
(10)4年生引退インタビュー 對馬悠
今年度悲願のグランドスラムを達成した明大卓球部。名実ともに卓球界の王者に君臨した卓球部をけん引してきた4年生もついに卒業を迎える。今回はそんな4年生全員にそれぞれ思いを伺った。
(この取材は2月5日に行われたものです)
第3回は對馬悠(文4=大阪桐蔭)のインタビューです。
――4年間で一番思い出に残っている試合はいつですか。
「今年度のインカレ(全日本大学総合選手権)です。後輩が強いというのが一番なのですが、先輩の姿、後輩の姿、同期の姿も見てきた中で、一度も優勝は自分の肉眼で見たことがなかったというのもありますし、人生で今まで一度も優勝の場に立ち会ったことがなかったので、最後の年で初めて、後輩のおかげでその場にいれたのがうれしかったです」
――4年間で成長したと感じることはありましたか。
「卓球の面では、コロナがあって練習の時間を規制されたりして、1日卓球しないと感覚がなくなってしまうこともありました。その中でどうやってこの感覚を残していくのだろうって考えた時に、卓球をやってない時間にも卓球について少し感覚的に考えてみたりして、逆に感覚を養うように意識していました。ラケットを握っているだけではなくて、ラケットを握っていないところでもやれるところなのだなと4年間で卓球に対する考え方において、こういう成長の仕方もあると学んだところかもしれないです。卓球以外の私生活というか、卓球ではないところでは『愚痴を言っていてもしょうがない』ということを学びました。周りが強くて、先輩、後輩に世界一の人がバンバンいるところで、その人たちはもう全く『俺こうだったから』とか『運が悪かったから』と言うことがないので。僕はやはり少し自分から逃げていた部分、運が悪かったという言い訳してしまったりしていたと思います。結局はそこも含めて実力なのだと思います。逃げない姿勢と言ったら格好良く聞こえますが、言い訳していても仕方ないので頑張るしかないなという、物事に対するマインドみたいなものをみんなから刺激もらっていました」
――卒業を目前にした今の気持ちを教えてください。
「中学生からずっと寮生活で宿題もなかったので、いきなり大学に入った時には『勉強や宿題はお金になるのかな』など、やましい考えがありました(笑)。分からないですが、何の意味があるのかなと思っていました。卓球の練習は、試合で勝つため、なぜ勝ちたいかと言うとみんなを笑顔にしたいからという簡単な答えがあるのですが、宿題をやるというのは難しいなと感じてしまいます。でも自分で理由が分からないけれど頑張れる人はすごいなと思います。何のためになるのか、疑問に思っても頑張れる人はすごいと、僕は全くやりたくはないですが(笑)、大学でそのようなことを知れたのでそれはありがたかったです。強いて言えば、もう少しキャンパスライフというものをしたかったなという後悔はあります。例えば1年生の頃だったら、みんなでお食事会したりしたかったです。勉強面では、コロナ前は基礎知識がない僕に授業中に『こうだよ』と教えてくれる友達の存在がありがたかったです。教授が言っている難しいことも友達に助けられて理解するのは楽しかったです。コロナが流行りだして対面授業がなくなってしまったのでもう少しそのような経験をしたかったなと思います。また、卓球をやっている仲間だったらみんな同じような生活なのですが、生き方が全く違う人と話すのは、やはりすごく刺激があるので、そういういろんな人と関わりたかったなという思いがあります。卓球部に関してはもう本当に感謝しかないです。まず日本一を獲っている人が半分くらい入部する中で、日本一でもなんでもない僕が入れさせてもらったことに感謝ですし、人脈に感謝ですし、この先社会に出ていく時に上を見て進めるなとポジティブに思わせてくれる人と巡り会えて本当に感謝です」
――卓球において挫折を味わったことはありましたか。
「コロナで試合が削られてしまったので大きな挫折はあまり感じませんでした。でも僕は学連(日本学生卓球連盟)という運営側をやっていて、それとの両立があまりできなかったのが挫折というか悔しいところです。学連の仕事で練習量は減りますが、そこで勝ったら『やはり明治大学はみんな漏れなく強いな』というイメージを残せたと思うのですが。それが挫折ですね」
――なぜ試合運営側に回ったのですか。
「学連に所属するかもしれないという人が先輩や僕の年代付近で2、3人いたのですが、やはりみんな選手でやりたいと思うじゃないですか、普通に考えたら。でも、高校の時にもらって大切にしている言葉で、時々大事だなと思い出す言葉があります。『頼まれごとは試されごと』。例えば『あれ取ってきて』と頼むときは取ってくれそうな人に、髪を切ってもらいたい時はうまい人に頼むと思います。やはり頼むからにはできると思ってもらえているからなのだなと考えたら、自分を信頼してもらっているのだと思うようになりました。本来卓球をしに卓球部に入りましたが、もらったありがたい言葉を信じてやってみようと思いました」
――実際にやってみていかがでしたか。
「ありがたかったです。卓球をやっていてもやはり人脈は広がり切っていて選手同士はもうほとんど顔を知っているし役員の方も卓球の会場では顔を合わせるので知っていますが、運営している裏方は思った以上に『こんな人がいるんだ』と思ったりするので良い人生経験になっています」
――強い後輩たちに対してどのように思っていますか。
「まず選手としては怖いです。近くで練習を見ていても、もちろん僕より努力しているのですが、それでも努力では埋まらない差があるのだなと感じます。なんだか神がかっている。そういった意味で怖いです。もちろん尊敬もしています。具体的には戸上(戸上隼輔・政経3=野田学園)ですが、技術も気持ちも強すぎる。普段結構優しい感じで穏やかなのですが試合中、2メートルくらいある卓球台を挟んで前に立たれたら怖いですもんね。いろんな要素があると思いますが、努力、才能、気持ちとか全てにおいて上すぎて怖いです。神みたいな感じです。人間性としては、後輩全員に当てはまることですがこうと決まった型がないと思います。真面目だから勝てるとか決まった形がないです。人の数分タイプがあるので、そこに正解はないなと思います。自分が落ち込んだ時やどうしたらいいか、誰かにアドバイスをもらいたいと思う時も結局は自分を基準にすることが大事で、自分を捨てる必要はないなと気づかせてくれたと思います。自分のやり方で見つけようよという感じです。そういうところで刺激をもらっています」
――同期はいかがですか。
「同期は面白いです。すごく仲が良くも悪くもなくけんかも見たことがないです。みんなとご飯を食べ酒も飲みましたが卒業旅行は全く行っていなくて(笑)。でも絶対この先の人生で会うだろうなと思う関係性です。今まで 小、中、高、大学とあって一番面白い関係の同期だなと思います。
――對馬選手にとって、卓球とは何ですか。
「考えたこともなかったです(笑)。僕は9歳から始めたので10年以上卓球をしてきました。そんな一言で言えるほど簡単ではないですが、僕にとっては未来を変えてくれたきっかけだと思います。就活していたら『あなたは10年後どうなっていたいですか』と結構聞かれます。でも10年後の姿は想像できず、ちょうど10年前の自分も、こんな天下の明治大学卓球部で、優勝の瞬間を目にしてこれだけありがたい人と関わるとは思っていませんでした。ただ卓球が好きでやっているうちにいろんな人と出会って、少しずつ夢が変わっていって、いろんなきっかけで自分の知らない、この素晴らしい世界まで歩んで来られたと思います。僕は青森県出身ですが、地元で勉強していてもこんなに大きな未来は待っていなかったと思います」
――明治大学で過ごした4年間はどのような一言で表しますか。
「感謝という言葉しか出てこないですが、何でしょう『優しくしてくれてありがとう』とか『育ててくれてありがとう』という優しい、ほっこり系の感謝ではなく、世の中や勝負事の冷たさの中で、応援される選手は負けても応援されるので感謝やリスペクトの気持ちを持つことが本当に大事だと思います。何かのチャンピオンになろうが、2位だろうが初戦負けだろうが、感謝できる選手はいつまでも応援されると思うので、人間性は大切にしたいなと思います」
――卒業後はどうされるのですか。
「社会人として営業マンになります。今まで勉強してこなかった分資格を取ったりして勉強しています。IT系でパソコンも使うので『寿司打』というタイピングの速さを練習するサイトを使っています。初級、中級、上級とレベルがあって、最初始めた時は初級もクリアできなかったのですが上級までできるようになりました。パソコンを使う人に比べたらやっとスタートラインに立てたなと少しうれしかったです」
――ありがとうございました。
[新村百華]
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