藤井陽登 安定したセービングで新たな守護神へ

2022.10.08

 昨年度の高校ナンバーワンGKと称された藤井陽登(営1=矢板中央)は明大へ進学。高校サッカーの集大成 である全国高校選手権大会(以下、選手権)に1年次から出場。高校では主将を務め、将来を嘱望された逸材だ。だが順風満帆に思える高校時代の活躍の裏側には苦難があった。

 

初の選手権出場

 「声をかけてくれた」矢板中央高の練習参加で環境にほれ込み、進学を決意。地元の青森を離れて栃木での寮生活を開始した。「まずは試合に出ること」が目標。「レベルが今までと全然違うため最初は練習についていくことすら苦しかった」が弱音を吐かず練習に取り組んだ。選手権では1年生ながら5試合に出場。高校として史上初の決勝進出を懸けた静岡学園高戦では後半の終了間際にPKで敗れる。「延長まで耐えてPK戦に持ち込めば勝つ自信があった。しかし、そこまで持っていけず先輩たちを負けさせてしまったことが悔しかった」。それでも選手権の優秀選手賞を獲得し、チームのベスト4の立役者となった。

 

楽あれば苦あり

 1年目の華々しい活躍の裏では困難を抱えていた。1年の9月ごろに左手薬指に違和感を覚えて以来、選手権や新人戦は痛みを隠してプレー。新人戦終了後に行った検査の結果は骨折。ケガを放置して手を酷使したため緊急で手術を実施した。完治する2年の9月までサッカーができない状況が続いた。挫折を味わうも、先が見えないケガの回復待ちに焦りはなかった。「テレビから選手権で活躍している姿を親や地元の人に見てほしい」という思いで、奪われた正GKの座を取り戻すための苦しい練習にも耐えた。

 

復帰後の大躍進

 ケガからわずか数か月でスタメン復帰を遂げた2年生の選手権では準決勝で青森山田高と対戦。0対5で敗れたが自身は活躍を認められ、日本選抜に選出された。3年次には、主将として選手権に挑戦。約180人の部員をまとめ上げ、チームをベスト16に導いた。そして今年度、鳴り物入りで明大の門をたたく。「大学屈指の強豪であることに加え人間形成を重視するチームであること」が決め手となった。全国から猛者が集う競争の激しい大学でプロサッカー選手になる夢を実現するため「日々努力をし続けること」で成長を積み重ねる。

 

[石田聖]

 

藤井陽登(ふじいはると)営1、矢板中央。182センチ、78キロ。19年、20年全国高校選手権優秀選手賞。20年、21年日本高校選抜に選出された。

(写真は本人提供)