丸山希選手 独占インタビュー

2026.06.17

 ミラノ・コルティナ冬季五輪で二つの銅メダルを獲得した丸山希選手が、4月16日に明大を訪問した。ここでは、明大スポーツ独占インタビューをお届けする。

――世界を転々とされる中で、学業との両立はいかがでしたか。
 「1年生の時は必修も多いですし、まず学校に来ることが大変で。寮の仕事や海外遠征に行ったり文武両道の前に学校に来ることが最初はすごく大変でした。でも、学生の本分は勉学なので、なるべく学校に来て授業を受けてテスト前は特に大変でした(笑)」

――スキーはウィンタースポーツですがそれ以外の時期はどのような練習をされていますか。
 「サマージャンプもあるので、夏場も実際にジャンプが飛ぶことができます。なので夏の間は明大の寮から白馬のジャンプ台に毎週金曜日の授業終わってから3、4年生が運転して白馬に行って横川コーチのお家に金、土と泊まって日曜日の午前中か午後まで練習してまた東京に帰ってくる生活をしていました。月曜日から木曜日は、陸上トレーニングでウエイトやランニング、そういったフィジカルトレーニングをやっていました」

――大学でトレーニングを重ねて成長できた部分はどこですか。
 「東京の大学に来て一番感じたのは、ジャンプを一本一本大切にするようになったと思います。少なくとも週末だけしか飛べないですし、テストの時期は週末も飛べなかったので、よりジャンプを飛べる時間を大切にするようになったと思います」

――五輪やW杯という大舞台で力を出し切れるメンタル面はいかがですか。
 「出し切れたかというと、やっぱり難しいところがありますが、開幕戦でW杯初優勝を果たして、そこからオリンピックまで調子が持つかなという不安もあったんですけど、やるもやらないも飛ぶのは自分なので、最後はもうコーチに言われたことと自分を信じて、数秒に懸けた感じです」

――競技を続けて来られたモチベーションは何ですか。    
 「やはり表彰台で勝った時のうれしさや、みんなが喜んでくださっておめでとうと言ってくださったり、皆さんの笑顔を見られる時間がすごく好きなのでまた勝ちたい、また表彰台に立ちたいという気持ちで常に飛んでいます」

――スキージャンプの魅力は何だと思いますか。
 「唯一空を飛ぶことができる競技なので、それが一番の魅力だと思います。(何十年も積み重ねてきたものが数秒で終わってしまうというのも魅力でしょうか。)次の大会まで4年間空くオリンピックの場合、自分の出番は本当に数秒だと思うんですけど、それもスキージャンプの魅力の一つだと思います。団体競技や球技、夏の種目はコートに立てる時間が長いなって思っていて、オリンピックを見ていても自分のプレーできる時間が長くていいなとは思いますけど、一瞬に懸けるというのもスキージャンプの魅力かなと思います」

――ジャンプは1本目と2本目で気持ちが変わってきますか。
 「今回は1本目はかなり緊張していましたが、2本目は自分の中でいつも通りの状態でスタートに立つことができていました。このラインを超えると1番というTо Beatの緑色のラインがあるんですけど、1本目は緊張していて全然見えてなかったんですけど、2本目ははっきり見えて飛び終えた瞬間に会場の雰囲気を見る余裕があるんですけど、その時にチームメイトの高梨選手(沙羅・クラレ)と伊藤選手(有希・土屋ホーム)が喜ぶのが見えたのでメダルは確信できて安心して着地できました」

――北京冬季五輪に出ることができなかった経験があるからこそ今回に懸ける思いは大きかったですか。
 「やはり4年間待ったというのは大きかったですけど、スキージャンプという競技は4年に1回オリンピックが来ているので、4年待てば競技ができるというのはすごく幸せだなってケガをした時に感じました。ケガをしたからこそ良かったことはないですけど、本当に0からスタートすることができて、こうして二つのメダルを持って帰ってくることができたので良かったと思います」

――お母様が亡くなられてそこへの思いもありましたか。
 「やはり見てほしかったなという気持ちは大きいですが、どこかで見ていてくれているんじゃないかなって思っています。常に、オリンピックだけじゃないですけど、W杯も国内の試合でも、自分が勝った時の試合を見ていてくれていたらうれしいなといつも思いながら飛んでいます」

――団体戦でも銅メダル獲得されたと思うのですが、個人戦とはまた違う空気感やプレッシャーがありましたか。       「W杯でも個人戦に比べると団体戦の経験はまだ何回かしか出てないんですが、日本チームの前回大会の悔しい結果があっての今回だったので、みんなでメダルを取れたのも大きいですし、そこで結果を出すことが大事だったので、みんなで取れたメダルはまた違った喜びが感じられました」

――団体戦の前にはチームメイトとどんな声かけをされましたか。
 「11月から3月までずっと一緒に転戦するメンバーなので、声をかけるというよりかは『いってらっしゃい』みたいな感覚で。試合当日も男子と女子それぞれの更衣室があるんですが、みんなそれぞれが出発するときに出てきてハイタッチで見送ってくれる感じです」

――オリンピックの開催地であるコルティナはどんな地でしたか。
 「思っていた以上に何もなくて、多分想像しているイタリアではないと思います(笑)。佐藤駿くん(令8スケート部卒・現エームサービス)が行ったミラノに比較すると、東京と長野の山の中ぐらいの差があって。何もないところですが、その中でもスーパーや商店街と言われるメインストリートがあるので、選手村にはお土産屋さんが全然なくて、そっちの方に出てお土産を見に行ったり、なるべくティナを探してオフにはランニングや、ちょっとした運動に町の散策に行ったりしました」

――ティナは人気でしたか。
 「ティナはもう入村した時にはありませんでした。メダルを取るとミラノに行けるんですが、ミラノに行ったらミラノのすごさを知りました。SNSで上がっているコカコーラのブースなどは全部ミラノにしかなくてコルティナの方にはないです(笑)」

――大学での4年間が競技人生にどんな影響を与えていますか。
 「大学4年間の経験があったからこそ、社会人になって競技を続けていろんなありがたさや、ここは頑張らなきゃいけないんだというのも学べた4年間だと思うので、明治に来て4年間過ごしてよかったなとも思いますし、そのスキルで学んだことや大学で学んだことは大きいので今に生きているかなと思います」

――最後に学生へメッセージをお願いします。
 「スキーでもなんでも、自分の今熱中しているものを諦めないことがすごく大事だなというのを今シーズン経験したので、何事も諦めないで正解か不正解かは問わずに今やっていることを突き進めていければいい未来も待っていると思います」

――ありがとうございました。

[聞き手:早坂春佑、野原千聖]