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込められた思い

明大スポーツ新聞 2022.01.12

 近年、日本の年賀状という文化はなくなりつつある。家に届く年賀状は年々数を減らしており、新年のポストの中は寂しくなっている。自分もここ数年で年賀状を送ることはほぼなくなってしまった。

 年賀状衰退の原因として、ここ数年でスマートフォンが普及し、ラインなどのSNSの利用者が広まったことが挙げられるだろう。親しい友人関係であるならば、新年の挨拶はそこで手軽に済ませばいい。それに比べて、年賀状は手間がかかりすぎる。年賀状を印刷し、そこにメッセージを添えて、新年に届くように送らなければならない。これは時間だけを見れば非効率以外の何物でもない。そもそも、年賀状という文化が始まったのが明治時代ごろと言われている。そんな100年以上前の文化を現代のインターネットが当たり前の時代に行っているのだから消えていくのは当然だろう。

 しかし、思考を変えてみると、衰退しながらも100年以上前の文化が今にも残っている、これは相当珍しいことである。そんな昔の風習はとっくに消えていてもおかしくない。では、なぜ年賀状はその存在感を薄めながらも、現代に生き残ってきたのだろうか。私は、1番に年賀状にはさまざまな意味で「重み」があるからだと考える。質量的な重みだけでなく、年賀状にはラインのメッセージでは伝わらない誠意を相手に伝えられる。だからこそ生き残ってきたのだと思う。

 これは新聞も同じだ。記事をインターネット上で読むよりも、紙面として読んだ方が読み手に努力や思いを受け取ってもらいやすいだろう。そのような物の制作に関われていることを、私は嬉しく思う。

[細田裕介] (執筆日:12月13日)


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