横浜DeNAベイスターズ・佐野恵太選手インタビュー/新歓号特別企画

2026.04.01

 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。4月1日発行の明大スポーツ第554号(新入生歓迎号)1面にて、佐野恵太選手(平29商卒・現横浜DeNAベイスターズ)を特集しました。今回は、3月10日に行われたインタビューの拡大版をお届けします。

――明スポの取材を受けてくださった理由を教えてください。
 「プロ10年目になりますが、やはり明スポという響きが懐かしかったです」

――明スポとの思い出はありますか。
 「明スポで大学の時に取材してくれていた人と、プロになっても取材や話をする機会があるのはうれしいですよね」

――自主トレが1月からあり、キャンプも経て今の調子や仕上がりはいかがですか。
 「ここまでキャンプも、2月1日からケガなくできていますし、体の状態も打席の中での感覚もオープン戦中盤まできて、だんだん良くなってきていると思います。開幕まで残り9試合を、1打席ずつ大切にしながら開幕を迎えたいなと思います」

――高校時代はどのような選手でしたか。また、思い出に残っている試合を教えてください。
 「僕は高校3年間で甲子園に出られませんでした。1年生の頃、チームは(甲子園に)出ていましたが、その時(僕は)ベンチに入っていませんでした。2年生、3年生と試合に出ながらプレーしましたが、甲子園に行けず悔しい高校野球生活だったなと。2年生の夏に負けた試合が3年間の中で一番鮮明に覚えている試合かなと思います。1点ビハインドで、チャンスの場面で最後のバッターになってしまって『先輩たちの夏を終わらせてしまった』という思いが当時強くて。それが原動力となって野球をやっていた時期もありました」

――いろいろな選択肢がある中で、明大に進学した理由を教えてください。
 「中学校のチームからの先輩でもある野村祐輔さん(平24商卒・現広島東洋カープ2軍投手コーチ)に憧れて高校に進みましたし、高校1年生の冬ぐらいから『明治大学で野球をやりたいです』と監督に伝えていました。『明治大学に行きたい、明治大学でプレーをするんだ』という思いしかなかったので、あまり他の選択肢は自分の頭の中にはなかったです」

――高校時代の明大への印象を教えてください。
 「直接プレーや試合を見たわけではないですが、誰もが知っている大学でもありましたし、誰もが知っている六大学リーグでもあったので憧れですよね。『かっこいいな』とか『自分も神宮球場に立ちたいな』とか『明治のユニフォームを着たいな』のような憧れだけでした」

――実際に明大に入学し野球をプレーする中で、イメージと違ったことや同じだと感じたことはありますか。
 「大学は高校に入った時とはまた違う思いでしたね。プロ野球選手になりたいと思っていざ大学に入ってみると、プロ注目と言われる先輩たちが同じグラウンドでプレーをしていて。レベルの高さと言いますか、『こういう人たちがプロで活躍するんだろうな』っていう。特に入学してすぐ、同じ左バッターの高山(俊・平27文卒、現オイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ)さん、菅野(剛士・平27法卒、現千葉ロッテマリーンズアマスカウト)さんと2人の先輩が1つ上の学年にいたのは、いい目標になりましたね。2年生から試合に出ていましたしプロにも注目されている、プロに行くであろうと言われた先輩たちだったので。逆に言えば『この先輩たちに追いつけ追い越せでやれば、自分もプロへの道を切り開ける』と思いながら、下級生の頃は過ごしていました」

――下級生の頃は試合に出られない時期もあった中で、レギュラーになるまで意識してきたことや成長したことなどを教えてください。
 「バッティングが売りだと自分でも思っていたので、そこを突き詰めていかに打って試合に出るチャンスをつかめるかというところでした。高校時代に捕手をやっていて、大学でも下級生の時にやったりしましたけど、坂本誠志郎(平27年文卒・現阪神タイガース)さんが1個上で(捕手として)試合にずっと出ていたので、なんとか自分が出られるようにポジションを探りながら、バッティングで切り開いていこうという思いでやっていました」

――大学4年間で印象に残っている試合や出来事、成長を感じたことやターニングポイントはございましたか。
 「これといった瞬間的なものはあまりないかもしれませんが、僕が2年生だった時、高山さんとほとんどの練習を一緒にやらせてもらっていました。バッティングをするとなったら高山さんについて行って。そういった時間が自分を変えてくれた時間だったり、自分の能力を引き上げてくれた時間になったと思います」

――大学の中で思い出や好きな施設はございますか。
 「明治の寮は2人部屋で、半年に1回ぐらい部屋変えがありました。のちにプロ野球選手になる坂本誠志郎さんや菅野さん、山﨑福也(平26政経卒・現北海道日本ハムファイターズ)さんと同じ部屋だったことは思い出です。プロ野球選手になるであろう先輩たちと生活をして、どういった練習や生活をするのかが一緒に生活してみると分かるので、寮生活は楽しかったかなと思います」

(写真:インタビュー中の佐野選手)



――大学からドラフト9位で横浜DeNAベイスターズ(DeNA)に入団されました。社会人野球や他の道に進むという選択肢もある中で入団を決めた理由を教えてください。
 「どんな順位でも指名してもらえたらプロの世界に行きたいという気持ちだったので、当時9位でセ・リーグの一番最後の指名でしたけど、それでも勝負したいなという思いがありました。入ってからが勝負だと周りの人に当時よく声を掛けられていて、こうやって今振り返るとそういった言葉は本当だったんだなと思います。入ってからはチャンスも1位の選手よりは少ないと思うので『しっかりと1年目からアピールしていかないと』とは思っていました」

――レギュラーに定着してからは毎年多くの試合に出場されていますが、大きな離脱なく活躍できている要因を教えてください。
 「もちろん多くの選手が万全ではない状態で試合をしていて、そんな中でもいいパフォーマンスができるように心がけていますし、丈夫に産んでくれた親に感謝しているということが一番ですね」

――DeNAでは主将も経験されましたが、チームとして動くときに意識していることはありますか。
 「キャプテンになった当時はまだ26歳で、チームの中でもほとんどが先輩たちで、自分のことに必死という状況でした。プロ10年目で32歳になると、自分より年下の選手が増えている状況なので、後輩のお手本になるような言動に注意しながらやっています」

――プロとして生活していく中で、明大で良かったと感じる場面はありますか。
 「プロ野球界の中にもたくさん明治大学野球部のOBの方がいるので、本当に心強いです。挨拶(あいさつ)に行けば皆さん気にしてくれて、そういったところで明治大学で良かったなと思うことが多いですね」

――DeNAの球団としての魅力を教えてください。
 「野球をやりやすい環境だと思います。僕が入ってきた時も、先輩方がプレーしやすいように気を遣ってくれて、のびのびとプレーさせてもらっていました。チームとしても最先端の取り組みをしていろいろなものを選手に持ちかけてくれたり、僕たちは数字みたいなものに疎かったりしましたが、最近ではほとんどのプレーを数値化してくれています」

――横浜スタジアムの魅力を教えてください。
 「横浜スタジアムは場所がいいですよね。街からも離れていないですし、周りにたくさん観光できるところがありますし。毎試合のようにファンの方々が駆けつけてくれて、そんな中で143試合プレーができるのは本当に幸せなことだなと。自分のモチベーションにもなりますし、球場の雰囲気も大好きです」

――今シーズンの目標や意気込みを教えてください。
 「野球を続けていく上で、全ての数字のキャリアハイというところは目指していきたいです。優勝はここ何年も言っている中で達成できてないので、1年でも早く達成するために自分がチームに貢献したいと思っています」

――最後に新入生へのメッセージをお願いします。
 「今から大学に入学して、どんな夢でも挑戦できる時期だと思いますし、色々なことに挑戦してほしいですね。挑戦して、結果としてダメであっても、それも人生の財産になると思うので、迷ったら全部挑戦してもらいたいなと思います」

――ありがとうございました。

[橋場涼斗]

佐野 恵太(さの・けいた)平29商卒。1994年11月28日生まれ。岡山県出身。明大では3年時からレギュラーとして活躍。東京六大学野球リーグ戦で2度のベストナインに輝き、2016年ドラフト9位で横浜DeNAベイスターズに入団。20〜23年にはチームの主将を務め、20年に首位打者、22年に最多安打のタイトルを獲得した。現在もチームで主力として活躍を続けている。背番号は7。