
スケート部(フィギュア部門) 雪が降る日の試合は/卒業記念特別企画
最後の取材となる全日本学生選手権(以下、インカレ)の帰り道、降り積もる雪の中をスーツケースと走った。
真冬の北海道で終電を逃すことは文字通り死を意味する。積もりたてふわふわの雪は小走りをしても滑りづらく、非道民の私にも優しい。道端に埋められているビールの缶に気を取られた以外には特にアクシデントもなく、無事に駅にたどり着くとホームで電車を待つ。その間も線路は白く染まっていく。
雪。
雪が降っている日は大丈夫、フィギュアスケート取材における自分だけのジンクスがあった。先ほど明大男子は団体で優勝を飾った。この調子だと明日も雪が降るだろう。そうなれば、女子も団体優勝を決め、明大スケート部は総合優勝するに違いない。
こんなおめでたい、けれど自分の中では確信のあるジンクスができたのは、全日本選手権(以下、全日本)がきっかけだった。
2021年12月25日、荒川の上を走る電車の中で私は何度も同じ記事を読み返していた。
なんて日に取材に行くことになったんだ、と胃が痛む。もちろん大前提として選手たちが目標とする全日本に出場できたこと、そしてFS(フリースケーティング)まで演技ができ、その勇姿を生で見ることができること、それは大変うれしいことだ。光栄なことでもある。
しかし、今回の全日本はオリンピックの選考会も兼ねている。そんな大会で、明大の名を背負う選手が、オリンピアンにあと少しで手が届く距離にいて。そんな状況でプロの記者たちに交じって取材をしなければならないなんて、想像するだけで緊張して体が強ばる。川面に反射した朝日が目にしみる。会場まであと30分ほどだろうか。しかし無情にも電車は止まらない。
「最高の全日本でした!」。そう誇らしげに話してくれた佐藤伊吹選手の輝いた顔を思い出しながら座席に座る。彼女のあの言葉を聞けただけでも今日来た意味があった。
ただ、私にとって真の山場はこれからだ。どのような結果になっても最後まで記者として見届ける義務がある。
13,000人の観客が作り出す静寂の中、彼女はゆっくりと滑り始めた。
そこからは夢のようだった。
表彰台に上った樋口選手の頭にはひいらぎの冠が載せられた。幼い頃から彼女たちの活躍を追ってきたプロの記者たちも、高速で手を動かしながらお祭りのようなムードをただよわせる。はにかみながら受け答えをする彼女の姿をギリギリまで見届けて、終電を逃さないように私は会場を飛び出した。
駅まで早歩きで向かっていると、視界に白いものがちらつく。ふと頭上を見上げると、雪が降っていた。
人生初のホワイトクリスマスに心踊らせたのもつかの間で、駅に着くまでにはもう止んでしまっていたけれど。もし今日私がここにいなければ。樋口選手がオリンピックに出場しなければ。代表選考に予想以上に時間がかかっていなければ。
様々な奇跡が重なって見られた雪景色が、あの日確かに存在していた。
それから1年後、2022年12月23日大阪府門真市。
地下鉄に乗りながら、前日に行われた女子SP(ショートプログラム)のジャッジスコアを眺める。
上位につくと予想されていたルーキーの失速を含め大波乱の展開を見せた明大勢の中で、結果が悔しいと毎回口にしながらも、しっかり最後の全日本でFSに進出する松原選手には流石の貫禄を感じる。
そう、最後の全日本となるのは決して彼女だけではない。
ずっと取材させていただいていた山隈選手も今シーズンでの引退を表明している。
彼から「SP落ちした悪夢のような全日本」の話を何度も聞いていただけに、それが前日明大の選手の身に起きてしまった恐怖でまた胃が痛んだ。
彼のラストシーズンは幸せに終わって欲しい、けれど、万一。
しかし、私の不安も地上に出た瞬間一気に霧散する。
雪が降っていた。
地元だからよくわかるが、阪神地区は基本的に冬でも雪は降らない。それでもこのタイミングで降ったということは、それはもう吉兆でしかない。
その後結果がどうだったかは私が語るまでもないだろう。山隈選手は「自分が理想とする演技」を体現し「幸せ」な全日本が幕を閉じた。
このようなジンクスが自分の中にあったから、新千歳空港に着陸した時、飛行機の窓から雪が降っていないのが見え驚愕した。苫小牧駅に着いても、雪は積もっているものの大して降っておらず、何となく不安になった。しかし、満ち足りた気持ちで会場を出たらちゃんと雪が降っていた。
これらの出来事を偶然の一言で片付けることは簡単だが、彼や彼女たちの努力を見続けたからこそ、私は偶然だとは思わない。
そう思わせられるような姿を取材させ続けてくれた選手たちに、ここで心からの感謝を述べさせて下さい。
卒業後のご活躍も心よりお祈りしています。
これまでたくさんの感動を与えてくれて、本当にありがとうございました。
[向井瑠風]
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