(87)全国大学選手権・早大戦 試合後コメント 田代大介「スクラムに全てを懸けていた」

2026.01.15

 7年ぶりに日本一を成し遂げた。平組は5年ぶりに関東大学対抗戦(対抗戦)を制覇すると選手権も決勝戦へ。5年前に決勝戦で敗れた早大を22―10で下し単独2位となる史上14度目の日本一に輝いた。栄冠をつかみ取ったスタメン選手15人、幹部陣にお話を伺った。

 第1回は田代大介(営3=大分舞鶴)のインタビューをお送りします。(この取材は1月13日に行われたものです

——決勝戦を振り返っていかがでしたか。
 「準備してきたことが全部出せたかなと思っています」

——優勝した瞬間の気持ちはどのようなものでしたか。
 「もう言葉にできないぐらいうれしかったです」

——決勝戦は他の試合とは雰囲気などは違いましたか。
 「周りにいる観客の量も違うし、アップの時もいつも以上に声が届かないというのも実感したので気合いが入りましたね」

——1回転トライは大きな話題になりました。
 「ちょっと派手にやりすぎちゃったんですけど、見ているファンの人の印象に残ったらいいかなと思って。両手で置きなさいとかのコメントも結構あったんですけど、横から相手が来てるように見えたので、あの瞬間は自分の中で飛び込むのが自分の中では一番安全なトライの仕方だったと思っているので、飛び込んだだけです(笑)」

——ディフェンスとセットプレーの高い完成度が勝利の要因の一つとなりました。
 「特にスクラムは対抗戦で(早大に)やられているので滝澤コーチ(佳之・平13政経卒)を中心にやり返すチャンスが来たということでスクラムに全てを懸けていたので、真っ直ぐ押してペナルティーを取る自分たちの形ではなかったんですけど、相手は相当嫌がっていた部分があるので良かったのかなと思います」

——4年生とプレーする最後の機会でしたがいかがでしたか。
 「今年の4年生もすごく大好きな人たちばっかりだったので、寂しい気持ちはありますけど、最後に自分たちの年で、僕が4年生の先輩にそう思うように、後輩からそうやって思われるようなチームづくりをしていきたいなと思っています」

——シーズンを振り返って、ターニングポイントとなった出来事、試合はどこだと思いますか。
 「夏合宿の帝京戦ですかね。自分は昨シーズンは3番手で紫紺も着れない立ち位置でした。僕が3番手だった時に1番、2番手で出ていた選手が今年もいたので、今年になって僕を1番手で出すというのは、コーチとしてもギャンブルというか思い切ったことだったと思いますし、(対抗戦前)最後のテストマッチで圧倒的な力を見せつけないといけないと自分も意識していたので、そこかなと思います」

——今年度ブレークを果たした要因をご自身でどのように捉えていますか。
 「スクラムですね。スクラムが強くないと大学ラグビーはやっていけないので。フィールドプレーの良さは、昔からあったと思っているので、そこを伸ばしながらスクラムもいろんな人の話を聞いて吸収できたのが良かったのかなって→と思っています」

——シーズンを通して田代選手の勝ち気な性格がチームを盛り上げていたと思います。
 「血の気が多い選手がチームに一人か二人はいた方が周りも熱くなれるというか、役割とか肩書きのようなものではないですけど自然にそうなっていて、自分としては良かったのかなと思います」

——慶大戦の後にミーティングを週1時間から16時間に増やしたと聞きました。
 「相手チームに対するフォーカスを全部コーチ陣が決めていたのを選手で話すようになって、より相手を意識できるようになりました。長い時間のミーティングのおかげで、やることが前以上に明確になって、対抗戦の帝京大戦は、うまくいかなかった時でも全員が迷わず80分間同じことをやり続けるという意味ですごく良かったと思います」

——対抗戦を振り返って特に印象に残っている試合を教えてください。
 「悪い意味では筑波戦、いい意味では帝京戦ですね。筑波戦の前までは(あまり)ミーティングをしてこなかったので、今年の筑波があんなに強いというのは半想定外だった感じで、甘く見ていたところもみんなあったと思うし、勝たないといけない意識は、あの時は絶対筑波の方が上手だったなと思って、そこでチームが変わり始めたと思います。帝京大戦は後半のファーストトライをしたり、(スクラムで)ペナルティーを取ったところとかで、周りに自分の名前が売れ始めたポイントになったので印象に残っています」

——来シーズンへの意気込みをお願いします。
 「4年生が残してくれたいい伝統は残しつつ、最強のチームを作りたいです」

——ありがとうございました。

[佐藤比呂]

◆田代 大介(たしろ・だいすけ) 営3、大分舞鶴高、180センチ・109キロ