(10)神保町にて

(10)神保町にて
 神保町へと向かうわたしの足取りはいつも軽い。古書店であれこれと古本をあさるのがわたしの日課となって久しい。一冊の本を求めて5、6軒ほどははしごする。そして、1時間ほどかけてこれだという本をなんとか探し出す。一冊の値段はおよそ100円。

◆どんな物語が詰まっているのかと、内心ドキドキしながら次に向かう先は喫茶店。しかし、喫茶店を選ぶのにもまた苦労する。店によってコーヒーの味や空間の演出が異なるからだ。それゆえ、その日の気分によって行きたい店もずい分と変わる。気分がどんよりと曇る日は、落語喫茶で落語を楽しみながら読書したい。

◆神保町は世界一の古書街に恥じぬ蔵書量を誇る。わたしが思うに、この町の魅力は価値の多様性にある。ある古書店の店主は「価値があるものを買うのではなく、自分で価値を作れる人間は強い」と言った。性格も値段も違う本の大群の中から、わたしたちは一冊一冊を手に取り、これだという本を選び出す。多少値が張ろうと、それだけの価値があると思えばお構いなし。神保町では、わたしたち読者は価値の創造主なのだ。

◆だからだろうか、古書の吟味は疲れる。購入後は、いつも頭の重さを感じる。だがその気だるさが、後の楽しみをいっそうにしてくれる。さて今日はどこの喫茶店で読もうか。