(3)第547号拡大版 樋口新葉選手 独占インタビュー Vol.1

2025.07.17

 明大スポーツ第547号1面では、樋口新葉選手(令5商卒・ノエビア)の特集を掲載した。本記事では、拡大版として紙面に載せることができなかったインタビューを掲載する。

(この取材は6月17日に行われたものです)

――現在はどのような練習をされていますか。
 「今はオリンピックシーズンに向けてSP(ショートプログラム)とFS(フリースケーティング)の振り付けが終わって、来週末アイスショー(ドリーム・オン・アイス)で初披露ということで、その練習をしているところです」

――新しいSPは、どのようなところを見てほしいですか。
 「SPは『My Way』という曲です。今シーズンがラストシーズンになるというのは決めているので、最後というのと、自分が今まで滑ってきた思いを乗せられるような曲がいいなと思っていて。振り付けはジェフリー・バトルなんですけど、ジェフに『僕が最後に滑りたかった曲なんだ』と言われて提案されたので、自分がスケートに対して今まで思ってきたことを、一つの人生としてまとめて滑れるような表現ができるといいなと思います」

――選曲も悩んだ末に決断したという形でしょうか。
 「そうですね。最初振り付けを行った時は、全く別のジャンルの全然違う曲を滑る予定でした。現地に着いてから3日ぐらい一緒に滑っていて、それまで予定していた曲は『こういう感じで滑れるといいな』と想像はしていたんですけど、自分の中に落とし切れないというか、ピンと来ていないなと思っていたので、そこからその曲(My Way)を提案されて、すごく自分に合っているし、滑りやすそうだなと思いました」

――振付師のジェフリーさんとは、昨シーズンのSPもタッグを組んでいると思います。振り付けはどのように入れていきましたか。
 「以前は私もどういうふうに作っていくのかというのが分からない状態で振り付けをしていたので、割と言われたまま動くみたいなことが多かったんですけど、今シーズンと昨シーズンは、自分がこういう動きをした方が滑りやすいとか、例えば『強いフリにした方が音に合うんじゃないか』みたいな提案も自分でできるようになって、本当に一緒に作り上げていくようなイメージです」

――昨シーズンのSPはものすごくかっこいい、力強いプログラムだったと思いますが、今シーズンは曲調が大きく変わりますよね。
 「そうですね。全然違うジャンルの曲なので、またその良さっていうのが出てくるなとは思うんですけど、ただ滑り込みがまだ全然できてないので、どういうふうに変わっていくのかというのも面白い部分だと思います」

――昨シーズンのFSはテーマがご自身に合っていたそうですが、どのような気持ちで毎試合滑っていましたか。
 「いろいろなところでも話しているんですけど、昨シーズンは自分がラスト(シーズン)かなと思いながら滑ったシーズンでもあったので、本当に一つ一つの試合、悔いが残らないように、自分の納得できるような形で終えられる試合を目指して練習をしていて。プログラムは自分が迷って分からなくなってしまったところで、信念みたいなものをつかんで、そこに向かって進むというテーマで滑っていました。プログラムを作るときは、自分がこの先どうしようか、この先競技をどういうふうに続けていくかというのを、すごく迷っていた時期だったので、その曲を提案された時はすごくしっくりきたし、自分の中で目標とする結果を決めて、試合を迎えるというモチベーションにつながっていたと思います」

――振り付けのシェイ=リーン・ボーンさんとは本当に長くタッグを組んでいますが、普段はどういうお話をされますか。
 「やはりスケートの話が多いです。ただ、その振り付けをしていく中で、自分がどういう思いで今スケートに向き合っているかとか、今どういう気持ちで生活しているとか、そういうプライベートの話とかも結構したりして、自分が悩んでいることや振付師と選手という関係性以外の、人としての話とかもします。やはり自分よりも長く生きていますし、すごく参考になる部分だったり、いろんな経験をされているので、そういった意味では自分の中で本当に迷った時に相談できる相手だと思います」

――新シーズンのFSは『ワンダーウーマン』という映画の曲ですが、どのように演じたいですか。
 「映画のストーリー的には分かりやすいストーリーだと思うんですけど、自分の中で戦うという意識は、試合をするにあたってすごく重要だと思っていて。フィギュアスケートは変わった競技で、勝ち負けだけじゃない表現の部分だったり、すごくたくさん魅力が詰まっているスポーツだと思うんですけど、それをアイスショーと試合に分けた時に、戦うということや勝ちにこだわるということにすごく意味があると思います。最後のシーズンとして自分が試合の上で残していきたいものは、自分が戦える姿だと思うので、その気持ちを強く出せると自分としても滑りやすいと思います」

――映画の主人公の強い女性を演じるイメージでしょうか。
 「はい。できるといいなと思いますし、その映画のストーリーだけではなくて、それを自分の気持ちに変換して滑れるところもすごく楽しみです」

――映画鑑賞が趣味ともおっしゃっていましたが、イメージをする上で映画を見られたりしますか。
 「全然関係ないジャンルの映画とかもたくさん見るんですけど、どうしてもスケートとつなげてしまう部分もあったりして。というのは、私が今まで滑ってきた曲は、物語の中に入っている曲やそのサウンドトラック使っていることが多いので、映画を見ている時はもちろん話も入ってくるんですけど、どういう時に音を使えるかなと想像しながら見たり、本当にいろいろなジャンルの映画を見ます」

――ご自身の代表作を挙げるとしたらどのプログラムでしょうか。
 「自分が演じてきた中で分かりやすいのだと、やはり『ライオンキング』だと思いますけど、今回の『ワンダーウーマン』も作曲している方が同じなんですね。ハンス・ジマーという方なんですけど、いろいろな映画の曲を作っていて、自分が想像する曲調だったり、曲を聴くとこれだなと思う曲がいつもハンス・ジマーの曲で。すごく勝手に縁を感じていて、5月にコンサートがあったので行ってきて、生で『ワンダーウーマン』や『ライオンキング』の曲も聞いたりして、すごく感動する曲だなというふうに感じていました」

――昨シーズンのお話に戻ります。特に印象に残っている試合はございますか。
 「たくさんあるんですけど、一つはGPシリーズ(グランプリシリーズ)のアメリカ大会です。今までGPシリーズに何戦も出てきた中で、初めて優勝できたのが一番印象的でした。オリンピックシーズンを2回過ごして、休養を挟んでという中で、オリンピックシーズンよりも点数が出なかったり、技術的にも落ちてしまっている部分というのは見て分かると思うんですけど、その中でも自分の中で充実した試合でした。ピークが上がりきっていない中での試合で優勝の経験ができたというのと、(GPシリーズでの優勝は)自分のスケート人生において一つの目標でもあったことだったので、それを昨シーズンになって経験できたというのがすごく大きなことで印象的でした。あと二つあって。一つは全日本選手権(全日本)です。先ほどと同じような話にはなってしまいますが、復帰してもう一度そこまで上がれるという自信は自分にはそんなになくて。目標として優勝や表彰台というのはもちろん狙っていた中でも、現実的に見ると年下の選手の追い上げもあるし、1年間休養していたブランクというのもあったので、何か自分の中で一つ結果以外の目標というか、納得感みたいな部分を求めてやっていかないと突き進めない中での大会で結果を残せたので、そこがすごく印象的でした。最後は世界選手権です。世界選手権は今まで出てきた試合の中で一番自分が納得して終えられた試合になったなと感じています。それは初めてですね。本当に良かったと思っていて、悔しい気持ちとかはなく、失敗した中でもこれで良かったなと思える試合が初めてだったので、こんな試合が来シーズンたくさん続くと、また次のステップにも進みやすいと思った一戦でした」

――GPシリーズアメリカ大会はシーズン序盤でした。調整や完成度の部分ではいかがでしたか。
 「自分としては、昨シーズンのピークは全日本と常に意識していました。アメリカ大会ではどのぐらいできるのかという、上げていく段階の試合だったので、そこでは結果はそんなに求めていませんでした。ただ、自分がラストシーズンになるかもしれないという意識は全ての試合あったので、今できることを全部出せるように、毎試合そういう意識を持ってシーズンに入っていていました。『GPファイナルに行きたい』というのはそんなに考えずに滑った試合でした」

――休養に入る前と今では、一試合一試合のモチベーションや気持ちに変化はありましたか。
 「オリンピックシーズンまでは『とにかく結果出さなきゃ』とか、自分ができることを全部やっていました。今は勝つために(トリプル)アクセルをやらないとか、そういう選択肢も視野に入れながら進めていますが、それまでは自分のできることは全部やらなきゃいけないし、そうやってアピールしていかないといけないという、プレッシャーみたいなものがありました。簡単に言ったらプレッシャーですが、そのプレッシャーの中にはすごくいろいろなものがあって、うまく言い表せないですけど、自分にとってマイナスに働いてしまう気持ちだったりとか、そういうのもたくさんあったなと思います」

――全日本の女子はSPで上位6人が70点越えと、誰がFSで逆転してもおかしくない僅差の状況でしたが、SPを終えた段階での心境はいかがでしたか。
 「もう無理かもって正直思ったくらい、演技中に足がつってしまって。全日本とかではそのような経験はなかったので、すごく焦ったりしたんですけど、ここまで来たらやるしかないなと思っていました。(FSまで)1日空いていたので、そこでどれだけ自分の状態を戻せるかというのを考えて。焦る気持ちもあったんですけど、今までの経験はすごく大事だったんだなとそこで改めて感じました。今までだったらそこで『もうダメだ』って言ってしまったり、もちろん人にも頼りますけど、自分の手札がすごく少ない状態だったりして、どうしていいのか選べない状況だったことが多かったです。でも、そういう経験を踏まえてできることをやるしかないし、その中で自分が精一杯やったらそれは今の自分のベストを出したことになるからという、その時の自分を受け入れるという気持ちを持つことができました。今までの経験のおかげで自分が成長できた部分につながったので、焦りはあったけどあと1日で治そうというポジティブな方向に変えられたと思います」

――FSはステップ、スピンは全てレベル4で、3位で表彰台に上がりました。演技終了直後はどのような気持ちでしたか。
 「正直、朝の公式練習の時点ですごくボロボロだったので『こんなんじゃダメだな』と思いながらも『やるしかない』という気持ちでした。昨シーズンはそういう場面が多かったので、それも経験だなというふうに思っていて。滑り終わった後は本当に『やっと滑り終わった!』『もう疲れた』という、そういう気持ちがすごく出ていました。できる限りのことをやれたことが表彰台につながったと思います」

――表彰式後の会見では、坂本花織選手(シスメックス)と島田麻央選手(木下アカデミー)と3人ですごくニコニコしていたのが印象的でした。3人でお話ししたりしましたか。
 「麻央ちゃんは年が離れているので、あまり深い話というか、自分たちと同じようなマインドでは多分きっとないのかなっていうふう思っていて、そっとしてあげているんですけど(笑)。かおちゃん(坂本)とは本当に普段からすごくいろいろな話をします。試合後も『一緒に世界選手権頑張ろうね』って話をしたりだとか、かおちゃんもすごく大変な経験たくさんしていると思うので、その中でお互いにいろいろな経験をしている中でも、最終的に自分たちが納得するような方向に向かいたいというのがあって。先日旅行に行ったんですけど、実はその時もずっとスケートの話をしていました。競技に対する思いだったりとか、自分がどういうふうになりたいみたいな気持ちも多分同じような感じで。仲間意識じゃないですけど、ライバルでありながらもすごくいい関係性を築けている友達だと思います。そういうところはすごく大事にしたいですし、全日本の後にも『いろいろあったけど頑張ったね』というのを二人で話していた記憶があります」

――坂本選手とはプライベートでもスケートの話をたくさんしますか。
 「そうですね。自分たちのプライベートの話ももちろんするし『今こういう状況で落ち込んでいる』みたいなことを言う時もあります。この前福岡に2人で行った時はほとんどスケートの話ですね。『自分たちが引退した後にどういうふうにスケート界を盛り上げていこうか』とか『もう少しこういうふうにしたら(スケート界が)良くなるよね』とか、次の世代のための話や深い話もしていたので、こういう話ができるようになったんだなと思いました」

――幼いころのライバル意識までとはまた違った気持ちで、選手同士お話をされているのでしょうか。
 「幼い頃といろいろ経験してからだと、みなさんもそうだと思うんですけど、考え方が変わったりいろいろな考えが生まれて、自分の意見だけじゃダメなんだなと感じることがすごく多いと思うんですけど、本当にそれと一緒です。自分がこれまでこだわり続けてきた勝敗と点数について、もちろんそこに関してこだわることはすごく大事ですが、それだけで自分のスケート競技人生を終わらせるのってどうなのかなって挫折したり結果が出なかった時にすごく考えるんですよね。そういう時に大事なのは、自分の納得感や競技に対する気持ちだったり、自分の人生をスケートに置き換えた時にどういうふうに感じるのかという部分です。本当に自分の気持ちというのが点数よりもすごく重要なんだなと思うようになったので、そういうところの変化だと思います」

[髙橋未羽、杉山瑞希]

Vol.2に続きます。