GK國友が日本代表公式戦に初出場/アジアチャンピオンズトロフィー

2016.11.08
 「人生初の大舞台」(國友督仁・政経4=丹生)と意気込んだ初代表の舞台は苦い思い出に終わった。アジアチャンピオンズトロフィーに日本代表として出場した國友は開幕戦のインド戦から3試合連続でフル出場。しかし、4戦目のパキスタン戦、1Q(クオーター)でタッチシュートとPC(ペナルティーコーナー)から失点すると2Qから交代させられ、そこから大会を通して出番はなし。初めてのフル代表に公式戦は収穫と課題両方が見えた。

 初めて背負った日の丸のプレッシャーとの戦いだった。今大会の初戦で日本の守護神を任された。だが、世界ランク6位のインドを前にまさかの10失点。予想外のプレーに対応しきれず格上の相手を乗せてしまった。試合前の国歌斉唱で流れる『君が代』。周りにいる世界で活躍するトッププレーヤー。「凄い所にきた」と今までにない重圧が國友に普段のプレーをさせなかった。

 代表の壁を感じた。國友は試合中シュートを外にはじき出せず、防いでもリバウンドを決められてしまうことに悩んでいた。そこで山堀貴彦ヘッドコーチ(聖泉大)に助言を求めた。そこで言われたのが「足下とスティック側がまだ弱い」。國友自身がセールスポイントと思っていたところが代表では否定された。「自分の強みは何なのか。自分のプレーは何なのか」と悩みの種に。だが、大会期間中にその答えは見つからなかった。
 「無難にやろうとしすぎていただろ。お前は一本のビックセーブから気持ちを乗せていくタイプなのにそれができていたのか」。大会後に坂本博紀主将(箕島クラブ)にかけられた言葉が悩んでいた國友にとっては何よりもの助言となった。日の丸のプレッシャーからプレーを楽しめず、普段よりも縮こまったプレーをしていたことに気づいた。足りない部分も指摘され伸び代も十分ある。悩みながらも新たな”國友のホッケー”を築くきっかけの一部は手にした。

 これで終わるわけにはいかない。代表では「全試合出たかったし、何より勝ちたかった」と不完全燃焼の結果に。「妥協していたらインカレでは勝てない」と大学に戻ってからはインカレに気持ちを切り替え、チームメイトに厳しい言葉を練習中から投げかけている。そこには今年1年間大学での結果に納得していない現状もある。「最後負けて終わるのは嫌だし、全日本(選手権)に出られないのも嫌」。最後のインカレで結果を残し明大での有終の美を―。その先に再び代表の舞台でリベンジする國友の姿がある。

[常光純弘]