(6)最恐で、最侠で、最強で――尾川主将

1999.01.01
(6)最恐で、最侠で、最強で――尾川主将
 来る11月29日、尾川体制の集大成である団体インカレがいよいよやってきます。4年生にとって、この大会は最後の戦いです。選手の4年間を回想するとともにこの大会に懸ける思いに迫ります。

 厳しい。とにかく厳しい。そして恐い。道場は殺気が支配。尾川堅一主将(政経4)が、睨みを利かせて、拳士らを監視する。飛び交う怒号に愛の鞭。腑抜けたやつに容赦はない。その脅威は「尾川先輩が夢に出てくる」(富安・政経3)ほどだ。主将就任当初に掲げた『独裁体制』の下、問答無用で部を統率してきた。「誰もおれには逆らえない」。まさに唯我独尊だった。

尾川主将

 だが拳士らは恐怖で縛られているわけではない。尾川に抱いているのは、「恐れではない。畏れ」(浦口・文3)。尊敬の念が絶えない。それは尾川の人柄に因る。傍若無人に振る舞いながらも、その実は「誰よりもみんなのことを考えてくれている」(肥下・法3)。拳士らが歩んできたそれぞれの道のり。その険しい道の岐路には必ずといっていいほど尾川がいた。特に同期との絆は深い。後山(営4)が、矢島(文4)が、宮下(文4)が、遠藤(営4)が、川合(農4)が、市村マネジャー(文4)が。皆が口々に言う。「尾川がいたから――」。だからここまでこれた、と。その侠気がうれしかった。尾川には何度も支えられてきた。今度はおれらで尾川の夢を支えたい。府立での優勝という大きな夢を。

 「すべては府立のため」。明治の主将としてここに立つのが夢だった。主将になれなかったら部を続ける気はなかった。初めはただの一拳士として、何の期待もされずに入部した。体もみんなより一回り小さく、「周りが嘗めた目でおれを見てた」。だが、「おれは才能の塊だから」。周囲の評価を覆し、瞬く間に主将の座まで登り詰めた。確かに尾川には非凡なものを感じる。ボクシング仕込みの華麗な足さばきから、鋭い豪打で相手を沈めるスタイルは唯一無二だ。しかしそれだけではない。「才能は有限、努力は無限」と、そこに努力もある。その才能に甘んじることなく、来る日も来る日も稽古に励み、両の拳に磨きをかけた。「人に厳しいけど、その何倍も自分に厳しい」(市村マネジャー)。今となっては、「俺が一番」と、最強の自負がある。

尾川主将

 念願の主将に君臨した尾川。己の誇りを懸けた1年が始まった。「部を尾川色に染める」。最強の自分にふさわしい、最強のチームを。だから厳しくした。極限まで。それでもみんなはついてきた。尾川の人間性が好きだったから。その厳しさが、時折見せる優しさが好きだったから。尾川の背にはいつも仲間がいた。
 尾川メイジの結束は固かった。東日本リーグ戦で2年ぶりの優勝をつかむとみんなで歓喜し、選抜大会、東日本選手権で優勝を逃すとみんなで泣いた。尾川を取り囲むように。そこで感じた確かな団結心が忘れられない。彼らの戦いはとにかく熱く、思わずメモを取ることを、カメラを撮ることを忘れてしまう。素晴らしいチームだ。尾川も決して彼らの前では口に出さないが、「最高の仲間に恵まれたと思っている」と感謝の気持ちを内に秘めている。部は尾川色に染まっていた。

 泣いても笑っても、尾川メイジは明日で終わる。運命の大一番を前にしても、尾川の確固たる自信は揺るがない。「優勝は当たり前。自分がどう格好良く終わるかしか考えてない。最後の花道を格好良く飾りたい」と相変わらずの尾川節で優勝宣言をしてくれた。

 そして花道を飾れたら、言おうと心に決めたことがある。この最後の戦いが終わったら、みんなに伝えたい。思いの丈を。ずっと言いたくても言えなかった。柄ではないのは分かっているから。面と向かっては言いづらいが、もう伝えずにはいられない――「みんながいたから、ここまでこれた。ありがとう」と。

◆尾川堅一 おがわけんいち 政経4 愛知県私立桜丘高出 172㎝・67㎏

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