ロンドンパラ五輪100m背泳ぎ 秋山選手金メダル獲得
歴史に名を刻んだ。ロンドンパラリンピック、秋山里奈(明大院)が水泳の100m背泳ぎ(S11=視覚障害クラス)で金メダルを獲得した。決勝では、1分19秒50の大会新記録を打ち立てた。「世界最高峰のパラリンピックで優勝してこそ真の世界一」と達成感をにじませた。北京大会では、得意種目がなくなるなど苦労もあった。だが、壁を乗り越えて、また水泳の楽しさを思い出した。紆余(うよ)曲折を経て世界女王になった。
念願の五輪頂点
思い焦がれたパラ五輪の頂点。今まで味わったことのない思いが込み上げてきた。
――悔しい気持ちを感じないで表彰台に上がったのは初めてだった。
パラ五輪出場は、2004年のアテネ、08年の北京に続き3度目。16歳で出場したアテネ大会では、100m背泳ぎで自己ベストを更新し、銀メダルを獲得した。07年には世界新記録を樹立。北京では金メダルの有力候補だった。しかし北京では、秋山のクラスの背泳ぎが実施種目から外された。
――自分の戦う場所がなくなってしまった。夢を持っていたのに悲しかった。
それでも苦手としていた自由形で出場し、8位入賞した。達成感にあふれた。もともとは、北京を最後に引退を考えていた。だが、苦労も乗り越え心境に変化が生まれた。
――(北京で)泳いでいて初めて楽しいと思えた。決勝を泳げるだけでうれしかった。そんな状態なのに、やめますとは言えなかった。
楽しいという素直な感情が、気持ちをロンドンへ向かわせた。
金メダル見せて
普段は健常者と同じスイミングスクールで小、中学生と練習を共にする。周りの子供たちに、着替えに連れていってもらったり、スタートのタイミングを教えてもらったりして、助けられた。
――あの子たちがいてくれたから私はここまで頑張れた。
その子供たちから「絶対金メダルを見せてほしい」と頼まれた。その思いを裏切るわけにはいかなかった。そして証明したかった。
――金メダルを取ることでどんなに苦しくても、努力し続ければ夢はかなう。
見事に体現し、最高のお手本になった。秋山は現在、明大院の法学研究科で学んでいる。教科書や参考書の点訳は、ボランティアの人にしてもらった。板書するときは、先生に声に出してもらった。ゼミの先輩や学部で出会った友人にも、いつも励ましてもらったり、悩みを聞いてもらったりした。
――大学生活を送っていく中で、絶対に一人ではできない。いろんな人に応援してもらってここまで来られたから、ようやく恩返しができた。
さまざまな思いの詰まった金メダルだった。
秋山里奈(あきやま・りな)1987年神奈川県出身。生まれつき全盲であったが、姉の影響で3歳から水泳を始める。小学生の時に、同じ全盲のスイマーでパラ五輪3連覇した河合純一氏の影響でパラ五輪を目指す。筑波大附属視覚特別支援学校出。代々木ゼミナールで1浪を経て一般入試で法学部に入学。早期卒業し、明大院法学研究科博士前期課程在学中。現在作成中の卒業論文のテーマは「不法原因給付」について
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