
(138)全日本大学駅伝事後インタビュー⑤/新谷紘ノ介
紫紺の願いはかなわなかった。3年連続のシード権獲得を目標に挑んだ全日本大学駅伝(以下、全日本)。前半の流れを生かせず、結果は9位と目標にあと一歩届かなかった。残す駅伝は約2カ月後に控える箱根駅伝(以下、箱根)のみ。雪辱を果たすべく、明大競走部は新たな戦いへと走り出す。
第5回は新谷紘ノ介(政経2=世羅)のインタビューです。
新谷
5区 区間13位 37分30秒
――今回の結果を振り返っていかがですか。
「シード権獲得というチームの目標に一歩届きませんでした。なぜ自分たちが落としたのかを考えると、自分の区間がターニングポイントだったと考えています。シード圏内で襷をもらったにもかかわらずシード圏外に落としてしまいました。自分がしっかり好走できていればシード権争いを最後までできていたのかなと思うので、自分の区間が大事だったというのが分かりました」
――ご自身の走りを振り返っていかがですか。
「後ろから東洋大と中央学大が追い付いてきて、3校で並走していたのですが、自分が6、7キロくらいで離れてしまいました。そこから中大にも抜かれてしまい、ずるずる落ちてラストスパートもかけられずに吉川(響・文1=世羅)に(襷を)渡してしまいました。本当はもっといい位置で渡したかったのですが、後輩に難しいレース展開にさせてしまい、自分の力のなさや弱さを改めて痛感しました」
――ずるずる下がってしまったのは差し込みなどがあったのですか。
「差し込みはあったのですが、最後の400メートルくらいだったのであまり関係ないです。本当に言い訳にしか聞こえなくてあまり言いたくないのですが、正直、疲労を取り切れずに臨んでしまいました。そこが失速の要因だと思います」
――箱根駅伝予選会(以下、予選会)の疲労ですか。
「それも含めてです。予選会が終わってから全日本までの過程のどこかにミスがあったと思います」
――世羅高コンビでもある吉川選手に襷を渡した時はどのような思いでしたか。
「本当は世羅の先輩としても明治の先輩としても好走して背中を押してあげることが役目だったと思います。逆に吉川や後続の選手を頼ることになってしまい、自分の今日の走りは全く駄目でした」
――全国高校駅伝以来の駅伝を走ってみていかがでしたか。
「駅伝は個人の順位がチームの順位に直結します。久しぶりだったということで片付けたくないです。認識に甘い部分があり、駅伝の難しさを感じました」
――来年度は予選会からになりました。
「自分のせいでシード権を逃したようなものです。来年度は強い4年生たちが抜けて自分が主力になっていかないといけないと思います。少なくとも今のままでは全く戦えないです。来年度はしっかり自分で全日本の切符をつかんだと胸を張って言えるように、これからしっかり練習をしていきたいと思います」
――箱根に向けてはいかがですか。
「元々、全日本と予選会をセットで考えていました。予選会を走った上で全日本ではどのような走りをするかということを目標にしていました。その目標は全く達成できず、むしろ失速して箱根に向けても不安を残してしまいました。佑樹さん(山本駅伝監督)からしてもこの選手はどうなのかという印象にしてしまったと思います。走れたことはいい経験になったのですが、ふがいない走りをしてしまいました。箱根まで残り1カ月と少しですが、もう一回メンバーに選ばれるように今日の悔しさを忘れずに日々練習していきたいなと思います」
――今回の経験を糧に今後はどのような選手になりたいですか。
「エースで外さないということは絶対条件だと思います。ここでただ悔しかったな、で終わるのではなくて、この悔しさを原動力にしていく必要があると思います。これからまたゼロから頑張っていきます」
――ありがとうございました。
[大橋直輝]
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