
(9)明大競走部競歩ブロック・三浦康二コーチ/明大スポーツ第538号特別インタビュー
4年に一度の世界最大のスポーツの祭典・パリ五輪の開幕まで残りわずか。本記事では紙面に載せ切れなかった三浦康二コーチのインタビューを掲載します。
(この取材は5月30日に行われたものです)
――古賀選手と濱西選手が五輪出場を決めた際の心境はいかがでしたか。
「4月26日に選考委員会があって、その段階では30日までに(五輪代表)を発表しますとのことでした。ですが、終わってすぐにリリースが出まして、それで決定でした。その前提となる協議会は、2月18日ですね。日本選手権・20キロ競歩で3位に入り、要綱のどこからどう読んでも上位3人だったので、 条件は満たしています。ただし、最後にどうやって決定するかは、4月中旬に選考委員会をやるということだったので、実際の決定までのタイムラグがありました。ですが、日本選手権終わった直後は、 達成感というか、ほっとしたような感じですね。4月21日に世界競歩チーム選手権があり、トルコから帰国しての発表だったので、気持ちとしてはやはりいろいろな作業が増えるんです。合宿の調整であったり、トレーニング計画の設定、場所の選定などやらないといけないことが出てきて、いやこれは大変だなという。8月1日までは約3カ月であっという間だなと思い、少し大変だと思いましたが、こんな経験ができるのもなかなかないと前向きな心境でした」
――普段どのように選手を指導されていますか。
「古賀(友太・令4商卒・現大塚製薬)の場合は、株式会社大塚製薬工場に入社して、(大学卒業後も)継続して指導を受けたいとのことだったので、社員として、科学アドバイザーを務めています。古賀が月の半分から3分の2ほど赤羽の味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)に来て高い負荷の練習を行う時、技術的なチェックやトレーニングをサポートしています。濱西(諒・令5文卒・現サンベルクス)も明大からの継続で、本人の希望があったので、NTCで合宿をやる時やトレーニングの時は私が行って、都合悪い時は八幡山まで来て、そこで指導します。タイムとビデオを取り、あと技術の質の部分で指導を行っています。そして、2人とも共通してるのがトレーニング計画の作成ですね。最終的には本人が決めるのですが、大学時代から含めて、この期間はこういう方針でやろうと決め、いくつかトレーニングの要素がある中で、この要素だったらこういう手段があり、それを組み合わせて作る、パズルを組むような形です。パズルのピースを作るのは私の仕事で、彼らはそのパズルを組み合わせるという感じです」
――濱西選手の強さは何でしょうか。
「お腹周りの筋力が付きやすいそういう体型をしていますので、そこを生かしたスピードです。そして、仕上がりがすごい早い、そういうところの強さですね。学生時代から短い距離はパフォーマンスが高かったのですが、20キロメートルという距離を持たせる力がなかなか付きませんでした。ここに来て安定してきたと思います」
――濱西選手は日本記録を更新されたりと大学卒業後、大きく成長されていますが、その要因はなんでしょうか。
「急激に調子が上がってきたのが、ちょうど1年前の東日本実業団選手権で、ここで18分台で優勝し、2週間後に順大で記録会があったのですが、そこでベストタイムを出しました。生活環境が変わったということは並行して起こっているのですが、一番大きいのは大学3年の1月にチーム合宿を千葉でやりまして、その時から自分の体重を使ったトレーニングであったり、筋力トレーニングを行って、それからストレッチなどを念入りにして、それが習慣化して1年経ってやっと効果が出たそういう背景だと思います。 実際にストレッチをしっかり行うようになったのにはいろいろなきっかけがありました。濱西が4年生の9月まで私は朝の練習行けておらず、日曜日の練習だけしか行けませんでした。朝の練習に私が行き出して、定期的にそういうトレーニングを指導して、『これができなかったんだ』ということが出てくるんですね。それがうまく回って、濱西も習慣的にやりだすと全然違うということが分かるので、トレーニングの量を増やしたりとか、そういうのを変更してやってきて、形になったのがそのタイミングだったという感じです。半年経ってみたら、昨年度の今ぐらいに急激にタイムが上がって、もう半年経ってみたら、それがしっかりレースでもできていました。五輪代表を決めたのですから、もともと持っていたいろいろなピースが形になってというところです」
――古賀選手の強さは何でしょうか。
「高校時もインターハイで優勝しているので、当初からやっぱり目標がすごく高いことです。ちょうど1学年上に東洋大の池田選手(現旭化成)など非常に早い段階から成果を上げていた選手がいて、そこに憧れがありつつ、本人の中にも高いモチベーションがあったので、そこが一番ですね。それがきちんと行動に現れていたと思います。学生時代から体のケアには時間をかけていました。それからもう一つは非常に体幹が強いです。細身なのですが、実際にトレーニングをやってみると、非常に強いので、U-20の合宿段階でも全然違いました。あと3つ目として故障しないことです。おそらく体のケアに時間をかけていることもあると思うんですけれど、自分がよく見えています。そこはいろいろなトレーナーさんに聞いてもそういう評価をされます。そこは彼の強さの基盤だと思います」
――パリ五輪における競歩の魅力を教えてください。
「一つ目は陸上競技全体の最初の種目ですので、8月1日一番最初の日です。そのため、日本チームの空気感、雰囲気をつくる重要な位置です。二つ目は今回のコースはエッフェル塔を見ながら、セーヌ川を渡って対岸のエッフェル塔の横を左折して、また折り返して戻るというコースなので、エッフェル塔に向かう景観が非常に良いと思います。あとフィニッシュする時には背景がエッフェル塔なんです。マラソンはコンコルド広場で、それはそれで綺麗だとは思うのですが、負けず劣らずのロケーションだと思います。三つ目がマラソンや自転車と違って、競歩は集回コースですので、何回も展開が見えることです。しかも、 陸上競技場の中だと、スタンドとトラックで大体15メートルから20メートルぐらい距離があります。ですが、路上だと距離はすぐです。実際に観戦する人にとって1周1キロメートルで何度も見れますので、そういう臨場感があります。四つ目は見に行く人に給水テーブルの向かい側で一番見てほしいです。給水が手渡しでできるので、各国の戦略が見えます。テレビで観戦する場合もテーブルがずらっと、アルファベット順になります。ABCDに分けられ、旗が立ってて、そこから、各国のコーチが給水を出して、それを取ります。あそこでどのような声掛けをするか、何を渡すかそれは見どころですね」
――三浦コーチはどのようにパリ五輪に関わられるのでしょうか。
「今のところ現地に行く予定で、情報戦略などがメインです。判定情報収集ですね。前回もそうだったのですが、ビデオカメラを持って各国の選手をランダムにずっと撮っておいて、大会の主催者から審判の判定記録が後で配信されますので、何時何分にどの審判がどの選手にどういう判定をしたかは全部記録に残ります。それを撮った動画と突き合わせながら、こういう足の動きをしているとこのような判定が出るということを分析する仕事をもう20年ぐらいやっています」
――明大競歩が強い理由は何でしょうか。
「園原健弘監督やその前の遠藤和生監督など先輩方の歴史があります。競歩選手の入学がずっと続いているということです。成績を上げた高校生が入学がすること、非常に入学枠が少ないので、その中でどうやって選手を入学させるか。日本代表として、園原監督も世界選手権、大学時もユニバーシアードに出ていますし、その同学年だった倉田吉之さん、びわこ成蹊スポーツ大学のコーチを務めていらっしゃるのですが、ボランティアとして、そこからずっと連盟と提携があって、良かった時もあれば、苦戦する時もあるのですが(競歩の選手の入学が)ずっと続いてきています。そういう点を踏まえてさらに学生が努力をしているということも大きいと思います」
――パリ五輪で古賀選手と濱西選手にどのようなことを期待しますか。
「今、競歩種目はスポーツ庁の指定種目になっていて、それは前回の東京五輪の前からそうなんですけど、スポーツ庁からのサポートの支援、助成金が出ています。やはり税金からの助成を受けていますので、それに見合った成績を出す、それは私も努力しますし、彼らもそこを狙ってるだろうと思います。それが指定されるためには国際大会でのメダル獲得が一つ条件です。2014年から男女競歩は同じくスポーツ庁の東京五輪に向けた 指定の助成金を受けていまして、そうやって体制を作って、その中から彼らも上がってきていますので、 当然メダル獲得は助成金を受けるための条件ですから、そこは当然目標になると思います」
――その助成金はこれからの世代に向けたものなのでしょうか。
「それは、2014年から2018年までなんです。次世代ターゲットスポーツ育成事業がスポーツ庁の中にありまして、 それが最初始まったが66競技ぐらいだったんですね。バドミントン、卓球、競泳男子の自由型も入っていましたが、その中の一つとして、助成金を受けて育った種目が競歩です。それは一旦2018年で切れまして、別枠での助成金が続いていますが、今いる選手を支援してくださいという、助成金です。それを受けて、私もサポート活動を行う、いわゆる柱です。2014年から2018年はその東京五輪とそれ以降のための体制作りのためのもので、それは世界選手権などでメダルを取れる種目になったから卒業という形です。あとは自分たちでなんとかやっていくしかないということで、ノウハウは残りました。2019年から明大のコーチをやるというお話をいただいた時にそこの助成金がなくなったけど、ノウハウはあるから、じゃあ明大でそれをやりたいっていうことでお引き受けをしました。今回古賀と濱西が日本代表で、しかも、十分メダルを獲得する位置にあります。それはやはり国の事業をそのまま明治で後継しているという、私の思いからすると、第一段階はクリアしていると思います」
――メダル争いのライバルとなる選手はいますか。
「まず男子20キロメートル競歩に池田選手が出ますが、 それは池田、濱西、古賀の3人チームジャパンです。そこは3人手を携えて上位を狙っていくことが第一です。ライバルという位置付けではありません。一番レベルが高いのが、 戦力的に見ると、スペインなんです。昨年度、ブダペスト世界陸上優勝のアルバロ・マルティン選手と濱西と同じような形で、今年度から出てきたポール・マクグラスという22歳の選手がいます。また、トルコの世界競歩チーム選手権で古賀が最後にメダル逃したディエゴ・ガルシア選手がいて、そこが第一です。それから、オーストラリアです。昨年度、ブダペスト世界選手権で最後に競り負けたデクラン・ティンゲイ選手がいて、他の3人も同じぐらい力があります。そして、中国です。それから、スウェーデンのカールストレーム選手です。日本大好きなんですけど非常に勝負強い選手で、合わせてきたらなかなか手強いという感じです。あと、ドイツのクリストファーリンケ選手です。ベテランの35歳の選手なのですが、非常に安定していて、日本の選手もファンがいます。そして、ブラジルのカイオ・ボンフィン選手も30歳の選手でリオデジャネイロ五輪で4位でと10年ぐらい上位にいます。このような選手たちとどうやって戦っていくか、そこが勝負です」
――最後に一言お願いします。
「彼らの夢をしっかりと現実にさせてほしいなと思います。なかなか夢は夢のままっていうことは多いです。そのため、スポーツの中でやはり五輪は最高ですし、自分の夢を形にすることは非常に幸せなことです。その幸せを存分に味わってほしい、あの場に来れたことをかみしめてほしいです」
――ありがとうございました。
[原田青空]
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