(21)第554号拡大版 佐藤駿選手 独占インタビュー①

 明大スポーツ第554号裏面では、ミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪(ミラノ五輪)で個人銅メダル、団体銀メダルを獲得した佐藤駿選手(令8スケート部卒)を掲載した。本記事では、紙面に載せ切れなかったインタビューを拡大版として掲載する。

(この取材は3月4日に行われたものです)

――日本に帰ってきてから友人や家族からお祝いはされましたか。
 「帰ってきてホテルでみんなでお寿司を食べて。それで家に帰ってからうなぎとお肉を食べに行きました。(ご家族とでしょうか。)いや友達と行きました」

――みなさんからお祝いされたんですね。
 「そうですね。それこそ卒業したんですけど、大島光翔くん(令7政経卒・現富士薬品)に。すごく仲いいんですけど、お祝いしてもらってごちそうしてくれました」

――やはり仲がいいんですね。
 「そうですね。ずっと練習リンクも一緒ですし、一番仲いいんじゃないですかね。本当にスケート界でも(仲がいいです)」

――改めてメダル獲得おめでとうございます。このうれしさを実感する時はどのような時でしたか。
 「まずは団体戦で最後の滑走ではあったんですけど、そこまでみんながいい演技をし続けていたので、最後にいい形で締められたというところがうれしかったところです。あと個人ではメダルを取れるとは思っていなかったので、メダルが決まった瞬間はものすごくうれしかったです」

――ここからは五輪を振り返っていきたいと思います。現地入りをしてから、練習の段階では緊張はありましたか。
 「練習の段階ではそこまで緊張はありませんでした。最初は調子があまり良くなくて少し不安を感じてはいたんですけど、そこから時差も慣れてきて、徐々に調子も上がってきていい形で臨むことができていたので、緊張は全くなかったかなと思います」

――現地入りしてからは、どれぐらいの時間練習をするのでしょうか。
 「向こうに行ってからはがっつりはやっていなくて。1日1時間とか、40分を2個とかを1日にやっていました」

――それは普段と比べたらやはり短いのでしょうか。
 「そうですね。普段はその倍ぐらいは練習しているので、半分くらいの練習量に落としてしっかりと調整をしてという感じでやっていました」

――調子はいかがでしたか。
 「試合の直前というか団体戦前はものすごく調子が良くて。埼玉の練習では調子が良かったので、その流れで時差が慣れてきてからはいつも通りの調子で臨むことができたかなと思います」

――今シーズンはあまり時差がない場所でよく試合をしていたと思いますが、時差の調整っていうのは大変でしたか。
 「結構時差が苦手なので、時差の影響をもろに大会で受けていたので、特にヨーロッパは一番苦手かなと思うので、その意味では早くから行けたので。時差の調整ができて本当に良かったなと思っています」

――やはりその点も踏まえてGP(グランプリ)シリーズも希望を出されているのでしょうか。
 「そうですね。やはり中国と日本の方が時差の影響も出ないですし、中国大会は1度優勝していて、いい雰囲気というか気持ちで臨めるかなというのと。あとは日本でNHK杯は出たかったなと思っていたので、その二つを希望に出しました」

――国際大会でも活躍されていると思うんですけど、やはり五輪独特の雰囲気は会場に着いた瞬間に感じましたか。
 「最初入った時はやはりその会場の雰囲気に圧倒されましたし、ここで滑るのかという重圧みたいなものは感じてはいたんですけど。でも本番はそこまで会場にのまれるということは全くなく、いい緊張感を持てたかなとは思います」

――団体戦初日が誕生日でしたが、五輪で迎えた誕生日はいかがでしたか。
 「なんかあっさりというか(笑)。でもリンクでお祝いされて、チームジャパンのみんなからも始まる前と終わった後とでおめでとうというふうにお祝いをされて、すごくうれしかったです。ただそれ以上に、自分の出番が明後日に迫っているということで、それどころではなかったので、あまり誕生日感はない誕生日だったかなとは思います」

――具体的に誰からどのようなお祝いをされましたか。
 「終わってからチームのみんなで『来て』と言われて、みんなでおめでとうと祝われて。ケーキがあったらよかったんですけど、ケーキは終わってからにしようかということで。後日、団体戦が終わった後におめでとうというのと、結果も含めてケーキをみんなで食べてお祝いをされました」

――団体戦の男子FS(フリースケーティング)まではリンクサイドで応援されていましたが、どのような気持ちで見ていましたか。
 「自分の出番のことも考えながら、緊張もありながら見てはいたんですけど。でもみんながいい演技をしているのを見てすごく感動しましたし、このいい流れ、いい演技を自分も引き継ぎたいなというふうに思って見ていました」

――鍵山優真選手(オリエンタルバイオ)の演技後はすごく喜ばれていましたね。
 「自分の演技よりも喜んでいたかなと思います」

――感情はあまり表には出ないタイプでしょうか。
 「自分の演技の得点が良かった時でもあまり表に出さない方なので、そのキスクラ(キス・アンド・クライ)で自分の演技よりも喜んでいるというのはすごく反響というか、みんなからもすごく言われました」

――鍵山選手がいい演技をしたことがうれしかったということでしょうか。
 「一番うれしかったですし、現地に行ってからずっと練習も一緒で、練習姿も見ていたので、全然不安とか全くなかったんですけど。やはり自分も緊張していたので、その中でもあれだけの演技をできるというのは本当にすごいなと改めて思いましたし、自分もこのいいバトンを受け継いでいい演技をしたいなというふうに思っていました」

――その後、男子FSで出場されましたが、どのような経緯で出場が決まりましたか。
 「まず全日本(選手権)が終わった後に、連盟さんと面談みたいな形でFSを任せたいというふうに言われました。事前にアンケートもあるんですけど、優真と相談をしたりして、結構満場一致というか全員の意見が合ってFSを担当することになりました」

――団体戦が決まった時はどんな気持ちでしたか。
 「まずは率直にうれしい気持ちでしたし、自分は個人的に団体戦というものがすごく好きなので、それに出場させていただくということはすごく光栄なことだなと思ったとともに、チーム戦なので自分の演技に順位がかかってくるというのは、すごく緊張感というかプレッシャーというものを同時に感じてはいました」

――日本学生氷上競技選手権(インカレ)や国民スポーツ大会冬季大会(国スポ)など団体戦が好きなイメージがありますが、どのような理由で好きなのでしょうか。
 「やはり普段はシングルでやっているからこそ、そのチームの団結力であったりとかチームワークといったものがすごく新鮮味を感じますし、リンクサイドとかで応援している姿というのも個人戦だとないので、そういったものが見えるというのはすごく僕は好きです」

――五輪の団体戦は国別対抗戦などとも方式が違いますよね。
 「国別と似ていて、国別は2人の選手のSP、FSの合計が全部入るんですけど、今回はSPはSPで、FSはFSみたいな感じで。または1人が両方を担当するみたいな形で。本当に総力戦じゃないですけど、そんな感じでした」

――普段の団体戦とも少し形式が違いますが、違ったプレッシャーはありましたか。
 「もちろんプレッシャーとかは感じてはいたんですけど、でもそこまで本当にいい演技をして本当にいい流れでバトンをくれたので。正直すごく緊張は感じてはいたんですけど、でもほとんどメダルは確定の状態で引き継いでくれたので、そこはすごく安心感というか少し安堵(あんど)は感じてはいました」

――男子FSの前に米国と日本が同じポイントで並ぶというすごく緊張される場面で出場されましたが、緊張度合いとしてはGPファイナルや全日本と比べてどのくらいでしたか。
 「どうだろう。意外とGPファイナルの方が緊張はしていたかなと思っています。緊張はしていたんですけど意外と前日や本番前の直前の公式練習の方が緊張していて、意外とスタートポジションに立った時はあまり緊張を感じていなくて、伸び伸びとできていました」

――伸び伸びとできたことがいい演技につながったのでしょうか。
 「そうですね。直前には構成を変えようかなというふうに考えていて、そのことで頭がいっぱいだったので、意外と変なことを考えずに逆にそれがいい演技につながったのかなと思っています」

――4回転フリップを投入するかどうかですよね。
 「そうですね。大体順当にいったらアメリカと日本が並んだ状態で自分に回ってくるのではないのかなというふうに、自分の中で計算というか思っていて、本当にその通りになってしまったので、そうなった時にやはりイリア(・マリニン)選手に勝つためには(4回転)フリップを投入した方がいいのか否かというのをすごく迷ってはいました」

――インカレの時に(4回転)フリップを飛ばれていましたが、それも踏まえて投入するかというところでしたか。
 「そうですね。ただ、一度も練習を(4回転)4本構成でしたことがなかったので、それを1回やって飛べるかというのは少し難しいかなと思いましたし、今できることを最大限やっていた方が点数も伸びるんじゃないかといろんなことを考えて、ここまでいい形できていたので、その流れを途切れさせたくないなっていう思いもいろいろ葛藤している状態ではいました」

――最終的に4回転フリップを入れないと決めたのはいつですか。
 「本当に直前ですね。もう直前に自分のこれまでやってきたことを信じて、日下(匡力)先生の方からも『自分が決めたのが正解だと思うから、もう自分を信じて。もうどちらでもいいから。(4回転)フリップを入れるなら入れるで、入れないなら入れないでもう思いっきりやってこい』というふうに言われて。その時に(4回転)フリップは入れずに自分のできることをしっかりとやって点数を伸ばしていってノーミスの演技を目指そうというふうに決めました」

――結果が出た時に涙がありましたが、あれはどういう感情のものですか
 「やはりノーミスの演技でも届かなかったという悔しさはあったんですけど、同時にやりきったという安堵(あんど)というか、そういったものも混じっていたかなと思います」

――自分自身ではどれくらいの点数が出るかなというふうに思っていましたか。
 「正直未知数というかあまりわかってはいなかったんですけど、自己ベストが194点なので、もし全部を完璧にこなして、ファイブコンポーネンツ(演技構成点)がすごく高い演技をすることができたら、もしかしたら200点超える可能性もなくはないなって。(望みは)薄いとは思っていたので。ただ、194点の自己ベストを出すこともできましたし、自分としてはものすごく満足のいく得点だったなというふうに感じてます」

――悔しかったというのは、200点を超えられなかったことなのかイリア選手を超えられなかったことなのかどちらでしょうか。
 「マリニン選手を超えられなかったのは悔しかったですけど、自分も結構満足のいくジャンプが全部飛べていたので。自分で(言うの)もあれですけど、すごい点数を出すことができたので、そのうれしさというのはありました。でもイリア選手は構成を4回転アクセルとかも入れずに(構成を)落としてはいたんですけど、その中でも200点を出してくるというすごさを改めて実感しましたし、自分ももう少しジャンプの質を伸ばして、ファイブコンポーネンツ(演技構成点)の部分も、そしてスピン、ステップのレベルとかの取りこぼしはないように頑張っていかなければならないなというふうに改めて感じました」

――ジャンプの質を高めていくにあたって、何が必要でしょうか。
 「ランディングというか、ジャンプの前後でのスピード感がもう少し同じくらいになれたらいいのかなと自分は思っていて、少し詰まるようなジャンプが多いかなというふうに自分的には思っているので、そういった部分を伸ばしていけたらいいのかなというふうに思っています」

――GPファイナルも今回と同様にマリニン選手の後の滑走でしたが、前に経験しているから安心感はありましたか。それともあまり気にしていませんでしたか。
 「(GP)ファイナルの後はもうしばらくマリニン選手のFSの後にすることはないだろうと思っていたので、思っていたよりは早すぎたなという感じはあって。でも同時に、同じシングルの三浦佳生選手(政経3=目黒日大)と鍵山選手の方から『逆に言えばマリニンの後に滑ったことがあるのは駿だけだから、駿にしかできないと思うからやってこい。してこい』というふうに言われて、その時にもう自信がついたというか。頑張ろうと思っていました」

――リンクサイドから応援がありましたが、それは力になりましたか。
 「そうですね。ものすごく力になりましたし、6分間(練習)からたくさんの声援を受けて、それがやはり自分の調子というか良さにもつながりましたし、本番する前もものすごく落ち着いていたかなというふうに思って、チームのみんなの方に手を振るというか、声援に応える余裕もあったのでそれくらいの空気感をつくってくれたチームの皆さんに本当に感謝しかないかなと思っています」

――声援はあればあるほどうれしいタイプですか。
 「そうですね。あった方がすごくうれしいというか、声援が力になるタイプだと僕は思っています」

――シングルの話に移りたいと思います。団体戦が終わってから男子シングルSP(ショートプログラム)まで中1日しかありませんでしたが、調整の面では難しさはありましたか。
 「FSが終わってから1日しか空かなかったので、調整の難しさは難しいのかなとは感じてはいたんですけど、そこまで意外と疲れも残っていなくて、調整もうまくいっていたのかなとは思います」

――団体の表彰式での表彰台の問題がありました。ブレードが刃こぼれしたと思いますが、どういう状態になったか具体的に説明はできますか。
 「素材が紙やすりのようになっていて、滑り止めのような感じで、乗ってからは横滑りであったりとか、いつもと全く違う感覚になってしまったので、その時はかなり動揺したというか不安がすごくあったんですけど。日下先生が次の日にすぐに全員の靴を持ってスイスまで行ってくれて。5時間くらいかけてスイスに行って全部研磨してそこから練習拠点のヴァレーゼに行って、研磨の機械を置いて練習リンクでも少し違和感があったら直せるように。そこから戻ってきて往復半日くらい。もう朝5時くらいに出て行ってくれて。本当に一番のMVPなんじゃないかなと思いますね」

――普段から日下先生が研磨されているのでしょうか。
 「そうですね。ずっとしてくれていますね」

――SPは2本目のコンビネーションジャンプでミスがありました。すごく珍しいミスかなと思いましたがいかがでしょうか。
 「今シーズン1回も失敗はしていなかったので、自分的には気持ちが入りすぎていたかなと思ったんですけど。でもそこからは気持ちを切り替えて、他のジャンプ、その後の(トリプル)アクセルもしっかりと決め切ることはできましたし、もちろん悔しさもあったんですけど、しっかりとFSは切り替えて、自分はFSの方が得意なので、得意なFSでいつものような演技をしたいなというふうに、そこからも気持ちをしっかりと切り替えていました」

――セカンドをつけられたのはやはり気合いでしょうか。
 「そうですね。気持ちでつけたという感じで、そこからつけられたのはよかったなと思いますし、普段からしっかりとセカンドをどんな形でもつけるような練習をしていたので、その練習のおかげなのかなとも思いました」

――団体で1度滑っているとはいえシングルはまた違うような空気感だったと思いますが、緊張感はありましたか。
 「もちろんありました。SPはすごく緊張しましたし、団体戦よりもSPの方が緊張していたかなと思っていて。4年に一回しかないというプレッシャーもものすごく感じていましたし、会場の雰囲気にも少しのまれてしまっていたのかなと思いました」

――SPは9位発進でしたが、その時はどういうふうな気持ちでしたか。
 「SPの点数を考えて、難しいのかなとも思いましたし。ただ諦めては全くいなくて、FSでしっかりとノーミスの演技をまずはすることが大事だなと思って、そこからは気持ちを入れ替えてSPの失敗を、同じ失敗をしないようにと思っていました」

――今シーズンはFSが調子のいい要因はありますか。
 「まずは前半にケガがあったんですけど、そのケガをしてから、最初のGPシリーズ(中国大会)の時に、(4回転)4本構成ではなくて(4回転)3本構成でしっかりとまとめていこうというふうに思って、やった内容がすごく良かったので、そこからそのジャンプの構成はすごく自信を持つようになって、そこからですかね。気持ちも楽になったというか、自信がものすごくついたので、(GPシリーズ)中国大会の演技から気持ちが変わったかなと思います」

――メダル獲得するのが目標だったと思いますが、それをブレずに考えていたのでしょうか。
 「そうですね。メダルを獲得したいなという思いは変わらずでしたし、あとは自分を信じて自分の演技に集中するだけだなと思っていました。滑走順的にも自分の好きな滑走の順番というのもあったので、まずは集中してやろうと思っていました」

――好きな滑走順は何番でしょうか。
 「FSは3番や4番目が自分的に結構好きだなと思っていて。SPだったら2番目が一番滑りやすいかな。2番か3番が滑りやすいのかな。自分的には好きなので」

――それは6分間練習からの時間が関係しているのでしょうか。
 「そうですね。6分間(練習)から考えて、その後体が冷えずに6分間(練習)の感覚が残っていて、疲れも残っていないくらいの滑走順となったら、大体2番目か3番目、一番いいのかなって思っているので、自分的にはそこが一番好きです」

――団体戦から個人戦SPよりも、SPからFSの方が間隔が長く普段の大会と異なると思いますが、その点で調整が難しかったり9位発進からの切り替えの難しさがあったりしましたか。
 「逆に中2日空いたからこそ、気持ちの切り替えができたのかなと思いますし、中2日空くというのは今までの試合には全くなかったことなので、僕的にはすごくありがたかったというか、気持ちを切り替える期間が2日もあったのでその中でしっかりと調整をすることができて、気持ちも体もしっかりと休めることができたのかなというふうに思っています」

――個人戦のFSも4回転フリップを入れるかどうか考えていましたか。
 「そうですね。もちろん考えていて。前日の夜も考えすぎて4時ぐらいまで寝られなかったんですけど、その日(FS当日)の公式練習をスキップして、先生とも相談して、今まで通りにやった方がいいという判断をして、自分は団体でいいイメージができているので、そのいいイメージのまま持っていこうと決めました」

――4回転フリップを入れないと決めたタイミングは直前ですか。
 「もうその日の朝の段階では、自分の中ではある程度気持ちは固まっていたかなと思います」

――公式練習をスキップされたのはコンディションのためでしょうか。
 「そうですね。コンディションの調整のために。時間が公式練習が終わってから(試合までが)タイトだったのもあったので、休んで試合行って一発でやった方がいいんじゃないかというふうに思ったのでそうしました」

――その日は6分間練習で最初にリンクに立ったのでしょうか。
 「そうですね。6分間(練習)が最初でした」

――それは難しくはないですか。
 「あまり難しくはないというか。自分の中ではそんなに気にしてはいなくて、公式練習で滑った方がもちろんいいとは思うんですけど。でも自分的には関係ないかなという感じで。なくてもあっても、調子自体はもうそこまでである程度完成されているので、自分的には関係ないのかなと思っています」

[杉山瑞稀、野原千聖]

②に続きます