
学生バレー引退インタビュー② 日髙勇
今年度、春季関東大学1部リーグ戦(春リーグ)6位、東日本大学選手権2位、秋季関東大学1部リーグ戦(秋リーグ)2位、全日本大学選手権(全カレ)ベスト8を収めた明大。学生コーチやリリーフサーバーなど多方面からチームを支えた日髙勇選手(営4=東亜学園)に学生バレー引退インタビューを行った。
(この取材は12月20日に行われたものです)
――引退した今の気持ちを教えてください。
「自分は小学4年生からバレーを始めて、学生生活で最も打ち込んできたのがバレーボールなので終わるのが正直すごく寂しいです」
――バレーボールの楽しさややりがいは何だと思いますか。
「元々バレーボールは親と兄の影響で始めたんですけど、兄の試合を見に行った時に兄たちのチームのバレーのコンセプトに『拾って決める』っていうのがあって、選手たちがどんなボールでも最後まで食らいついて、物に当たろうが最後まで拾いまくる。そしてみんなでつないで決める。そんな盛り上がり方があって、球技の中では一番ファインプレーが多いスポーツだと思うんで、そこが一番やりがいにつながってくるのかなって思いました」
――大学4年間を振り返っていかがですか。
「元々この大学はちょっと自由さもあって。他のチームと比べて、自分たちで考えて動くバレーというか、自分たちでメニューを決める。監督さんたちも練習を見に来てくださる回数は多いんですけど、自分たちが考えてバレーしているのを温かく見守ってくれる感じです。とてもやりやすい環境で、人に動かされされるのではなく、自分たちからどんどん動くっていう選手が多くなったりとか。そういう環境でできたことはすごく感謝していますし、その結果秋リーグで11年ぶりの準優勝を成し遂げられたし、あとは全日本インカレでもベスト8。もっと上は取りたかったんですけど、ちゃんといい結果がついてきたのですごく悔いのない4年間だったなと思います」
――自主的に練習を考えられる環境があるから明大を選んだのでしょうか。
「主に自分は自主性で明治に行きたいなって考えていて。その理由は監督さんたちにも正直に言ったんですけど、将来の就職先のことも考えて明治大学がいいなっていうのもあったし、先ほど申した通り自由さがあって、自分たちで考えて一番人間として成長できるなって思ったのが明治大学でした」
――具体的に練習メニューを考えたり、チームの課題を解決したりした事例はありましたか。
「学生コーチとしてなんですけど、結構(コートの)中でやるのと外で見るのとでは全然違くて。コート内で自分たちはできてると思うことも、外から見るとその行動は間違ってたりすることが多くて。なので学生コーチ時代は外で選手たちの動きをたくさん見て、選手たちが結構満足しているところでも指摘するようにしました。いざ自分も選手として戻った時に『自分はこういう動きをしたらうまく連携が取れるんじゃないか』とかたくさん考えるようになって、自分の良さとチームの良さが連携し合っていいプレーがたくさん出ました。それが一番自分が思う成功例かなって思います」
――学生コーチになった理由を教えてください。
「今はSVリーグの東京グレートベアーズ(東京GB)でスクールのコーチをやってて。自分はバレーボールがすごく好きで、バレーをやるだけじゃなくて教えることもやりたいなって思って。自分もバレーで夢をたくさんもらったから、もらった分自分も夢を与えていけたらなと思って。学生コーチも挑戦してみようと思ってやることにしました」
――東京GBのコーチになろうと思った理由を教えてください。
「元々自分はFC東京っていうチームだったんですけど、ジュニアの時にお世話になったコーチの人たちが、大学で自分が1部リーグで頑張ってるのを知ってくださってて。それで会場に来てくださって『グレベアのスクールコーチの仕事も自分のためになると思うからどう?』っていう話をいただきました。昔の縁を大事にしたいなと思ってコーチを始めました」
――大学バレーとスクールコーチの両立はいかがでしたか。
「難しさは特になくて。自分は将来のことをたくさん考えてて、今のうちに頑張れることはたくさん頑張ろうってことで、授業も語学を一つだけ落としてしまったんですけど、それ以外はフル単で取って。高学年になるにつれて忙しくなるのも分かってたんで、単位を取り切って自分の時間をつくって、授業がない時間にグレベアのスクールを入れて、それが終わった後に自分の練習の時間を設けるといった日々でした」
――スクールで教える生徒の年齢層を教えてください。
「子どもから大人まで。社会人もいるし、幅広い年代の人に教えてます」
――技術面を教えるのでしょうか。
「主に技術面もそうなんですけど、バレーを通しての人間性も教えていて。自分もコーチに聞いた話なんですけど、人間性を強化することによって、謙虚さも生まれて人間性も変わって、バレーに取り組むときの考えも変わるから、そういうのも大事にして強化していくよっていうことで、強く意識して教えるようにしています」
――人生で最も影響を受けた方は誰でしょうか。
「元東京GBの栗山英之選手。中高が同じなんですけど、まず中学校の時に大変お世話になって。教育実習生として来てくださってたんですけど、バレーの指導とかいろいろお世話になってて。その方は中学校でも活躍されて、高校でも〝ミラクル東亜〟って言われるほどの実力があった代のミドルブロッカーで、自分も同じミドルブロッカーだったので、その方にいろいろと話を聞いたりだとか。あとは高校3年目の春高バレーの前日に連絡を取り合って意識する点を教えてもらったりとか、いろいろ支えられたなって。教えてもらった分、実際に自分も結果を残そうっていう気持ちになって結果も残すことができたんで、その人が教えてくれたおかげかなと。過去に自分が落ち込んだ時には、良かった時のエピソードも聞かせてくれて。いろんなことを教えてくれた方なんで、すごく感謝してますし、一番尊敬している人です」
――学生コーチから選手に戻った理由を教えてください。
「世界中どこもそうなんですけど、白熱した試合を見ると自分もやりたいって気持ちになると思うんですよ。自分たちの大学はとてもレベルが高いバレーをしているのはもう分かりますし、選手たちが頑張っている姿を見て、それに影響されて自分もこの選手たちとともにコートに立って試合をしてみたいという気持ちになったので戻りました」
――大学で最も印象に残っている試合はありますか。
「一番は秋リーグ最終戦の東海大戦ですね。東海大学と中央大学と明治大学が同じ勝率でどこが2位になるかっていうのが分からなくて。自分たちはストレート勝ちか1セット取られて勝つか、負けるかでだいぶ順位が変わってくる中で、自分も一人のスタメンとして頑張って。一番チームで頑張った試合かなって思います。(得点を)決めた時にみんなで喜んで、焦ってる時にみんなで焦ったりとか、取られてちょっと悔しい気持ちだったりとか、より一層気持ちが出た試合が東海大戦だったかなって思ってます。その結果準優勝も取れたんで、一番自分の中で良かった試合かなって思います」
――東海大戦はいつものチームの雰囲気と何か違いがありましたか。
「最終戦に勝ったら準優勝だったんですけど、自分たちは勝負強さが欠けてる部分もあって。焦ってる時こそ自分たちの弱さが出て、最後相手に抜かれてしまうっていうケースが過去何度もあって。そういうところでの我慢強さ、粘り強さっていうのをより伝えるようにはして。そういう設定で練習試合したりだとか、あとはAB戦のゲームに設定したりとかして、自分たちの弱さを克服できるように毎日意識して練習するようにしました。その中で自分たちの力を強化することもできて。一点一点の間は喜ぶことも大事ですけど、気を抜くんじゃなくて次の準備を早くしたりとか、一つ一つのプレーで気を抜かないことをまず意識して。その中で自分たちの攻撃のレパートリーも増やしたり、新しいことをどんどん取り入れるようにして、常に変化し続けることを自分たちで確かにしたからこの結果(準優勝)が生まれたかなって思います」
――攻撃のレパートリーはどのように増やしましたか。
「自分と坂本(雄大・政経4=市立尼崎)が二人とも左利きで、過去2枚左利きで試合に出るっていうのは、ここ4年間でほぼない形で。左利きがセッターの後ろにいる限り、前のレフトとの距離が開いたり、バックアタックをいろいろなところで入れられたりとか、レパートリーが増えました。あとは自分がDクイックも打てるんでDクイック伸ばして、坂本がその間に入った攻撃だったりとか、左利きがいるからこそ新たな攻撃が生まれるんじゃないかと思って試しました。あとは近藤(蘭丸・文3=東福岡)から指示をもらって、騙すような入り方をして多彩な攻撃をつくりました。秋リーグの東海大学戦でもそれがうまくハマったと思います」
――サーブは意識的に取り組んできたのでしょうか。
「一番意識的に取り組んできたと思いますし、一番メンタルが働くサーブは欠かさないように練習はしました。あとはメンタルの強化も頑張ってきました。あまりうまくはいかなかったんですけれど、一番サーブは磨いてきたと思います」
――メンタル強化はどのように行っていましたか。
「主に大学ではなくて高校の時。自分なりの10割のサーブを10人全員が入るまで終わらないっていう練習があって。自分は常に最後だったんで、自分がミスったらまた最初の人から。それが毎日長い時間続いて、最後ちゃんと決め切る気持ちもつくれたり、あとは思い切りと勝負強さが試されるところで思い切り打つ中で感覚を覚えてきて。思い切り打ったいいサーブが徐々に入るようになって、大学でもそれが活かせたと思います。高校の時は1日に必ず50本以上打つようにしてました。得意なプレーはサーブだったので、そこは誰にも負けないっていう気持ちで練習してました」
――サーブはどのようなことを意識して打っていますか。
「自分は結構周りに褒められるんですけど、力の乗せ方がうまいって言われます。自分はグレベアのコーチをやってる時もそうなんですけど、 打つときは打点での止め打ちを特に意識するようにさせてて。理由としては、腕を下げてしまうと打点が下がってネットにかかるケースが多いこと。あとは打点で真っすぐ止め打ちをすれば、その軌道で真っすぐボールは飛ぶからネットにかからず、ミスするとしてもアウトだから、ネットを越えるミスの仕方を教えています。自分がその中で特に意識してる点は打点でしっかり止め打ちして高さを出して打つことと、腹筋と背筋を使ってちゃんと体全体で巻くこと。あと自分は左利きで右利きとは違う逆回転ができるので、その回転を生かしたクロス側の距離いっぱいいっぱい打つことを特に意識しました」
――チームの中で自分の役割は何だったと思いますか。
「チームを盛り上げる鼓舞係かなと思います。自分は真面目キャラではないんで。一緒にプレーしたりとか、バレーの話とかはたくさんするんですけど。岡本(知也・政経4=五所川原工)はプレーで引っ張っていける選手で、坂本の場合もプレーで魅せてくれるんですけど、ギャグ線が高くてチームを盛り上げる番長みたいな感じ。自分が怒ってチームが変わるとは思えないので後輩を怒ったことはないんですけど、チームを盛り上げることとか、チームを笑わせることができるのでそれを一つの強みとして、チームを盛り上げる鼓舞係として頑張れたなと思います」
――全カレを振り返っていかがですか。
「全カレは一応18人のメンバーには選ばれたんですけれど最後出ることができなくて。そこは正直悔しい気持ちはあるんですけれど、でも今の明治のベストを考えたらあれがベストのチームだったし、自分たちの力を出し切れたと思います。(準々決勝の)日体大戦も自分たちのやることは全てやったと思いますし、結果は悔しいですけど最高のパフォーマンスをやり切って負けたことは悔いが残らない部分もあるのが正直な感想としてあって。来年は自分たちが今年残した良さも悔しさも乗り越えてくれると思ってるんで、めっちゃ応援しようと思ってます」
――来年度はどのようなチームになってほしいですか。
「来年は結構負けず嫌いな選手が多くて、その負けず嫌いは継続して。どこにも打ち勝つメンタルや勝負強さをもっと発揮して、自分たちが成し遂げられなかったリーグ戦1位だったり全カレ4強以上を目指して頑張ってほしいなって思います」
――バレーを辞めたいと思った時はありましたか。
「辞めたくなった時は正直たくさんあります。たくさんあるんですけれど、親や仲間がすごく支えてくれたっていうのもあって、自分は環境に恵まれたなって思ってます。さっき鼓舞係って言ったんですけど、自分は人を笑わせる性格で。でも逆に自分が辞めたくなった時は周りの人に助けられました。みんなが自分を笑わせてくれたり、辛い話より楽しい話をたくさんしてくれて。この選手たちが今ここで一緒に頑張っているんだったら、自分も最後までやり切りたいって気持ちになって、辞めずに続けられました。周りの環境や周りの選手はバレーボールを通して得たものなので、感謝の気持ちがすごくあります。決して一人で生きているわけではないんで、周りの人たちへの感謝を忘れないように頑張っていこうっていう気持ちで続けてきました。あとは今後もバレーでしか経験できなかった貴重な経験を活かして、仕事はメインとしてバレーにも携わっていくので一生自分の中で関わっていく存在かなと思います」
――卒業後の進路を教えてください。
「横河電機です。全国でも上位のチームなので、新たな勉強としてもそうですし、あとは50、60歳になっても続けられる環境だと思ってて。バレーを手放したくない気持ちもあったので、新たな9人制へ。9人制はまだ学ぶことがたくさんあるので新たなバレーを知るっていうきっかけにもなりますし、それでバレーを続けたいなと思って9人制の実業団に決めました」
――これからかなえていきたい夢を教えてください。
「将来の夢は横河電気を優勝させたいです。卒業後の新たな夢ですね」
――どのような選手になりたいですか。
「自分で引っ張れるような選手になりたいなって思います。自分は助言をしたりするんですけど、結構引っ張られることが多くて。周りの選手がすごく優れてるから、それに引っ張られて、自分もより頑張って周りを引っ張ろうって気持ちで切磋琢磨(せっさたくま)して頑張ってきました。これまではキャプテンで前に立つ存在ではなかったので、これからは前に立つ存在になってチームを引っ張っていきたいです。自分は中心選手として頑張ったっていう気持ちを一回は持ちたいと考えているんで、チームをまとめる核になりたいな。それを目指して頑張りたいと思います」
――お世話になった方々へメッセージをお願いします。
「まずは後輩。後輩たちには『たくさんいじってくれてありがとう』って。後輩たちと喋っててすごく愛されてるなって感じました。自分と一緒にいて笑ってくれることがたくさんあったので、自分を本当に必要としてくれている感じがとてもあって、すごく温かい環境で過ごせたし、この環境で常にいられたらいいなっていう思いをさせてくれて、たくさんの思い出をもらえたので後輩たちにはすごく感謝してます。応援してくださってる人たちに関しては、差し入れをもらったりだとか。それに結構支えられたっていうのもありますし、自分に限らず明治大学のバレーを見たいっていうことで会場に来てくれて、自分たちも毎日の練習を頑張れてこれたのですごく感謝しています。その人たちにはもっと明治大学を見てもらって、今後も明治大学の一員として共に頑張っていきたい気持ちがあるので、これからも応援よろしくお願いしますっていう気持ちが一番です」
――ありがとうございました。
[七海千紗]
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