
(201)箱根駅伝事後インタビュー⑫/櫛田佳希、斎藤拓海
〝返り咲け明治〟。復活を誓うスローガンを胸に挑んだ箱根路。10区間中2区間で区間賞を獲得するなど紫紺の戦士たちが躍動するも、結果は総合12位。3度目の正直とはならなかった。今回はレース後の選手たちの声をお届けする。
補欠の櫛田佳希(政経4=学校法人石川)、斎藤拓海(政経3=市立船橋)のインタビューです。
櫛田
――走れなかったことについて率直な感想をお願いします。
「右足を骨折してしまい監督と相談した結果、将来の陸上のキャリアを考え棄権しました。今回はやむを得ずという形なので悔しさはもちろんありますが、棄権をしたことに後悔はないです」
――今のケガの状態はいかがですか。
「箱根駅伝(以下、箱根)を走らないと決めてからは1週間以上安静にしているので、現段階では痛みもそこまでないです」
――杉選手(彩文海・文3=鳥栖工)を中心に下級生の走りはどう見えましたか。
「今までは自分たちが後輩を引っ張って頼れる先輩を目指していましたが、それ以上に頼れる後輩が出てきたのを箱根が終わってから改めて感じました。この4年間自分たちが後輩にしてきたことは無駄ではなくて、区間賞やチームを引っ張れる存在がどんどん出てきていることに関しては本当にうれしいです」
――今後はケガを治していく感じでしょうか。
「実業団に行くまでは出走しないので、そこでケガを治していきたいです。4月から新しく社会人になるので、自覚と責任を持って陸上競技に打ち込んでいきたいと思います」
――実業団での目標はありますか。
「大学3、4年生で全くトラックレースを走ることができませんでした。もちろん全日本実業団対抗駅伝でチームに貢献することも大事ですが、トラック競技でも日本選手権で戦えるレベルにはなりたいです。1年で戦える足づくりをして、今後はそういったところでの優勝を通して日本代表を獲得できるような選手になれたらいいと思います」
――今後への意気込みをお願いします。
「箱根は今回シード権を落として、チームとしてふがいない結果に終わってしまいました。今後はシード権を落としたことを弾みに、自分たち4年生が結果で引っ張っていこうという話し合いをしました。4年生で今後も実業団で続ける選手たちはそこで活躍できるようになったらいいと思います。また自分も日本選手権出場だったり、優勝だったりそういった大きな目標を立てて個人としても頑張っていくので応援よろしくお願いします」
――ありがとうございました。
斎藤拓海(政経3=市立船橋)
斎藤
――今大会で出走できませんでした。
「自分は今回ギリギリのラインでメンバーに入ってきて、出走の可能性としては復路が高かったです。1年間ずっと目標として8区を走りたいと掲げてやってきましたが、往路を目指してやっている人と力の差が生まれてしまいました。その結果、復路を目指している自分だと走るにすら至れないということが分かりました。目指す目標の低さが要因であったかなと思います」
――走れないことが分かった時はどのような気持ちになりましたか。
「素直に悔しかったです。外れた以上はサポートに回る形で、自分より上のチームでずっと練習をやってきた人が入っているのでそこは諦めてしっかり納得して選手を応援しようという切り替えの気持ちになりました」
――同期の杉選手が7区で区間賞を獲得しました。
「同期で練習を一緒にやってきて、杉が頑張っている姿をずっと見てきました。本当に今回は区間賞という結果として成果が出てくれたのは自分もすごくうれしいですし、来年の自分のモチベーションになりました」
――チームはシード落ちという結果となってしまいました。
「もちろんシード権を取れなかったことは悔しかったです。特に区間賞も二つもあって、森下(翔太・政経1=世羅)も好走した中で12位という結果はもったいないというか、誰か数人が走れてもどこかで大外ししてしまったら意味がなくなってしまうので、全員がしっかりまとめる走りをする中でさらにエース級で走れる人が必要だなというのは感じました」
――来年度は最上級生となります。ラスト1年はどのような年にしたいですか。
「今回の目標は復路出走でしたが、次の箱根では往路で区間賞を取る選手になるという目標を掲げてそのためにやれることをしっかり考えてやっていきたいと思います」
――ありがとうございました。
[永井涼太郎、桑原涼也]
関連記事
RELATED ENTRIES