
(22)新風~2020のルーキーたち~ 石浦大貴「明治のナンバーエイトを堂々と背負える選手を目指す」
今年度も次世代の紫紺を担う若者たちが入部した。創部100周年を3年後に控える明大ラグビー部。本企画では、100周年を最高学年で迎えるメモリアル世代、計24名のルーキーに電話取材を行い、それぞれが4年間に懸ける思いを伺った。7月1日より連日連載していく。(※写真は本人提供です)
第2回は石浦大貴(政経1=報徳学園)のインタビューをお送りします。
――明大に進んだ理由を教えてください。
「学校のコーチの勧めです。最初は天理大に行こうと決めていました。しかし、報徳のコーチが明大OBということもあり、毎年先輩方が行っていて、お前も行かへんかと言われて決めました」
――報徳学園高から明大に進んだ選手は毎年主力として活躍されています。
「報徳の先輩が多くて、その中でも試合に出ている選手が多かったので、かっこいいなと思っていました。明治は負けない印象というかただただ強いなと思っていました。(明大でやりたいという気持ちは)最初は強く意識しているわけではなかったですけど、勧められてからは自分も先輩のようにジャージを着て試合に出たいなと思うようになりました」
――報徳学園高時代の3年間を振り返ってください。
「試合に出始めたのが2年生でした。1年生の時は、あまり試合に出られるとは思っていなくて、自信もあまりありませんでした。花園で試合に出るというのが大きな目標だったのですが、2年生で試合に出られるようになってからは花園で優勝することが目標に変わりました。自分が中心選手になれるように日々練習に取り組むようにしていました」
――3年間で1番成長したことはなんですか。
「自分の強みでもあるのですが、力強いプレーをするためにウエイトトレーニングの質を上げるということには3年間こだわりました。体の質が変わって、体重も入学時から10キロ以上増やすことができたので、力強さを増すことはできたと思います」
――3年生で挑んだ花園はいかがでしたか。
「あまりいい結果ではなかったです。ベストは尽くしたのですが、悔いは残っています。大学ではチームとしても個人としても負けないように。もっとパワーアップ、スキルアップをして、大学ラグビーに通用できるような選手になって、日本一に貢献できるように頑張ります」
――最も印象に残っている試合を教えてください。
「やっぱり最後の国学院栃木高戦(12―14で敗戦)です。印象に残っているといえば残っているのですが、いい意味ではなく自分の持ち味が出せずに悔しい結果に終わってしまったということで強く印象に残っています」
――ナンバーエイトへのこだわりはありますか。
「今までの明治の先輩方を見ても、サイズであったり、スキルであったり、まだまだ今の自分とは相当差があります。自分の持ち味の力強さをもっと磨いて、ボールを持ったら必ず前に出て、チームに勢いをつけるプレーヤーを目指したいです。しっかりもっと自分のレベルを上げて、堂々と明治のナンバーエイトを着けられる選手になりたいです」
――1か月間の入寮生活はいかがでしたか。
「3月から1か月くらいは寮にいたのですが、同期とは部屋のメンバーとかどの先輩と一緒やということを話したりしていました。部屋は4年生、部屋長が小島昂(法4=明大中野)さんで3年生は飯沼蓮(営3=日川)さん、2年生が原口虎太郎(商2=東福岡)さんです。先輩にも優しくしてもらっています。良い先輩方です(笑)」
――尊敬する選手はいらっしゃいますか。
「2年生の大賀(宗志・営2=報徳学園)さんです。同じ高校だったのですが、いろいろな面ですごい先輩です。高校の時も一緒にいることが多かったです。プレーなどラグビーに関することももちろんすごいんですけど、日常の生活から独特な雰囲気を出していました。常に笑わせてきて、素晴らしい方です(笑)。僕もどちらかというと笑わせる方なんですけど、大賀さんには全くかなわないです」
――どのような4年間にしていきたいですか。
「いきなりこのような時期にあたってしまいましたけど、東京に帰ったら大学の練習に早く慣れるようにします。スピード、力全てにおいて高校レベルとは全く違うので、そこに慣れて1年からメンバー争いに入れるように頑張ります」
[上松凜助]
◆石浦 大貴(いしうら・だいき)政経1、報徳学園高、178センチ・100キロ
同期で仲が良い選手は住吉一晟選手(文1=国学院久我山)。入学まで面識はなかったが、意気投合し「オフの日に寮の周辺を散歩したり、食堂で一緒にご飯を食べたりしています」
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