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(34)シーズン後インタビュー 大島光翔

フィギュアスケート 2023.03.16

 掲げた目標の達成を目指して、今シーズンをひたむきに戦い抜いた。今年度の日本学生氷上競技選手権では20年ぶりにアベック優勝を果たし、チームとしても目覚ましい結果を残した。その中でも、近い将来を見据えながら歩み続ける選手もいれば、今シーズンでスケート競技から引退した選手もいる。それぞれが感じる思いを、選手の言葉を通じてお届けする。 


(この取材は3月2日に行われたものです)

 

第4回は大島光翔(政経2=立教新座)のインタビューです。

 

――本題に入る前に、髪のことについてお聞きしたいのですが、何色に染めましたか。

 「色はよく分からないです(笑)。パーマすることだけ決めて美容院に行って、1回ブリーチしたら明るくなって、これだったら犬と色を合わせようかなと思って合わせました。色をどうするか全く決めずに行ったので自分でも『こんな感じか』みたいに思っています。今、パーマがつぶれてきていて。(いつまで続けますか)分からないです。気分ですね。(周りからの反応はいかがですか)ただひたすら驚かれます。似合っているとかは何も言われたことないです。そんなもんだろうと思います(笑)」

 

――それでは本題に入っていきます。今シーズンを振り返っていかがですか。

 「自分が4回転をマスターできないままシーズンに入ったので、自分がやりたい4回転というジャンプが最後までできずにシーズンが終わってしまったのは、自分にとって我慢の年といいますか、耐え忍んだシーズンになったかなと思います」

 

――ずっと心の中には4回転を跳びたいという思いがあったのですか。

 「やはり僕自身挑戦したい気持ちが強くて、先生方からは習得するまではチャレンジはしないで安定を求めてアクセルで固めにいきなさいと言われていたので、自分の中では葛藤がありました。東日本選手権(以下、東日本)のFS(フリースケーティング)からは4回転をやっていないかなと思います」

 

――安定を求めるのはシニアの中で戦うことが理由になっていますか。

 「少しでも上の成績を目指さないといけない中で、中野先生が自分にアドバイスをしてくださって、どんな大技よりもスケートでの一番の武器はミスしないこと、いかにミスをせずに試合を終えられるかというのが一番大事なこと、難易度問わずミスをどれだけしないか、ノーミスするというのが一番の武器だと教わったので、それはそうだなと自分の中でも納得して、ノーミスの演技を目指そうという考えにシフトしました」

 

――昨シーズンと比べてみると、まとまった演技をする印象を受けますが、そのあたりはいかがですか。

 「その部分では自分の中でも成長を感じていて、昨シーズンに比べてエレメンツの難易度は変わっていないですが、昨シーズンの点数と比較しても平均点が伸びてきていると思っています。昨年度目標だった200点台が今年度は安定的とまでは言えないですが出せるようになってきているので、それは成長を感じたことですかね。エレメンツの安定感というところに重きを置いて毎試合臨んでいたので、それだけエレメンツに対する集中力は今までのシーズンよりも注意を払っていたのかなと思います」

 

――年末の全日本選手権(以下、全日本)を振り返ってみていかがですか。

 「SP(ショートプログラム)で自分の中での自信のなさ、今一つ自分に自信を持てずに臨んでしまってあのような形になってしまったのかなと思っています。苦手意識みたいなものがSPのミスの原因だったのかなと思います。それに対してFSはSPのミスがあった分、心も開き直って、思い切り自分の120パーセントの力を演技で発揮することができたので、自分の中でも納得いく演技ができたと思っています」

 

――SPが苦手なのか、今シーズンのSPは上手くいかない部分があったのか、どのように考えていますか。

 「今シーズンのSPに関しては全日本までは自分の中でうまくいっていたと思っていて、東京選手権と東日本の両方でほぼノーミスで70点台を出していたので、自分の中では自信を持っていたつもりでした。ですが、いざ全日本の舞台に立ってみると、過去2年の全日本の成績が頭をよぎって、過去2年間同じミスをして同じくらいの点数なのでそこを払拭しないといけないと考えているうちに、どこか頭の片隅に悪い記憶があったのかなと思います」

 

――全日本12位以内を目標に掲げていましたが、総合14位で全日本を終えました。その結果自体はどのように受け止めていますか。

 「それが今の実力といえば実力だったのですが、点数を見ても不可能な点数ではなかったので、やはりSPのミスだったりFSの細かいミスもそうですが、最後の最後で自分の詰めの甘さが出たといいますか、自分の力が足りないのだなと素直に感じました」

 

――12位からかけ離れてはいない結果ですが、悔しさはありましたか。

 「今見てみたら点数的には不可能ではないと感じる部分が多いのですが、実際に全日本の舞台であれ以上の点数を出すことができるかと考え直すと、全日本は特殊な舞台なので、そこで210点以上を出すのは今の自分の実力では無理だったのかなと思います」

 

――1月の日本学生氷上競技選手権(以下、インカレ)を振り返ってみていかがですか。

 「インカレは僕が3人の中で最後に滑って、団体戦ということもあってすごく独特な緊張感はありましたが、太一朗くん(山隈太一朗・営4=芦屋国際)と駿(佐藤駿・政経1=埼玉栄)がすごくいい演技をしてくれたので、自分は少し気持ちを楽にして臨むことができてそれがあの演技につながったかなと思います」

 

――インカレ団体では20年ぶりに男女アベック優勝を果たしました。

 「4年生の力も大きかったですが、1年生の勢いが強くて、出場していた3人ともいい演技をしていてすごく心強かったです」

 

――国民体育大会はどのような試合になりましたか。

 「SPが終わった時点での順位が3位とかで大阪府に負けていて、SPが終わった日に駿と何としてでも大阪には勝ちたいと思っていました。結果、FSで2人ともいい演技ができて目標だった2位に入ることができたのでそれは2人ですごく喜びました。最初の目標は表彰台だったのですが、SPが終わってここまできたら2位狙いたいぞとなって、本当に2人ともいい演技ができたので最高の試合でした」

 

――国体の時、一生懸命に応援している姿が印象的でした。

 「ここ2年くらい、国体の応援が声有りではできていなかったんですよ。自分自身が国体に出るのがこれで6回目になるのですが、国体のだいご味の一つが応援だと思っていて、コロナ以前の国体はすごくにぎやかで全員が僕くらいの声量で全員がフェンスをたたき全員が叫んでいて、他にはないくらいの歓声と高揚感のある試合でした。今回、埼玉組は初めて国体に出場する子たちが多くて、出たことのある子でも国体であのような応援をされたことがない子たちが多かったので、国体のだいご味を少しでも感じてもらえたらなと思って応援していました。自分も応援するのが好きなので自分も楽しく応援させてもらいました」

 

――インカレや国体での思い出はありますか。

 「インカレはマネジャー枠や補欠枠を含めて男子5人全員で行くことができたので、行きの飛行機から帰りの飛行機まで5人で楽しくやっていました。試合の印象も強いですけれど、試合前後のご飯や移動時間もすごく楽しかったので、明治の男子全員で試合に行くことができたのがうれしくて毎日楽しかったです。国体の時はずっと駿と一緒にいて、本八戸でおいしいもの食べたりサウナに行ったり、ずっと一緒にいました。サウナは1日の終わりに一つ行っていました」

 

――明治法政 on ICE 2023(以下、明法オンアイス)で披露した『Real?』はどう振り返りますか。

 「2シーズン通して滑ってきたSPで、2本目のトリプルフリップで失敗することがほとんどなくて、最後の最後でトリプルフリップで転んでしまいそこから頭の中が大焦りで、そこから全てが狂ってしまいました。冒頭のミスには自分の中では対応していたつもりですが、フリップのミスが自分の中で焦りになりました」

 

――山隈選手のSPを踊った場面もありましたが、演技の難しさなどはありましたか。

 「そうですね、足元など完成されていたものを見ていたのですごく覚えやすかったのですが、曲をかけての練習はあまりできていなかったので、リズム感や上半身の振りがなかなか自分の下半身と合わなかったりしました。滑ってみてからこんなに難しいことをやっていたのかと気付かされて、すごいなという尊敬に変わりました。(山隈選手の衣装を着るアイデアはいつ頃からありましたか)前日に『せっかく滑るから衣装貸してよ』と言ったら着させてもらえました。身長だけでなくて筋肉の量も違うと思うので、衣装が緩くて、足もゆるゆるでしたね」

 

――演技前の6分間練習の際には、東日本から帰るとお家に犬がいたというお話がありました。

 「そうですね。母親が家族の誰にも言わずに話を進めていて、僕たちが試合に行っていて誰も家に人がいなくて東日本が終わって家族全員で帰ったらきゃんきゃん鳴いていて『犬がいた!』みたいな。もう衝撃です。(かわいいですか)めちゃめちゃかわいいです。ロイくんとティナちゃんという名前は家族みんなで考えた感じです。最初はシャトーとブリアンから始まって、結果ここに落ち着いた感じです。今でも周りの人からはシャトブリと呼ばれています。今でもコンビ名はシャトーブリアンです」

 

――今年度、明治のチームとして過ごしてみていかがでしたか。

 「1年生にすごい人たちが入ってきたのが一番の変化だと思っていて、あれだけ高いレベルでスケートをしているので、合宿や普段の練習でも昨年度よりもさらにみんな高い意識で練習や試合に臨むことができていたので、みんなが昨年度よりもさらにいい成績を残そうと頑張った結果がチームを一丸にしたのかなと思います」

 

――4年生の先輩方はどんな存在でしたか。

 「今年の4年生は6人で数が多くて、全員に違ったいいところがあって、おもしろい先輩たちばかりで頼りがいがありました。スケートだけでなく私生活においても頼りになることが多かったのでいなくなってしまうのは寂しいですね。そもそも6人抜けると部員の数も減ってしまいますし、今の4年生たちは大学以前からお世話になった人たちが多いのでその人たちが大学だけでなくスケート界からいなくなってしまったりもするのですごく寂しいです」

 

――今の期間はどのような練習をしていますか。

 「主に振り付けや来シーズンに向けて新しいプログラムを作るのが今やっていることです。SPもFSもどちらも変える予定でいます」

 

――どのような目標を掲げていますか。

 「エレメンツの課題としていち早く4回転を降りなければいけないという気持ちで練習していますし、なんとしてでも来シーズンの初戦に4回転を入れたプログラムを完成させて挑みたいなという目標を持って練習しています」

 

――4回転はどのジャンプをどのように練習していますか。

 「自分の好き嫌いにかかわらず全部やっていこうと思うので、サルコウ、ループ、フリップ、ルッツの4種類を練習していって使えるものを1個でも多く増やすのが目標です。1回1回チャレンジして今の反省点を自分で考えながら、あとは駿くんのお手本を見ながら、1本前のジャンプよりいい形で跳べるように練習しています」

 

――佐藤駿選手のジャンプを見ることができるのはどのような形で力になっていますか。

 「身近に跳ぶ選手がいること、毎日4回転を見られるのは当たり前のことではなくて、自分にとっては特別な環境だと思っています。自分でもできるぞと思わせてくれる大きな要因にもなって、自分の可能性が可視化されているような感じで、それは自分にとって大きいと思っています。跳んでいる人の動きを見ると自分がどこかできるという気がするんですよね。見てまねているところは感覚的にあると思うので、そういうところではジャンプはいい方向に向かっているのかなと思います」

 

――これから目指していきたいところを教えてください。

 「来シーズンは全日本で最低でも12番以内、8位以内という目標を掲げて、来シーズンこそは日本代表となって海外の試合に出たいという思いがあるので、そこを目標にして頑張っていきたいと思います」

 

――20歳の目標は何かありますか。

 「誰よりも人生を楽しむことです!」

 

――最後に、今シーズンを一言で表すとどんなシーズンだったか教えていただきたいです。

 「次への助走、我慢のシーズンです。今シーズンは、自分にとって満足のいくものではなく、なかなか成長を感じることができず我慢の続いた1年でした。そんな中でも今振り返ってみると次につながるような悔しい経験をできたいいシーズンだったと思います。今シーズン感じた悔しい気持ちを忘れずに来シーズンに向けて頑張りたいと思います」

 

――ありがとうございました。

 

[守屋沙弥香]


(写真は本人提供)


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