(51)~road of 〝AHead〟~ 紀伊遼平「チームに貢献できる行動を妥協することなくやり続けたい」

2022.11.02

 「しっかり頂点だけを見つめる」。石田吉平主将(文4=常翔学園)は今年度のスローガン『AHead』に込めた思いだ。4年ぶりの大学選手権(以下、選手権)優勝という頂点の地へ。闘球に魂を込め、たくさんの汗を流した日々。4年生にこの4年間とラストシーズンに懸ける思いを語っていただいた。11月1日より連載していく。

 

 第2回は紀伊遼平(営4=桐蔭学園)のインタビューをお送りします(この取材は10月12日に行われたものです)。

 

――明大に進学した理由を教えてください。

 「田中澄憲(平10文卒・現東京サントリーサンゴリアス監督)前監督に声を掛けていただいたことと、兄が明治大学のOBだったこともあり、そういったつながりから明治大学で日本一を目指そうと思い入学を決めました」

 

――入部当初目標にしていた先輩はいますか。

 「僕が1年次の時に4年生で主将だった武井日向(令2商卒・現リコーブラックラムズ東京)さんです。同じポジションだったこともあり、日向さんからいろいろ学びたいなと思いました。スローでもスクラムでもフィールドプレーでも全てにおいて高いレベルでプレーをしていてフッカーにはこういうことが求められるんだなと思いました」

 

――年間を振り返っていかがですか。

 「1年目は上にすごい先輩方がいて、その人たちからどれだけ学べるかを意識しながら上のチームや下のチームを行ったり来たりしていました。2、3年目では試合に出場することも増えて、他のチームのフッカーと自分との差が気になったりとか、自分に求められることも多くなってきたと感じていて、今思うと一日一日充実した素晴らしい時間だったと思います」

 

――フッカーというポジションのやりがいを教えてください。

 「コミュニケーションの中心になることも多いですし、本当にいろいろなことが求められるポジションなのはフッカーならではだと思います」

 

――田中前監督から学んだことはありますか。

 「明治のフォワードとして大切にしている、倒れてから2秒以内に立ち上がることは言われていました。自分はそれまでアタックして大きなゲインをしてという感じでプレーが途切れがちになる選手でそれでは駄目だと言われていました。試合後に数値が出たりするので、そこでは良く声を掛けていただきました。それこそ武井さんはその数値も高かったので参考にしていました」

 

――一番印象に残っている試合を教えてください。

 「自分が出場して負けた試合は印象に残っています。特に2年前の対抗戦の慶応戦は自分が最後ペナルティーをして、相手にショットを決められ負けてしまいました。最強と呼ばれていたチームの中で自分の経験のなさからそうしたミスをしてしまい、負けてしまったのが印象に残っています」

 

――明大での4年間を通して学んだことはありますか。

 「チームの役に立つのはどういうことかを常に考えるようになりました。今までは自分が試合に出てプレーをすることで評価されることがいいと思っていましたが、それ以外の部分である私生活や練習での態度をきちんとすることでほんの少しだけでもチームの役に立てるのかなという考えが生まれたのは大きな変化です」

 

――スローガン『AHead』に込めた思いを教えてください。

 「4年生みんなで話し合いをして、来年100周年を迎える中で、僕らは99年目でもう一度明治の前への精神を思い返すようなスローガンにしたいと思っていました。そういう思いがあって前へとか前進するという意味がある『AHead』にしました」

 

――最後に意気込みをお願いします。

 「チームの役に立てるように、日本一という目標に対して、少しでも貢献できるような行動を妥協することなくやり続けてチームに貢献したいと思います」

 

――ありがとうございました。

 

[牛嶋淳太郎]

 

紀伊 遼平(きい・りょうへい)営4、桐蔭学園高、173センチ、100キロ

田中前監督、神鳥裕之監督両方からボールを持たないときのプレーでの大切さを学んだ紀伊選手。今後ボールを持っていないときの動きにも注目です。