(149)【第543号特別企画】溝上稜斗選手の妹・溝上加菜選手インタビュー 

2024.12.20

 今回、関東学生連合チーム(関東学連)に選出された溝上稜斗(商4=九州学院)。今回は妹であり、2023年のバサースト世界クロスカントリー選手権U20女子代表経験を持つ溝上加菜(エディオン)に溝上稜についてお話を伺った。(この取材は12月10日にオンラインで行われたものです)

――陸上を始めたきっかけを教えてください。
 「兄とは、私が小学校5年生から中学1年生までの3年間ぐらい一緒のクラブチームに所属していました。私も一緒に入りたいと思ったことが陸上を始めたきっかけです」

――幼少期のエピソードを教えてください。
 「兄と一緒に走っていたのは私が小学校5年生から中学1年生の時までだったので、3年間ぐらい一緒のクラブチームで走ることがありました。一番記憶に残っていることは、後半にかけてタイムを上げて負荷をかけるビルドアップという練習メニューが私にとってすごく苦手で嫌いな練習だったので、最後の方は過呼吸気味になりながら必死に食らいついていました。兄と一緒に走っていて何回も離れそうになりましたが、私が大会で負けた選手の名前を出して『また負けるぞ』と叫んでいるのを聞いて、負けたくないと思い頑張れました。すごくきつかったのですが、兄の声掛けがあったから、やり遂げられた練習だったと感じています」

――溝上稜選手は高校から九州学院高で寮生活を送られている中で、3年次には疲労骨折を経験するなど苦しい時期が続いていました。溝上加選手からこの時期の溝上稜選手はどう見えていましたか。
 「私も高校1年時から寮に入ったので、2人とも実家を離れて一緒に会う機会はあまりありませんでした。ケガもあり、試合に出れない、駅伝で走れない兄の姿を見ると、すごく苦しんでいるんだろうなと感じながらも、私と一緒にいる時は弱った姿は見せることはありませんでした。私も調子の悪い時に、兄に相談すると兄は苦しさを知っているからこそアドバイスをたくさんくれました。兄にとって高校3年時の経験はすごく辛かったと思いますが、今につながっていると感じます」

――溝上稜選手に取材した際に「(溝上加選手が)結果を出したら自分のおかげ」とおっしゃっていました。
 「私が苦しんでいる時に兄に連絡することが多くて、そういう時に自分に響く言葉、前向きにさせてくれるような言葉をいつもくれるので兄の言葉には影響されていると感じています。私が高校生の時に、結果を出したら『俺の名前出せよ』って言われていたのですが、あまり言っていないです(笑)」

――溝上稜選手が溝上加選手のことをライバルとおっしゃっていました。
 「やはり兄が結果を出していると私も負けたくないと思いますし、私自身も溝上加菜という名前を知ってもらいたいです。片方だけが強くなってしまうと溝上君の妹と言われるので負けたくないですし、私の方が溝上という名を勝ち取るという気持ちでやっています」

――溝上稜選手は家ではどのような一面がありますか。
 「家の外では、しっかりしていて、周りを引っ張っていくようなタイプだと思いますが、家の中では割と何でも適当で私から結構突っ込まれていることが多いです」

――溝上稜選手と似ている部分、また似ていないと思う部分はありますか。
 「似ていることはいろいろなことにスイッチが入りやすくて、一回スイッチが入ったら突き進むところです。でも、夢中になりすぎてケガすることが多い点も一緒だなと感じていました。違うところは、兄はみんなを引っ張ってまとめることが得意だなと感じています。私も小さい頃から兄を追い続けてきて、兄と同じことをすれば間違いないと考えていたので、ずっと真似をしてきました。兄が高校でキャプテンをしていたことから、私も高校3年時に陸上部のキャプテンをしましたが、兄みたいには上手くいかなくて、そこは違ったんだなと思います」

――溝上稜選手の強みは何でしょうか。
 「陸上競技の楽しさだけではなくて、苦しい、きつい部分をすごく知っていることだと思います。いろいろなことを乗り越えてきているので、みんなが苦しい場面で強さを発揮できるのかなと思います。良いことも悪いことも私たち以上に経験してきているので、土台がしっかりしていると思います。だから安定感があって、大きく外すことはないと思います」

――明大についてどのようなイメージがありますか。
 「兄からは自主性を重んじていて、チーム練習の内容や、各自でやる練習も多いと聞いています。実業団も自主性が大事なので似ているなと感じています。帰省のタイミングが合うと兄と一緒にはしりますし、たまに兄のチームメイトの皆さんと話す機会もあって、良い人が多い印象があるので、ずっと応援しています」

――今年度、予選会落ちした中で溝上稜選手が関東学連に選ばれました。その過程を見ていかがでしたか。
 「予選会はずっとライブ配信で明大を応援していたのですが、通過できなかったという結果を知ってすごくびっくりしました。兄は、入学する前から『箱根を目指すために大学に行く』と言っていましたし、3年間ずっと箱根に出られていなかったので、ここで終わってしまうのかと残念に思っていました。学生連合に選ばれたと聞いて私自身もうれしくて、何とか(夢が)つながったんだなと思いました。明大というチームで行けるのが最高の形だったと思うのですが、その後の選考でもしっかりと走れているみたいなので、自分のことのようにうれしいです。チームとしては出られないけど明大のユニホームを着て走れると思うし、明大の代表として走ってほしいなと思います」

――ご家族の反応はいかがでしたか。
 「家族のグループLINEで走るとは聞いていたので、みんなからおめでとうのスタンプが送られてきて、とても喜んでいました」

――溝上加選手は高校から実業団に入られました。
 「高校で陸上競技を続ける中でもっと上を目指したいと思うようになりました。五輪など世界の舞台で戦いたいと考えた時に、実業団は良い環境だと感じたので、実業団で陸上を続けようと思いました」

――その中でエディオンを選んだ理由はありますか。
 「いろいろなチームに声を掛けていただいたのですが、監督とお話をした時に考え方とか目指すところが自分の考えと一致していて、このチームだったら自分が目指してるものに近づけそうだと感じたので、エディオンを選びました」

――これからのご自身の展望を教えてください。
 「まだエディオンに入社して2年なのですが、故障が多くなかなか結果が出せない日々が続いているので、小さいものからコツコツ結果を出していきたいと考えています。でも、大きい目標としては世界の舞台で戦いたいという思いがあってこのエディオンに入っているので、将来そのような選手になれるように頑張りたいです」

――溝上稜選手は大学をもって陸上競技を引退します。
 「兄と卒業後の進路について話をすることがあり「実業団に行こうかな」と言っている時もあったので、同じ舞台で一緒にできると私もすごくうれしかったので推していました。しかし、大学で辞めると決まり、それはそれで兄の選択なので尊重しています」

――エールをお願いします。
 「最初で最後の箱根駅伝になるし、箱根を目指してここまで陸上を続けてきていると思うので最後は悔いなく、思い切り楽しんで走ってほしいと思います」

――ありがとうございました。

[原田青空]

対談インタビューの記事は12月19日発行の明大スポーツ第543号にも掲載します。ご購入フォームはこちらから!