(3)ルーキー特集③/松本塁
昨年度、「紫紺の襷プロジェクト」が始動した競走部。しかし、箱根駅伝出場への道のりはいまだ途上にある。一方で、関東学生対校選手権(関東インカレ)では競歩、短距離ブロックを中心に個々が活躍を見せ、一部残留を果たした。さらなる躍進が期待される中、チームに新たな力として加わったルーキーたち。彼らは、どのような覚悟を胸に歩み出したのか。チームの飛躍を後押しするべく新たに仲間に加わった18人を紹介する。
第3回は短距離部門・松本塁(営1=東京学館新潟)のインタビューです。
(この取材は3月26日にオンラインで行われたものです)
——いつから陸上競技を始めましたか。
「小学5年生からです」
——始めたきっかけを教えてください。
「小学生の担任の先生が陸上に少し携わっている先生でした。自分は小学1年生から野球をやっていて、走塁が好きで学校では(足が)速いような立ち位置でした。そこで、担任の先生から『陸上競技をやってみないか』と誘っていただいたことがきっかけです」
——小学生から運動会のリレー選手でしたか。
「小1の頃はそんなに早い方ではなかったです。リレー選手に選ばれたくて、足が速くなるように家の横の坂を走ったことがきっかけで、足が速くなり始めて、走るのも楽しいなと思いました」
——明大に進学を決めた理由を教えてください。
「明治大学の競走部は練習環境がいいという話を高校の顧問から聞いていました。自分の高校は自主性を重んじて、課題も自分で見つけながら、その課題をどのように克服していくかということを自分たちで考えるような高校でした。明治大学も自分の課題をどのように克服していけばいいかというのを自分で考えて取り組むというやり方なので、そのやり方が自分にとても合っていると思いました。また、練習見学をさせていただいた時に先輩方の部活中の雰囲気とか、盛り上げ方みたいなのが高校時代の陸上の環境とすごく似ていて、ここなら自分ものびのびとやりたい陸上ができるなと思ったので明治大学を選びました」
——高校時代で記憶に残っているレースを教えてください。
「結果の良かったレースは高校2年生の北信越高校新人大会です。そこで初めて100メートル、200メートル優勝という結果を残せたことがきっかけで高校の顧問の先生が明治大学に自分を紹介してくださった大会でもあります。ただ、自分の中で一番心に残っているのは去年の夏の北信越高等学校対校選手権大会(北信越大会)です。インターハイはそのブロック大会で6位までの選手が出場することができますが、自分は0.01秒差の7位で負けてしまいました。そこまでギリギリでの悔しい思いというのを自分はしたことがなくて、そのインターハイに出るために北信越大会を勝つために1年間死に物狂いで練習してきたので、結果が伴わなかったことがとても悔しかったです。ただ、その夏の北信越大会が、今自分が陸上を頑張って、絶対日本一になってやるという思いの原動力になっていると思います」
——自身の強みは何ですか。
「自分は高校2年生の北信越高校新人大会までスタートが苦手でした。ただ、ある日を境にスタートが劇的に良くなって、そこからスタートでは誰にも負けないくらいスタートからの中間までの加速の部分が早くなったので、今はそこが武器になっていると思います」
——克服したい課題を教えてください。
「自分は結構メンタルが弱いタイプです。重要な大会になると意識がいろいろなところに行ってしまい『あの選手早そうだな』とか『自分大丈夫かな』という考えになってしまうので、メンタル強化が今の自分にとってすごく課題だと思っています」
——今年1年の目標を教えてください。
「1年目は基礎の体力作りに重きを置きたいです。ただ、せっかく歴史のある明治大学の競走部に入部したので、部の目標である関東インカレ一部残留に少しでも貢献できるように4×100メートルリレーや100メートルの個人競技で自分がポイントを稼ぐことを目標にしています」
——大学4年間の目標を教えてください。
「やっぱり100メートルで日本一になることです。全日本インカレ(日本学生対校選手権)を走って優勝することが高校からの目標だったので、その目標を達成したいです」
——ありがとうございました。
[柏倉大輝]
※写真は本人提供
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