪校を招待するんですけど、長崎の海星高とやった時に1対0で完封勝利した試合です」

 

 

 

――卒業後は母校の練習を見に行きましたか。

 「OB戦では後輩相手に投げました。強くはなっていますが、実力での甲子園に向けてはまだまだだと思いました」

 

 

 

――進路として明大を選択した理由を教えてください。

 「自分は進路が決まっていなくて、監督に経験のつもりで試験を受けろと言われたんですけど、結果を残せて入れました。もともと福岡の大学に行く予定でした」

 

 

 

――明大に来て驚いたことはありますか。

 「レベルの高さです。こんな所でやっていけるのかという不安を抱えました。(東京での生活)人の多さです。今は慣れましたけど、最初は新宿などの大きな駅で迷子にもなりましたし、大変でした。(笑)」

 

 

――全国の離島から甲子園を目指す球児たちに前山さんからエールをお願いします。

 「ハンデとかはあると思いますが、離島ならではの強みもあると思うので、地元から甲子園を目指すという選択肢もいいと思います。頑張ってください」

 

 

――ありがとうございました。

 

 

[曽布川昌也]

 

 

 

前編はこちら

 

 

 

 ◆前山 優樹(まえやま・ゆうき) 商3、鹿児島県立大島、180センチ・82キロ、右投右打、投手

 

 高校2年次に21世紀枠で第86回選抜高校選手権に出場。地元・奄美大島の好きなところはきれいな海があること。お勧めのお土産は鶏飯(けいはん)だそうだ。訪れた方はぜひ満喫していただきたい。

 

次回の夏の甲子園100回記念特別企画は、名門・横浜高で甲子園を経験した公家響内野手(政経2)です。お楽しみに。