(27)橘正嵩
そんな硬式庭球部に今、ひと際目を引くプレーヤーがいる。彼の名は橘正嵩(営2)。数少ない一般入部員だ。ほかの部員とは違い、高校時代などの実績は乏しい。入部者のほとんどがスポーツ推薦などで入ってくる中、あえて厳しい道を選んだわけとは――。
彼との出会いは今年5月に開かれた、本学主催の調布市市民交流テニス教室だった。普段取材の対象として見つめる選手たちと一緒にプレーができる。青春をテニスと共に過ごしたわたしにとって、その喜びは言葉に替え難いものであった。プレーの合間の何気ない会話。互いの出身校を知った瞬間から何か引かれるものを感じた。「都立国立高校」。互いの学校が近く、何度か練習試合をした相手。もしかしたら以前に見かけたかもしれない。だがその偶然さ故に彼の魅力に引かれたわけではない。それは彼のテニスに対する熱い思いからであった。
彼のテニスとの出会いは中学生の時。「野球やサッカーと違って、テニスはやったことがない人が多そう」(橘)。テニス人生のスタートはいささか消極的な理由からであったが、そこからテニスの面白みにはまっていく。高校は都立校に進学。だがそこは決して強豪校ではなかった。「全国レベルの練習をしてこなかった」(橘)。都立高校を取り巻く部活動の環境は厳しく、部員やコートの面数、他部との兼ね合いなど障害は大きい。同じ都立校出身としてその苦しみはわたしにも痛いほど分かった。また求められる勉強のレベルも高く、ほかの部員との意識の差に悩んだ日々。そしてどこか満足できない自分がいた。しかしそんな時期があったからこそ、今の彼があるといえる。「(大学では)がつがつ(テニスを)やりたかった」(橘)。心の奥底でくすぶり続けた思い――。それはいつしか厳しい世界に立ち向かおうとする気持ちへと変わった。
だが簡単に彼を受け入れてくれるほど、硬式庭球部は甘くはなかった。クラスメートの川畑(営2)の紹介で練習に参加。そこから部内での試合を経て、ようやく当時の長島主将(平20農卒)から入部の許可をもらった。しかしそれ以上に入部は勇気を必要とした。周りはテニスのエリートたちばかり。「覚悟した」(橘)と入寮当時を振り返る。無謀な挑戦――。多くの人の目にはそう映るかもしれない。けれども彼はその選択に後悔はなく、むしろ喜びを感じている。「(入部は)うまくなりたかったので、良かったと思えた。(入部から)2、3日で成功と感じた」(橘)。周りの同期も彼を特別視することなく、気兼ねなく相手をしてくれたという。「個人スポーツのテニス。しかしみんながいれば話ができるし、共通のテニスもできる。そこでつながっていると思う」(橘)。もうそこには入部当初の後ろめたさはなかった。
大好きなテニスに打ち込む日々。そんな彼に「テニスをやっていて楽しい時は」と聞いてみた。すると彼は「競った試合をものにする時」と答えた。さらに「(自分は)センスや武器はないが相手に食らい付いていくタイプ。その中で、相手が強いほど自分に自信がついていくし成長する。テニスだけでなく、そういった人間性も高まっていると感じるのが楽しい」と続けた。テニスを通して人間としても成長する。それは硬式庭球部のモットーでもある。
取材後、わたし自身の不完全燃焼に終わった高校時代の記憶がふと頭をよぎった。「うらやましい」――。燃え尽きることを知らずに別れを告げたテニスに未練を感じる一方で、まだなお挑戦し続ける彼に対してそう思えた。
そんな彼にはこれからも走り続けてほしい。彼自身が納得するまで。そしてやり切ったと思えるその時まで――。
◆橘正嵩 たちばなまさたか 営2 国立高出 178cm・70kg
関連記事
RELATED ENTRIES

