樋口、江川現役最後の大舞台を万感の演技で締めくくる 住吉涙の18位/全日本選手権

 全日本選手権(全日本)の3日目は女子FS(フリースケーティング)が行われた。今季限りでの現役引退を表明した樋口新葉(令5商卒・現ノエビア)、江川マリア(政経4=香椎)がいずれも現役最後の全日本を締めくくる万感の演技で8位、13位につけた。さらに五輪候補として注目を集めていた住吉りをん(商4=駒場学園)はSP(ショートプログラム)21位からの巻き返しが期待されたが、総合18位に終わった。

◆12・19〜21 全日本選手権(国立代々木第一体育館)
▼12・21 女子FS

 SPで自己最高の9位につけた江川。「最初から今日はやりきるという強い気持ちで挑んだ」と語った通り、第3グループ4番目の演技で会場の緊張感が高まる中、氷上に姿を現した。今季こだわりを持って取り組んできた3回転フリップ+3回転トーループの連続ジャンプを華麗に決めると、その後もジャンプで大きなミスはなく、安定した滑りを披露。壮大なクラシックの曲調で表現が難しい『トゥーランドット』でも、持ち前の豊かな表現力と滑らかなスケーティングで観客を魅了した。
 

 演技後、今季限りでの現役引退を表明した江川は「毎年全日本に懸ける思いが強かった分、空気に飲まれてしまうことも多かった」と振り返る。昨年度の全日本ではFS20位と悔しい結果に終わったが、今大会は「観客の皆さまの力、声援をパワーに変えて滑ることができた」と語り、自身最後の全日本で万感の演技を披露した。曲が終わると笑顔を見せた江川だったが、その目には涙が。「本当にあっという間の4分間で、終わった瞬間にたくさんの歓声が聞こえてきて、本当に幸せ者だなと思い、涙があふれてしまいました」と思いを明かした。

(写真:演技後、氷上に仰向けになる樋口)

 映画『ワンダーウーマン』をテーマに、力強い女性像を演じた樋口。冒頭のコンビネーションジャンプはセカンドジャンプで体勢を崩したものの、その後の3回転ループ、3回転ルッツは華麗に着氷した。後半は疲れの影響か、ジャンプの回転不足などのミスがあったが、細やかな楽器の音に合わせた美しいエッジワークを刻み、ステップシークエンスでは最高難度のレベル4を獲得。さらにプログラムの世界観に寄り添った凜とした表情で観客を引き込んだ。曲が終わり最後のポーズを決めると、やり切った思いからか、氷上に大の字で倒れ込んだ。「ほんとに悔いないようにと思って滑っていたので、もうあれ以上はできなかった」と試合後、涙ながらに語った。
 

 今季はケガに苦しんだ樋口だが「先生たちに『諦めないで頑張ろう』とずっと言われてきた」と振り返るように、周りの支えもあり滑り続けてきた。そして、全日本という大舞台で総合203.06点とシーズンベストを更新。長年トップ選手としてフィギュア界をけん引してきた樋口の力強さを、改めて印象づける演技となった。

(写真:総合18位となった住吉)

 五輪出場候補の筆頭として注目を集めていた住吉は、SP21位と大きく出遅れる。「FSでは本当に全てを出し切るだけ」と挽回を期してリンクに立った。演技前には「りをんちゃん、がんばー」。張り詰めた会場に、スタンドからひときわ大きな声援が響いた。彼女最大の武器である冒頭の4回転トーループ。回転の軌道は合い、着氷したかに思われたが、わずかにバランスを崩して転倒。さらに普段は安定感を誇るダブルアクセルでも転倒。焦りと緊張からか、普段しないミスが目立った。それでも後半は立て直し、3回転+3回転のコンビネーションジャンプを成功させる。長い手足を生かした伸びやかなスケーティングと、2年間滑り込み「もっとここをきれいにしようという本当に細かいところまで追求できている」と自身の体になじませてきた『Adiemus』。植物の成長を表現したプログラムの世界観で会場を染めあげ、気持ちを振り絞るように最後まで滑り切った。

 結果だけでは語り尽くせない、選手一人一人の物語が詰まった全日本。リンクに立つまでの葛藤や積み重ねてきた時間が4分間の演技に凝縮された。結果や今後の道はそれぞれ異なるものの、この経験は彼女たちのこれからを支えるはずだ。

[杉山瑞希]

試合後の囲み取材より
樋口
――集大成として臨んだ今季、ケガからの苦しいスタートになったと思います。振り返ってみていかがですか。
 
「やはりどうしても足の痛みが消えなかったのでそこは悔しかったのですが、その中でもいつもどんな状況でも自分のベストを出すというふうに思いながら滑ってきたので、足が痛くても今できることをやると思いながら、この1カ月間も今シーズンもずっとやってきました。思い描いていたものとは違ったのですが、最後に全日本でこういう自分の納得のいく演技ができたことというのがなかなかそういう最後で終われることはないと思うので、自分の中では今すごく納得しているし、ほんとにあれ以上はなかったなと思います」

――滑り始める前には岡島先生とどのような会話を交わされましたか。
「本当に20年間お世話になってきた人に感謝の気持ちを持っていってねというふうに言われていました。しかもいつも私がフェンスに手を置いてその上に(先生が)手を置かれる感じなのですが、今日ずっと握られていたのでなんかいつもと違うなと思ってたんですけど、いつもと違う言葉をかけられて、ちょっと泣きそうになったんですけど、滑る前に泣いちゃダメだと思って滑り出しました」

江川
――ご自身の演技を振り返っていかがですか。
 「本当にあっという間の4分間で、終わった瞬間はすごくたくさんの歓声が聞こえてきて、本当に幸せものだなという思いで、すごく涙が溢れてしまったという感じだったんですけど、悔いはない演技だったかなというふうに思います」

――競技人生を振り返ってスケートを通して学んだことなどはありますか。
 「一番はこのスポーツは個人競技だと思うんですけど、たくさんの人たちに支えてもらわないと一人では絶対にできない競技だと思っているので、どういう人生を歩んでもこれから周りの人への感謝の気持ちを忘れずに過ごしていきたいなという気持ちを一番この競技で学ばせていただいたかなと感じています」