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(3)特別インタビュー 今村健連合父母会長 「校歌は〝明治の魂〟」 

明大スポーツ新聞 2019.05.16

学生にとって〝校歌〟とは何か。現役の学生にとって歌うことが何になるのかは、理解す
ることが難しい。明大OBでもある今村健父母連合父母会長は、校歌の持つ意味を説く。
今回のインタビューでは、校歌の持つ特殊な〝力〟について、存分に語っていただいた。


(この取材は3月29日に行われたものです。)
――校歌指導を見た感想をお願いします。
 「感激しました。やっぱり全員じゃないけどあれだけの人が来て、校歌ってこういう意味があるんだとか、実際に歌って体感してみることはすごく意義のあることだと思います。校歌は卒業して、20年、30年経ってくるとその人の資産になります。社会人になると、楽しいこともあるけどつらいこともあって、母校はつらい時に寄り掛かれる場所です。〝我らが母校〟っていうフレーズが、校友(OB・OG)同士を含めて明治の連帯感を生んでいるし、仲間も頑張っているから自分も頑張ろうという気持ちになれるし、チアアップしてくれます。これが心の支えになると思います」



――明治の校歌の良さはどこにありますか
 「明治大学は、封建時代から〝権利自由〟〝独立自治〟の新しい時代を創造しようという若者が創った大学です。まさしく現代はデジタライゼーション(AIやブロックチェーンといったデジタルにより社会が変革されること)の波が押し寄せており、今までとは違った価値観の社会に生まれ変わろうとしています。新しい時代を創造するという意味では、さっきの封建時代が近代へと変革されることと似ていると思います。僕は、父母会長として学生の皆さんが社会に出て、世の中をこっちの方向に向かわせていくぞという風に〝暁の鐘〟を撞いたり、新しい世界を創っていくことに対して〝我らに燃ゆる希望あり〟という風に感じられたらいいと思っています。そういう思いで社会で働くと、仕事って楽しいんです。校歌って1番よりも2番ですし、3番が一番いいんですよね」



――学生に対して明治の校歌をどんなふうに捉えてほしいと考えていますか。
 「〝時代の夢を破るべく〟〝我らに燃ゆる希望あり〟〝高き理想の道を行く〟。このように生きていくと、きっと幸せだと思います。皆さんが将来、仕事が楽しいと思えるようなら、大学からすれば社会のリーダーを沢山輩出できるということになりますし、そうなると明治のブランドがまた上がる。こういった循環は学生も嬉しい。校友も嬉しい、父母も嬉しい。〝三方よし〟だと思っています」


――学生と校歌について何か感じることはありますか。
 「個人的に思っているのは、校歌のポジショニングが昔と変わってきたと思っています。昔は神宮で肩を組んで歌っていました。体育会だけではなくサークルでも飲み会の最後は肩を組んで歌っていました。肩を組んで校歌を歌うことで連帯感が生まれ、いつしか明治大学の学生であることに誇りを持てるようになります。校歌=母校愛=誇り。そういうポジションです。そして、校歌の歌詞がいつしかすり込まれていきます。これが明治だと。社会にでると仕事ができる・できないは偏差値ではないんです。むしろ人間の器の方が重要です。会社に入るとビジネスを創っていけるかどうかが問わる訳ですが、ビジネスを創ると言うことは、創造性だけではなく、どれだけ人に共感してもらえるか、この人について行こうと思われるかが鍵を握ります。
別のたとえをしてみます。まず、評価を横軸として、評判が縦軸だとしましょう。評価というのは、TOEICで何点とれるかといったことや、会議をして議事録が書けるなど形式知的な「できる軸」です。一方、縦軸は言葉では言い現わしにくい、例えばチャレンジャブルとか誠実であるといった人間性や人間の器的な暗黙知軸で〝個の強さ〟と言えるかもしれません。社会に出て大きな仕事を任される人は評判軸の高い人です。評価軸は世の中が変化するにつれてできることを変えていかなければなりません。しかし、評判軸は例えば「前へ」というスピリットのように明大生ならではの一生モノを獲得することができます。個を強くするということが、校歌に凝縮して表現されています。だからこそ校歌を大事にしてほしいと思います」


――大学の校歌は独特な威厳があると思います。
 「高校時代の校歌のポジションは「歌わなくてもいいよ。面倒くさいから」というようなポジションである場合が多いと思います。もしも今の学生さんたちの校歌のポジションが高校時代の校歌と似たようなポジションであるとしたら、大切な資産を持つことが出来ないということになる訳で、本当にもったいないことです。だからこそ、そうならないように学生の皆さんの校歌のポジションを変えないといけないと思っています。ただ、実行するに当たっては、そもそも明治大学の校歌は学生主体で創った訳ですし、校歌プロジェクトも学生主体でムーブメントを創っていくことが一番だと思います。そういうことであれば、父母会も全面的にバックアップする準備を整えます」


――校歌を歌わなくなったと感じる時はいつですか。
 「今年の卒業式と入学式に参列させて頂きました。卒業式の校歌斉唱で校歌を歌っている学生さんが少ないことに驚きました。入学式は仕方ないと思いますが卒業式ではもう少し歌える学生がいてもいい。父母会で話していても、父母会の役員はだいたい歌えますが、お子さんは歌えないという声をよく聞きます。それと、神宮に行ってない学生さんが多いので、校歌に触れる機会がないと言うのも一因だと思います。しかし、機会があれば校歌を歌うのかと言えば、そうとは言い切れないと思います。機会は必要条件であり、十分条件ではありません。十分条件は、母校愛とか連帯感です。学生と話をしていると、そもそも校歌を歌う機会がないといいますが、校歌を歌う前に母校愛や見知らぬ明大生と連帯感を育んでいけるような、例えばスポーツ応援のように心を動かされる機会に参加しない、或いは参加できる環境にないことが根本にあるのではないかと思います」



――最後に一言お願いします。
 「人生をドライブするエンジンは夢と希望です。夢と希望なく生きていっても楽しくありません。夢と希望を持つためには、世の中はどう変化していくのかということを知り、自分はどう関わっていくとかいきたいとかを考えることが必要不可欠です。中国父母会設立で北京に行ったときにアテンドしてくれた北京大学の学生は「ここ半年で
現金に触れたことはない。お金の決済は全てスマホで済ましている」と言っていました。これを明治大学の学生さんに話すと、中国の進歩に対して一様に驚きます。学生さんは、中国は遅れていると思っているようですが、デジタルの世界では先を越されているというのが現実です。グローバル化と言われる中にあって、井の中の蛙になっていないか心配で
す。井の中の蛙は夢や希望を持てないからです。世の中はどんどん変わっていきます。変化はチャンスだと思うマインドをもって、より良い世の中を創造していって貰えれば嬉しいですし、その過程で充実した人生を歩んでくれれば、親としてこれ以上望むことはありません」


[髙橋昇吾]


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