(12)ルーキー特集⑫/大江秀弥
昨年度、「紫紺の襷プロジェクト」が始動した競走部。しかし、箱根駅伝出場への道のりはいまだ途上にある。一方で、関東学生対校選手権(関東インカレ)では競歩、短距離ブロックを中心に個々が活躍を見せ、一部残留を果たした。さらなる躍進が期待される中、チームに新たな力として加わったルーキーたち。彼らは、どのような覚悟を胸に歩み出したのか。チームの飛躍を後押しするべく新たに仲間に加わった18人を紹介する。
第12回は長距離部門・大江秀弥(法1=春日部)のインタビューです。
(この取材は3月27日に行われたものです)
――陸上を始めたきっかけを教えてください。
「子どもの頃から走ることが好きでした。お正月に箱根駅伝を見て、さらに『自分も走ってみたい』という気持ちが強くなって、陸上を始めました」
――いつ頃のことですか。
「箱根駅伝を見たのは小学校3年生くらいの時です。実際に陸上部に入ったのは中学校からですが、小学生の頃から走るのは好きでした」
――中学時代から長距離選手だったのですか。
「中学の時は3000メートルをメインにやっていました。自分は短距離が本当に苦手で、スピードもある方ではなかったですが、長い距離になると周りより少し走れる感覚があったので、長距離を選びました」
――中学時代はどんな選手でしたか。
「県大会に行けるかどうかのレベルでした。大きく伸びたのは高校に入ってからだと思います」
――高校で大きく伸びた理由は何だったのでしょうか。
「中学の時とは違って、高校では顧問の先生からしっかり指導を受けられたことが大きかったです。それに加えて、自分でも『この練習メニューにはどういう目的があるのか』を考えながら取り組むようになって、それが成長につながったのかなと思います」
――今までの競技生活の中で、印象に残っている大会はありますか。
「一番印象に残っているのは、昨年の北関東高校総体(インターハイ北関東予選)です。その大会では自己ベストも出ましたし、自分にとって本当に理想的な走りができたレースでした。とても記憶に残っています」
――最も苦しかった時期を教えてください。
「高校1年の夏合宿の頃は、本当にケガが多かったです。実際に合宿中もケガをして練習から離脱しました。高校1年は、自分の成長につながった部分ももちろんありましたが、前半は本当にケガが多くて、その中で『どうすればいいんだろう』といろいろ考えた時期でもありました」
――明大競走部を選んだ理由を教えてください。
「明治大学が箱根駅伝に第1回大会から出場している伝統校だということは、もともと知っていました。最近は箱根駅伝に出場できていない状況ですが、だからこそもう一度復活して走るチームの一員になりたいという思いがありました。さらに、監督が代わるという情報も知っていて、大志田さん(大志田駅伝監督)が就任されると聞いた時に、自分の母校である春日部高校の先輩も指導を受けていたことを思い出して、大志田さんのもとなら自分も強くなれるのではないかと考えました」
――箱根駅伝で走ってみたい区間はありますか。
「基本的には、任された区間をしっかり走ることが一番だと思っています。そこに置かれるのには理由があると思うので、重要な区間であっても、自分が任されたところをしっかり走って、少しでもチームに貢献できる走りがしたいです」
――平坦なコースと起伏のあるコース、どちらにも対応できそうですか。
「自分としては、夏合宿や山登りの練習で走ってみた感覚では、どちらにも対応できると思っています」
――大学4年間を通しての目標を教えてください。
「大学4年間の目標は、箱根駅伝で区間賞を取ることです。ただ、一番目指しているのは、学生の中でトップを取ることです。5000メートルでも、1万メートルでも、ハーフでも、種目はどれでもいいので、何か一つで学生トップになりたいと思っています」
――ありがとうございました。
[武田隼輔]
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