(42)〜The road to Recapture〜 伊藤潤乃助「“今年の明治は違った“と言われるように」

2025.11.09

「最後の1分1秒までスキを見せず、全力を尽くす」。平翔太主将(商4=東福岡)がスローガンである『完遂』に込めた意味だ。関東大学対抗戦(対抗戦)全国大学選手権(選手権)制覇の渇望を胸にラグビーに向き合ってきた4年生は明大での日々を振り返って何を語るのか。4年間の総括とラストシーズンの意気込みを伺った。11月7日より連載していく。

第3回は伊藤潤乃助(文4=常翔学園)のインタビューをお送りします。(この取材は10月30日に行われたものです)

――明大に進学したきっかけを教えてください。
 「正直どこの大学に行くかはすごく迷っていました。高校時代の選抜大会で試合のパフォーマンスが良かったときに明大からお誘いが来て、親に相談したら『関東の強い大学で挑戦してほしい』と言ってもらい、自分も挑戦してみようと思って明大に決めました」

――明大から声がかかった時はどのような心境でしたか。
 「すごく驚いたというのが一番ですね。大学ラグビーの中でも特にエリートが集まる所だと思っていたので、まさか明大から声がかかるとは思いませんでした」

――4年間を振り返っていかがですか。
 「1年生の時は寮の掃除や試合で着るジャージーの準備があって仕事が多くしんどいこともありましたが、中学、高校と比べて仲のいい同級生や寮生活というのもあり、濃い時間を過ごせたと思います」

――4年間で一番印象に残っている試合を教えてください。
 「4年目の春の同志社大学との定期戦です。高校の時一番仲良かった子がトイメンで、お互いリザーブから出てスクラムを組んだのが一番印象に残っています」

――お互い連絡を取ったりはしましたか。
 「取りましたね。実は3年生のときにも試合に出そうだったのですが、3年の春に僕がケガをしてしまって、向こうから『なにしてんねん』って電話が来て(笑)。来年もう一回やろうと話していたので、今年の試合のメンバーが発表されたときは『今週よろしく』ってラインが来ました」

――初めて紫紺を着たときはどのような心境でしたか。
 「緊張がすごかったです。自分が着られるとは思っていなかったタイミングで初紫紺だったので、緊張で固まっていたような気がします」

――紫紺を着て試合に出ることは、伊藤潤選手にとってどのような意味を持ちますか。
 「高校のときから、試合に出ることは親への恩返しだと思っています。ここまで育ててもらって、自由にラグビーをやらせてもらっている親に対してどこで自分が恩返ししなければいけないかと考えたら、やっぱりラグビーで活躍している姿を親に見せるのが一番の恩返しになると思うので、親にしっかりと自分の成長した姿を見せるというのが紫紺を着て試合に出るということだと思います」

――最上級生となった今、先輩の存在はどのように感じていますか。
 「下級生の時は、細かいことを言ってくる嫌な人もいたなと思っていましたが、自分たちが最上級生になって、そういう先輩がいてくれたおかげで今のチームがあると痛感しています」

――尊敬している先輩はいらっしゃいますか
 「昨年度の主将の木戸大士郎(令7文卒・現東芝ブレイブルーパス東京)さんです。中学からずっと一緒にプレーしているのですが、常に僕の一歩先にいて、主将もしていたので尊敬しています」

――同期の方々はどのような存在ですか。
 「何があってもずっと一緒にいる、一緒にいてすごく楽しい存在です。たまにめんどくさいときもありますが、すごく頼りになります。高校の時の同級生や友達よりもずっと一緒に生活している感覚があるので、親戚とか家族みたいな感じです(笑)」

――4年生として後輩に伝えたいことはありますか。
 「ケガだったりメンバーから外れたりして挫折することもあると思いますが、絶対にチャンスが回ってくると思うので、それをしっかり諦めずつかみ取ってほしいです」

――伊藤潤選手にとって『完遂』の持つ意味とは何ですか。
 「大学選手権の優勝はもちろん、それをするにあたって関東大学ジュニア選手権のほうでも連覇することです。私生活でも自分たちが決めたルールを4年生主体でしっかり守って、誰からも“今年の明治は違ったな”と言われるようなチームになることが、僕の中での『完遂』です」

――ありがとうございました。

[加藤晃誠]

伊藤潤乃助(いとう・じゅんのすけ)文4、常翔学園高。175センチ、109キロ
同期で一番面白い人は誰か伺うと「平岩照英(法4=明大中野)です。何を考えているかわからないところが面白いです」と一言。