(15)ルーキー特集⑮/阪本圭一郎
昨年度、「紫紺の襷プロジェクト」が始動した競走部。しかし、箱根駅伝出場への道のりはいまだ途上にある。一方で、関東学生対校選手権(関東インカレ)では競歩、短距離ブロックを中心に個々が活躍を見せ、一部残留を果たした。さらなる躍進が期待される中、チームに新たな力として加わったルーキーたち。彼らは、どのような覚悟を胸に歩み出したのか。チームの飛躍を後押しするべく新たに仲間に加わった18人を紹介する。
第15回は長距離部門・阪本圭一郎(文1=興國)のインタビューです。
(この取材は3月27日に行われたものです)
――陸上を始めたきっかけを教えてください。
「小学校の時に少しラグビーをやっていたのですが、痛いのが嫌ですぐにやめてしまいました。ラグビーをしていた時によく食べていて、やめた後も食事の量はそのままだったので、少し太ってしまって……。家族に『ちょっと痩せなあかんから、何かスポーツしなさい』と言われ、自分は球技があまり得意ではなかったので、とりあえず陸上をやってみようと思って、陸上教室に通い始めたのがきっかけです」
――陸上教室についてもう少し教えてください。
「習い事のような形で、陸上クラブに通っていました。小学校の時から続けて、そのまま中学校でも陸上をして、中学3年の時に高校からお声をかけていただいて、今に至るという感じです」
――高校ではどんな選手だったのでしょうか。
「高校に入ってから特別にきっちりしていたわけではなくて、自分のやりたいことをやるという感じでした。ものすごく厳しい環境というわけでもなかったですし、先輩後輩も全体的に仲が良かったです。男子校だったのですが、個性の強い選手が多くて、みんなで楽しくやっていた雰囲気がありました。自分はキャプテンも務めていましたが、比較的、自分のやりたいようにやらせてもらっていたと思います」
――一番印象に残っている大会はありますか。
「やはり高校3年の最後、全国高校駅伝(都大路)の大阪予選です。そこでみんなで優勝して、都大路への出場を決めたことが一番思い出に残っています。学校としても初出場だったので、すごく印象に残っています」
――初出場を果たせた要因は何だったのでしょうか。
「これが決め手、というものがあったわけではないですが、チームに負けず嫌いな選手が多かったことは大きかったと思います。みんな練習でも『負けたくない』という気持ちが強かったですし、高校2年の時は結構大差で負けて5位でした。さらに高校3年のインターハイが終わった時点で、チーム全体としてあまりいい結果ではなかったので『もう都大路に行くしかないやろ』という雰囲気になって、みんなが一丸となってやっていけたのが大きかったと思います」
――明大に進学した理由を教えてください。
「やはり箱根駅伝で、チーム全体の力になりたいという思いがありましたし、自分自身としても区間賞や区間新記録を狙いたいという気持ちがあって、明治大学を選びました」
――目標としている大会は教えてください。
「三大駅伝すべてに出場したいです」
――仲のいい同期を教えてください。
「小林(環・情コミ1=静岡東)と青島(大陸・商1=仙台育英)ですね。一緒にカラオケに行ったりします」
――自身の走りの特徴を教えてください。
「自分はスプリントがあまり強くなくて、長い区間になればなるほど得意だと思っています。高校では試合で最長10キロまで走っていたのですが、任されるのはだいたい長い区間でした。3000メートルの自己ベストより、5000メートルのレースでの3000メートル通過の方が速いこともよくあって、本当にスプリントがないタイプです。一定のペースを維持して走る方が得意です」
――大学の練習には慣れてきましたか。
「大学に入る前から、しっかり練習についていきたいという思いがあって、高校でも都大路が終わってからかなり練習を積んでいました。ただ、その中で少しケガをしてしまいました。今は徐々に戻しているところですし、同期の1年生にも負けないように頑張りたいと思っています」
――復帰はいつ頃を見込んでいますか。
「最初のレースは4月末か5月の試合になると思います。少し遅れるくらいです」
――ありがとうございました。
[武田隼輔]
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