(1)重圧はねのけ金メダル、佐藤

1999.01.01
 試合前夜、佐藤はプレッシャーで殆ど眠ることができなかった。朝起きると胃が痛み、食事がのどを通らない。ゼリーを無理やり流し込み競技場に向かったが、緊張は取れなかった。
 

着地後、澤谷(政経3)とハイタッチを交わす佐藤

佐藤

 団体戦。5人いるジャンプ陣から出場できるのは3人のみ。万全の体勢を整えていたにも関わらずメンバーから外された昨年。佐藤にとって、4年生となった今年がラストチャンスだった。
 「今年は夏から姿勢が違った。年明けの雪印杯でも良いジャンプしていたし、佐藤に託そうと思った」(成田総合監督)。例年ならば試合直前に発表される団体戦メンバーだが、今年は個人戦の前に発表された。昨年の雪辱を果たし喜んだ佐藤だったが、「あえてプレッシャーを与えた」という監督の言葉通り、その重圧に苦しむ。個人戦の結果は11位。メンバーの遠藤(政経4)は優勝、山本(営3)は3位。早大は10位以内5人が入り健闘を見せる。翌日の団体戦でカギになるのは佐藤か――。応援に駆けつけた明大関係者誰もがそう思った。

渾身の一躍は「実力以上だった」
(佐藤)

 「みんな俺のことを心配してるんじゃないかな・・・」。前夜にぼそぼそと話してくれた胸の内。試合に出られる喜びと同じくらい、大きなプレッシャーが佐藤を襲っていた。
 しかし「このままじゃ終われない」と話し、弱気な態度とは裏腹に言葉には力強い意志を感じさせた。「充実した年になったし、今までで一番濃い一年間だった。ライバルは自分。プレッシャーに勝てれば優勝できる。優勝できたら悔いはない」。4年間の思いを胸に、ジャンプ台に向かった。

 緊張の1本目。スタート台に上ると、それまで頭を巡っていた様々なことが不思議と消えた。応援の声を一身に受けながら、ただ風に乗ろうと努めた。風にも恵まれ、ぐんぐんと延びる飛距離。結果エース遠藤にも劣らないビッグジャンプとなり、思わずガッツポーズが出る。会場はどよめきと歓喜に包まれた。
 「涙が出るくらい勝ちたくなった。勝つためにはどうしたら良い?そればかり考えていた」。緊張が消え、迷いのなかった2本目のジャンプ。1本目を越える得点をたたき出し、優勝へ王手を決めた。

涙を抑えることができない佐藤

 「こんな良いジャンプ大学入ってからない」。重圧を感じさせない、のびのびとした華麗な跳躍。高校時代の佐藤のジャンプに惚れ、明大に誘った大久保前監督も「やっとおまえのジャンプが見れた」と絶賛。また昔から競ってきたライバルからも「懐かしいジャンプしてましたね」と声を掛けられた。

 飛び終え、メンバーに迎えられる佐藤。重圧から解き放たれ、涙をこらえることができなかった。「いままで悔しい思いしかしてこなかったから嬉しいし、ほっとした気持ちもある」。4年間見守ってきた周囲にも、最高の形で恩返しができただろう。「表彰台の一番高いところに立てたのは、一生の宝。実力以上のものが出せたと思う。人生で一番価値あるジャンプ。悔いはない!」。涙まじりのくしゃくしゃな笑顔が、金メダルの“重さ”を物語っていた。