【卓球部】卓球界の王者たれ2023
卓球界の王者たれ。世界で活躍する選手を幾度となく輩出し、常に大学卓球界トップに君臨し続けた明大卓球部。今年度は戸上隼輔主将(政経4=野田学園)を筆頭とする新体制で、悲願のグランドスラム連覇へとまい進する。本特集では、懸命に卓球に向き合う選手の姿を特集していく。
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(27)ラストインタビュー 宮川昌大
卓球 2024.03.28卒業式を終え、新たなスタートを切った前4年生選手たち。今回ラストインタビューと題し、戸上隼輔選手(令6政経卒)を除く5選手に取材を行った。第4弾は宮川昌大選手(令6情コミ卒)のインタビューをお届けする。(この取材は3月17日に行われたものです) ――先日に行われた東京選手権では明大のユニホームを着て試合に臨まれていましたが、その経緯を教えてください。 「次の所属先のユニホームを着て出る選手が多いと思うんですけど、自分は最後に4年間お世話になった明治大学に結果で恩返ししたいという気持ちが強くて、勝っても負けても最後は明治のユニホームを着て終わりたいなと思って、明治のユニホームで試合に出ました」 ――決勝は後輩の飯村悠太(商1=野田学園)選手との対戦でしたが、どのような心境でしたか。 「飯村は野田学園からの後輩でもありますし、ダブルスも明治に入ってから組んでいましたし、1年間彼が苦しんでいるところも見てきたので、彼が決勝まで残ってきたのが自分の中でうれしかったですし、明治大学として出る最後の大会で後輩と試合することができて良かったです」 ――飯村選手は今後明大を引っ張っていく存在になると思いますが、どのような期待を寄せていますか。 「今後の明治大学は飯村選手が本当にキーマンになってくると思っていて、飯村選手のシングルスとダブルスの2点というのは重要になってくると思うので、陰ながら応援したいなと思っています」 ――大学卒業前ということで実感はありますか。 「実感はないんですけど、4年間本当に楽しくプレーできたなと思います」 ――大学4年間で特に記憶に残っている試合はありますか。 「リーグ戦とインカレは自分の中で印象に残っていて、3年生の時はグランドスラムを達成することができてすごくうれしかったんですけど、最後の自分の代では一つも優勝できなくて、うれしい気持ちも悔しい気持ちもたくさん味わったリーグ戦、インカレだったかなと思います」 ――4年生になってからの1年間で印象に残っている試合はありますか。 「やっぱりリーグ戦が自分の中で一番印象に残っています。この1年間はグランドスラムを達成したいと思って臨んでいたので、負けはしましたけど後輩の素晴らしいプレーが自分の中で印象に残っていて、全員で勝利をつかみにいく姿勢というのは明治大学が一番だと思うので、負けはしましたけどすごく楽しく終われたかなと思っています」 ――4年間過ごしてみて改めて明治大学はどのようなチームですか。 「みんな強い弱い関係なく卓球が好きで、強くなりたいという思いがある選手が多くて、一人一人が勝負に対して勝ちたいという執念が強いので、自分も同じというか、4年間楽しく目標に向かって進むことができたと思います」 ――入学前と印象が違ったなと思うことはありますか。 「入学前はメンバーが強いなという印象が強くて、ピリピリした感じなのかなと思っていたんですけど、いざ入ったら練習中はもちろんそういう空気になるときもありますけど、練習が終わった後にはみんなで遊びに行ったりとかご飯行ったりとかチームワークがいいなと感じたので、本当に明治大学はいいチームだなと思います」 ――大学4年間過ごして挫折した経験はありますか。 「自分が入った時は新型コロナウイルスの影響で試合がなくて、2年生の中盤か終わりくらいから大会が始まってきて、なかなか団体戦では勝利できても、シングルスで自分が目標としている結果を残せないままきていて、3年の1年間は思うような結果が残せなくて苦しんだ部分はあるんですけど、自分が団体戦で負けても、そんな自分を信じてオーダーに入れてくれた髙山(幸信)監督やコーチの皆さんやチームメイトみんなが励ましてくれたりして、そこが自分の中で良かったなと思います」 ――印象に残っている髙山監督の言葉はありますか。 「負けても次頑張ろうという言葉を掛けてくださいますし、負けたら普通は落ち込むんですけど、髙山監督はチームが負けても次に向けてという前向きな姿勢を選手一人一人に伝えてくれていたので、自分は負けてもポジティブに髙山さんや明治大学のコーチのために頑張ろうという感情が芽生えたので、髙山監督はポジティブな方だなと思います」 ――宮川選手がポジティブに試合に臨めるようになったのは髙山監督の存在が大きいですか。 「大学3年生の時からリーグ戦が始まって、その頃から宇田選手(宇田幸矢・商4=大原学園)と戸上選手(戸上隼輔・政経4=野田学園)がいない中で自分が勝たないといけないという立場で、それでもダブルスとシングルスの2点で負けてチームが負けてしまうこともあったんですけど『次があるから』と声を掛けてくれて、普通は自分が負けてチームが負けたら自分を責めるというか、責められる立場ではあると思うんですけど、髙山監督は選手を責めるということは一切せずに、負けて悔しいはずなのにいつも笑顔で話しかけてくれるのが自分の中ではすごくうれしかったです。最初から最後までその接し方で、たとえば卒業した4年生に対しても髙山監督は一人一人声を掛けて接してくれますし、最初から最後まで自分を見てくれていたなと感じます」 ――後輩と接するときはどのようなことを意識されていますか。 「自分は怒ることが苦手なので(笑)。後輩をついてこさせるにはプレーで見せるしかないと思っていたので、自分はプレーでチームや後輩を引っ張っていけるように頑張りました」 ――後輩がついてきてるなという実感はありましたか。 「実感はないんですけど、終わってみればみんなが『宮川さんのいる団体戦は面白かった』と声を掛けてくれてそこでチームがまとまっているのかなと思いました」 ――同期に対してはどのような印象を持っていますか。 「戸上選手や宇田選手は世界でプレーをする選手で各大会で結果を残して、世界選手権ではダブルスでメダルを取ったりとか世界を相手に日々やっている中で、自分はまだまだ世界というレベルではないので尊敬することしかできないんですけど、2人がいなければこうやって頑張っている自分はいなかったかもしれないですし、最後まで頑張れたのかなと思います。村松(凛音・営4=長野工)はすごく卓球が好きな選手だなと思っていて、よく卓球の話をしてくれます。自分のここがミス多いんじゃないかとか、ここをこうすれば勝てるとか遠慮なく言ってくれて、すごく明るい選手なのでみんなが落ち込んでるときは励ましてくれたりとかその場を盛り上げてくれます。ムードメーカーです。寺下(拓海・商4=福井商)も卓球が好きで練習に誘ってくれますし、小学校の頃から一緒に卓球をしてきた仲なので昔からすごく仲がいい選手です。日置(希音・文4=東京学館浦安)も卓球をするのが好きで、個性的な趣味とかもいろいろあって服が好きとかみんなと違ったファッションをしているので本当に面白いなと思います。いい意味でみんなが気を使わない選手でいじられキャラでうれしそうにしています」 ――コロナ禍では戸上選手と宇田選手からいろいろなことを教えてもらっていたと伺いました。 「コロナ期間中は練習ができないという中で、そこで休んでいてはコロナ明けからの大会でつまずいてしまうというのがあったので、宇田選手の方から練習しようと誘ってくれて、強い選手は自分の練習ばかりするイメージがあるんですけど、宇田選手は自分も平等に練習できるようにやってくれましたし、その中でもフォーム改善とか戦術とかいろいろなことをその期間で教えてくれたので上達できたんじゃないかなと思います」 ――同期で一緒に遊びに行ったりはしますか。 「あんまり遊びに行ったりはしないんですけど、戸上選手や松田選手(松田歩真・商3=野田学園)、飯村選手など野田学園出身の選手と遊びに行く機会が多かったです」 ――戸上選手は中学時代から一緒だと思いますが、普段はどんな人ですか。 「戸上選手は普段から1人の時間を大事にする選手だなと思っていて、結構みんなとワイワイもするんですけど1人で遊びに行ったり買い物に行ったりするのが好きだなと思っていますし、卓球に関しては自分の目標に向かって長く練習をする選手なので、卓球に関してはみんなからお手本になる選手かなと思います。私生活はお手本にはなりませんが(笑)」 ――何か思い出はありますか。 「中高の頃から休みがなくて、遊びに行くことができなかったので思い出はあまりないんですけど、大学に入ってからは遊びに行ったりとかしたので、大学に入ってからの方が中高の時より関わることが多かったなと思います」 ――どこに遊びに行かれますか。 「彼はお酒を飲まないのでボウリングとかカラオケとかになるんですけど、ボウリングは本当に楽しそうにしてるんですよ。すごい面白いですね(戸上選手はボウリングうまいですか)うまいです。全部カーブで投げるんですけど、ストライクを取ったらうれしそうにしてます」 ――野田学園出身の選手同士で遊びに行くことは多いですか。 「中高の時はずっと寮だったので、寮で喋って練習場行って練習してみたいな感じで、大学に入ってからはほぼ3人セットみたいな感じです。戸上選手が海外に行ってる間は松田と飯村とずっと一緒にいて、戸上選手が帰ってきてからは4人でという感じですごく仲がいいです。 ――来年度、松田選手にはチームのエースとしての期待が大きいと思います。 「松田選手は自分が3、4年生の時にたくさん勝利してくれてチームを救ってくれた存在ではあるのですが、自分が最後の年となってくると優勝とかどうしても負けれないとか変な気持ちに追われてくるというのが自分自身体感したことなので、松田選手には気負わずに今まで通り伸び伸びしたプレーをやってほしいかなと思います。 ――1年次を振り返ってみていかがですか。 「1年生の時は練習とかができない状況で試合とかもなかったので、ドリームマッチが開催される時はうれしく思ったんですけど、出場できる選手が5人と聞いて、本当に高校の時は成績が全くなかったので自分は選ばれないと思っていたんですけど、選んでいただいた時はここでアピールしないとチャンスはないなと思っていましたね」 ――ドリームマッチを振り返ってみていかがですか。 「周りがすごい選手ばかりで何で自分がここにいるんだろうと思って試合していたんですけど、勝ってアピールしないと今後の団体戦にも起用してもらえないですし、まずは期待に応えたいと思いながら試合しました」 ――手応えはありましたか。 「今までにないくらいアピールできましたし勝利することができたので、そこに関しては良かったかなと思います」 ――2年次を振り返ってみていかがですか。 「全日学で自分の中では準決勝で戸上選手と当たるという組み合わせだったので、戸上選手と試合したいというのを目標に臨んだんですけど、ベスト16で負けてしまって悔しい思いをして、その後すぐに選抜が来て、悔しい思いのまま臨んでいて自信はなくてネガティブなままだったので優勝できるとは思っていなかったんですけど、チャンスが巡ってきてしっかりとモノにして優勝できたなと思います」 ――1年次からの成長は感じましたか。 「戦術の面でいろいろと考えられるようになったかなと思います。あとはバックハンドが以前よりもうまくなったなと思いました」 ――3年次を振り返ってみていかがですか。 「個人としての成績は出なかった年だと思っていて、個人戦に関しては悔しくて苦しい一年だったんですけど、団体戦に関しては春だったら中大に負けたけど、ツキが回ってきて優勝できたりとか、インカレでもギリギリ3ー2で勝てたりとかいろいろと運もあっての優勝かなと思います。秋に関しては戸上選手が合流して他の大学に力の差を見せられたかなと思うんですけど、戸上選手が合流するまでは自分たちで耐え抜いて勝利して、一歩間違えれば順位も低かった可能性もありますし、何事もうまくいったなという印象ですね」 ――戸上選手と宇田選手がいない中で宮川選手に対してはチームのエースとしての期待も大きかったと思います。 「普段はエースとして出場する大会が少なかったので、エースの大変さというのを感じた団体戦になったんですけど、逆にプレッシャーが自分の成長につながったなと思います。3年生の初めはエースとしてプレッシャーもあって勝たないといけないとか緊張したときもあったんですけど、最後の年に関しては逆にプレッシャーを感じることが楽しくなったというか、試合をするのが楽しいと感じるようになったので、団体戦を通して成長できたと思います」 ――グランドスラムの達成は宮川選手の活躍なしではなしえなかったと思います。 「自分は試合の前半に出ることが多かったので自分の中のヒーローは後輩たちだと思っていて、大事な場面で勝ってくれる後輩たちなので、その後輩たちのプレーや頑張りが自分を熱く奮い立たせてくれました」 ――3年次の秋季リーグ戦はシングルス全勝でしたが振り返ってみていかがですか。 「シングルスの全勝はいつも狙っていることなので達成できてうれしかったですし、グランドスラムを達成しても来年以降もまたリーグ戦があると思って試合にいっていたので、あの時はうれしかったんですけど、またすぐ次に向けて切り替えてました」 ――4年次を振り返ってみていかがですか。 「最後の年は個人戦でも団体戦でも最高の成績を残したいと思っていて、個人戦に関しては今までにない成績を残したかったので、関東学生や全日学では優勝を狙っていましたし、関東学生で一つ優勝できたことは良かったですし、全日学でも優勝したかったんですけど、それでも2位と決勝まで進出できたので、シングルスに関しては大会通して成長できたと思っていて、団体戦に関しては一つも優勝できなかったのは悔しかったです ――ワールドユニバーシティゲームスを振り返ってみていかがですか。 「日の丸を背負って出る大会が小学生以来だったので、まずは日の丸を背負って出ることがうれしかったです。けどチームのメンバーを見ると4人とも強い選手で、付いていかないといけないなと思ったので、自分は4種目出場させてもらう中で日本代表ということはメダルを取らないといけないと思っていたので、団体戦で出ることはなかったんですけど、それでも銅メダルを獲得できて日本に多くメダルを持って帰りたいと思っていたのでその時はうれしかったんです」 ――将来は日の丸を背負って五輪などに出たいという目標はありますか。 「出場はしたいんですけど間近に世界選手権やオリンピックに出る選手を見てきた中で、簡単には出ることはできないなと思っていて、小学校の頃から簡単にオリンピックに出たいとか、オリンピックでメダルを取りたいとか言っていたんですけど、こうやってオリンピックレースをやっている選手を見ると、そう簡単にはいけないなと思いました」 ――全日本学生選手権・個人の部では谷垣佑真選手(愛知工大)に初めて勝利しました。 「ずっと負け続けていてどうやっても昔から勝てない選手だったんですけど、勝ちたいという思いだけでぶつかりました」 ――勝利の実感は沸いてきましたか。 「あの時勝っても次やったら勝てるかとなったら分からないので、もっともっと自分が強くならないと、5回やって1回勝つレベルだとこれ以上上にいけないと思ったので、勝率を上げれるようにならないとなと思いました」 ――4年生としての1年間は集大成として納得のいく一年でしたか。 「大学4年間を通して見たら、4年生の時が個人戦の結果が一番良かったのでそこはすごく充実した一年だったと思います」 ――精神面で成長したことはありますか。 「昔は団体戦のようなプレッシャーを感じる部分が得意じゃなくて苦手だったんですけど、大学に入ってからは得意になりましたしプレッシャー感じる場面が楽しいと思えるようになってきたのでそこは4年間通して成長したと思います」 ――リーグ戦では2年間で25戦22勝、同年代最多勝利でしたが振り勝ってみていかがですか。 「リーグ戦を通して勝率というのは気にしていなかったんですけど自分が勝利しないといけないという立場で、終わってみればその勝率なんだと感じますけど、3試合負けているので満足をしてはいけないと思います。3試合負けたことの悔しさの方がありますが、その勝率が出たのは良かったかなと思いますね。日本リーグでもその勝率以上のものを出していきたいと思います」 ――実業団のチームに進んでからは日本リーグで明治大学との試合もあると思います。 「自分が出れるかは分かりませんが、やりにくいとは思います(笑)。今までずっと練習していたメンバーと試合するとか、あっちのベンチコーチには髙山さんとか自分を見てくれた監督もいるのですごくやりづらいです。今までは明治大学として明治に貢献したいと思ってやってきましたが、対戦するからには真剣勝負でやりたいと思います」 ――相手ベンチに髙山監督がいるというのはやりにくいですか。 「自分の苦手なところや癖を4年間してきて分かっているので、そこを突かれて試合されるとやりにくいなと思います。それ以上のものを発揮して今後成長していきたいと思います」 ――大学卒業というのは一つ大きな区切りになると思います。競技を続けないという選択肢もある中で卓球を続けるという選択を取った一番の要因は何ですか。 「昔から卓球が好きで、自分はいろいろと運があって野田学園中高、明治大学に進学できてそこで卓球を辞めるというのは自分の中でもったいないという気持ちもありましたし、自分が卓球をできなくなるまでは卓球をしたいと思っていたので卓球を辞める辞めないも選択は迷いなくできたと思います」 ――単位は取り切ることはできましたか。 「ちょうど単位を発表されるのが東京選手権の期間中だったんですけど、進路先の先輩とご飯に行ってて『単位なかったら俺入れないですよね』って話してて『そしたら今大会モチベーションないわ』って話してたんですけど、無事卒業できて大会を頑張れました(ギリギリでしたか)情コミって124単位じゃないですか。いっぱい取ってもめんどくさいなとなるんで最小限でいこうと思っていて、4年前期までが122単位だったのであと2単位取ったら卒業だったんですけど、三つに絞ってやってその内二つ取れたので126単位で卒業です。3個あったら1個は取れるかなって感じですね。落としたやつは課題とか出し忘れてむりかなと思ってたんですけど、残りの二つは自信ありました」 ――学業との両立はいかがでしたか。 「1、2年生の時はオンラインだったのでそれは大きかったですね。寮で授業を受けて、オンラインは課題を出せば単位取れるじゃないですか。それが結構貯金になってプラスでした。3年生の時は頑張って学校に通いながらやっていて、余裕をつくれていたのでそこは試合に合わせていろいろとできていました」 ――取っていた授業で印象に残っているものはありますか。 「正直全部難しくて何やってるか分かんなかったです。単位取るために訳も分からない授業をずっと取っていました」 ――授業は卓球部の同期と受けていましたか。 「卓球は各学年に同じ学部の人が1人はいるんですけど、情コミだったら年度初めに4人集まって履修を組むんですけど、その時は先輩が取ってきた言わば楽単を後輩に組ませたりとか自分たちもそういう授業を取って、一緒に行ける日を合わせていたりしました」 ――戸上選手にエールをお願いします。 「ずっと中学校の頃から仲間としてやってきて戸上選手のいいときも苦しいときも見てきた一人だと思うので、オリンピックが決まる時というのは自分のことのようにうれしかったですし、オリンピックでメダルを取れる選手だと思うので、達成できるように頑張ってきてほしいなと思います」 ――同期へのメッセージをお願いします。 「同期6人がいなければ、自分自身この4年間頑張れたかと言われると頑張れなかったんじゃないかなという時期もありますし、一人一人が個性があって卒業しても集まってご飯食べたりお酒飲みたいなというふうに思います」 ――大学4年間を一言で表すとどのような言葉になりますか。 「成長です。この4年間高校の時からありえないくらい成長できたなと思いますし、やっと自信がついたというか、昔は強い選手と対戦してもむりだろうなと思ってやっていたんですけど、やっと強い選手とやる時に勝ちたいという思いでできるようになってきました」 ――今後の目標を教えてください。 「入った1年目ということで1年目が大事だと自分の中では思っているので出場する全ての大会で結果を残すことと、日本リーグや実業団とかで勝利でチームに貢献すること、進路先の実業団のチームで優勝することが今の目標です」 ――ありがとうございました。 [末吉祐貴]READ MORE -
(26)ラストインタビュー 村松凜音
卓球 2024.03.27卒業式を終え、新たなスタートを切った前4年生選手たち。今回ラストインタビューと題し、戸上隼輔選手(令6政経卒)を除く5選手に取材を行った。第3弾は村松凜音選手(令6営卒)のインタビューをお届けする。(この取材は3月14日に行われたものです) ――明大での4年間を振り返っていかがですか。 「1、2年目、コロナウイルスがはやっていてなかなか試合が多く開催されてなくて、卓球のモチベーションを維持するのが難しかったんですけど、そこでなんとか踏ん張って自分なりに卓球の競技を続けていく上で頑張ってこれました。それが3、4年生で特別いい結果残ったってわけじゃないんですけど、自分でやり切ったかなって思います」 ――踏ん張れた要因を教えてください。 「同期に戸上(隼輔・政経4=野田学園)や宇田(幸矢・商4=大原学園)がいて、そういう選手が海外とかの大会とか Tリーグとかの大会出てたりして活躍してるの見ると、コロナ禍でも頑張ってる選手っていうのが身近にいたので、自分にすごくいい刺激になりましたし、自分も頑張んなきゃなっていうふうに思いました」 ――戸上選手が五輪代表に内定しましたがいかがですか。 「オリンピック行きたいっていう強い気持ちが日頃から伝わってきましたし、そこで自分も小さなことですけどなんかサポートできればいいなっていうふうに思ったりもしていました。本人にオリンピック行って頑張ってほしいっていう気持ちも、他の同期もそうですけど、多分思ったんですよね。だからすごく周りから応援される選手なので、そういった選手が近くにいて活躍してるっていうのはすごくうれしいと思いました。もう全部金メダル取ってきてほしいんですけど(笑)。そこはあんまりプレッシャーかけず、本人なりに頑張って、とりあえず帰ってきたらメダルかけに自分のとこに来てほしいですね」 ――同期とのエピソードを教えてください。 「基本的にみんな仲良いので一緒にご飯行ったりとか、それこそコロナの自粛期間中とかはもうバカみたいに遊びましたし、もちろん卓球も一緒にふざけながら練習したり、大学生らしいことを一緒に過ごしてきたなっていう感じで。僕だけ就職が地元の長野で他はみんな東京なんですよ。だからちょっと仲間外れかなって思いますけど(笑)。本当に仲良くさせてもらいましたね。4年間楽しかったです」 ――同期の皆さんの第一印象を教えてください。 「僕は同期の中で成績が一番下ですし、他のみんなは全国の表彰台立ってる人たちだったんですけど、僕はそういうのに縁がなかったり正直怖いなっていう印象はありました。やっていけるかなって不安があったんですけど、いざ入ってみたら普通の人間だったので、特別強い人ってそういう怖い印象があるんですけど、戸上も宇田ももそうですし、宮川(昌大・情コミ4=野田学園)もそうですし、みんな強い選手なんですけど、卓球を除いた日常生活だったら普通の人間っていうことに気づいて、そこは卓球のオンオフっていうか、すごい最初は怖かったんですけど、今思えば全然普通に仲良くできたじゃんっていう感じですね」 ――卒業を控えた今の気持ちを教えてください。 「中学、高校はやっぱ3年間だけなんですけど、大学は4年間あるわけじゃないですか。それでもすごい短く感じましたし、本当にあっという間に過ぎたなっていう印象で。やっぱり1、2年のコロナ禍がなかったらもうちょっと大学生らしいこととか、自分にもっとプラスになることが多くなったかなって思うんですけど、またそれも人生なんで、開き直ってすごい過ごせてきたんですけど、もうちょっと大学生活過ごしたかったですね。あと4年、5年はいたかったですね(笑)」 ――大学4年間で成長したことはありますか。 「卓球面だったら高校で苦手だったことが大学で少しは克服できたかなって思ったり、自分の得意なことも伸ばしつつ、周りからの影響でいろいろなアドバイスをもらったりしたので、すごく成長できたかなと思います。人間面では3年の秋から役職がついたりするんですけど、僕はその中で主務を務めさせていただいて。将来仕事に就く上で卓球以外の仕事、大会の申し込みとか会計とかいろんなことあるんですけど。そういったところを監督に教えてもらいながらやりつつ、人間的にも成長できたし、社会人とかになったら、もちろんプロで卓球やるっていう人は別ですけど。もうチキータとかはいらないわけですよ。チキータとかバークとかいらないわけなんで、本当にこれからの社会人としての人生を支えていけるような経験をできたかなって思います」 ――苦手だったことは何ですか。 「基本的に僕はフォアハンドですごく動くプレーでバックの技術っていうのがあまりなかったんですよね。そこをカバーできるようなバックのハンドの技術とか、プラス守備、相手の強いボール、打たれたボールに対してのブロックとか。そういう守備の面が高校ですごく苦手だったんですよ。そこが改善できたので、強い選手に焦ったりとか、簡単に負けなくなったっていう感じですね」 ――主務になったきっかけを教えてください。 「髙山(幸信監督)さんからまず最初に声を掛けていただいて、主務やってみないかって。なんとなく自分に来るな思ってたんですよ(笑)。最初はちょっと嫌でした。最初は断ろうかなと思ったんですけど今卓球部のコーチに松澤コーチっているんですけど卓球部のOBで、その人も主務やってたんですよ。その人といろいろ話すうちにやった方がいいよとか、別に卓球が弱くなるわけじゃないし、やって得すると思うよとか、いろいろなことを聞いて、じゃあ自分も卓球人生ってそんな長くないなって考えた時に、これから先のこと考えるとやった方がいいのかなって思って、髙山さんにぜひやらせてくださいっていう話をしました」 ――プレーヤーと主務業の両立はいかがでしたか。 「オンライン授業なんですけど単位取れてなくてめちゃめちゃ焦ってていました。でも、本当に取れてないわけじゃなかったので、経営学部って卒業単位数が多くて、それがちょっと心配だったって部分はあるんですけど、2年、3年と挽回できて勉強の方は良くなってって、単位がちょっと心配だなっていう時の卓球がちょっとおろそかになってたと思うんですけど、でも今思えばうまく文武両道でやってこれたかなと思いますし楽しい授業もあったので、そこはすごく自分にとってプラスになりました」 ――主務としての1年間を振り返っていかがですか。 「最初は本当にもう右も左も分からない状況だったんで。そこで大会の申し込みの仕方とか細かいこと多いんですよ。年度始めが過ぎたら夏の会計とか。そして年末の、いろいろな行事があるんですけど。そういったことをやっていって、なんかもうそれをやってたから今があるっていうような感じにも言えるような、すごい社会人としてのスキルっていうのを身につけさせてもらったので。本当にいい経験させてもらったなって思います」 ――4年間で大変だったこと、一番の挫折を教えてください。 「3年目に卓球で成績残したいっていうのが一番強かったので、卓球でいい成績を残して、いろいろな企業からお声を掛けていただこうっていうのを目標にやってたのでそこはもうすごく頑張ってたんです。だけど、やっぱり3年生の段階でいい結果が残らないと就職に向けてちょっと難しいところ。卓球で就職っていうのは難しいところでもあったので。そこはなかなか結果残らなくて、ちょっと悔しい思いはしましたね。ずっとなんか同じような結果だったので、挫折っていうよりはちょっと苦しい状態でした」 ――乗り越え方を教えてください。 「これは多分卓球部の学生みんなに言ってると思うんですけど、髙山監督が4年目に一番いい結果を残してほしいとよくミーティングでおっしゃられてていました。僕その言葉すごい記憶に残っててもう今までダメでも4年の最後だけいい結果残せばいいやって開き直ったんですよ。本当に最後なのでじゃあ4年の最後めちゃくちゃ頑張ろうって思ってそこそこ勝てるようになったかな。多分4年が平均的に見ると一番いい成績なんですけど。そこで髙山さんの言った言葉がすごい頭に残ってたので、頑張れたかなって感じです」 ――全日本大学総合選手権・個人の部(以下、全日学)でいい結果を残すことができたのはそのお言葉があったからでしょうか。 「全日学が1年目がなくて。2年目が2回戦負けで、3年目が3回戦負け、4年目4回戦負けなんですよ。だから今思えば個人では一番いい成績かなと思って。全日学は自分でも絶対勝ってやろうという気持ちが強かったですね。別の話なんですけど、高3の時もベスト32で、今回もベスト32だったんですけど、やっぱ最後の年やっぱラン決(ランキング決定戦)弱いなっていう感じなんすけど、それプラスダブルスでもベスト16入れたし寺下(拓海・商4=福井商)ともよく頑張ってこれたかなと思います」 ――4年間のベストゲームを教えてください。 「2年の関東学生新人(関東学生新人選手権)のダブルスの準決勝ですね。そこで寺下も僕も2位になれば確か全日学の推薦だったんですよ。準決勝で専修大学の相手だったんですけど、推薦って僕ら知らなくて。勝った後に推薦って知ったんですよ。今思えばその時推薦っていうのが頭になくて良かったかなって思うんですけど。相手も格上だったので、まさか僕らが最終結果2位だったんですけど、決勝負けちゃって、今思えばなんかそういう余計な邪念っていうのがなくて、相手も格上で勝てたっていうのは今でもいい思い出ですね」 ――その試合の勝因は何だと思いますか。 「多分その時が寺下と初めてダブルス組んだんですけど、それが初めての大学のダブルスの大会で4年の最後まで一緒に組ませていただいたんですけど、その時は台上っていうか、もうすごい台の上の技術とか思いっきりお互いフォアハンド得意なので、フォアハンドをガンガン打っていったっていうのが勝因だと思います」 ――やりがいを感じたことはありますか。 「それこそ主務やってからです。やっぱり自分だけじゃなくて他の人のことも考えながら、練習の環境だとか、どうやったらストレスなく学生が卓球できるかとか。そういうのを考えながら動いた時にやっぱり僕だけじゃなくてみんなが勝ってくれるっていうのにすごいやりがい感じましたね。なんか誰かのために動いてるんで、やっぱ誰かが活躍してくれればちょっとは人のためになったなとか。プラス自分のためにもなってるし、他の人が活躍すれば自分のやってきたことは間違いなかったかなって思えるようになりましたね」 ――3年次はグランドスラムを達成しましたが、4年次は無冠に終わりました。振り返っていかがですか。 「本当にシルバーコレクターでしたね。春リーグ(関東学生春季リーグ戦)は3位だったと思うんですけど、他2位とかで。昌大も全日学シングルスで2位だし、明治大学が本当にシルバーコレクターだなって思って。今思えばしょうがないなみたいな感じになったんですけどその当時はすごい悔しかったですね。インカレ(全日本大学総合選手権・団体の部)負けた時もみんなもう何も喋れない状態だったしやっぱりリーグ戦も勝てなくて、1個もタイトル取れなかったっていうのは僕だけじゃなくて、もうみんなが苦しいことだったし、 なおさら去年達成してるから今年もまたチャンスあるだろうってみんな思ってたんで悔しかったですね。今思ってもあの悔しさは忘れられないですね」 ――栄光と挫折を味わった4年間だったと思いますがいかがですか。 「自分らしいなって思ったし、そこは一つの結果として明治大学の伝統になると思うので僕らがダメだったら次は後輩たちが頑張るしかないので応援していきたいですね。もう後輩たちに全部任せます」 ――同期、後輩に伝えたいことはありますか。 「同期に関しては4年間仲良くやらせてもらってなんかもう本当にキリがないんですけど、やっぱ一緒に卓球やったりとか同じ大学で4年間過ごしたので、僕の中ではこれから一生続いていく関係だなと思ってるので、仲良くしていただけたらなと。たまに僕も東京行くので、そこで仲良くさせていただけたらいいなって思います。あと後輩たちはすごい卓球練習する子多くて、本当にポテンシャルの高い選手ばっかりで、僕も本当に憧れる存在でした。これから僕らよりもっと苦しい経験すると思うんですけど、後輩たちならやってくれるだろうって思いますし。大学生活も卓球だけじゃないので、いっぱい楽しんでほしいです」 ――村松選手にとって卓球とはどのような存在ですか。 「人生って言ったらちょっとくさいんで(笑)。なんかないかな。卓球といえば体の一部ですね。もうずっとあるのでもう体の一部にします(笑)」 ――卓球の魅力を教えてください。 「卓球の魅力は他のスポーツは多分年齢が関係あるんですよね。でも卓球は老若男女全部問わずできるっていうのが素晴らしいと思いますし、プラス温泉とか行ったら多分卓球台とかあるので。いろんな人ができるスポーツで、たまたまそこでハマったのが僕ら。僕たちがハマってるだけなんですけど、いろんな人ができるのですごくそこに魅力を感じますね。僕も多分年取ったらずっとやってるんですけど、そこに関しては卓球の素晴らしいところだと思いますね」 ――卓球を始めたきっかけを教えてください。 「きっかけは、すぐそこにめっちゃボロい小屋があったんですよね、そこになんか手作りみたいな、本当にぼろい卓球台がポツンって一台置いてあったんですよ。そこで小学校の時にやってるのを見て、そこでなんか友達と混ざったりしたっていうのがきっかけですね。そこからから多分ハマっちゃったと思います。その時小さい小屋の卓球場の隣にたまたま卓球やってる人がいてその人が見てくれたんですよ。それでその人からやった方がいいよみたいなことを親に言ったらしくて。その隣のコーチと一緒に卓球クラブに行って今に至るって感じです」 ――明大卓球部に入って良かったと思いますか。 「めちゃめちゃ思いますね。もう昔からの憧れだったので。中学校2年生ぐらいに初めて明治の練習行ったのかな。その時から紫紺のユニホームがすごくかっこいいなって、将来この大学でやりたいなって思ってたので、そこに入れたことが本当にうれしいことですし、そこでプラス卓球続けられて自分の中では人生の宝物ですね」 ――卒業後の進路を教えてください。 「長野県の岡谷市役所。公務員になるんですけど。そこは明治大学卓球部の先輩方が多くいて、そこで4年後に長野国体あるんですよ。それに向けて頑張るって感じですね」 ――今後の目標は何ですか。 「まだ全然結果にこだわるのが大事だと思ってるので、大学で完全燃焼したわけじゃないので、こっからまだまだ卓球やっていく上では強くなりたいですし、もっと結果にこだわっていきたいなって思いますし、プラス社会人として公務員になるのでそこは岡谷市ためにいろいろな仕事としっかり向き合って、人としてもこれからも成長でできるようにしていきたいなって思います。近々長野国体があるので、僕が27歳とかなんですけど、国体代表に選ばれていい結果残したいなって思います」 ――ありがとうございました。 [七海千紗]READ MORE -
(25)ラストインタビュー 日置希音
卓球 2024.03.27卒業式を終え、新たなスタートを切った前4年生選手たち。今回ラストインタビューと題し、戸上隼輔選手(令6政経卒)を除く5選手に取材を行った。第2弾は日置希音選手(令6文卒)のインタビューをお届けする。(この取材は3月7日に行われたものです) ――卓球を始めたきっかけを教えてください。 「小学校の時に卓球が流行って、それで公民館で親と一緒に卓球をしていたら、そこがたまたまクラブチームを経営していた練習場で、クラブチームの監督さんにお誘いをいただいて、卓球を始めました」 ――大学4年間を振り返ってみていかがですか。 「振り返ってみると、やっぱり親や卓球部の先輩や後輩、同期、高校の時に支えてくれてた監督に感謝の気持ちがすごくあります。その支えがあったから、4年間ちゃんと明大卓球部として最後まで自分の力を出せた部分もあって、そういう感謝の気持ちを持てるようになったのは、本当に周りの方に支えられてた部分があったからだと思います」 ――活動中、両親からどのように支えられていましたか。 「大会はもちろん、練習も僕にとってはすごく周りの環境のレベルが高くて、ついていくのに必死でしたが、『その中でもしっかりついていけるように自分のできることはやれ』という風に言われました。練習だけではなく、選手をサポートする側に立つところでもしっかり自分から率先して支えるように言われました」 ――入学時コロナウイルスが流行していたと思いますが、何か影響はありましたか。 「コロナウイルスで初めはやっぱり練習もずっとできなくて、寮生活で3カ月外にも出れず、寮の中でトレーニングをするぐらいで、本当に何もできませんでした。練習ができなかった部分が一番大きくて、そこでモチベーションが下がったりした時もありましたが、自主練でトレーニングとかランニングとかするようにはしていました」 ――4年間で一番印象に残っている試合を教えてください。 「最後の春、秋のリーグ戦(春季関東学生1部リーグ戦、秋季関東学生1部リーグ戦)が一番印象に残っています。そこで優勝はできなかったんですけど、個人として最後の年というのもあって、自分は試合にあまり出れていなくて、サポートする側でモチベーションビデオを作ったり、応援をみんなで頑張ろうという意識を持って盛り上げたりしていたので、 個人的なところで言うと春、秋のリーグ戦が自分の力をすごく出せた部分があって一番心に残っています。周りの他の選手たちも、やっぱり4年生最後の試合を勝たせたい気持ちもみんなあって、悔しいという気持ちが一番あるんですけど、それが一番印象に残っていますね」 ――大学4年間で挫折した経験はありましたか。 「挫折ばかりの4年間でした。最初にコロナで練習ができなくなって、モチベーションが下がったりしてそこでまず挫折したっていう部分もあったり、自分は明大に入れさせてもらっているような立場でもあって、同期も日本一の子とか高校から名のある子がすごい集まっているので、練習もついていくのに必死で、周りと自分を比べて劣等感を感じたりとか、普段の練習の中でもやっぱすごいなっていう風に思ったりして、普段から挫折していた部分もありました」 ――挫折をしながらも4年間卓球を続けられた要因はありますか。 「親や監督、チームのみんなの精神的な支えがあったり、みんなで頑張ろうよみたいな、周りの仲間意識みたいなものがありました。監督には何回も叱られましたが、日常生活について指導してくださったり、本当に周りの人たちのおかげで、ここまで4年間最後までやり切れたのかなと思います」 ――髙山監督に言われた言葉で印象的なものはありますか。 「すごく褒められた部分はやっぱり印象に残っています。指導の部分だと、もっと裏表ない人間性を磨きなさいと言われました。表向きじゃなくて、裏の部分でもみんなに慕われるような先輩になれるように頑張れと言われました」 ――4年間で成長したことを教えてください。 「プレーの部分では、周りが本当にすごく強い環境だったこともあって、頑張らないといけないという気持ちになりました。高校の時の自分は怠惰な性格で、頑張ることがあまりできなかったのですが、明大に入って頑張ることの大切さをすごく教わりました」 ――明治大学に入って良かったことを教えてください。 「周りからの感謝の気持ちを改めて理解する大切さを学べました。高校の時はサポートする側ではなくプレーする側の選手でしたが、明大に来てサポートする側になって、サポートする側の人たちの気持ちを理解できたり、サポートしてる人たちがいるからこそ、プレーする側の選手が試合で結果が出せるということをすごく感じることができたので、そこが良かったと思います」 ――どのような同期でしたか。 「みんなフレンドリーで、みんなでチームとして勝つんだっていう意識が高かった同期なのかなと思います。自分を正してくれる、厳しい優しさのようなものもある同期で、自分が悪いことした時は、お前それはダメだぞと言ってくれる、愛のむちで叱ってくれるような同期で、本当に良かったです」 ――同期との卓球以外での思い出はありますか。 「団体ではなくて個人で遊びに行ったりとか、ご飯を食べたり、遊園地に行ったり、古着を買いに行ったり、本当に大学生らしい遊びをしていましたね(笑)。」 ――卒業後の進路を教えてください。 「卒業後はインフラ関係の卓球部のある会社に入社します。これからも卓球をプレーするつもりです」 ――この先卓球を続ける際、明大での4年間をどう生かしていきたいですか。 「社会人として基礎となる挨拶やお礼、感謝の気持ちを持つことや報連相をしっかりすることなどは学べたと思うので、その点で体育会らしい元気の良さや、人当たりの良さを社会人になっても生かしていきたいなと思います」 ――これからの目標をお願いします。 「社会人で卓球選手としてしっかり勝利していくというのはもちろんですが、明大卓球部があったから今の自分があるというのを忘れずに、明大卓球部の看板に恥じないように社会人の卓球で頑張って勝負していきたいなと思います」 ――ありがとうございました。 [晴山赳生]READ MORE -
(24)ラストインタビュー 寺下拓海
卓球 2024.03.27卒業式を終え、新たなスタートを切った前4年生選手たち。今回ラストインタビューと題し、戸上隼輔選手(令6政経卒)を除く5選手に取材を行った。第1弾は寺下拓海選手(令6商卒)のインタビューをお届けする。(この取材は3月15日に行われたものです) ――明大卓球部での4年間を振り返ってみていかがですか。「あっという間でしたね。1年目はもう本当に試合なかったので、コロナで。練習もなくて、寮生活だったので、遊んだりできて、それも楽しかったですし、2年からは少しずつ試合が入ってきて、でもあっという間でしたね」 ――入学と同時にコロナがありましたが、その間はどのようなことをしていましたか。「練習もダメみたいになっていて、しかも自分もコロナにそのタイミングでなったので、隔離されてって感じでした。あとは韓ドラ見たり、映画見たりして過ごしました」 ――高校の時と比べて大学の卓球の練習はどうでしたか。 「練習はハードじゃなかったです。でも時間というより質が高くて、高校の時とは周りでやってる人のレベルが全然違ったので、緊張感もあって練習できたかなと思います。あとは、監督から指示されることがあまりないので、自分で考えてって感じですね」 ――質が求められる中で、どのようなところを意識して練習していましたか。 「自分はサーブとフォアドライブが得意だったので、そこの練習を重点的にやってって感じでしたね。高校の時はあまりやってなかった、動いたりする練習も結構やっていました」 ――練習は学年ごとか、それとも先輩と一緒にしていましたか。 「Aチーム、Bチームがあって。Aが強い方なんですけど、自分は1年や2年の時はAとBのギリギリだったので。AでやったりBでやったりって色々あったんですけど、Aの方がみんな質が高いので、そこでできるようにっていうのは考えていました」 ――寺下選手自身はどうでしたか。 「もちろんBでやると疲れないし楽なんですけど、ただ楽なだけで意味ないので。頑張ってAで練習できるようにっていうのは思っていました」 ――やる気を落とさずに練習していたのですね。 「比較的です(笑)。他の人に聞いてみてください(笑)」 ――2021年の関東学生新人選手権ではダブルスで準優勝に輝きましたが、その時を振り返っていかがでしたか。 「ダブルスは割と好きというか得意だったので。ダブルスだと自分の強みが結構出る場面が多かったので、(上位を)狙ってて。でもその狙い以上に上まで行けたので、なんかパンパンパンって行っちゃったみたいな感じですね」 ――実力はもちろん、流れも相まってかなり上に行けたということですね。 「完全に流れです(笑)」 ――先ほどの話にあった「ダブルスだと自分の強みが結構出る」というのは、具体的にどういうところですか。 「ダブルスだと交互に打つので、ラリーのスピードがそこまで速くなくて。僕はフォアが得意なので(ダブルスだと)動く時間があって。シングルスだと(ラリーのスピードが)速いので、 全部フォアで行けないんですけど、そういうのもあって。あとは左利きなのもあって、結構相性が良かったかなって思います」 ――ダブルスは主にどの選手と組んでいましたか。 「村松(凜音・令6営卒)ですね」 ――村松選手とは普段、ダブルスの練習はどのようなことしていましたか。 「2人とも試合になると緊張したり、ミスが増えてイライラしたりするので。練習は結構いい感じなんですけど、試合で全然ダメみたいな感じだったので。多分お互い思ってることは一緒で、どっちかっていうと僕がめっちゃ緊張して入らなくなって、で、村松はなんか入らなくなってイライラして、みたいな。僕は『いや、落ち着いて』みたいなことを言って、村松は『いや、もっと力抜いて』みたいな、そんな感じで言いながら試合が終わるみたいなことが多かったので。そんなに難しい練習とかっていうよりは基本的な練習をして、『普通に練習通り行けたらそこそこいけると思うから』みたいなって話してて。最後の全日学(全日本大学総合選手権・個人の部)の時に練習通りにできたので、 それなりに勝てたって感じです」 ――寺下選手はチーム内でどのような立ち位置でしたか。 「ずっとふざけてばっかでしたね(笑)たまに変なことしている人がいたら怒るみたいな感じです」 ――同期の中でもそのような感じでしたか。 「割とみんな仲良かったので、あんまり怒るとかはなかったですね」 ――特に仲が良かった選手は誰ですか。 「本当にみんなと仲良かったですね。宮川(昌大・令6情コミ卒)と戸上はこの前3人でご飯行って、日置(希音・令6文卒)とは昨日一緒に映画行きました」 ――いとこである寺下敏倫(営1=福井商)選手とはどのような関わりがありましたか。 「練習している地元のクラブチームは一緒でしたけど、 卓球場でしか会わないみたいな感じでした。あとは親戚の集まりで会うとかで。大学入ってからも違う先輩と仲良くしてたので、僕は何かあった時に声を掛けるとか、そのくらいでした」 ――寺下敏倫選手のプレースタイルについてはいかがですか。 「僕と違ってバックドライブが上手なので、小さかった時と比べたら全然パワーもあるので、いいなって思います」 ――今年度の全日本選手権(以下、全日本)は出場権を獲得したものの、ペアの選手が別の選手とダブルスを組んだことで出場できなくなったことについてはいかがですか。 「元々、全日学の次にダブルスの全日本があって、それで大学生卓球人生最後の試合だと思ってたんですけど、 推薦とかいろんな関係で全日学の試合が最後だった、ってなって。自分的にはショックな部分はあったんですけど仕方ないっていうか、自分がもしペアの選手の立場だったら、多分自分も同じようなことになってたと思うので。そっちを優先すると思うので、それはしょうがないなって感じでした」 ――気持ちの整理はすぐできましたか。 「シングルスは全然ダメだったんですけど、ここ最近だったら割といい試合ができていましたし、石川でやったので家族が見に来ることができて。シングルスもダブルスも全然ダメだったら落ち込んでたと思うんですけど、それで切り替えてっていうか、しょうがないなって感じでした」 ――全日本は見に行きましたか。 「最後の戸上の決勝だけは見に行きました」 ――決勝は見てていかがでしたか。 「最高でしたね。応援するために行ったんですけど、ずっと大声出してましたね。普通に観客として見てました」 ――チームみんなで応援しに行きましたか。 「チームで行きました」 ――部員の様子はどうでしたか。 「やべー、やべー、隼輔強ぇ、みたいな感じでした。寮生活一緒にしてて、この前ご飯行ったりそういうのは普通の、ただの大学生みたいな感じなんで。やっぱり試合になると雰囲気あって違うので」 ――普段の戸上選手はどんな方ですか。 「めちゃくちゃいい子ですね。戸上のことを悪く言う人いないです。ただただいい子ですね、ずっと謙虚ですし」 ――戸上選手に何かメッセージはありますか。 「トランキーロ!!(焦んなよ!!)」 ――リーグ戦などの試合に出れないことに対してはどう思っていましたか。 「ダブルスが明治大学はそんなに強くなくて、自分はダブルス得意だったので、ダブルスだけに懸けて出れたらいいみたいな話してたんですけど、あまり結果残してなかったので。出ている人はみんな頑張っているし、 リスペクトしていたので、それで不満とかは全くなかったです」 ――試合に出場できない中で、頑張ることができた要因は何でしたか。 「元々、大学4年間でもう卓球は終わりって決めていたので、それが良かったですね。そこで終わりって分かっていたので、今までの集大成として周りの人に恩返ししたいとか、自分の中でもいい形で終わりたいっていうのがあったので。ゴールが決まっていたので頑張れました」 ――特に印象に残っている試合はありますか。 「最後のダブルスの全日学は試合してて楽しかったので、よかったですね」 ――練習などで監督から何か言葉をかけられましたか。「3、4年生になって結構アドバイスしてもらうことがあって。それはメモしたりしてやってましたね」 ――後輩に対して何かしたことはありましたか。 「友達みたいな感じだったので、いじられることもあるし、僕はふざけていたので、何をしてあげられたかは分からないですけど、ただ楽しくやっていた感じです。上級生が偉いわけじゃないし、みんな仲良くやってたらいいなと」 ――4年間寮生活で1日中ずっと卓球をすることに関してはいかがでしたか。 「卓球場もずっと空いてるので、やりたい時にできるというのはすごい良かったですし、あとは戸上とか強い選手も一緒にいるので、彼が1日どうやって生活してるかとかも分かるので、すごい参考になりましたね。寮生活だからこそできました」 ――卓球に対する気持ちの変化はありましたか。 「シングルスではちょっと、だんだんきついなって思っていたので、勝つのが。それもあってダブルスに懸けようみたいに思ったので。でもやりたくないとかはなかったですね」 ――全日学で中央大学の選手とペアを組んだ経緯を教えてください。 「中学校だけ一緒で、高校は違うんですけど。高校までずっとライバルみたいな感じだったので、お互いのクラブのコーチ陣がダブルス組ませたくないみたいな感じだったんです。でも自分たちの親同士が高校一緒の同級生でダブルス組んでて、ずっと知り合いだったので、大学のタイミングで(ペアを組んだ)。去年も組んだんですよ、去年予選1位で通って。それで全日本だってなった時に、試合の前の日にペアがインフルエンザになって出れなくて。今回は『中央の方と組む』って言ったので。完全にやられましたね(笑)」 ――卓球を始めたきっかけも親の影響が大きいですか。 「父親も明治の卓球部で、髙山(幸信)監督の先輩なんです。2年先輩でとても仲が良かったらしくて。ずっと髙山監督と遊んでいたらしいです」 ――髙山監督はどんな方ですか。 「試合会場に行くと熱はありますね。だから他の大学の学生からは、結構怖がられてるというか。でも、大学の中だったら全然優しいですし、色々教えて下さったりするんですけど、結果が出ないと、というのは結構強い思いがあるので。そういうところはシビアになったりするんですけど、それは大事な要素だなと」――卒業後の進路を教えてください。 「スポーツブランドですね」 ――卒業後の進路は元からそういう方向に行きたいなと思っていましたか。 「元々服が好きなので。卓球って結構陰キャのイメージがあるじゃないですか。でも戸上とかが頑張っているから認知度上がってきているし、 そういうのもあって。卓球がもっと有名、人気になってほしいなっていうのもあって、そういう職種に興味がありました。これからは卓球のウェアとかを作って、目指すのは日本代表のユニホームを提供して、戸上や同級生が着てくれるってことになったら一番理想です」 ――明大卓球部に入ろうと思ったのはなぜですか。 「父親の影響で大学の試合とか小さかった時に見に行ったりしていて。それこそ水谷隼さん(平25政経卒)がいた時とかだったので。すごい強いチームって分かってましたし、理想だったので。それでも入れるならって感じで、縁あって入れたって感じです」 ――大学4年間の卓球生活を次のステージにどう生かしたいですか。 「大学の時は結構いろいろな人と話したりしてたので、そういうコミュニケーションとかは生かしつつ、あとは言われたことに対してメモしたりして、それを吸収して毎日前進していきます」 ――大学4年間を一言で表すとどんな言葉になりますか。 「一瞬でした。楽しかったし、やらなければいけないことが明確だったので、それもあって結構すぐ終わりました。あとは戸上とか宇田(幸矢・令6商卒)とか強い選手が一緒にいると、そういう人たちはどういうことやってるかって分かって。ビジネスとかどの分野も成功する人って大体、マインド的には一緒だと思います。自分に負けずに、何かやるべきことをちゃんとできる人とか、 人から言われたこと素直に受け入れるとか、そういうのは今後も生かしていきたいなと思います」 ――これからの目標をお願いします。 「卓球界や明大卓球部に貢献できるようにしたいです。さっきの日本代表のユニホームの話も込みで。トランキーロ!!」 ――ありがとうございました。 [北原慶也]READ MORE -
(23)開幕直前! 全日本事前インタビュー⑤ 宇田幸矢×宮川昌大×山本歩
卓球 2024.01.221月23日から開幕する全日本選手権(以下、全日本)。明大勢からはシングルス2連覇中の戸上隼輔(政経4=野田学園)や王座奪還を狙う宇田幸矢(商4=大原学園)ら計13選手が出場予定だ。選手たちは紫紺のプライドを胸に、頂上決戦へ挑む。今回は海外遠征で不在だった戸上を除く12選手に、明大の合宿所にてインタビューを行った。第5弾は宇田と宮川昌大(情コミ4=野田学園)、そして山本歩(商3=出雲北陵)のインタビューをお届けする。(この取材は1月14日に行われたものです) ――まずは2023年の総括をお願いします。山本(以下、山):2023年はリーグ戦とインカレで一つも優勝できなくて、個人戦でもあまりいい結果残せなかったので、今年はその反省を生かしてリーグ戦とインカレで優勝して、個人戦でもしっかり勝てるように頑張りたいです。宇田(以下、宇):まとめちゃったじゃん(笑)。そうですね。2023年はやっぱりパリ選考だったり、全日本選手権っていうものは自分が思うような結果を残すことはできなかったなと。選考会でも優勝して、やっぱり上位いきたかったです。去年の全日本もベスト8止まりでしたし、ダブルスも2連覇目指していたんですけど、できなくて悔しい1年でした。ケガとか、腰ヘルニアになっちゃったりして思うように練習できなかったりと、結構自分のやりたい気持ちがあっても、そこに対して体がついてこないっていうのがあったので、そこのバランスがすごく難しい1年ですごく悩んだし、悔いが残る1年でした。やっぱり明治としてもインカレもそうですし、リーグ戦も4年生で最後だったので優勝できなかったのは悔しかったなと思います。宮川(以下、宮):チーム戦に関してはリーグ戦とインカレ、自分らが1番上の学年で優勝できなくて本当にチームに申し訳ない気持ちもありましたし、自分自身もシングルスでもダブルスでもあと1勝していればチームが優勝できた可能性があったので、最後までチームには本当に申し訳ないなっていう気持ちが強かったです。シングルスでは今年入る前に、最後の年は関東、全国両方優勝するっていうふうに自分の中で目標があったんですけど、関東学生(選手権)優勝してすごくいい感じで来たんですけど、全日学(全日本大学総合選手権・個人の部)に関しては決勝で負けて準優勝ってことで、チーム戦でも個人戦でも自分の目標には届かず終わってしまった1年間でした。でもすごくこの1年自分自身成長できたと思うので、自分的には充実した1年間を過ごせたのかなって思います。 ――全日本を直前に控えた心境はいかがですか。山:調子は悪くないので、あと10日間ぐらいしっかり調整して、いい形で試合に臨みたいです。 宇:12月に腰に、新しい病院でブロック注射っていうのをしたんですけど、そこから少しずつ練習量増やしてこの間のカタールでの試合もすごくいいプレーというか久々にいい感覚で試合ができました。今全日本前になってきて卓球自体のプレーもいいですし、精神的にも前よりは少し自信が持てた状態で保っているので、この調子のまましっかり調整して全日本を迎えたいなと思います。 宮:今大会3種目、シングルスとダブルスと混合ダブルスに出場させてもらうんですけど、シングルスでは今まで一回も入ってないランク、そしてそれ以上っていうのを目標にして頑張りたいなと思っています。ダブルスでも去年ベスト8で表彰台には登れなかったので、今年は何としてもまずはベスト4以上目指して去年より上に行けるように頑張りたいと思います。全日本まであと少しですけど、自分自身すごくいい感じで調整ができているので、あと1週間ちょっとぐらいもっともっとギアを上げていけるようにまたこれから調整していきたいと思います。 ――宮川選手と山本選手は前回大会ベスト8でしたが、昨年度振り返っていかがですか。山:去年は1回戦からの出場で初戦から試合があって、試合やっていくうちにどんどん調子上がっていって、ベスト8決定戦とかも結構いい試合内容だったんですけど、準決勝でストレートで負けてしまったんで、今年はやっぱ一つ上のベスト4を目標に頑張っていきたいです。 宮:山本とのダブルスは自分が3年生の時から組み始めました。リーグ戦でも結構負けていたので、全日本はまずはベスト8っていうか、組み合わせて見た時にベスト8に入るチャンスが全然あったので、まずはそこに行ければいいかなっていうふうに思って試合していました。いざ試合になると山本選手がすごいいいプレーをしてくれて、自分自身も助けられましたし、そういったことがあって去年はベスト8に入れたので、今年は自分もそうですけど、お互いがいいプレーをしてベスト4以上、去年の結果を上回れるように頑張りたいと思います。――宇田選手にとって全日本はどんな大会ですか。宇:高校3年生で1回優勝してますし日本で一番大きい大会で、誰もが目指す場所だと思うので、そこでもう一度優勝することだったり、それぞれ目標も違うと思うんですけど、 (優勝は)一番自信になりますし、自分の立場もはっきり分かると思うのでやっぱそこに対する、懸ける思いってものはみんな強いと思います。ただ世界を目指していく上では通過点。通過点なので全日本は。卓球はシーズンがなくて、本当に大会がたくさんある中で、一番みんなが仕上げてきて挑戦するので自分にとっては勝てば人生が変わる、それぐらい大きな大会だと思います。 ――先日までWTTドーハ(カタール)で試合がありましたが、技術面で手応え感じた部分はありますか。宇:攻めるスピードが、前より無駄のない動きができているのかなと。腰をケガしてしまって、今までは自分の持ち味であるパワー、そこにすごく重点を置いて取り組んでいたんですけど、ケガしてしまってやはり強く打てない機会が多く、少し卓球を変えていかないといけないっていうことで、プレースタイルを小さくして、より早いものにしたんですよね。スピードがあるような。それがすごく形になってきていますし、フォアは回り込みが得意なんですけど、腰痛くて回り込めない分、バックの練習をすごい強化してきました。(WTTドーハでは)そこもやっとすごくマッチしてきて、落ち着いてプレーができました。今まで苦手な部分だったので、落ち着いてプレーすることで得意な面も自信持ってできますし、少しプレーに余裕ができたのかなと思っています。 ――宮川選手は初のスーパーシードですが、いかがですか。宮:まずはスーパーシードが自分にとっては初めてなので、スーパーシードの難しさっていうのは自分自身まだ肌で体感してないんですけど、やっぱり強い選手の話を聞くと、スーパーシードの1発目っていうのはどんな相手でもなかなか厳しい試合になるって聞いているので、もう組み合わせとかは気にせずに一戦一戦、4回戦から自分の100パーセントの力を出し切れるように。その日3試合ありますけど、3試合とも自分の持っている力を全部出し切ることだけを意識してやっていきたいなと思います。 ――11月の全日本学生選抜選手権後から成長感じた部分、変えた点はございますか。山:僕はダブルスしかないので、ダブルスでどうやって勝つかっていうのを意識して12月、1月はずっと練習してきました。 ――宮川選手と山本選手、試合以外での関わり合いはございますか。宮:ただ自分がいじって、山本がちょっと反応して終わりみたいな(笑)。深い仲はないというか(笑)。 ――宮川選手から見て、山本選手はどんな選手ですか。宮:卓球に関してはいつも練習終わっても残ってずっと練習していますし、リーグ戦とかでも後半に置いたら大体は勝って帰ってきてくれるので、本当に団体戦に関しては頼りになる選手です。ダブルスでも予想外のプレーをしてくれるので、自分自身はすごく頼りがいのある後輩だと思いますけど、私生活ではちょっとあんましゃべらないので、ちょっとどんな感じかわかんないですね(笑)。卓球ではすごく本当に頼りになる後輩ですね。 ――山本選手から見て、宮川選手はどんな先輩ですか。山:んー。宮:なになに(笑)。山:こういう先輩になりたいです(笑)。 ――山本選手は、宇田選手にはどんな印象お持ちですか。山:尊敬できる先輩です。宇:浅いな、何か。含みがないな(笑)。山:こういう先輩になりたいです(笑)。 ――宇田選手と宮川選手は同級生ですが、お互いどんな印象をお持ちですか。宇:僕と戸上と昌大の3人が、1年生の時に入ってから主力メンバーとして髙山さん(髙山幸信監督)も考えてくれていて、(ただ)その中で僕と戸上はいないことが多くて。インカレは比較的出ていたんですけど、リーグ戦はいないことが多かったので、その中で僕の学年の中では一番明治を引っ張ってきたというか、練習にも一番いますし、後輩とも接する時間も多いので、明治を引っ張って、(2022年の)リーグ戦優勝につなげてくれたし、チームの中ではリーダーとして引っ張ってくれた存在なのかなっていうふうに思います。 宮:小学校の頃、常に全国のトップを走っている選手だったので、自分は全国じゃ全然勝てない選手でずっと尊敬していた存在でもありましたし、すごく昔から仲良くさせてもらっていて、大学に入ってからもコロナ禍の中で練習ができない中でも宇田選手がすごく練習に誘ってくれて。自分の練習もするんですけど、僕にフォームとかの改善とかいろいろとアドバイスをしてくれて自分をすごく変えてくれた存在かなって思っていて、宇田選手もそうですけど戸上選手も、この2人がいなければ今の自分はいないのかなと思っています。 ――宇田選手は、戸上選手とのダブルスで期待の声が多いですが、いかがですか。宇:ここ1年は比較的組むことがあんまり多くなかったので、この間もファイナル(WTTファイナルズ・ドーハ)の試合に出て、中国選手と(ゲームカウント)2―3でしたけど、個人的にはそんなダブルスとしていいプレーができたっていうわけではなかったので、定期的に組んでない分そこのお互いのコンビネーションがあまり良くないっていうのが現状だと思うので、そこは全日本までにしっかり調整していきます。やっぱり去年負けてしまっているので、その負けたペアも勝ち上がれば早い段階で当たるので、しっかりリベンジしてまた優勝できるように頑張ります。――最後に、全日本への意気込みと目標をお願いします。山:ダブルスは去年ベスト8入って、今年も頑張ればチャンスある場所なのでベスト4を目指して一戦一戦初戦から頑張っていきたいです。 宇:目標は2冠を目指して頑張りたいですし、シングルスはベスト4決定で張本(智和・智和企画)と当たるので、まずはそこに勝ち上がるまで頑張らないといけないんですけど、(張本が)一番強いと思っているので、そこでしっかりいいパフォーマンスができるように頑張りたいです。ダブルスも明治大学として出る大会は多分国内だともう最後になると思うので、髙山さんがベンチに、シングルスもダブルスも入ってくれると思うので、今まで教わってきたことも生かしたいですし、感謝の意味を込めていい結果を残せるように頑張ります。 宮:全日本選手権、日本で一番大きい大会なので、やっぱりそこで勝つことが本当に意味のあることだと思っています。出場する全種目で自分のベストのプレー、結果も大事ですけど、まずは自分の100パーセントのプレーができるように頑張っていきたいなと思います。 ――ありがとうございました。 [末吉祐貴]READ MORE -
(22)開幕直前! 全日本事前インタビュー④ 松田歩真×飯村悠太
卓球 2024.01.221月23日から開幕する全日本選手権(以下、全日本)。明大勢からはシングルス2連覇中の戸上隼輔(政経4=野田学園)や王座奪還を狙う宇田幸矢(商4=大原学園)ら計13選手が出場予定だ。選手たちは紫紺のプライドを胸に、頂上決戦へ挑む。今回は海外遠征で不在だった戸上を除く12選手に、明大の合宿所にてインタビューを行った。第4弾は松田歩真(商3=野田学園)と飯村悠太(商1=野田学園)のインタビューをお届けする。(この取材は1月14日に行われたものです) ――2023年はどんな年でしたか。松田(以下、松):2023年は、チームとして一つも優勝できなくて。個人としても目標達成することができなかったんで。悔しい1年にはなったんですけど、自分の成長も感じたのでそこは良かったかなと思います(個人としてはいかがですか)個人としても目標にしていたことを達成できなかったので非常に悔しい1年だったんですけど練習の中であったり自分が成長できたなと思うところも試合とかで出せたりできたので、そこに関してはよかったかなと思います。飯村(以下、飯):チームとしては団体戦で優勝できなくて、個人でも目標達成できなかったので悔しい1年になりました。あと課題がたくさん見つかったので良かったです。(具体的にはいかがですか)いっぱいありすぎて。レシーブからの展開とか、フォアで強く打たれたボールをうまく返せなかったりです。――昨年度の全日本は振り返っていかがですか。松:昨年はシードもらってたんですけど、1発目で負けちゃって。昨年の全日本も結構悔しい思いがあったんで、今年は一つでも多く勝てるようにしたいです。飯:去年はスーパーシード前で(ゲームカウント)2―2の6―1ぐらいから逆転されたので、今年はスーパーシードまでいけるように頑張りたいです。――全日本予選を振り返ってはいかがでしたか。松:全日本予選はシングルスだったらリーグ戦の2、3日後とかで結構日程的にはキツキツっていうか。リーグ戦とかで自分はいいプレーができていてその勢いのままいけたので、自分の中ではいい内容で試合ができて予選通過できたので良かったです。飯:自分もリーグ戦後半の調子よかったんでそのままいけたんで良かったです。 ――全日本直前となりましたが、今の調子はいかがですか。松:学生の大会とかだったら、どちらかというと追われる立場でプレッシャーも大きいんですけど。全日本ってなると、相手もやっぱりもっと強くなってきて、 こっちがチャレンジャーっていうところが大きいので、そこに関しては楽にというかリラックスした状態で、練習とか取り組めています。飯:いつも通りです。――全日本はどういった大会でしょうか。松:日本で一番大きな大会なので、今まではレベルが高い分、自分が結果を残すのは厳しいっていう考えだったんですけど。最近、ここ何年かは全日本でも、もっと上目指して結果残したいっていう。その1年の中でも、自分の中ですごい大きな大会になってるんで。年明け最初の大会で大きな大会なので、そこは頑張りたいです。飯:大事な大会ですね。頑張ります。 ――12月、1月はどういった練習に取り組まれてきましたか。松:年末までは結構、全体的に練習量も増やしてやっていて。どちらかというと体、追い込む期間みたいな感じで頑張ったんですけど。1月になって、練習再開してからは今は、試合に向けて調整っていう、練習量だけじゃなくて試合で使うような細かいことを練習を中心にやってます。飯:自分も12月は結構多めに練習して、1月からは動画見て対策してます。 ――ご自身で成長や変化したなと感じる点はありますか。松:1年ぐらい前から台上技術の練習を多く取り入れてやっていたのですが、それが最近の試合とか、練習もそうですけど自分の中でも良くなってきてるなって実感してますね。飯:変化はないっすね。次の試合でできたらいいって感じです。――お二人は野田学園時代から先輩後輩という関係性ですが、お互いについてはいかがですか。松:後輩じゃないっす。友達っす(笑)。飯:友達っすね。 ――プライベートで遊びに行かれますか。松:結構、はい(笑)。一緒に行動する時間は多いです。 ――松田選手から見て、飯村選手はどんな方ですか。松:いやもう、今ちょっと話してもらっただけで分かると思うんですけど、なんて言うんすか。あの、バカです(笑)。ずっとこんな感じです。 ――逆に飯村選手はいかがですか。飯:いや、先輩っすね。松:1ミリも思ってない(笑)。――卓球面に関してはいかがですか。松:比較的、全体の技術高くて。結構なんでもできて。一発で決める力があるんでダブルスとか組んでたら結構決めてくれるんで助かるなって思うところはあります。あとは、試合中でもいつも通りみたいな(この雰囲気のまま)そうです、しゃべりかけてくれるので。それが強みなんじゃないのかなと思います(笑)。飯:松田さんの強みは、結構下がらずに前で打点早く打ってくれるんで、その時とかチャンスボールを作ってくれることが多いので、なんか、いいと思います。松:(笑)。飯:リーグ戦とかでは練習の時よりいいプレーができているのですごいなと思います。――どのペアにも負けない、ダブルスの強みだと思うところはありますか。松:お互い気使わないから、全く。ミスとか相手にチャンスボール与えちゃっても。全然、気まずいっていうか全然プレッシャーがない。そういうところはお互い伸び伸びプレーできるのかなと思います(笑)。飯:同じです。 ――組み合わせについてはいかがですか。松:自分としても、いいのかなというか。組む前から結構ちゃんと練習したら、いい感じになるのかなと思ったので。組んでからもそこまで本戦とかで試合ができてないので分からないのですが、もっと伸ばしていく点とかは明確に分かっていますし。それは試合を重ねるごとにどんどん良くなっていくんじゃないかなって思います。飯:最初組んだ時より、だんだん良くなってきています。 ――全日本への意気込みをお願いします。松:何年も前からずっとランク入り目標にして頑張っているんですけど、まあなかなか厳しい。思うように結果が出てないんで、今年はまず目標達成できるように頑張ります。飯:今までまだスーパーシードまでいったことないんで、今年はスーパーシードまでいって勝てるように頑張ります。――ありがとうございました。[新谷歩美]READ MORE -
(21)開幕直前! 全日本事前インタビュー③ 手塚崚馬×安江光博
卓球 2024.01.211月23日から開幕する全日本選手権(以下、全日本)。明大勢からはシングルス2連覇中の戸上隼輔(政経4=野田学園)や王座奪還を狙う宇田幸矢(商4=大原学園)ら計13選手が出場予定だ。選手たちは紫紺のプライドを胸に、頂上決戦へ挑む。今回は海外遠征で不在だった戸上を除く12選手に、卓球部の合宿所にてインタビューを行った。第2弾は手塚崚馬(政経3=明徳義塾)のと安江光博(政経2=明徳義塾)のインタビューをお届けする。(この取材は1月14日に行われたものです) ――2023年度の総括をお願いします。安江(以下、安):自分的には2023年は、あまり納得のいく結果が出せなくて、特に全日学(全日本大学総合選手権・個人の部)でランク入りすることを目標に頑張ったんですけど、3回戦の時に相手も強かったので仕方ないということもあるんですけど、そこに入れなかったことが一番悔しいところです。 手塚(以下、手): 2022年度はグランドスラムを達成したり、チームとしてもいい状況でしたが去年は優勝が一つもできなくて個人としてもあまり良くなくて、もうちょっと頑張りたいと思います。 ――2023年に出た反省点を教えてください。安:2023年は試合が近づくと努力するみたいなことが多かったんですけど、今年は日々の練習を変えるようにして毎日努力していきたいなと思います。 手:最上級生になるのでチームを引っ張っていく面でも、もうちょっと責任感を持っていかなきゃいけないと思いますし、やはりラスト1年なので後悔のないようにもっと頑張っていきたいなと思います。 ――昨年の全日本を振り返ってください。安:去年の全日本は1回戦で負けてしまったので、今年も1回戦から結構強い相手なんですけど、頑張って2回戦、3回戦と上にいけるようにしていければいいなと思います。 手:前回はダブルスだけの出場で、今回は2年ぶりのシングルス出場なので、楽しみですし、一試合一試合頑張っていきたいなと思います。 ――今年の全日本予選についての振り返りをお願いします。安:高知県に帰って出場したんですけど、母校の高校生や後輩たちのレベルが上がっていて、強い子とかもいたので、そういう子たちにも絶対負けないという気持ちで戦いました。 手:予選ですから緊張はすごくしましたし、また全日本という大きい大会なので緊張はしました。ただそれをプレッシャーとして背負うわけじゃなくて一試合一試合積み重ねたことが結果につながったと思います。 ――全日本を直前に迎えた現在の心境を教えてください。安:一日一日もう時間がないので少しでも自分の調子を上げられるように1球ずつしっかり試合を想定して、1分も無駄のないような練習を心掛けてやっていきたいです。 手:練習的には少しずつ量を増やしたり相手のことを考えたような練習を増やしていってあと1週間少しですけど、少しでも自分の調子を上げられるようにというのを意識していきたいと思います。 ――現在のご自身のコンディションについてはいかがですか。安:精神的にも体的にも悪くないかなと思います。 手:調子はいいですし、あまり勝とう勝とうって気持ちよりも結構試合を楽しもうという感じなのでいい状態だと思います。 ――全日本とはどんな大会と捉えていますか。安:自分からしたら、正直そんなに上に勝ち上がれると思ってないんですけど、1個でも多く勝てるようにというのは願望で、やはり自分が勝てる相手には勝ちたいんですけど、本当にすごく強い選手と当たれば楽しめればいいという感じです。 手:全日本は学生だったり一般の方だったり、全部のカテゴリーが集まっていて、日本で一番大きい大会なので正直勝ちたいって気持ちがあります。 ――12月と1月を振り返ってどんな練習をしてきたかを教えてください。安:12月は自分の基礎とか技術的なところを安定させることを主にやっていて、1月に入ってからは全日本が近いのでメンタルや日頃のコンディションの調整や、ベストなコンディションで試合に臨めるように練習だけじゃなくて休みとかもしっかり取りたいなと思っています。 手:12月は技術などいろんなものを強化したんですけど、1月以降新たな気持ちでスタートすることができて気持ちが高まってきました。 ――2023年度で成長した点があればお願いします。安:1年生の時は試合に出たいっていう思いが強くて卓球にすごく打ち込んできたんですけど、2年生になってからは楽しめるようになってきました。 手:成長というか、2022年度グランドスラムを達成していい成績を残せたりして2023年度は納得いってないというかそこで責任感が増したという感じです。 ――お互いの関係性について教えてください。安:試合になったら頼りになるので、自分にミスが起きてもしっかりリードしてもらって、声とかもお互い掛け合っているので、頼りになるという感じでやってもらっています。 手:高校の時に一緒に組んでいたので何が得意とか何が嫌いかとかも分かっているので、そこは自分もどうプレーするかとか、逆に安江も自分の得意なこととか分かっているので、そういう面でも上手くなって、いい感じにマッチしているかなと思います。 ――お互いの強みや、ペア全体の強みを教えてください。安:手塚さんのプレースタイルは結構異質型なので、あまり手塚さんのプレーを理解できる人は(なかなかいないので)長年ずっと一緒にいる人の方がいいと思います。自分はずっと小さい頃から見ていてその関係をお互い理解できるところが一番の強みかなと思います。 手:大学2年生になって、高校以来久しぶりに組んだんですよ。それでも他の人とは違う、いい持ち味とかあるので僕も安心してできるというか、相手がどれだけ強くても自分たちにできることがあればチャンスあるという感じがしたので、いいのかなと思います。 ――ダブルスのトーナメントの組み合わせに関してはいかがですか。安:2回戦から強いので目の前の一戦一戦をしっかり戦いたいと思います。 手:僕たちは挑戦者の立場なので、相手が強くても弱くても僕らはあまり関係なくて、自分たちのプレーができればいいのかなと思います。 ――全日本の意気込みと目標をお願いします。安:自分のトーナメントのスーパーシードの松島選手(松島輝空・木下アカデミー)のところまで、勝ち上がるのが目標です。あとは勝ち上がるのも目標なんですけど、その中で全日本の舞台を楽しんでいきたいです。 手:僕は目の前の試合を一戦一戦、一試合一試合頑張りたいんですけど、正直目標で言うとランク入りです。しかしランクって言ったらその前で負けてしまうのでベスト8です。 ――ありがとうございました。[山岡慎]READ MORE -
(20)開幕直前! 全日本事前インタビュー② 櫻井倭×高橋響生
卓球 2024.01.211月23日から開幕する全日本選手権(以下、全日本)。明大勢からはシングルス2連覇中の戸上隼輔(政経4=野田学園)や王座奪還を狙う宇田幸矢(商4=大原学園)ら計13選手が出場予定だ。選手たちは紫紺のプライドを胸に、頂上決戦へ挑む。今回は海外遠征で不在だった戸上を除く12選手に、明大の合宿所にてインタビューを行った。第2弾は櫻井倭(情コミ2=鶴岡東)と高橋響生(商2=鶴岡東)のインタビューをお届けする。(この取材は1月14日に行われたものです) ――昨年を振り返っていかがですか。櫻井(以下、櫻):春秋のリーグ戦と全日本学生選手権で全てタイトルを取れずに終わってしまい、個人としても成績があまり良くなかった年だったので切り替えて頑張っていきたいと思います。高橋響(以下、高):自分たちは来年度から3年生という立場になり後輩に指導する立場になるので卓球と生活の両方で引っ張っていけたらいいなと思います。その結果チームとしてタイトルを取ることができればいいなと思っていて、個人的には1年生の時は予選でほとんど落ちてしまっていたんですけど、昨年は予選をほとんど通ることができ、結果がものすごくいいというわけではないんですけど一昨年よりは良くなっているので技術面が上がってきたなと感じた1年でした。 ――昨年の大会を通してご自身が一番成長したなと思う部分はどこですか。櫻:リーグ戦である程度上の方では戦えるようになってきたのかなと思います。1年生の時から出場させてもらっていて2年生でも出場させてもらった中で、やっぱり簡単には負けないというところが自分の長所なのかなと思います。高:自分は関東学生選手権で一番成長したなと思っています。その大会で関東学生リーグの1部で活躍している選手に勝ったりとか競ったりというのを2、3人として、そこで自分も頑張れば勝って結果を出すことができるかもしれないなというのを感じた大会でした。 ――昨年の全日本を振り返っていかがですか。櫻:昨年はシングルスだけの出場だったんですけど2回戦で惜しくも負けてしまい、大人との差を見せつけられました。最後勝ち切れなかったので今年は1勝、2勝とより勝てるように頑張ります。 ――普段対戦のない社会人選手との対戦にもなると思いますが、12月や1月で特に強化してきた練習はありますか。櫻:自分はダブルスのみの出場なので特にサーブ、レシーブは徹底して低くするだとか、上に勝つためには人より多くというか質を上げていかないといけないので、サーブ、レシーブを重点的にやっています。高:社会人の選手は自分たち学生よりも引き出しが多いというか、やってくることが多彩でそういうところを対応できないといけないので、いろんなことに対する対応力を身に付けられるように、この2カ月間練習してきました。 ――全日本予選を振り返っていかがですか。櫻:自分たちは山形県で予選を行ってきたんですけど、試合では高校生とかも山形県出身の人たちがいるのでそこでやり慣れているところとか手の内とか知られているというのがあったんですけど、そこでもやっぱり明治大学として責任を持って勝てたのは良かったところですし、全日本にうまくつながればいいなと思います。高:この(明大の)練習場で練習しているだけでは気付けなかったこととか、試合の中で意外とここが部外の選手に効いたりだとか、通用するなという部分が多く出てきてそれを全日本で出していこうと思いました。 ――今の調子はいかがですか。櫻:全日本に向けていい形で練習できていると思います。高:練習量も以前より上がってきていて、だんだん調子も上がってきています。こういうプレーが試合でできるかなというビジョンも見えてきたなと思います。 ――全日本はどのような大会ですか。櫻:全日本は日本で一番大きな大会なのでここで1回でも多く勝てればいいなと思っています。緊張することもあると思いますが、そこは気持ちで負けないようにして頑張りたいと思います。高: 小さい頃から憧れで、全日本で勝つということを目標に今まで頑張ってきたので、その分緊張もするかもしれないですけど、挑戦者みたいな気持ちでどんどん向かっていく試合をできたらいいなと思っています。 ――ご自身の強みをそれぞれお願いします。櫻:自分の強みは、大きく速く動けるフットワーク力。あとはフォアハンドが得意なのでここを最大限に生かして得意なところで勝負していけたらいいと思います。高:自分はサーブで崩して3球目に決めにいくというのが得意です。ボールスピードが速いので、そこを持ち味にしていけたらいいなと思います。 ――お2人はダブルスを組まれますが相性はいかがですか。櫻:プレースタイルが似ているのでその面では組み合わせがいいと思います。高校も同じで考えが共通していることが多いのでその分息を合わせやすいです。高:サポートするというか自分がチャンスをつくって決めてもらうような感じになるので組み合わせがいいと思います。付き合いも長く考えが分かるので。あとそんなに遠慮しなくていいです(笑)。 ――お互いの良さについてそれぞれ教えてください。櫻:一つ一つ考えてやっていて適当になったりとかが絶対にないのでありがたいです。いってほしいときにしっかり攻撃してくれますし、サポートだけじゃなくてチャンスが来たら自分で打ちにいってくれるのでそこを決めてくれるのはありがたいです。そこら辺は高校からずっと思っています。高:自分は考えが固いというか柔軟な思考ができないのでそこは桜井選手が柔軟というか勝負強いです。勝負師みたいな考えを持ってやってくれるので、自分では考えられないこととかを提案してくれたりしてうまくいったという経験もあるのでありがたいです。あと自分が入れにいったりしてカバーしてくれるのでとりあえず頼もしいです。 ――ダブルスでの目標を教えてください。櫻:ベスト16、ベスト8までいきたいです。高:同じです。 ――対戦してみたい選手はいますか。櫻:愛工大の横谷選手、谷垣選手のペアのところまでいきたいです。戸上さんと宇田さんとも互角に張り合えるような選手なので、そこまでいっていい勝負がしたいです。 ――高橋選手はシングルスにも出られると思いますが目標をお願いします。高:1回戦は明治大学出身の先輩で、ダブルスで全日本の優勝経験もある選手なんですけどどんどん向かっていって少しでも自分のいいところを出して結果的に勝てるように、まずは初戦に集中していきたいと思います。 ――全日本開幕まで約1週間ですが最後に特に強化していきたいポイントはありますか。櫻:サーブ、レシーブを主にやってきたのでそれを落とさず、あとは動きとかフォアハンド、自分の特徴を生かしたプレーを最大限にできるように準備していきたいなと思います。高:自分は実戦的な練習をもっと増やしていけたらいいなと思っています。自分たちが得意な展開をもっとできるようなパターンを増やしていけたらいいなと思っているのでその質を高めていきたいです。 ――全日本への意気込みをお願いします。櫻:自分はダブルスだけなんですけど、その分多くの時間を費やしてきました。ダブルスはまだ1回しか勝ったことがないので、2回、3回と勝てるように頑張ります。髙:自分は全日本の一般の部は初めてなので楽しみながらどんどん向かっていって少しでも結果を出せたらいいなと思います。 ――ありがとうございました。 [冨川航平]READ MORE -
(19)開幕直前! 全日本事前インタビュー① 村松凜音×千年颯太×寺下敏倫
卓球 2024.01.211月23日から開幕する全日本選手権(以下、全日本)。明大勢からはシングルス2連覇中の戸上隼輔(政経4=野田学園)や王座奪還を狙う宇田幸矢(商4=大原学園)ら計13選手が出場予定だ。選手たちは紫紺のプライドを胸に、頂上決戦へ挑む。今回は海外遠征で不在だった戸上を除く12選手に、明大の合宿所にてインタビューを行った。第1弾は村松凜音(営4=長野工)と千年颯太(文1=北科大付)と寺下敏倫(営1=福井商)のインタビューをお届けする。(この取材は1月14日に行われたものです) ――ここまでのチーム全体と個人をそれぞれ振り返っていかがですか。村松(以下、村):去年1年間を振り返ると、大学の大会の目標はグランドスラムだったので一つもタイトル取れなかったのはすごく悔しいなと思ってます。個人戦に関してはそれぞれ目標違うんですけど、それが達成できた人とできなかった人それぞれいるので、後輩たちには来年、今年以上にいい結果を残してほしいなと思っています。千年(以下、千):団体戦はどちらも惜しいところまで行ったんですけど、勝ち切れなくて。 自分は秋リーグからベンチに入ることができたんですけど、試合には出ていなくて、出てない選手の頑張りが結果とかにつながってくると思うので、来年もベンチ入りすることは前提で、そこから何ができるかを考えて団体戦は頑張っていきたいと思います。個人戦は強い選手に負けるのは仕方ないことだとは思うんですけど、勝てるチャンスもあったと思うので、大事な1本とか、そういう1本、2本の差で結構負けたっていう試合が多かったので、より緊張感を持って練習してもっと強くなって頑張りたいと思います。寺下敏(以下、寺):自分は試合に出る立場ではなかったんですけど、チームとしてタイトルが取れなくて、自分なりにもっとできる事はたくさんあったのかなと感じています。 試合に出る人と出ない人で、その日頃の生活や練習で差が出ているなと感じていて、その差をなくしていくことがチーム全体としてもいい雰囲気や結果にもつながってくれるのかなと思うので、そこの差をなくしてチーム一丸となって一つの目標に向かっていけるように頑張りたいです。個人としては、 環境が変わった中で最初は戸惑うこともたくさんあったんですけど、1年生で全日学(全日本大学総合選手権・個人の部)のシングルスの試合には出ることができたのですが、ダブルスでは決定戦であと1本取れれば全日学本戦に出れるという場面で取り逃してしまったので、しっかり取れるように日頃の練習から最後の1本まで取れるように練習に取り組みたいと思います。 ――全日本を控えた今の心境を教えてください。村:大学入って初めての全日本で、最後の年で出られるということで目標は高く持ちたいんですけど、レベルが高いのでそこまで大きく言えないですが、張本選手(智和企画)までは上がりたいと思っています。実業団選手とか日本リーグの選手がいるので、そこをしっかり勝ち切るのが一つの目標で、あとは本当に最後の明治のユニホームでの試合なので、楽しむことも意識してやっていきたいなと思います。千:組み合わせが出て、 自分は一応シードをもらったんですけど、自分の下で戦う選手はどちらも強い選手で、そこの初戦で星選手という専大で試合に出てる選手にはインターハイで負けているので、そのリベンジをしたいです。目標としてはやっぱり村松さんと同じスーパーシードまで行くことが目標なので、明治のユニホーム着て試合に出られることに誇りを持って戦いたいと思います。寺:自分は男子ダブルスとミックスダブルスに出場させていただいてるんですけど、明治のユニホームを着て試合に出るということで、多分緊張するとは思うのですが精一杯頑張りたいと思います。ミックスのパートナーは高校2年生からダブルスを組んでいるパートナーで、来年からはマネジャーになるそうなので、この試合が引退の試合となるので、引退に花を添えられるように一生懸命頑張りたいと思います。 ――予選大会を振り返っていかがですか。村:長野県の予選に出て、その中で僕の就職先である岡江市役所の先輩たちは明治の先輩がたくさんいるんですけど、その選手たちの誰か一人に勝たないと通過できないという状況で、市役所の実業団の選手を意識して前日は結構準備してきました。そこでしっかり勝ち切ることができて予選も通過できたので、2年生と3年生、全部岡江市役所の選手に負けてきたので、4年目で最後成長できたかなと思っています。千:自分は北海道の予選に出たんですけど、今まで高校生の時とかずっとJR北海道の実業団の人たちに負けていました。大人相手に全然勝てなかったんですけど、(今回は)同じぐらいのレベルの人にしっかり勝つことができました。決定戦はゲームカウント0―2の(カウント)1―7負け(の状況で)で、本当にきつい状況からだったんですけど、そこから逆転できたり、その1個前の試合もゲームカウント1―2の(カウント)7―10で負けていて、あと1点落としたら駄目っていうところで踏ん張れたのが全日本出場につながったと思います。寺:ミックスは高校2年生の時に決勝で負けて全日本に出れなくて、高校3年生の時は準決勝で負けて、今年こそは通るぞと2人で意気込んでいました。ミックスは無事に通ることができたんですが、男子ダブルスは1枠しかない中で、決勝で負けてしまったんですけど、優勝した中大の坂田選手のペアが全日学の本戦でベスト4に入ったので、その繰り上がりという形で男子ダブルスに出場させていただくことになりました。ただ坂田選手が全日学本戦で別のペアと組んでいるので、本来出るはずだった4年生の寺下(拓海・商4=福井商)選手っていう自分のいとこが全日本に出ることができなくなってしまったので、その選手の分まで頑張りたいと思います。 ――ここまでの練習で意識してきたところはありますか。村:得意なことを試合で絶対やらないと勝てないタイプで、疲れたりしたら負けてしまう試合が多いので、苦手なところを少し伸ばそうかなということで、バックハンドを強化したり、強いボールいくときといかないときの緩急をつけたりとか、バックハンドで得点することをすごく意識して練習しています。そこはすごい今いい状態なので、試合で生かせればと思います。千:去年1年間はずっと左利きの選手に負け続けて、自分自身左利きの選手がすごく苦手で、今回の全日本の初戦の相手も多分左利きで、どういうプレーがいいだろうっていうのを常に考えながらプレーしたり、あとはやっぱり明治大学はすごいレベルの高い選手がたくさんいて、今までだったら全日本出場しても「すごい強い」で終わっていたんですけど、常にそういう環境で練習させてもらってるので、そういう驚きみたいのはあんまり受けずに、明治の人たちの方がっていう、ちょっと強気な考えで頑張りたいと思います。寺:自分の課題として、ラリーとかは続くんですけど、決定力がないっていうところが課題としてずっと言われてきていて、特にフォアハンドで得点が取り切れないっていうことが多くあったので、最近の練習ではフットワークっていう足を使って動く練習を取り入れてフォアで動くという練習をしていて、フォアで強く打つ練習を取り入れるようにしています。 ――ご自身の強みは何ですか。村:僕は本当にサーブは誰にも負けないと思ってるので、そこだけは譲れないっていう部分なので、そこもやっぱり試合で最初に自分の1球目攻撃みたいな意識で相手を翻弄(ほんろう)させたいと思ってます。千:自分は入る入らないは別として、ラケットを振るっていう点においては多分結構明治でも上の方に行けると思うんで。村:入ればね(笑)千:入れば結構いい感じになるんですけど、今まだちょっと期間あるので、振ったボールがより入るように、入んなかったら駄目なんですけど、頑張って入れるように意識を高く持って練習を頑張ります。寺:ミスが多い選手じゃなくて、ミスが少ない選手でそつのないプレーをすることが得意なので、そのプレーを心がけてミスが少ない卓球をしていきたいと思います。 ――対戦してみたい選手やライバルはいますか。村:スーパーシードの張本選手は世界で活躍してるので、どういう球打つとかどういう戦術使うかなっていうのはしっかり自分で受けて学びたいなっていうふうに思ってるので、まずそこまで行けるように、すごく苦しい戦いにはなるんですけど、張本選手まで行けたら本当に自分の4年間の練習というか、努力は無駄じゃなかったと証明できるので、まずは張本選手まで行きたいので頑張りたいです。千:自分は先を見てるんですけど、準々決勝で先輩の戸上さん(戸上隼輔・政経4=野田学園)と本戦で試合してみたいなっていうのが夢なので。卓球何があるか分かんないぞっていうのを、自分が勝ち上がって見せたいと思います。寺:男子ダブルスは1回戦で金沢ポートに所属している山本勝也選手(リコー)と明治のOBである出雲選手(出雲卓斗選手・令4政経卒・現ケアリッツ・テクノロジーズ)と当たると思うのですが、厳しい戦いになると思うんですけど、そこに勝つことができれば、その次は愛知工業大学の篠塚選手という日本を代表するペアと対戦することができるので、 まずはそれを目標に頑張っていきたいと思ってます。 ――寺下選手の混合ダブルスのペアは高校2年生から組まれていたとのことですが、相性はいかがですか。寺:スタイルはよく分からないんですけど、私生活の面ではよく話したり仲はいいと思います。 ――男子ダブルスのペアは明大ではない選手ですが、練習時間の確保やコミュニケーション面はいかがですか。寺:ダブルスの選手は小学校、中学校が同じクラブチームで、高校も同じ高校で。ダブルス自体は小6、中1、中2で組んで、高校生になってからは高2、高3で組んで、長く組んでいるペアなので。相手の考えていることとかはよく分かるので、組みやすいかなとは思っています。 ――千年選手は今大会をどう位置づけて臨みたいですか。千:卓球選手なら誰もが出たい大会だと思うので、それに出場できるっていうことはすごくうれしいことなので、自分も今年度の集大成として仕上げて挑みたいなって思ってます。 ――村松選手は今回が大学生活最初で最後の全日本ですが、今大会をどのようにしたいですか。村:本当に4年間の最後の試合なので、人よりもちょっと思うところはあるんですけど。 もう明治のユニホームも着れないってなるとすごい寂しいんですけど、 一つの大きな大会ということで、全日学よりもすごくレベルが高くなりますし、そこで自分の実力がしっかり発揮できればいいなと思ってるので、これから社会人でも卓球を続けるので、今回の大会が社会人の大会に向けて何かのきっかけになればいいかなっていうふうに思ってます。 ――普段あまり対戦しない選手たちと対戦する機会をどう糧にしていきたいですか。村:次、社会人になるともう社会人の選手としかほぼやらなかったり、全日本社会人とか全日本実業団とかではもしかしたらその選手と当たるかもしれないので、今回の対戦相手とかしっかり見て、社会人でもそういう大学生と社会人の卓球の質というか、そういうのはちょっと変わってくるので、そういうのがきっかけで何か変われればいいかなって思ってます。千:優勝しない限り、やっぱりどっかで負けるとは思うんですけど、ただ勝った負けたじゃなくて負ける時でもなんで負けたかとかしっかり考えたり、相手のいいところとかを考えたいです。自分はまだ1年生なので、あと3年間全日本予選を通れば出られると思うので、次の年、その次の年につながるような試合にしたいと思います。寺:大学生と実業団の選手、プロの選手は卓球が全然違うと思うので、戦術面であったり試合の運び方であったり、普段と違うようなことをたくさん吸収して学んでいけたらいいなと思ってます。 ――今年1年間何かをテーマにして、意識してやってきたことはありますか。村:大学最後の年で一番いい結果残すっていうのは、すごいテーマにしてて、これはずっと髙山監督(髙山幸信監督)が学生の前でミーティングを行う時に言っていた言葉なんですけど、最後の年にいい結果を残して卒業してもらいたいというのが高山さんの願いというか。頭の中に入れて、最後にどうやったらいい結果残せるかとか日頃から考えていて、少し卓球のことを考える時間を増やしたりとか、ボールを打つ時間を増やしたりとか、そういうのを行ってきました。最後に全日本も出れましたし、全日学でも自己ベスト更新できましたし、そういったところは本当に自分で自信にもつながりましたし、成長を感じられたかなと思います。千:北海道だと正直、大学生のレベルってあまり高くなくて。その中で関東の1部で去年グランドスラム達成してる明治大学に来て、刺激を受けるっていうことは分かって入ってきてたんですけど、入ってみたら思ってたよりすごくて刺激を受けました。自分の中で頑張っていたことは、その人たちに見劣らないようにというか、頑張ってついていくことをテーマにしてて、それが達成できたかまだ分からないですけど、身近にこんな強い人たちがたくさんいる環境ってあんまりないと思うので、そういうのを全部吸収して自分も強い選手になれたらと思います。寺:生まれた時から18歳まで福井県にいたんですけど、今年から東京とかに来るということになって、普通の環境も全然違いますし、卓球という面でも全部レベルが大幅に上がっていたので、まずは慣れるということを前提に学校生活は卓球も含めて、頑張り過ぎて逆にダメになっちゃうこととかもあるので、まずはその環境に慣れて自分なりに頑張ることを目標にしました。 ――全日本の目標をお願いします。村:えー、どうしよう。大きく言った方がいい?優勝で。もうずっと言ってますが、張本選手まで行くことです。千:戸上さんが今連覇してるんですけど、この連覇を僕が止めたいと思います。真面目に言うと、多分今の実力なら、初戦の星選手に勝つ確率が多分10パーセントもないと思うんですけど、その選手に勝って、次の選手がリコーっていう実業団の郡山選手なのですが、この間の年末にあった東京選手権予選でダブルスで負けたので、またそこもリベンジなんですけど、 その選手にリベンジしてスーパーシードの横谷選手(愛工大)まで行けたらと思います。寺:自分は男子ダブルスではシードなんですけど、2回戦をまず突破して、3回戦でオリンピックに選ばれる可能性がある篠塚選手を倒して、自分の評価を高めて自分もオリンピックもしかしたらいけるんじゃないかって協会に思わすのと、ミックスではスーパーシードを倒して、この選手はダブルスがうまいんだと思わせれるような結果を残すぐらいにしたいです。男子ダブルスが、まず初戦のTリーガーと実業団という選手のペアに勝って、その次の篠塚選手のペアと戦って自分自身の精一杯の力を出すことが男子ダブルスの目標です。ミックスダブルスの目標では1回勝つとスーパーシードの筑波大学の田原選手とTリーガーである田口選手(カンサイホールディングス)のペアに当たるのですが、そこに勝ってその次の安藤選手(トップおとめピンポンズ)と木造選手(関西卓球アカデミー)っていうTリーガー同士のペアなんですけど、そこまで行って自分の実力を出し切れたらいいなと思ってます。 ――ありがとうございました。 [北原慶也]READ MORE -
(18)戸上隼輔 明スポ独占インタビュー
卓球 2024.01.2011月25、26日に行われた全農CUP大阪大会で優勝を飾り、パリ五輪シングルス代表をほぼ確実にした戸上隼輔(政経4=野田学園)。今回は長いパリ五輪代表選考レース、2023年の振り返り、五輪に対する思いなどをうかがった。数日後には全日本選手権(以下、全日本)が控える戸上。3連覇が懸かる本大会での活躍にも期待がかかる。(この取材は12月15日に行われたものです)――まずは全農CUP大阪大会優勝おめでとうございます。 「ありがとうございます」――優勝が決まった瞬間、床に倒れ込んでガッツポーズされていました。当時の心境はいかがでしたか。 「やっぱり優勝を期待されていた中でこうして優勝できたことと、優勝してオリンピックの出場もほぼ確定っていうところまで来られたことにほっとしていた感じです」 ――全農CUP大阪大会全体を振り返って、手応えを感じた部分ございますか。 「正直、100%の力は出し切れず終わってしまったんですけど、満足したプレーを出さなくても、こうして結果を残せたところはプラスに捉えてもいいなっていうのを自分の中で思っているので、成長した姿を皆さんに見てもらえたのかなって思います。すごい良かった、すごい充実した大会になったなと感じています」――用具を変えたタイミングはWTTの4連戦の後ですか。 「はい。準優勝した中国のWTT(WTT太原)の時はもう変更後で、あれが初めての公式試合で思った以上に自分に合った用具をその大会で見つけられたし、確認できたっていうのは成長の手助けになった一つの要因かなって思います」 ――フォア面以外の部分変えたと思いますが、具体的に今までと何が違いますか。 「ラケットとバック面のラバーの種類を変えたんですけど、前と比べてより上に弧線を描くようなタイプの用具に変更して、それによって威力は多少は前と比べて落ちたんですけど、安定性と回転量が前と比べて増したので、より安定して自分の得意な、攻撃的なラリーに多く持ち込めるようになったっていうのがすごい良かったなと感じます」 ――全日本前にパリ五輪シングルス代表をほぼ確定としたことに関して、どう思っていらっしゃいますか。 「もつれればもつれるほどプレッシャーだったり、不安でかなりしんどい生活を送らなければいけないので、こうして全日本前に決められたことっていうのは今後のスケジュールとかも組みやすく海外を主に活動できるようになりました。やっぱりオリンピック出場するだけじゃあんまり満足はいかないので、そのためにもやっぱ海外での経験だったり、今課題である世界ランクの向上っていうところに集中して活動ができるっていうのが一番メリットというか、国内を考えずに海外だけ考えればいい生活を送れるっていうのはすごくいいなと思っています」 ――長い選考レースを振り返っていかがですか。 「第1回(の選考会)でベスト16で終わってしまって、かなりその時のプレーっていうのは自分らしさが一つも出せずに終わってしまって、かなり悔しい結果で第1回を終えたんですけど第2回以降かなり良くなってきて、回数を重ねるごとに自分の戦い方だったり長所、短所を自分なりに研究して知れたいい機会になりました。1年前、1年半前、約2年前と比べて本当に成長したなっていうのは、自分でも感じるところはあるので、あとはオリンピックまでの約半年をもう一回自分で見つめ直してやっていきたいなって考えています」 ――その選考レースの中でも、7月に全農CUP東京大会があったと思いますが、その大会では苦しそうな場面が見受けられました。苦しい中でも出場を決めた経緯は何かございますか。 「本当は棄権しようか迷っていたくらいちょっとしんどくて、ただその時僕は2位だったんですけど、3位との差もだいぶあった中で出るきっかけになったのはやっぱり周りの選手に対してもう少し余裕を持っておきたい、迫られる恐怖というかそういうのがあったのでここで出ずにポイントを詰められるより出て、やることをやって結果が出なかったら仕方ないなっていう感じでした。結果としては2位までいくことができて、2位と3位との差は逆に離すことができたので、出て良かったなっていうのは感じています」 ――選考ポイント上位2枠入りをつかんだ要因や分岐点はどのタイミングですか。 「第2回ですね。第2回の国内選考会で初優勝した時が本当に組み合わせ的にもかなりしんどいドローで2回戦では同じ大学の宇田(幸矢=商4・大原学園)選手と対戦して、勝ったんですけど、もし仮にあそこで負けていたら、逆に宇田選手が僕と今ころっと状況っていうのは真反対というか僕が今苦しい状況で過ごしていたと思いますし、あそこで勝てたのがやっぱり一つの分岐点、大きな分岐点だなっていうのは考えています。勝ってそこで張本選手にも決勝で勝って優勝ポイントを獲得できたっていうのが、すごい大きなきっかけかなと思います」 ――決勝で張本智和(智和企画)選手と戦う機会が多かったと思います。 選考レースの中で張本選手はどんな存在でしたか。 「安定して決勝まで毎度上がってきますし、いつかは超えないといけない存在だなっていうのはずっと考えていたので、選考会を通して何度も戦っていますけど、本当に日本のエースですし年下ながら本当に尊敬もしています。僕がこれから活躍するにあたって共に世界で戦う仲間なので、本当にライバルであり大きな仲間だなっていうのは、大きな存在だなと感じています」 ――選考レースは長期間でしたが、何が大変でしたか。 「1年半の短いスパンで第6回まで選考会をやるってなると、かなりスケジュール的にも海外の大会とのスケジュールの調整が難しくて、大事な海外の大会の後すぐ選考会だったりとか、国内で勝たないとオリンピックに出られないっていうのもあって、なかなか選考会はパスできないというか、そういうもどかしさもあって選考会に標準というかモチベーションを合わせるのがすごい難しかったので、それが結構精神的にもきつかったです」 ――きつかった時、辛かった時に支えになっていた人はいらっしゃいますか。 「たくさんいますね。やっぱり体調も崩した時期っていうのもたくさんの人に支えてもらいましたし、たくさんの人に相談してアドバイスをもらったりいろんな人を紹介してもらって、自分を優先的に助けてくれたりしたくれた人もいたので、本当に関わってるみんなが応援してくれているんだなっていうのは身近に感じられたので、そういうのもあってやっぱりオリンピックに出て活躍してメダルを持って帰ってきて、お世話になった方々に(メダルを)見せられるような、そこまでいけるように頑張りたいなってモチベーションを上げてくれたりもしたんで、本当にたくさんの人に感謝しています」 ――準優勝を果たした完全アウェーのWTT太原(中国)を振り返っていかがですか。 「(準決勝の相手が)まず3連敗している年下の選手なんですけど、まさかその中国選手に勝てると思ってなかったので、自分としてはそこが驚きで。ただやる前は3連敗もしているので思い切ってやるしかない、自分はチャレンジャーの気持ちを持ってプレーしていこうっていう気持ちだけで挑んで、その結果いい方向にいったのでそれも良かったですし、決勝も前回の世界卓球(世界選手権)の個人戦で銅メダルを獲得している中国選手で、その時メダル決定戦で張本選手が惜しくも敗れていた相手で、やっぱり常に世界で活躍しているその中国選手相手に決勝でどんなプレーができるんだろうって自分も楽しみにしていました。その中でマッチポイントを握るところまで行ったんですけど、負けてしまって、それはもう経験の差というか反省しないといけない点というのも多く見つかりましたし、あの経験を得たからこそ世界で活躍できる自分に自信を持てました」 ――中国選手と差が縮んできたなと思う部分はございますか。 「やはり前までは中国選手に対して、なかなか思い切ってプレーできなかったり、中国ファンの方々の声援も日本とは全く異なる応援の仕方なので、その雰囲気に圧倒されてしまって何もできずに終わってしまうことがあったんですけど、中国の地でこうして結果を出せているのはやっぱり思い切ってプレーできるようになったし、その相手の格上の選手に対してもひるまずに、あと声援に対しても何も気にすることなくプレーができてきているっていうのは自分自身の中でも実感している部分があるので、そういう精神的なところもかなり成長してきているなとここ最近感じています」 ――中国選手と差があるなと感じる部分はどこかございますか。 「競ってもやはりラスト1点っていうところで、まだ冷静さを欠けてしまっている自分っていうのもありますし、逆に相手はそういう劣勢に立たれた時でも自分のことを理解しているので、やることをしっかりできるというか冷静にプレーできているところの差が大きいのかなと思うので、もっと大事な局面での1点の取り方っていうところ、そこをもっともっと追求していきたいなと感じています」 ――現在の世界ランクは24位と目標としている15位に近づいてきていると思いますが、いかがですか。 「目標だった15位 っていうところに達することは年内できなかったですけど、こうやって年末に向かうにあたって、成績も結果もかなり良くなってきているので、この目標の15位っていうのをいち早く達成して、次の上のステップのトップ10入りをいち早く目指せるように、まずは15位以内に早く入りたいなと思っています」 ――全日本や選考会でベンチにいらっしゃる水野裕哉コーチはどんなコーチですか。 「水野さんはかなりメリハリがあるというか、本当に試合前は親身になっていろいろアドバイスしてくれたりとか、常にそばにいてくれて練習を見てくれたりっていうのはあって、逆に練習以外の面では楽しく世間話だったり、ラフな話もたくさんしているので、いい距離感の関係性なのかなっていうのは感じています」――水野コーチと関係性を築くようになったのは、いつ頃からですか。 「元々水野さんと僕は高校時代の教えてもらっていた恩師が一緒なので、そこの共通点だったりとか、水野さんがまだ現役の頃練習を何度かやらせてもらったりっていうのがあったので、昔から関係性っていうのはあるんですけど、こうやって指導者と選手として関係を築くことになったのは大学に入ってからですね。昔から本当に水野さんの性格は知っていましたしかなりお付き合いもあったので、大学1年に入ってからも変わらず熱心に見てくれます」 ――水野コーチは戸上選手にとってどんな存在ですか。 「本当に支えとなってくれている存在ですね。水野さんは常に練習を見てくれているわけではなくて、 水野さんも東京にいることも少なかったりとかなかなか試合前でしかお会いはできないんですけど、いざ試合に向かうってなると熱意を持って接してくれるので本当にありがたいですし、自分を第一に考えて行動してくれるので、非常に支えとなってる存在です」 ――2023年の全日本大学総合選手権・団体の部(団体インカレ)は主将として出場したかったと思いますが、欠場を決断したときの心境はいかがでしたか。 「やっぱり悔しかったですね。大学4年でもう今年最後のインカレになるので、最後はまたグランドスラム達成して終えたかったなっていうのはあったんですけど、リーグ戦も出れずインカレも出れず、本当にチームに迷惑をかけてしまったなと思うので、欠場したからにはオリンピック選考会っていうところで結果を残して、オリンピックで活躍して、みんなに恩返し、監督含め選手に恩返ししたいなっていう気持ちが強まりました」 ――前回の取材で自分の活躍を後輩たちに見てほしいという言葉あったと思いますが、現時点でのご自身の主将ぶりはいかがですか。 「正直、何もチームに貢献できなかったなと考えていますね。やっぱり自分の性格上あまり、まず明治の寮だったりとか練習に参加する頻度っていうのは本当に少ないので、言える立場ではないかなっていうのはちょっと思っていて、逆にプレーで背中を見てもらって、自分がここまでいけるんだからみんなにもいけるチャンスはあるっていうのを見てもらうために、結果を残し続けないといけないなとは思っていました。実際(2023年の)全日本で優勝して、これから自分が主将になるにあたってやっぱりプレーをみんなに見てもらいたいなっていうのはずっと考えていたので、こうやっていち早くオリンピックに出場ほぼ確実というところまで来られたんで、本当にそれは明治の学生が練習相手に帯同してくれたおかげでもあるので、本当に感謝でしかないので、もう逆に自分がしてもらってばかりだなと感じていますね」 ――今年度の明大卓球部としては優勝に届かなかった悔しいシーズンだったと思いますが、どうご覧になっていましたか。 「海外にいる時だったり、他の大会で僕が遠征行っている時にちょうど学生の大会の配信があったりすると、欠かさず応援して見ています。みんな本当に頑張っているので明治大学の学生には本当に期待もしていますし、遠征でどこに行ってもやっぱり大会とかは見ていますね」 ――今年度の明大は宮川昌大(情コミ4=野田学園)選手が大黒柱として活躍していましたが、宮川選手の活躍はどう見ていますか。 「中学校同じで宮川とは。彼の性格上、彼も人に注意できるタイプではないので、逆にプレーで見せていく選手なので彼が結果を出すと僕もうれしいですし、今年の全日学(全日本大学総合選手権・個人の部)の個人戦では残念ながら優勝には届かなかったとは思うんですけど、やっぱり本当に最後は優勝してほしかったなっていう、彼以上に悔しい思いを僕はしてましたね」 ――五輪という大会はご自身にとってどんな大会ですか。 「4年に一度しかない一大イベントなので、 オリンピックの存在っていうのは本当に命を懸けて、覚悟を持って臨まないといけない、それぐらい大切な大会だと感じているので全身全霊で戦いたいなと思っています」 ――幼少期や中高時代に行われた五輪で印象に残ってる試合や選手、プレーはございますか。 「僕が高校生の頃ですかね。その時高校のOBの吉村真晴(TEAM MAHARU)選手がリオでメダルを獲得していたのを学校で応援していたんですけど、やっぱりあの舞台で戦っている姿っていうのは本当にかっこいいなって思ったので、僕もあそこに行けるようにっていうのはその当時から思っていました。東京オリンピックでは練習相手として帯同させてもらったんですけど、会場に入ってミックスダブルス優勝する瞬間っていうのも目の当たりすることもできましたし、この金メダルっていうのを見せてもらって、このメダルを次のパリで取りたいなっていう強い気持ちに変わったのですごい運が良かったです。そこに向けて頑張ろうっていうのはリオの時からずっと思っていて、東京で確信に変わって、こうしてパリに向けていろいろ頑張る基礎ができたのかなって思っています」 ――卓球をプレーしてきて、中高時代から大切にしていることはありますか。 「何だろうな。でも一番大切なのはトレーニングですかね。僕は高校3年の頃、分離症で腰痛を発症してしまって、一時期本当に歩くのも困難なくらいひどくなってしまいました。(そういう)怪我をしてしまったんですけど、そこで当たり前の日常に感動して、いつ卓球ができなくなるかもわかんないなっていうのを感じたので、そこからトレーニングで腰痛を抑えるような取り組みっていうのをずっと今は続けていますね。なので継続していることといえばトレーニングぐらいですかね」 ――海外遠征が続いている中で、息抜きはどうしていましたか。 「やっぱり僕はサウナが大好きなので、帰ったら必ずサウナに行って、ちょっとゆっくりしてっていう感じですかね。 温泉も大好きなんで温泉に1人でも行ったりしますし、それぐらいですかね。 最近はプロレスも行けてないし何もできてないですけど、今は温泉かな」――先日の混合団体W杯から帰ってきた時もやっぱり行かれましたか。 「行きましたね。やっぱり海外とかは時々浴槽がなかったりするので、特にヨーロッパとか。やっぱり日本の特有の温泉、それは本当にリラックスの一つです」 ――今忙しいと思いますが、プロレスは生で見れていますか。 「やっぱり映像で見るより100倍、観戦して見た方が迫力とか演出とかも直接目にする方が何倍も楽しいので行きたいんですけど、やっぱ今は卓球を優先って感じです」 ――全日本3連覇目前ですが、全日本への思いはいかがですか。 「あまり正直全日本にはこだわってはなくて、全日本には魔物がいるって言いますけど、自分のプレーがしっかりできればどんな相手にも負けないと思いますし、3連覇っていう気持ちは少なからずあるんですけど、そこまで気負わず自分のペースで頑張っていきたいなと思ってます」 ――全日本までに強化していきたいポイントはございますか。 「結構まだまだ自分の課題はあるんですけど、そのサーブレシーブ、ラリーが始まる前の1球目攻撃の精度だったりとか意外性っていうところを、もっと追求していかないと世界ランク10位以内に入るのも難しいなっていうのも感じますし、あとはもっとフィジカルを強化していきたいなっていうのは感じていますね」 ――今後、戸上選手は日本卓球界にとってどんな存在になっていきたいですか。 「日本の今男子卓球界っていうのは自分に全て懸かっているなというのは感じていて、僕がもっともっと強くなれば必然的に日本のレベルも日本の男子レベルも上がると思いますし、張本選手がここまで上に行ってくれたので、あとは自分もさらにもう一つワンステップ上を目指して同じところまで行けたら必ずメダルは取れると思うので、僕次第かなと正直思っていますね。僕の今後の成長次第、僕が頑張ればオリンピックでメダルも見えてくる話なので。僕にかかっている期待は本当に大きいと思いますし、頑張らないといけないなと思います」――パリ五輪含め、今後の目標を聞かせてください。 「まずは2月にある世界卓球団体戦・釜山大会で、金メダルを目指して頑張りたいなと思っています。やっぱりその先にオリンピックのメダルを取れるかどうかっていうところの前哨戦が2月の世界卓球だと思うので、2月までにもっともっと強くなって、パリでも期待されるぐらいの実力、シングルスでもメダルを取れるって期待されるぐらいまで実力を伸ばしていきたいと思います。いろいろ今後もたくさんの試合はあると思うんですけど、まずは2月の世界卓球に向けて標準を合わせて、もちろんオリンピックのシングルスと団体戦で両方ともメダルを取れる、それぐらいまで強くなれるように頑張ります」 ――ありがとうございました。[末吉祐貴]READ MORE