
OUR STORY WITH PARA SPORTS
東京2020パラリンピックのその先へ。ゴールは誰もが輝ける共生社会。私たちはこれからも、ボッチャを中心としたパラスポーツを追いかけ続ける。〝OUR STORY WITH PARA SPORTS〟。ここでは私たちのパラスポーツへの取り組みを紹介していく。一人でも多くの方に、パラスポーツの魅力を届けられるように。
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(39)イベント後コメント/第9回「WHO I AM」フォーラム
明大スポーツ新聞 2023.02.071月27日、WOWOW WHO I AM PROJECTの新番組記念トークイベント『第9回「WHO I AM」フォーラム』が開催された。今回はトークセッション出演者のイベント後コメントをお送りします。 MC・松岡修造氏――これまで「WHO I AM(私は何者か)」ということで活動を継続してきました。みなさんは、自分にとっての「WHO I AM」やこれからの自分にとっての「WHO I AM」を、どのように未来につなげていきたいと考えていますか。(写真:トークセッションでMCを務めた松岡氏)マイケル・ハウウェル氏(作曲家) 「この先のクラシックの世界でもダイバーシティ(多様性)が見たいです。そして世の中には、これ以上に多くのダイバーシティがあることを願っています。そして一番伝えたいことは、しっかりと希望を持って、周りがなんと言おうと自分が信じるものがあればそれを貫いて、前を向いていってほしいということです」(写真左:トークセッション中のハウウェル氏)伊藤智也選手(パラ陸上日本代表) 「今日こうしてまた一つ、非常に素敵な思い出ができました。こういったイベントを含めて、やはりまだまだ継続をしていきたい、競技を続けていきたいなと思います。その中で生まれる自分を大切にしていきたいなと思っています。これからもどうぞよろしくお願いいたします」 (写真:トークセッション中の伊藤氏)猪狩ともか氏(アイドル、女優) 「今日は短い時間でしたがありがとうございました。私が昔からずっと思っていることは、誰かにとっての希望の星のような存在でありたいなということです。私を見て、明日何かを頑張る原動力になる。そうした力強いメッセージを発信できたらなと思っています」(写真:トークセッション中の猪狩氏)西島秀俊氏(「WHO I AMパラリンピック」ナビゲーター&ナレーター) 「番組を通しても、実際このイベントでパラアスリートの皆さんを応援していても、圧倒されるばかりです。何よりも人生を楽しむ達人のような気がします。だから僕が毎回思うのは、この人たちに負けないように人生を楽しもうということです。今日そのことを改めて感じさせていただきました」(写真:トークセッション中の西島氏)松岡氏――みなさんの言葉を聞いていると、自分の欠点を受け入れることによって前に進んでいける、継続していけるのだと思いました。そして、このイベントの雰囲気が良かったのは、みなさんの思いが共有できたからこそだと思います。みなさんありがとうございました。 ・WHO I AM番組関連情報 「ドキュメンタリーシリーズ WHO I AMパラリンピック」 「ドキュメンタリーシリーズ WHO I AM LIFE」 WOWOWで放送・配信中! [渡辺悠志郎]READ MORE -
(38)WOWOWパラ新番組記念トークイベント SPゲストに西島秀俊氏/第9回「WHO I AM」フォーラム
明大スポーツ新聞 2023.02.07東京2020パラリンピック(以下、東京パラ)の閉幕から約1年半が経過した。大会をきっかけにパラスポーツや障害者への理解が進んだ一方で、共生社会の実現にはまだまだ課題も山積する。そうした中、WOWOWは2016年から放送・配信を続けてきたパラアスリート紹介番組「パラリンピック・ドキュメンタリーシリーズWHO I AM」をリニューアル。加えて、エンターテイメントを手掛ける多彩な表現者たちを紹介する新番組をスタートした。今回は、新番組スタート記念イベントの様子と共生社会の実現に向けたゲストの思いをお届けする。 ◆1・27 未来へ動き出そう!~東京パラリンピックが残してくれたもの~ 第9回「WHO I AM」フォーラム (有楽町朝日ホール)第1部 WHO I AM特別先行試写会 「ドキュメンタリーシリーズWHO I AM LIFE」 ~ヴィクトリア・モデスタ(バイオニック・ポップ・アーティスト)~第2部 トークセッション ・MC 松岡修造氏 ・ゲスト マイケル・ハウウェル氏(作曲家) 伊藤智也選手(パラ陸上日本代表) 猪狩ともか氏(アイドル、女優) ・スペシャルゲスト 西島秀俊氏(「WHO I AMパラリンピック」ナビゲーター&ナレーター) ・WHO I AM PROJECTとは WOWOWとIPC(国際パラリンピック委員会)の共同プロジェクトとして2016年にスタート。「パラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ WHO I AM」の放送・配信を行い、25ヵ国40組のパラアスリートを紹介してきた。番組はリニューアルと新番組の開始により、2023年1月から「ドキュメンタリーシリーズ WHO I AMパラリンピック」と「ドキュメンタリーシリーズ WHO I AM LIFE」の放送・配信が行われる。 プロジェクトは映像を基軸として、ノーバリアゲームズの開催などさまざまな活動も行っており、パラリンピック後も共生社会の実現に向けた発信を継続している。 ・WHO I AM番組関連情報 「ドキュメンタリーシリーズ WHO I AMパラリンピック」 「ドキュメンタリーシリーズ WHO I AM LIFE」 WOWOWで放送・配信中! 東京パラを挟み、3年ぶりのリアル開催となった「WHO I AM」フォーラム。今イベントの開催は、WHO I AM PROJECTの合言葉「東京大会はゴールではなくスタート」(WOWOW代表取締役 田中晃氏)を体現している。「これからは私たちが選手と一緒になって、多様な価値観が認められる公平でインクルーシブな社会に変わるように、小さなことから活動をしていく」(田中氏)。東京パラが終わった今、今度は私たち一人一人が共生社会に向けた取り組みをしていくことが重要だ。 「世界人口の15%の人が、障害とともに暮らしている」(国連広報センター所長 根本かおる氏)。東京パラの開幕に合わせてIPCなどが立ち上げたキャンペーン『We The 15』には、世界に7人に1人以上いる障害者への差別をなくすという思いが込められている。「眼鏡をかけることと同じくらいに、障害者への配慮が当たり前になる社会づくりを目指していく」(根本氏)。共生社会を築くには、まずは障害があることが特別なことだという意識から私たちは変えていく必要がある。 第1部では冒頭挨拶に続き、番組新シリーズ「ドキュメンタリーシリーズ WHO I AM LIFE」初回映像の先行試写が行われた。スポーツの枠を超え、多彩な表現者たちが登場する新シリーズは、義足のアーティストの物語から始まっていく。 (写真:冒頭の挨拶をしている田中氏) 第2部ではMCとゲストたちによるトークセッションが行われ、新シリーズ第3回に登場するハウウェル氏も登壇。ASD(自閉スペクトラム症)を抱える作曲家は、ピアノを使った作曲を自身で行い、その演奏力と歌声は周囲を魅了している。「私たち障害者は制限されていることや足りていないことがあるからこそ、他の人たちにはない素晴らしいものがあって、人間はそうやって全体でバランスが取れている」(ハウウェル氏)。このメッセージに会場からは大きな拍手が沸き起こった。 猪狩氏は5年前に不慮の事故で車いす生活を余儀なくされた。今後の未来に向けては「障害の有無に関わらず、すべての困っている人に声を掛けられる勇気を、私も含めて持っていきたい」(猪狩氏)。一人一人が違ったものを持ち合わせている社会において、お互いに助け合える環境への思いを語った。この思いに対し、2008年の北京大会において2個の金メダルを獲得した伊藤選手も共鳴。「小さなものでも自分の価値観を持ち、その中で人を思いやる気持ちがあれば、自然と文化はつながっていく」(伊藤選手)。個人の思いやりから文化の形成はスタートしていくと自身の考えを述べた。 トークセッション後半には、以前から番組ナビゲーターとナレーターを務めている西島氏が登場。「継続していくことが大事であり、それが当たり前になって今がある。今回、東京大会が終わっても番組が当たり前のように継続し、さらに広がりを持ったものになることがとてもうれしい」(西島氏)。東京パラに向けてスタートした番組は、この先も続いていく。そして番組開始以前から「WOWOWがどうなろうがやりましょう」と話していたという西島氏の言葉からも〝東京パラはゴールではない〟という番組関係者の強い意志が表れていた。最後はマイケル氏による素敵な生演奏で、第2部は幕を下ろした。 (写真:生演奏をしているハウウェル氏) 「パラリンピックがあったからといって社会が大きく変わった訳ではない」(猪狩氏)。東京パラが終わり、人々の意識は変化したかもしれない。それでもなお、障害者への偏見や差別の解消、バリアフリー化といった問題は残されたままだ。「自分が関わる作品で若い人たちがさまざまな価値観を持って、自由に才能を健康的に長く発揮できる場をつくっていきたい」(西島氏)。今の社会を変えるのは、今を生きる人々。そして、未来の社会を形づくるのは私たち若い世代の役割だ。東京パラのその先へ。私たち明スポも〝共に生きる〟未来に向けた活動を継続していく。(写真:トークセッション中の西島氏)[渡辺悠志郎] イベント後のコメントはこちら!READ MORE -
(37)前回王者・明大がまさかの予選リーグ敗退/ボッチャ東京カップ2023予選会
明大スポーツ新聞 2022.11.3011月19日、武蔵野総合体育館にてボッチャ東京カップ2023予選会が開催。今年も明大を代表して明スポの新人記者3人が東日本大学選手権に出場した。前回大会王者として連覇が懸かる試合だったが、結果は無念の予選リーグ敗退。〝常勝明治〟を体現することはできず、悔いの残る大会となった。 ◆11・19 ボッチャ東京カップ2023予選会 東日本大学選手権(武蔵野総合体育館)予選Bブロック 明大――2位 [出場選手]上瀬、久保田、長﨑 「緊張しながらもそれを力に変え、いい空気感で臨むことができた」(久保田諒主将・政経1=明大中野)と振り返る第1試合の相手は順大。第1エンドから明スポが圧倒的な強さを見せた。2番目の長﨑昇太(商1=日大二)の投球がジャックボールに接着すると、相手の残り5球を連続で投げさせる。明スポは残りの投球を全てジャックボール付近に寄せ、いきなり6点もの大量得点を獲得した。第2エンドは明スポの投球がまとまらず、3球を残した時点でジャックボール付近に壁を作り相手のコースを封じた。この戦略が功を奏し、その後は1失点に抑え、合計スコア6-1の大勝。連覇に向けて幸先の良いスタートを切った。 続く第2試合は専大と対戦。勢いに乗りたい明スポだったが、第1エンドはジャックボールに投球をまとめることができず、得点を許す苦しい展開に。第2エンドも序盤はうまくボールを寄せられない。しかし「戦術面も精神面も整えて修正していくことができた」という久保田の2投目が試合を動かした。ジャックボールに接着した相手のボールを押し出し、同点のチャンスを作り出す。さらに上瀬拓海(営1=広島城北)の放ったコントロールショットが決まり、2点を獲得。合計スコア2-1と逆転に成功し、決勝ブロック進出が確実なものとなった。 予選リーグ最終戦は埼玉県大との一戦。2連勝で乗りに乗った明スポだったが、第1エンドは相手に主導権を握られ、3点の大量得点を許しエンドを折り返した。第2エンドは攻撃的な姿勢に徹し、明スポが2球を得点圏内に置く。そして迎えた明スポの6球目。得点圏にボールを寄せれば同点となるチャンスだった。しかしエース・上瀬の投球は惜しくも得点圏の手前で止まり追加点には結び付かず。合計スコア2-3でまさかの敗戦を喫した。さらに試合後には最悪なシナリオが待っていた。専大以外の3チームが2勝1敗で並ぶ状況となり順位は得失点差によって決定。順大が専大に4-0で勝利して得失点+6で終えたのに対し、明スポの得失点は+5。この結果、順大の決勝ブロック進出が決定し、明スポは1点の差に涙をのむ悔しい敗退で連覇への挑戦を終えた。 その後、決勝ブロックが行われていたコート以外では敗退チームによる交流戦が行われた。明スポは第1試合を長谷川ゼミ、第2試合を上智大学Go Beyondと対戦。しかし「3人とも体力的に厳しい部分があった」(上瀬)と、第1試合を0-4、第2試合を0-2で惨敗。攻守が共に崩壊する厳しい結果となった。 まさかの予選リーグ敗退。ただ、敗退の原因を象徴するような一言が第2試合後に発せられていた。「決勝ブロックに向けて腹ごしらえをしておこう」(長﨑)。2連勝を収めた直後だったこともあり、チーム全体が第3試合を軽視する空気に包まれる。当然、得失点差についての議論も交わされず、結果としてそこに足元をすくわれた。久保田は「完全にてんぐになっていた」と当時を悔やみ、上瀬も「気の緩みが出てしまった」と続ける。それでも選手全員がデビュー戦となる今大会で2勝を収めたことはチームにとって大きな収穫に。「良いチームなので、リベンジの機会が欲しい」(上瀬)。新生〝明スポ・ボッチャトリオ〟の挑戦は、まだ始まったばかり。さらに明スポからは選手のほかに3人の新人記者が学生スタッフとして大会の運営を支えた。一人でも多くの人にパラスポーツの魅力を届けられるように。明スポはこれからもパラスポーツの普及に全力を注いでいく。 [長﨑昇太] 試合後のコメント久保田主将――今大会を振り返っていかがですか。 「詰めの甘さが出てしまった大会でした。2連勝で迎えた3戦目は試合前から決勝ブロックの話をするなど、目の前の試合に集中することができていませんでした。試合中もコミュニケーションを取るどころか、仲間の顔を見ることすらできていなかったと思います。初出場ということで不安も多かったのですが、どんなにつらいことがあっても、周りを見渡せばそこには長崎と上瀬がいました。今大会で生まれた3人の絆は、生涯消えることのない、かけがえのないものになったと確信しています」 上瀬――今後に向けて一言お願いします。 「大会当日の朝は全員が遅刻をするなど、我々が多くの課題を抱えていることは間違いありません。加えて連戦での体力面の課題も痛感しました。その課題を克服するためチーム内では現在、キャンパス内での階段移動の義務化、さらに護摩行などを新たな練習メニューとして採用すべきとの声が上がっています。多くの課題が残る一方、仲の良さ、団結力という意味では我々は最高のチームです。得失点差で大波乱、でもチームの雰囲気ざっくばらん、次は決めたいウイニングランといったところでしょうか」長﨑――大会注目選手として多くの話題を集めました。 「大会インスタグラムでチームの注目選手として取り上げていただいたのですが、本当に恥ずかしかったですね。『自分は今何をしているんだ』と思った瞬間を撮影されてしまいました。しかしこのように取り上げていただいたからこそ、ボッチャという競技に真剣に取り組むことができたと思います。また、今大会を競技人生の進退に関わるものだと考えていたため、今は再び競技に向き合うことができる状態ではありません。しかし、それと同時に引退宣言を撤回してリベンジをしたいという思いを持っていることも事実です」 READ MORE -
(36)第138回明大祭に参加! ボッチャの魅力伝える
明大スポーツ新聞 2022.11.14「ボッチャで遊ぼっちゃ」という企画名で明大祭に参加した明大スポーツ新聞部(以下、明スポ)。初日のみの教室企画となったが、幅広い年代にボッチャの魅力を伝えることができた。さらには明スポの活動を広める機会にもなり、来場者と部員の笑顔あふれる1日となった。◆10・29 第138回明大祭(明治大学和泉キャンパス) 新型コロナウイルスの影響で3年ぶりの参加となった明スポ。さらに、明大祭でボッチャ体験会を実施するのは初めての試みだった。今回はボッチャの面白さを知ってもらうため、教室にコートを制作し実際に体験してもらう形式に。「ゼロからのスタートだったのでずっと手探りで準備を進めてきた」(渡辺悠志郎・情コミ2=渋谷教育学園渋谷)。そんな不安が多く残る中で迎えた本番だったが、当日の体験会は予想を大きく上回る大盛況を見せた。ボッチャ体験までの待ち時間が発生し、用意していた椅子が足りなくなる事態に。そのため途中からは体験者同士の対戦形式に切り替えた。体験会では敵味方関係なくプレーをたたえる拍手が多く、対戦終了後は互いに言葉を交わす場面も。さまざまな人がボッチャに関心を持つきっかけをつくることができた。 今回、明大祭に参加した理由はパラリンピックの競技であるボッチャの普及と発展のためである。ボッチャは簡単なルールのため老若男女を問わずに、さらにいつでもどこでも気軽に楽しめるスポーツだ。明スポボッチャ担当では老人ホームに訪問をして、ボッチャの体験会を定期的に実施。またボッチャの公式戦にも出場するなど幅広い活動を実施している。今後は明大生や学生全体へのボッチャの普及も目指していく予定だ。 明大祭への参加を通して、パラスポーツの普及に向けた新たな一歩を踏み出した明スポ。今後もパラスポーツと人々をつなぐ架け橋のような存在になるべく、私たちは活動を続けていく。 [石田聖、七海千紗、松原輝] 参加した部員のコメント金井遥香(情コミ3=大船)――今年度の明大祭を振り返っていかがですか。 「昨年度できなかったことを、後輩たちがかなえてくれました。ありがとうの一言です。今回、私は遊びに来てくださった方にルールを説明し、盛り上げる役割を中心に担わせていただきました。遊びに来てくださった方と一緒に、心の底から楽しませていただきました。たくさんの方が来てくださいましたが、ボッチャをやっていくうちに皆さんの笑顔が広がっていったと思います。『明大祭でボッチャ体験会を出すことには、明らかに需要がある』と分かったことが、今回一番大きな発見です。ボッチャの楽しさを教えるつもりが、新たな、より深いボッチャの楽しさを教えられた一日になりました」 新谷歩美(政経2=浦和一女子)――明大祭での収穫はありましたか。 「新聞を思いの外配布できたことです。特にオープンキャンパス号が多くの受験生の手に渡ったこと、そして明大の体育会が愛されていると気付けてうれしかったです。課題としては明大祭に来場していただいた方にもっと新聞が手に渡っていけるように改善したいと思います」 萩原彩水(情コミ2=栄東)――今後の活動について教えてください。 「来年度以降も明大祭に参加したり、パラ大学祭に参加したりしたいです。パラスポーツの普及に加え、明スポについてもより多くの人に知っていただけるように頑張っていきたいです」 渡辺――今後の活動について教えてください。 「今回多くの方にお越しいただいたことで、明スポが明大祭でできることはたくさんあると感じました。また、パラ担当としてもボッチャをもっと広めていける可能性を感じました。今年は、今回に限らずさまざまなイベント企画に後輩たちが積極的に参加してくれています。来年度以降は、明大祭やパラ担当の活動を彼らがさらに推し進めていってくれると期待しています。今後はそうした動きを後押しして明スポの活動のさらなる発展に貢献していきたいです」 石田聖(営1=大田原)――次年度以降の明大祭ではどのような活動をしていきたいですか。 「来年度は1日だけの出店ではなくて2日間や3日間ブースを出したいです。ボッチャ自体の理解を深めることももちろんですが、同時に明スポの活動の認知の場にしていきたいと思います」 末吉祐貴(営1=東京都私立城北)――明大祭で印象に残っていることはありますか。 「とある高校生2人組が2回も来てくれたことが印象的でした。若年層の人に『もう1回やりたい』と思わせられるほど楽しい競技だと再確認させられました。パラスポーツの無限大の可能性を感じます」 七海千紗(文1=大宮開成)――明大祭に参加しての感想を教えてください。 「初めての大学の文化祭でしたが、想像以上にたくさんの人が来てくれました。展示ブースの場所も3階と少し遠かったのであまり人が来ないと思っていましたが、自分たちの新聞を届けられてとてもうれしかったです。ボッチャを楽しそうにやっているのを見て、私も笑顔になれました」 松原輝(文1=国分)――明大祭に参加していかがでしたか。 「普段活動をする中で一般の方々と接する機会は少ないのですが、明大祭では年齢や性別を問わずたくさんの参加者に来ていただいたことが本当にうれしかったです。楽しかった、『ありがとう』と声を掛けていただくことも多く、ぜひ来年度以降もこの取り組みを継続していきたいと強く思いました」READ MORE -
(35)第7回パラ大学祭に参戦! 参加団体数は過去最多に、大にぎわいを見せる
明大スポーツ新聞 2022.10.0710月2日、7回目の開催を迎えたパラ大学祭。前回大会3位からさらなる飛躍に期待がかかる明大は初めて2チームで参加。ルーキーからベテランが一丸となって表彰台を狙うも、結果は惨敗。実力不足を突きつけられる結果となったが、〝誰もが楽しめる〟パラスポーツの奥深さに魅了された一日となった。◆10・2 第7回パラ大学祭@関東(新豊洲Brilliaランニングスタジアム) 明大B――7位 明大A――13位 今大会は明スポから2チームが出場。大会はオリジナルルールを交えた車いすバスケで幕を開けた。車いすを操作する技術と味方との連携が勝敗のカギを握る競技だ。「ボールに人が集まって密集しやすかったのでスペースを見つけてそこに走り込んでパスをもらうことを意識していた」(末吉祐貴・営1=東京都私立城北)。各チーム2試合。明スポAは両試合とも苦戦を強いられる。特に第2試合では相手のマンマークに苦しみ、攻撃の形を作れず惨敗。一方の明スポBは、経験者で競技人生ラストイヤーとなった田中佑太学生名誉監督(法4=本郷)の活躍もあって開幕2連勝を飾り、優勝に向けて好スタートを切った。 第2種目はオリジナル競技・目隠しで繋げ!✕の字サッカー。目隠しをした選手が伴走者と共にプレーするブラインドゾーンと、目隠しをせずにプレーするアシストゾーンに分けられた陣地で、より多く敵陣のゴールラインにボールを運んだチームが勝利する。ブラインドゾーンでの声掛けによる協力が欠かせない競技だ。明スポAはアシストを務めた井澤怜音(文2=横浜市立東)を中心に安定した守りを見せたが、得点は生まれず。スコアレスドローに終わった。一方の明スポBは、目隠しをした状態に苦戦した。後半に相手に一瞬のスキを突かれ失点を許し、痛恨の敗北。大会制覇に暗雲が立ち込めた。 3つ目の競技はボッチャ。ボッチャ東京カップ2022で2位に輝いた渡辺悠志郎(情コミ2=渋谷教育学園渋谷)を擁する明スポはこの競技の強豪として名をはせている。そんな渡辺がエースとして3試合に挑んだ明スポA。「杏林大ボッチャ部と因縁の対決をして、白熱した試合を繰り広げることができた」(渡辺)。しかし、因縁の相手を前に勝ち切ることができず、今回の戦績は2勝1分。決着は次の機会に先延ばしとなった。一方〝MEIJI PRIDE〟を体現する田中名誉学生監督擁する明スポBは、1戦目でまさかの黒星。負けて終われないとチーム一丸となって戦略を練り、その後の2試合は死闘を制した。どのコートでも盛り上がりを見せ、誰もが楽しめるスポーツとしての真価を発揮した。 迎えた最終種目は、パラ大学祭恒例の車いすリレー。日ごろから車いすに乗り慣れていない明スポ部員にとって例年苦戦を強いられている種目だ。前回大会ではくしくも最下位に沈んだ明大であったがBチームが快進撃を見せる。1走・田中名誉学生監督、2走・佐藤慶世(政経3=芝)が快速を飛ばし序盤からリードを作ると、その後も全員が安定した走りを見せバトンは再び最終走者の田中名誉学生監督に。「今日の大会に向けてトレーニングを重ねてきた」(田中名誉学生監督)と熟練の走行テクニックを披露し、現役最後となるレースを見事1位で駆け抜けた。惜しくも決勝へは進めなかったものの課題となる車いすリレーで好成績を収めたことは大きな収穫となった。Aチームも結果こそ振るわなかったものの会場中から寄せられる声援を背に諦めることなく最後まで走り抜いた。 明スポAは最初の車いすバスケ2敗が響き、全15チーム中13位に。対して明スポBは最後のリレーで予選タイム上位4チームで行われる決勝に進むことができず、7位で終えた。今大会で引退する田中名誉学生監督は「明治は勝つことが当たり前。やはり明治がナンバーワンなので、次の大会こそは優勝してほしい」。熱い背中を見せ、新たな世代に優勝を託した。[末吉祐貴、菅波陸哉、杉田凜、長崎昇太、増田杏]出場選手のコメント宮本果林明スポA主将(情コミ3=鎌倉女学院)――今大会、初めて主将として望みましたがいかがでしたか。 「大学1年生から毎回パラ大学祭に参加してきて、皆勤賞ペアの金井遥香(情コミ3=大船)とついに異なるチームでお互い主将として参加することには感慨深いものがありました。結果的に明スポBに負けてしまい、悔しい気持ちはありますが、今回初めて参加してくれた部員たちがみんな楽しんでいる姿をみて、うれしい気持ちの方が大きかったです!次こそは、明スポはボッチャだけと言われないように弱点克服し、〝頂戦〟したいと思います!」金井明スポB主将――主将として挑む初の大会でした。 「1年生の頃からずっと一緒にパラ大学祭に参加してきた果林さんと初めて競い合う形となりました。(経験してみてどうでしたか)特にボッチャの時など『私が指示しなければ』『作戦を考えなければ』と考えすぎたあまりに足が震え、一瞬楽しむことを忘れそうになってしまいました。でも、ふと見上げれば一投球一投球に大盛り上がりする、とっても楽しそうな仲間たちや参加者の皆さんがいました。『楽しむこと、楽しんでもらうことが一番大事だ!』と思ってからは時間があっという間でしたね。あまりプレーで引っ張ることはできませんでしたが、チームの垣根を超えてみんなでたくさん応援し、たくさん笑い、たくさん飛び跳ねた一日でした」佐藤――今大会に向けて取り組んできたことを教えてください。 「日頃から運動不足で、正直トレーニングを積むことはできていませんでした。それでも大会直前には、過去の自分の試合後コメントを読み、あの時の悔しい気持ちを思い出して自分自身を奮わせていたことは事実です」新谷歩美(政経2=浦和一女子)――全体的に振り返っていかがですか。 「結果を見ればやはり悔しいのが本音です。新戦力も増えて気合い十分、優勝を狙いに行きましたがなかなか難しいものだと思わされました」渡辺――今の気持ちを教えてください。 「まずは悔しい気持ちが大きいです。前回大会で3位になっていて、今回は2チームで優勝を狙っていました。特にBチームは活躍していただけに、今回の結果は納得がいかないですね。ですが、今大会も久しぶりにさまざまなパラスポーツをみんなで楽しく体験できて、とても充実した1日を過ごせました」増田杏(商1=淑徳与野)――良かった点と反省点を教えてください。 「実力不足で改善すべき部分は多いのですが、チームの足を引っ張るような大きなミスをしなかったのは良かったと思います。欲を言えば車いすバスケットボールで1点でも得点を決めたかったですね。プレーしていて先輩方といい信頼関係が築けている実感が湧きました」杉田凜(情コミ1=愛知県立江南)――今大会に参加した感想をお願いします。 「パラスポーツは障がいの有無だけでなく、年齢や熟練度関係なく平等に楽しめるスポーツであると価値観が変わりました。日常的にパラスポーツが広まっていくとより豊かな社会になっていくと思います」菅波陸哉(情コミ1=磐城)――印象に残ったものはありますか。 「ボッチャです。会場に来るまでの間にYouTubeで予習してきましたが実際やってみると難しかったです。ただ非常に可能性を感じる競技でもありました。杏林大ボッチャ部に勝ちきれなかったことは非常に悔しかったですが、日本一になるためにはいずれ越えなければいけない相手だと思っているのでいつかリベンジしたいですね」長崎昇太(商1=日大二)――今後の意気込みについて何かありますか。 「今日初めてボッチャをやりましたが、予想以上に難しかったので、来月のボッチャ東京カップ2023までに猛特訓が必要になると思いました。今日の経験をチーム内で共有していきたいです。一戦一戦を全力で戦っていきたいです」READ MORE -
(34)明大OBパラリンピアン・森宏明選手に明スポ記者がインタビュー!
明大スポーツ新聞 2022.05.313月14日に閉幕した北京パラリンピック。クロスカントリースキーの日本選手団で唯一、座位カテゴリーに出場した森宏明選手(平31文卒・現朝日新聞社/HOKKAIDO ADAPTIVE SPORTS)。現在は朝日新聞社のスポーツ事業部で働きながら選手活動を続けている。今回は明大OBである森選手に北京パラリンピックのことや在学時のことについてお話を伺った。(この取材は4月7日に行われたものです) 野球少年だった森選手は小さい頃からスポーツに携わりたいと思っていた。高校時代の野球部ではエースで4番を担っていた。しかし、2013年に事故に遭い、パラスポーツに関わり始めることに。明大には2015年に入学し、文学部心理社会学科現代社会学専攻でに所属。大学3年次に荒井秀樹さん(北海道エネルギーパラスキー部監督、北京パラリンピックノルディックスキー日本代表チームリーダーなど)に声を掛けられ、クロスカントリースキーを開始する。競技を開始した傍ら、授業やアルバイトなど大学生活も充実させる。 ――3年次に競技を始められたというのを拝見しました。それまではどのようなことをされていましたか。 「普通の大学生で、アルバイトをして講義を受けて帰ってみたいな学生をしていました」 ――アルバイトは何をされていましたか。 「アルバイトはスポーツ施設で働いていました。出身が板橋区で、ずっとそこに住んでいたので、区のスポーツ施設で4年間アルバイトをしていました。トレーニングジムの事務スタッフもやりましたし、お金の受付の事務もやりました。なので、スポーツを始める前からとりあえず趣味的に鍛えていて、それで競技を始めるとなった時に元々基礎の体があったので始められました」 ――現代社会学専攻ではどのようなことを学ばれていましたか。 「フィールドワークですね。SDGsの先駆けのようなことを授業でやっていました。サステナブルな工夫をしているところに行って話を聞くような環境社会学系のゼミをやっていました。無農薬の東南アジアの各国の発展途上国の農村リーダーを育成する農業学院が栃木にあってそこに行きました。夏休みには泊まり込みで農業体験をやっていましたね」 競技開始から5年で初めてのパラリンピックに挑んだ森選手。クロスカントリースキー男子スプリント(座位)で31位、男子10キロ(座位)で30位だった。また混合リレーにも出場し7位で入賞を果たした。北京大会から1カ月ほどたった今、次の目標を伺った。 「次の目標はやはり4年後も目指しています。今回、個人種目は散々だったのですが、サプライズでリレーを走らせてもらい、そこでは一応入賞をもらうことができました。その現状を踏まえると、また同じような競技をするのかというとそれはもちろんだめなので、やはり個人できちんとメダルを取れるくらいの準備をしないといけないなというのが自分の中では中期の目標ではあります。もっと言うと、少し何か自分の中で新しいチャレンジをしたいなと思っています。何をするかというと、新たに陸上競技をやろうかなと。クロストレーニングが最近割と主流じゃないですか。二刀流をどこまでできるか分からないしですし、パリ大会も本当に目指せるか分からないのですが、一つ自分のチャレンジとしてやってみたいなと思います。具体的に、何の種目をやるかというのはまだ決めてないです」 ――今回の北京大会では、陸上競技と冬季スポーツを兼用している選手が多いと感じました。 「そうですよね。冬季スポーツは座って競技しているので、上腕の筋力が必要なのですが、夏季スポーツになると下半身の筋力が必要になってくるのでそこをどう使うかということがあります。夏冬両立というのは基本的にプレースタイルが似ていて、強化するべき部分が似ている競技をチョイスしている人が多いので、それは相乗効果でクロストレーニングの意味はあると思っています。ただ、僕の場合はどうなるのかなと思っています。いい意味で変に負荷を掛け過ぎないでシーズンごとで強化するポイントを変えるというのはケガのリスクは少ないのかなとは思います。『今日はこの上腕メニュー、次の日は……』と構築できるかなと思いますが、難しいですね」 今大会でクロスカントリースキーの座位カテゴリーからは唯一の出場となった森選手。自身が競技を始めた際も日本には座位カテゴリーの選手がいなかったという。北京大会前の会見でも「これからのシットスキーヤーがこれから始めようとか頑張ろうというきっかけにもなれたらいいな」と話していた。 「僕は『なんでここまで続けてきたのですか』とよく聞かれるのですが、課題感があったからと言います。僕が始めた時に僕1人しか座位のカテゴリーで競技者がいなかったので、それが始めるきっかけではありました。4年間目指す中で、僕は自分の強化と競技普及を両軸で進めてきたところもあって、そのおかげなのか、時代の流れ的に、競技者が増えました。結果的に、国内には僕以外にも何人かは選手がいる状態で、自分が活動してきた意味はあったのかなと思います。正直僕は今までスポーツをずっとやってきましたが、正直活躍のフィールドはスポーツではなくていいと思っています。今度はさらに、これから札幌の招致があり、そのときに活躍できる子たち、札幌を目指す子がもし出てくるのであれば、僕はそこのお手伝いをしたいかなと思っています」 ――ありがとうございました。 取材を終えて 初のパラリンピックを終え、4年後を見据える上で現状に満足せず新たなチャレンジへ意欲をみせる姿が特に印象に残った。〝前へ〟進み続ける姿に明大生として感銘を受けた。学生記者として、スポーツに携わる者としてスポーツへの関わり方、パラスポーツの捉え方の新たな価値観に気付くきっかけとなった。明大生としてこれからも森選手の活躍を応援したい。 [聞き手:出口千乃、宮本果林、萩原彩水]READ MORE -
(33)大学生パラリンピアン・川除大輝選手 インタビュー
明大スポーツ新聞 2022.04.283月14日に閉幕した北京パラリンピックで一人の大学生が快挙を成し遂げた。クロスカントリースキー男子20キロクラシカル立位で、日本選手団の旗手を務めた川除大輝(日大/日立ソリューションズJSC)が金メダルを獲得。冬季パラリンピックで日本男子金メダリスト最年少記録の更新だけでなく、他種目でも入賞を果たし、まさにパラクロスカントリースキー界の次世代エースとも呼べる川除。そこで今回、明大スポーツは私たちと同じ大学生である川除のことを大学生世代にさらに知ってもらうために北京大会の振り返りや普段の練習、パラスポーツのことについてお話を伺った。(このインタビューは4月7日にオンラインで行われたものです) ――北京パラリンピックが終わってからの反響は大きかったですか。 「そうですね。終わってから、レースが終わった後もLINEですごい通知がたくさん来ました。その後地元に帰っても大会がありました。参加したら子どもたちからも『メダル見せて』と声を掛けられ、反響があったので注目されていたんだなというのを感じました」 ――北京の選手村はどのような感じでしたか。 「選手村は日本の棟があって、クロスカントリースキーとスノーボードが一緒でした。食堂が歩いて5分くらいの所にあり、あとは卓球などもできるような場所もありましたし、VR体験のできる所などゲームができる場所もありました。スポーツをしに行っているけど、楽しめる場所もあったので、快適な場所だなと思いました」 ――他の国の選手との交流はありましたか。 「僕はあまり、英語は話せないんですけど、優勝した時は『おめでとう』と言ってもらいました。あとは中国のボランティアの方が日本人と気さくに話してくれる人が多くて、日本語を話せる人が多かったです。『日本のピンバッジをくれるか』なども聞かれたりしていました」 ――実際に金メダルを獲得された時はどのように思いましたか。 「ゴール直後はガッツポーズをして喜んでいましたが、本当に優勝したのかなという感じでした。メダルセレモニーの時にメダルをもらい、金メダルを目にしてようやく実感が湧いてきました」 ――事前の会見で、以前新田佳浩選手(日立ソリューションズ)が旗手をされて自分もその道をたどっていきたいとおしゃっていましたが、今現在はいかがですか。「この流れでまた4年後、旗手はたぶんもうないですが、主将はあると思うので、そういったところにもし選ばれたとしたら、やはりそれ相応の結果を出さないといけないと思います。でもそこにプレッシャーを感じていても上手くいかなくなったりするので、自分の今までやってきたことを出して、新田選手のようにメダルをたくさん取れる選手になれたらいいなと思います」 ――普段はどこで練習されていますか。「普段は日本大学のスキー部に所属しているので、寮周辺だったり、高尾山の山を登ったり、基本東京都内で練習しています。月1回パラリンピックの強化合宿があるので、合間を縫ってそちらに参加して練習しています」 ――スキー以外で何かスポーツはされたことはありますか。「小学校に入る前は水泳をやっていましたが、全然今は泳げないです。あと小学3年生の時は半年だけサッカーをやっていて、すぐ辞めてまたスキーに戻ってという感じでやっていました」 ――ご自身の強みは何だと思いますか。「上り坂がやはり強みだと思っています。クラシカルだとポールを持っている選手と同じスピードで上っていけることができて、そこがタイムを稼げる場所かなと自分では思っています。下りはポールがないと詰められなくて、タイムが稼げないので、やはり上りが強みかなと思います」 ――クロスカントリースキーを見る人に注目してほしいところはありますか。「マラソンと似ている部分がありますが、違うところは雪の上を滑って、自然がきれいなところを進んでいくので、そういうところを注目して見てもらいたいです。パラでいうと、ぱっと見はクラスや計算タイムがあって難しいですが、そのようなところも深く知れば面白いと思うので、知ってもらえたらなと思います」 ――クロスカントリースキーをやっていて面白いと思うところはありますか。「長くやっているからだと思いますが、自分が上達していくことがまずはすごく楽しいなと感じています。結果も出るようになってくるのも自分の中では楽しい要因だと思いますが、そこから自然の中を滑るというのも気持ちいいですし、そういったことが楽しいです」 ――北京が終わった今の目標はありますか。「次の4年後でも金メダルを取りたいという目標はありますし、あとはワールドカップで総合優勝したいというのも目標です」 ――若い世代の冬季のパラスポーツ選手があまりいないことについてはいかがですか。「若い選手があまり出てこない、見つけられないというのがあると思います。そこで下(の世代)が来ないから、上の(世代の)人たちも続けるしかないという状況になっていると思うので、そこは僕たちもできることはやろうと思いますが、普及などが進めばそういうことはなくなっていくだろうと思います」 ――パラスポーツの魅力を教えてください。「最大限に体を使ってのパフォーマンスをみんながしているので、こういうこともできるんだというのを見てもらいたいです。あとは他の人たちに勇気をかなり与えられると思うので、そういったところを見てもらえればパラスポーツはもっと面白くなると思います」 ――今後の意気込みをお願いします。「スキーはパラリンピックだけではないので、来季はワールドカップもあります。そこに向けてこの1年間しっかり調整して、その流れで4年後に向けてまた金メダルを取れるように頑張りたいと思います」 ――パラスキー、パラスポーツをこれから始める若い世代に向けてのメッセージをお願いします。「最初はやはりどの人でも同じだと思いますが、スポーツを楽しむということが大切だと思うので、遊び感覚でいいからまずはやってみるのが大切かなと思います。そこからやりたいことがどんどん見つかっていくと思うので、自分がやりたいことを見つけてやっていってもらえればいいなと思います」 ――ありがとうございました。 [出口千乃、萩原彩水、渡辺悠志郎]◆川除 大輝(かわよけ・たいき)日大。北京パラリンピックで金メダルを獲得。 ※写真は本人提供READ MORE -
(32)明スポ記者が聞く! 大学生金メダリスト・川除大輝が見る景色とは
明大スポーツ新聞 2022.04.273月14日に閉幕した北京パラリンピックで一人の大学生が快挙を成し遂げた。クロスカントリースキー男子20キロクラシカル(LW5/7、両上肢機能障害)で、日本選手団の旗手を務めた川除大輝(日大/日立ソリューションズJSC)が金メダルを獲得。冬季パラリンピックの日本男子金メダリスト最年少記録を更新しただけでなく、出場全種目で入賞を果たした。まさにパラクロスカントリースキー界の次世代エースとも呼べる。そこで今回、明大スポーツは私たちと同じ大学生である川除のことを大学生世代にさらに知ってもらうために北京大会の振り返りや普段の練習、パラスポーツのことについてお話を伺った。 平昌→北京 成長の4年間 平昌大会は「初めてのパラリンピックで、どういう動きを取っていいか分からなかった」。試合の数日前から緊張が続き、一試合一試合に全力で向き合うのが精いっぱいだった。フォームについても「がむしゃらにやって、体力だけで持っていく考え方だった」と4年前の自分を振り返る。 平昌大会後、今のままでは勝てないと実感しフォームの改善を決心。日本にポールを持たずに走る選手がいないため、海外選手の動画と自分を見比べてささいなことでもまずは取り入れ、試行錯誤を重ね改良した。さらに北京は2度目のパラリンピックということもあり「調整しやすかった」。得意の20キロクラシカルをターゲットレースに定めたことが、金メダル獲得につながった。 パラリンピアンであり大学生 現在21歳の川除は名門・日大スキー部に所属する。寮の周辺や高尾山で練習を行い、日大ではスポーツ科学部に通う4年生でもある。特に高所馴化についての授業は、標高の高い場所で行われるスキー競技にも通じるという。また、普段の様子を伺うと、昨年の東京五輪後のスケートボードブームに乗じてスケートボードを始めたそう。快挙を成し遂げた一方で大学生らしい一面も見せた。 1年次は寮の仕事や授業と練習の両立が「大変だった」と振り返るも、昼食を互いに作り合ったり同期と同じ部屋で過ごしたりする寮生活が「楽しいので(あと1年で)卒業するのが寂しい」。金メダリストパラリンピアンでありながら大学生でもある川除のラストイヤーが始まる。 新たな飛躍へ もっと広まるには…… 北京大会で日本選手団の旗手を任せられたことで「それ相応の結果を出さなければならない」。重圧がのし掛かるものの「そのプレッシャーをはねのけて成績を出せば、よりパラリンピックやクロスカントリーを日本中に知ってもらえる」と考えたという。また、まだまだ認知度の低いパラクロスカントリースキーについて「みんなに知ってもらえればいいな」。そんな思いから4年前は断りがちだった取材も受けるようになった。 現在パラウインタースポーツは新しい若い選手の発掘が課題となっている。川除自身も、もともとは健常者と一緒にスキーをしていた中でパラクロスカントリースキーに誘われた。始めたばかりの頃は「健常者の一人だと思って活動していたので、そこで自分が障害者と認めるのが自分の中では悔しかった」。しかし長く続けることで上達し結果も出るようになる。自分の成長を感じ「世界が広がっていく」ことが楽しさの秘けつだと話す。「今は良い経験ができているので、(これから競技を始める人は)その一歩が踏み出せればあとは気楽になると思う。その一歩が少し踏み込みにくいと思うので僕たちのスキーを見てもらって、やってみたいなと思ってもらいたい」。 自らのプレーで新たに観戦する人、競技を始める人を増やすために、さらなる飛躍を目指す。北京を終えた今「次の4年後でも金メダルを取りたい。あとはワールドカップで総合優勝したいというのも目標」。ここまで場学続けてきたからこそ見える景色。多くの人に感動と勇気を与える滑りで、パラスキー界をけん引する姿を見続けたい。 [出口千乃]◆川除 大輝(かわよけ・たいき)日大。北京パラリンピックで金メダルを獲得。※写真は本人提供READ MORE -
(31)明スポがボッチャの全国大会に出場!/2022ボッチャ東京カップ
明大スポーツ新聞 2022.04.18全力を出し切った。4月9日、東京体育館で幕を開けた2022ボッチャ東京カップ。明スポは東日本大学選手権の優勝校として、予選リーグに参戦した。ボッチャ日本代表〝火ノ玉JAPAN〟やタイ代表、著名人チームも参加した今大会。明スポは決勝トーナメント進出を後わずかのところで逃したが、2勝1敗の好成績を残した。 ◆4・9 2022ボッチャ東京カップ(東京体育館) 予選Dリーグ 明大スポーツ――2位 [1回戦]明大スポーツ 0{0―1、0―1}2 小平プレミアムズ〇[2回戦]〇明大スポーツ 2{1―0、1―0}0 五月会[3回戦]〇明大スポーツ 4{4-0、0-1}1 Shibuya Revival 【出場選手】中村、山岡、渡辺 「しっかりと勝ちにいきたい」(中村謙吾・情コミ1=明大中野八王子)。限られた時間と環境の中で、練習を重ねて挑んだ夢の舞台。気合十分に臨んだ第1試合では、ボッチャ甲子園優勝チーム・小平プレミアムズが立ちはだかる。「自分たちよりも数段上のプレーをしていた」(山岡慎・政経1=明大中野八王子)。第1エンドを何とか1失点で抑えて迎えた第2エンドは、相手の投球がジャックボール(目標の球)にぴったりとくっつく展開に。どうにかして事態の打破を図るも、相手のボールはびくとも動かずに敗北。初戦から全国のレベルの高さを目の当たりにした。 「東日本の大学代表として立派に戦いたい」(渡辺悠志郎キャプテン・情コミ1=渋谷教育学園渋谷)。気持ちを切り替えて挑んだ第2試合。世田谷カップ優勝チーム・五月会を相手に1点を先制。今大会の初得点にチーム一同、胸をなでおろした。1点でも多く得点を重ねたい第2エンド。ボールが散らばりコースが定めにくい状況に、明スポは落ち着いて勝利することを優先する。大量得点とはならなかったものの、今大会の初勝利にチームの士気は確実に高まった。 連戦となった第3試合の相手は、他の2チームに完封勝利したShibuya Revival。手ごわい相手を前に、明スポ全員の集中力は最高潮に達していた。相手が先に球を投げ尽くした第1エンド。ミスが出たものの一気に4点を先制し、大きくリードする。続く第2エンドも明スポは有利に試合を進めるが、相手の最後の1球によって状況は一変する。予選会の最後と同様のロング勝負に、明スポは果敢に得点を積み重ねようと奮闘。ミラクルは起きなかったものの「締めにふさわしいプレーだった」(山岡)。 最後の投球を構える中村(写真左)、それを見守る渡辺(写真中央)と山岡 最後は得失点差の順位決めによって、惜しくも決勝トーナメント進出には至らなかった明スポ。それでも初めてとなる全国の大舞台で、2勝1敗という堂々の成績を残した。「全てを出し切ることができた」(中村)。試合を終えた選手たちの表情は、どの顔も晴れやかだった。「ボッチャの魅力をより感じることができた」(渡辺)。3年前に本格始動した明スポパラ担当。この日、その歴史に大きな一ページが刻まれたことは間違いない。ボッチャを広め、楽しみ、そして勝利する。われわれの挑戦は、まだ始まったばかりだ。 [渡辺悠志郎] 写真提供:パラスポーツマガジン 試合後のコメント渡辺キャプテン――今後の活動について教えてください。 「今大会ではミスを連発してしまいました。あと一歩のところでベスト8入りを逃してしまったことが悔しいです。ボッチャの腕を磨いて、またリベンジしたいと思います。そして、後輩や他の大学生を中心にボッチャの魅力を発信し、ボッチャの普及に取り組んでいきたいと思います」 中村――試合を終えていかがですか。 「今回でボッチャは引退するという強い思いを持って臨んでいました。ベスト8に上がっているチームを見ると悔しく、自分もそこに混ざりたいという思いは確かにあります。ですが、全国大会でボッチャの最後を迎えることができる。これは当たり前のことではありません。全てを出し切れました。今まで貴重な経験をさせてもらいました。ボッチャありがとう」 山岡――ボッチャについて今の考えを教えてください。 「ボッチャの大会に出たことで、今まで出会わなかった人たちや、これまでできなかった経験ができました。ボッチャは障害のある人、ない人が一緒に楽しむことができる数少ない競技だと思います。これからもボッチャに注目していきたいです」 〝これがボッチャだ!!〟(昨年度9月号より抜粋)READ MORE -
(30)パラ大学祭で3位! 悔しさ残る場面も
明大スポーツ新聞 2022.03.293月24日、第6回パラ大学祭が開催された。第4回大会に続き、明大代表として挑んだ明スポ選抜。前回出場時は優勝を目指していたものの5位に終わり、今大会はリベンジに燃えていた。得意のボッチャで実力を発揮し、前半2種目終了時点では1位につけるも、その後は車いす競技で順位を落とし総合3位に。チーム一丸となって挑んだ明スポ選抜であったが、またしても分厚い壁が目の前に立ちはだかった。 ◆3・24 第6回パラ大学祭@関東(日本財団パラアリーナ) 明大――3位 躍進を見せた大会となった。前回大会は5位という結果に終わった明大。辛酸をなめ続けてきたからこそ、今回は全員が優勝に向け一致団結していた。意気込んで挑んだ第1種目は目隠しキックベース。守備面では声掛けを意識するなどチームワークを発揮し、相手の打者をホームまで返させない。一方で攻撃面では目隠しをしながらも的確にボールをレフト方向に引っ張る。四つんばいでありながら、素早い動きでホームに帰還。2連勝を挙げた。 第2種目は、明スポ部員が日頃練習を重ねてきたボッチャ。4月の東京カップ出場を控える渡辺悠志郎(情コミ1=渋谷教育学園渋谷)など、1年生が中心となり試合に挑んだ。「チームを代表して出場するのはとても緊張した」(豊澤風香・文1=国学院久我山)。久しぶりの試合であったメンバーもいる中で、試合中に目立ったのはコミュニケーション。投げる順番、狙う位置などエースである渡辺を中心に積極的にコミュニケーションをとっていた。そのかいもあり、1人の投球がうまくいかなくても他のメンバーの好投球でチャンスをつくるなどチームとしての強さも証明することができた。「1点でもいいから確実に点数を取り、ミスをせずチームの足を引っ張らないことを考えてプレーした」(萩原彩水・情コミ1=栄東)。5試合を連続で行うハードな戦いだったものの全勝、そして全ての試合で無失点に抑えるという圧倒的な力を見せた明大。「同期のボッチャの強さを思い知り、明スポにボッチャ黄金期が到来したと感じている」(渡辺)。この時点で総合得点は400点。他チームに大きな差をつけることとなった。 だが続く第3種目・車いすバスケットボールでは苦戦を強いられる。「普段乗り慣れない車いすの操作が難しかった」(出口千乃・商2=大妻多摩)。1勝1敗で臨んだ3位決定戦では上智大学・Go Beyondに圧倒され、チームの勢いは衰えた。迎えた最終種目は、パラ大学祭で恒例の車いすリレー。ここで好成績を出すことができれば優勝争いに食らいつける場面に、チーム全体で気合を入れ直す。明大は車いすに乗り慣れていない中でも健闘し、悲願の優勝はアンカーの渡辺に託された。しかし、前回大会の〝悪夢〟がよみがえるようにまさかの失速。「車いす操作のハードルが高かった」(渡辺)。この種目で最下位に沈んだ明大。総合順位は3位と前回を上回る成績を残した一方で、車いす競技という大きな弱点を再確認する大会となった。 [新谷歩美、豊澤風香、萩原彩水、渡辺悠志郎] 試合後のコメント金井遥香(情コミ2=大船)――大会を振り返ってみていかがですか。 「今大会では撮影係を任せていただき、競技中はカメラを構えて駆け回っていて、新聞部として体育祭やスポーツ大会を撮影していた高校時代を思い出しました。やはり、楽しんでスポーツをする人たちを撮影するのは本当にやりがいがありますし、楽しいことです。コロナ禍で撮影機会が奪われたり、学生記者の肩身が狭くなったりしている中、学生による撮影を喜んで受け入れてくださったパラ大学祭の運営の方々に対して感謝の気持ちでいっぱいです」 佐藤慶世(政経2=芝)――大会を振り返ってみていかがですか。 「前回に続いての2回目の参加でした。前回の悔しさを忘れずに臥薪嘗胆でここまでやってきました。結果としてはまたもや優勝を逃してしまいましたが、特にボッチャ競技では明スポチームの精鋭たちが全試合で完封勝利を収めてくれて、彼らの日々の練習が実を結んでうれしかったです。また、堀之内萌乃(文2=実践女子)と共に選手宣誓も無事に終えることができて安心しています」 出口――今大会での経験を今後どのように生かしていきたいですか。 「子どもからお年寄りまでの全ての世代が、性別関係なく楽しむことができるパラスポーツの良さを体感することができました。明スポチーム以外の参加者とも話したり、一緒にプレーをする楽しさを共有できたりと知らない人とつながるきっかけにもなりました。今後もパラスポーツが社会に浸透するようにまずは自分が行い知ることで、パラスポーツを広めることに貢献できればいいなと思います」 野口優斗(文2=三鷹中教)――今大会で見つかった課題は何ですか。 「個人としてはコミュニケーション不足です。目隠しキックベースでは視界が遮られますし、車いすバスケでは自由度が下がる分、コミュニケーションなど他の部分が大切になってくると思いました。自分は何かをやらかしたら黙る傾向があるので、そこで下を向くのではなくて切り替えるべきでした。チームとしては、個人のレベルアップが必要だと思います。車いすの使い方が非常に上手な人が他のチームにはいたので、それが自分のチームにはなかったのかなという感じです」 堀之内――パラスポーツについてどのように考えていますか。 「〝パラスポーツ〟と聞くと、障害のない人にはできないスポーツなのではないかと思う人もまだまだ多くいるかと思います。それでも、実際にやってみると障害の有無なんて関係なく、一つの〝スポーツ〟として参加した誰もが熱中してしまう魅力を持っていると思います。なので、いろいろな人がもっとパラスポーツに触れる機会があれば、よりパラスポーツが身近なものになるのではないかと思います」 宮本果林(情コミ2=鎌倉女学院)――大会を振り返ってみていかがですか。 「3大会連続出場でしたが、またも優勝を逃してしまってとても悔しいです。特に今大会はボッチャの終了時点で暫定1位だったので、車いす競技で失速してしまったことが原因かと思います。部で競技用車いすの購入を検討したいと思いました」 新谷歩美(政経1=浦和一女子)――大会を振り返ってみていかがですか。 「ボッチャで完封勝利を収めることができたのがうれしかったです。しかし車いすバスケや車いすリレーでは厳しい結果となり、他のチームとの力の差を実感しました。順位は確実に上がっているので、次戦でも力の限りを尽くしたいです」 豊澤――パラスポーツについてどのように考えていますか。 「パラスポーツ関係の取材を行う中で、パラスポーツは誰でも楽しむことができるということを以前から感じていました。今回実際にさまざまな競技を行ってみて、それを再確認することができました。パラスポーツを実際に行う機会はまだまだ少ないですが、参加した私たちが積極的に発信していくことでパラスポーツの魅力を伝えられたらと思います」 萩原――今大会で見つかった課題は何ですか。 「競技用車いすの操作です。まっすぐ進むことに加えて、カーブやターンといった操作が特に難しかったです。初めて競技用車いすに乗ったので経験値もなかったですし、何より車いすを動かす筋力が足りなかったと痛感しました」 渡辺――パラスポーツについてどのように考えていますか。 「多くの人が気軽に行えるという点がパラスポーツの大きな魅力だと思います。東京2020パラリンピック大会が終わり、盛り上がっていたパラスポーツの熱気が冷めてしまうことも不安です。今後もパラスポーツを楽しみ、魅力を多くの人に発信していくことで、パラスポーツの輪が広がっていってほしいと思います」READ MORE