
(3)安打の軌跡② 100安打、そして記録への挑戦

<3年次(2014年)>
100安打まであと38安打とし、背番号38を付けて迎えた3年春。開幕カードの東大戦では2試合で1安打と湿りがちだったが、2カード目の慶大戦で打棒が爆発。3試合で7安打を放ち波に乗ると、その後もコンスタントに安打を量産。「ボール球を振らなくなった」と好調を維持し、打率は1年春以来の3割台、さらには自身3度目のベストナイン受賞と飛躍のシーズンとした。シーズン終了時には通算81安打と、安打数現役トップに躍り出た。
「ヒットを20本打つ」と強く意気込み臨んだ3年秋。髙山は背番号を20に変え、通算100安打達成へ序盤から驚異のペースで歩み寄る。開幕から8試合連続で安打を放ち、計14安打。100安打まで数本に近づいてからは「考えすぎて結果が出なかった時もあった」と振り返るが、調子を落とすことなく最終戦で偉業を達成。怪物・髙山俊の名を六大学史に刻んだ。
神宮の杜が歓喜に沸いた。100安打まで、あと1本として迎えた立大4回戦。5回に迎えた3打席目、田村(立大)の直球をはじき返し遊撃手の頭を越えた打球は、左前への安打となった。この1本で、3年次では史上初となる通算100安打達成。前日の3回戦ではボール球に手を出す場面が目立ち、無安打に終わっていた。それでも重圧に負けることなく「昨日の反省を生かしてしっかりボールを見極めた」。持ち前の修正能力を発揮した一打だった。
<4年春(2015年)>
きっかけは冬のオフ期間だった。2014年の年末、次の背番号をどうするかを記者から尋ねられた。その時には何も浮かんでいなかったという髙山だが、数日のオフの間に考えると、年始の練習始めに善波監督に背番号1を希望することを申し出た。「安打を何本打つとかだけではなくて、何でも1番になりたいと思ったんです」。野手が1番を付けることは極めて異例だが、髙山の強い意志を汲んだ指揮官は申し出を受け入れた。
晴れて「1」を付けた髙山は偉業達成へさらに歩みを進める。考えながらの打席が増え、無安打に終わる試合も増えたが、序盤に1本が出た試合では固め打ちを見せ、3カード目の法大2回戦では1本塁打を含む4安打と大爆発。「調子がいいときも悪いときも、どんな形であれヒットを打つ」。終わってみれば打率は3割3分3厘と、打者としての幅が広がったシーズンとなった。
4年春を終え、岡田彰布(元阪神ほか)に並ぶ歴代6位タイの117安打としながらも「もう少し打てた」と自己評価は厳しかった。目標とする数字はさらに先。「最後のシーズンなので、チームのための1本を」。ラストシーズンに懸ける思いは強い。
シーズン | 試合 | 打数 | 安打 | 二塁打 | 三塁打 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | 犠打 | 四死球 | 打率 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
3年春 | 14 | 56 | 19 | 4 | 0 | 1 | 8 | 5 | 0 | 7 | .339 |
3年秋 | 14 | 53 | 19 | 3 | 1 | 3 | 6 | 1 | 0 | 12 | .358 |
4年春 | 12 | 51 | 17 | 2 | 0 | 2 | 6 | 5 | 0 | 3 | .333 |
通算 | 93 | 366 | 117 | 22 | 6 | 8 | 44 | 16 | 3 | 35 | .320 |
次回の特集は9月13日(日)「記録を達成してほしい、達成させたい」 善波達也監督インタビューです。
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