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焼き鳥屋

明大スポーツ新聞 2021.11.10

 近年、地域のつながりが弱くなっているといわれる。近隣住民同士が親しく話している場面を見ることも少なくなった。それに加えてパンデミックが起こってしまった。なるべく外出や会話を控えなければならない。より一層話さなくなる。実際私も、マンションの敷地内で家族以外と会話する機会が減っていった。

 近所においしい焼き鳥屋がある。屋台風の外観をした小さな店には、いつも近隣住民が行列をつくっていた。幼い頃からそこの焼き鳥が大好きだった。学校帰りにそこの焼き鳥の匂いを嗅ぐのが日課になっていた。〝ご近所さんたち〟を感じられる貴重な場所だった。

 しかし、そんな焼き鳥屋が、ある日を境に全く営業しなくなった。新型コロナウイルス拡大のさなかである。学校が再開し、隣のラーメン屋がにぎわいを取り戻しても、店先の提灯には明かりがともらなかった。毎日香ってきていた、あのいい匂いは帰ってこなかった。〝ご近所さんたち〟のことを考えることも少なくなった。

 店ののれんが出なくなって1年半がたったある日。いつものように近所を歩いていると、いい香りがしてきた。行列も見える。ラーメンの香りとは違う匂い。焼き鳥屋だった。長らく閉まったままだったあの焼き鳥屋だ。私は一目散に駆け寄り、列に並んだ。「この店の焼き鳥がずっと好きでした」。「急に店出さなくなるから心配したよ」。行列の中から、こんな言葉が店主に掛けられた。焼き鳥を受け取った客たちは笑顔で帰っていった。

 地域のつながりは弱くなっていなかった。本当は心のどこかでお互いを思っていた。今まで表に出なかっただけで、この焼き鳥屋はその感情を思い出させてくれたのだ。そんなことを思いながら、私はおいしい焼き鳥を頬張った。

 

[西田舞衣子](執筆日:10月16日)


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