(25)和田拓磨
(25)和田拓磨
「ママチャリで旅するのが好きで、軽い気持ちで自転車部に入部した」。今年の国体ケイリン競技で4位入賞を果たした和田拓磨(政経1)の自転車競技との出会いは意外なものだった。
中学時代は部活に属さず、自転車で遠出をすることが趣味だったという和田は、ごく普通に地元の県立高校に進学。「みんなでサイクリングができると思った」という理由で友人たちと共に自転車部に入部した。しかし、和田が入った高校は何とアテネ五輪チームスプリント銀メダリスト長塚智弘氏らを輩出した自転車競技の超名門、取手第一高校。当然練習の厳しさは想像を絶するもので、毎日帰宅は午後10時過ぎ、正月以外オフはなし。あまりの過酷さに一緒に入った友人は次々と退部していった。それでも和田は「何度も退部したくなったけど、実際に辞める気にはならなかった」と、自らが選んだ道を信じて突き進んだ。
入部してしばらく経ち、徐々に練習が楽になるのを感じた和田は入部当初のきつい練習が新入部員のふるい落としであったことを悟る。しかし、和田はそこで気を緩めることをしなかった。「ここで楽をしたら辞めていった友達に申し訳が立たない」とあくまでストイックな姿勢を貫き、冬場には練習以外に学校の行き帰りで100km走るなど自らを追い込んだ。いつしか実力は全国レベルに達し、高校3年時に出場した国体ケイリン競技では5位入賞という堂々の成績。その成績でスポーツ推薦を勝ち取り、本学自転車部に入部した。
しかし環境の変化が和田を大いに苦しめた。彼を苦しめたのは、本学自転車部の練習スタイルの特徴でもある「朝練」だった。朝4時半に八幡山の合宿所を出発し、八王子方面へ往復100km近い道のりを走り、7時半に帰寮。基本的に午後練習は無しというメニューは、3年間過酷な午後練習を続けてきた和田にとって「合わない」練習であった。入部後半年間は思うようなタイムを残せず、苦しい日々が続いた。そんな彼の転機となったのが、昨年好成績を残した国体だ。国体は都道府県代表として出場するため、和田は故郷茨城県に帰り代表合宿に参加。慣れ親しんだ地で初心を取り戻した和田は、得意のケイリン競技で昨年よりひとつ順位を上げ見事4位入賞を果たす。体に合わず苦しんだ朝練も、体力向上に確実に繋がっていたのだ。
中学時代は部活に属さず、自転車で遠出をすることが趣味だったという和田は、ごく普通に地元の県立高校に進学。「みんなでサイクリングができると思った」という理由で友人たちと共に自転車部に入部した。しかし、和田が入った高校は何とアテネ五輪チームスプリント銀メダリスト長塚智弘氏らを輩出した自転車競技の超名門、取手第一高校。当然練習の厳しさは想像を絶するもので、毎日帰宅は午後10時過ぎ、正月以外オフはなし。あまりの過酷さに一緒に入った友人は次々と退部していった。それでも和田は「何度も退部したくなったけど、実際に辞める気にはならなかった」と、自らが選んだ道を信じて突き進んだ。
入部してしばらく経ち、徐々に練習が楽になるのを感じた和田は入部当初のきつい練習が新入部員のふるい落としであったことを悟る。しかし、和田はそこで気を緩めることをしなかった。「ここで楽をしたら辞めていった友達に申し訳が立たない」とあくまでストイックな姿勢を貫き、冬場には練習以外に学校の行き帰りで100km走るなど自らを追い込んだ。いつしか実力は全国レベルに達し、高校3年時に出場した国体ケイリン競技では5位入賞という堂々の成績。その成績でスポーツ推薦を勝ち取り、本学自転車部に入部した。
しかし環境の変化が和田を大いに苦しめた。彼を苦しめたのは、本学自転車部の練習スタイルの特徴でもある「朝練」だった。朝4時半に八幡山の合宿所を出発し、八王子方面へ往復100km近い道のりを走り、7時半に帰寮。基本的に午後練習は無しというメニューは、3年間過酷な午後練習を続けてきた和田にとって「合わない」練習であった。入部後半年間は思うようなタイムを残せず、苦しい日々が続いた。そんな彼の転機となったのが、昨年好成績を残した国体だ。国体は都道府県代表として出場するため、和田は故郷茨城県に帰り代表合宿に参加。慣れ親しんだ地で初心を取り戻した和田は、得意のケイリン競技で昨年よりひとつ順位を上げ見事4位入賞を果たす。体に合わず苦しんだ朝練も、体力向上に確実に繋がっていたのだ。
「朝練にも慣れてきたので今は自主練を増やしている」と、持ち前のストイックさは健在。今後の目標はとの問いに、「毎回表彰台に立ち、奨学金を貰って親孝行したい」と答えた和田。100万円近くする競技専用の自転車を始めとして、自転車競技を続けていくには莫大なお金が掛かる。競技を続けさせてくれる親への感謝の気持ちを忘れない事が、彼の強さの秘訣なのかもしれない。
オフの日には実家まで片道60kmの道のりを自転車で帰るという和田。またがっている愛車こそ今ではロードレーサーだが、自転車について楽しそうに話す和田の無邪気な目は、愛車のママチャリで走り回る少年のままだった。
◆和田拓磨 わだたくま 政経1 取手一高出 176㎝・75㎏
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