4年生ラストインタビュー①/阿部颯
日本学生氷上競技選手権(インカレ)準優勝という結果で幕を下ろした村社組。最後の戦いを終えた4年生に話を伺った。第1回はDF阿部颯(法4=釧路江南)のインタビューをお届けする。
(このインタビューは1月6日にオンラインで行われました。)
——スケート部アイスホッケー部門での4年間を振り返っていかがでしたか。
「入学した時は、これからアイスホッケーを辞めずに4年間ちゃんとやり切れるのかなという不安があったのが正直なところでした。ですが、いざ4年目に引退してみると、長く感じていたものがあっという間だったなと、時の流れの速さを実感しています。けれども、その一瞬一瞬が走馬灯のように蘇ってくるというか、この4年間を思い返した時に、早かったのですが、一瞬で思い出せてしまうぐらい、色濃い4年間だったなというのが今の感想です」
——4年間で一番楽しかったことはなんですか。
「自分は寮生活ですかね。大学に入るまでは実家で家族と生活していて、大学に上京したタイミングで初めて寮というか、共同で生活するのを経験しました。いろいろなルーツを持った選手が集まっていて、いろいろな人がいるのですが、一緒に屋根の下、衣食住をともにしていたら、一つの家族のような存在になって、それは楽しかったし、すごく面白い経験になったなと思います」
——逆に4年間で一番辛かったことはなんですか。
「最初1年生の入学してきた時に、うちは独自の文化が多い部活なので、最初はそれに合わせるのに苦労しました。上京して初めて身の回りのことを自分でやらなくてはならず、自分のこともままならないのに、部活のことも重なってすごく大変だったなという思い出がありますね」
——4年間で一番思い出に残っている試合を教えてください。
「やはり最後の(インカレ)決勝ですかね。最初2点先制して、逆転して負けたというのはすごく悔しい結果になってしまったのですが、最後まで何が起こるかわからない緊迫した試合でした。久々に試合中に面白いなと感じながらプレーできて、良くも悪くもその試合が一番印象に残っています」
——インカレ全体を振り返っていかがですか。
「春からキャプテン(村社海莉主将・文4=埼玉栄)中心にみんなでつくり上げてきたチームが、やっと形になってきたと感じた大会でした。結果的に3大会一つも1位になることはできなかったのですが、春(秩父宮杯関東大学選手権)よりも秋(エイワ杯関東大学リーグ戦)、秋よりもインカレという形で、一つにまとまって最後まで明治らしく戦えることができたのではないかなと思います」
——準優勝が決まった時はどのような心境でしたか。
「試合の結果に対して悔しいというよりは、もう終わってしまったのかという悲しさと、4年間やり切ったという達成感、いろいろな気持ちが入り交じっていました。負けてしまったのは悔しいけれども、全力でぶつかった結果だったので、悔いというよりは、やり切ったという気持ちの方が大きくて、4年間無事に終えられたなという安堵(あんど)の気持ちが大きかったです」
——4年生としての1年間はいかがでしたか。
「下馬評がどうなのかは分かりませんが、同級生見たらスーパースターぞろいですし、下級生見てもやってくれるメンツがそろっているので、自分たちが一番強いと思っていました。一冠ではなくて、三冠するのが当たり前だと思って1年間やってきましたが、春は全勝して準優勝だったり、秋はここ勝てば優勝ってとこで勝てなかったりしました。できる子が多ければ多いほど、それをコントロールしていくのが難しいというか、4年生として、最上級生として、そこを生かして勝利につなげるというところがすごく難しい1年だったなと思います」
——秋の3位からインカレまではどのように切り替えを行いましたか。
「特段何かを変えたわけではありませんが、秋終わってからインカレまでは、シンプルに練習の強度を上げました。例えば走る本数でしたり、氷上練習での強度を上げて、それを自分たちが積極的に取り組んで背中で見せていくというようなインカレまでの期間だったと思います。特に何かしようというよりは、みんなで頑張ってきつい期間乗り越えようといい感じにまとまっていったという印象です」
——同期はどのような存在でしたか。
「今まで出会ったことのない人たちというか、言葉選ばずに言うならめちゃくちゃガキ臭いというか(笑)。言葉にするのは難しいのですが、自分は結構一人が好きなので、一緒にいると、もう一緒にいたくないなとか思ったりもします。だけど、今実家に帰省しているのですが、このように少し離れると軽く『何しているのかな』と気になったり『楽しんでいるのかな』と気になったり。切りたいと思っても切れないし、いざ離れてみたらちょっと気になるし、本当腐れ縁みたいな感じです」
——村社主将はどのような主将でしたか。
「彼は、競技の面では人一倍努力して、それを背中で見せて引っ張っていくという、自分が結構好きなタイプのキャプテンでした。本人自身、今年が人生で初めてのキャプテンの経験で、それもあってか最初の方はちょっと微妙な声かけで、キャプテンとして微妙な感じだったのですが、それが時を経て様になっていったというか(笑)。彼自身、彼なりのやり方を見つけて、インカレの決勝の日には『こいつをキャプテンにしてよかったな』と思いました。この1年間ずっと見ていて、上から目線なのですが、キャプテンらしいキャプテンになったなと思いましたね」
——副キャプテンの2人はいかがでしたか。
「井口(藍仁・商4=埼玉栄)も福田(琉太・営4=白樺学園)もそんなに口数が多い人ではないので、言って引っ張るというよりは、黙々とプレーで黙って引っ張っていくという感じです。いっぱい努力して、周りにも声かけてというタイプではありませんが、彼らなりにちゃんとチームのことは気にかけていたのではないかなと思います」
——卒業後、どのようにアイスホッケーと関わっていきますか。
「自分はずっと決めていることがあって、卒業後はアイスホッケーをやらないという。自分は元々あまりホッケーが好きではなく、大学4年間できっぱりアイスホッケーを辞めるつもりでした。そう考えた時に、明治は憧れで、そこで4年間全力でホッケーやって、アイスホッケー人生幕を閉じようと思っていました。今もその考えは変わっていません。今後は、趣味が筋トレなものですから、自分の好きな時間、自分の好きなことに時間を割いていければいいなと思っています。アイスホッケーはもうやるつもりはないです」
——後輩たちに期待することを教えてください。
「今年1年、三冠を掲げて春スタートしたのですが、結果的に無冠で終わってしまい、自分らとしては後輩たちに何も残せなくて申し訳ないという気持ちでいっぱいです。ですが、小手先だけでは優勝できないというのも、この1年間で後輩たちはすごく痛感したと思うので、来シーズンはキャプテンや最上級生中心に、技術だけではなく、まとまりだとか色々な要素底上げをしてもらって、組織として強くなって、三冠目指してほしいなと思います」
——寮の同部屋の後輩にメッセージをお願いします。
「15番の佐々木清吉(政経3=八戸工大第一)。彼自身、ホッケーのことで悩んで苦しい1年だったと思いますが、残すところあと1年しかありません。彼自身、進路はどうしたいのかわかりませんが、どんな道であれ、あと1年しかないので。ホッケー選手にしろ、社会人の道を選ぶにしろ、あと1年しか猶予がないので、そこは後悔のないように。自分が後悔しないように、かつ最上級生として下級生を引っ張れるような行動を、私生活、氷上でも心掛けてほしいなと思います。その点に関しては問題ないとは思いますが、より一層意識を変えて最上級生として1年間突っ走ってほしいなと思います。
木戸仁哉(文2=白樺学園)に関しては、2年間自分は甘やかしてきました(笑)。自分が卒業したら甘やかしてくれる上級生もいなくなるので、まず自分のことは自分でしっかりやれよと(笑)。ホッケーに関しても、守りの要になっていく選手なので、今までは横にいた4年生の村社が失敗したら尻を拭ってくれたと思いますが、今度は自分がそれをやらなくてはいけない立場になります。そこはより一層自覚持って、上級生として強い明治を作っていってほしいなと思います。
最後、1年生の澤邉(尚佑・国際1=明大中野)。彼は明治大学の付属から上がってきて、きっと彼自身初めてこのような本格的な体育会の世界に足を踏み入れて、最初はすごく戸惑ったと思うし、分からないことばかりで大変だったと思います。けれど、1年間彼なりに頑張ってくれました。僕も厳しいことをいっぱい言ったと思いますが、言うたびにしっかり改善など見られて、私生活は非常に成長が見られた1年だったのかなと思っています。アイスホッケーに関しては、なんとなくセンスがあると思っていて。ホッケーもそうだし、私生活もそうなのですが、きっと来年からはある程度この体育会という文化にも慣れて、このアイスホッケースタイルにも慣れて、それで自分のスタイルも築き上げていけると思います。来年1年ですぐ活躍しろとは言わないですけど、1年2年かかってもいいので、自分の持っているセンスを無駄にしないように、常勝明治の一員として、頑張ってくれればなと思っています」
——ありがとうございました。
[安田賢司]
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