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(65)箱根直前特集㉔ 鎧坂哲哉選手インタビュー

競走 2020.01.01

 箱根まで残りわずか。夏以降、箱根予選会、全日本大学駅伝、11月の記録会と奮闘が光った下級生。エース・阿部弘輝主将(政経4=学校法人石川)ら4年生も、最後の舞台に向けてこのままではいられない。チーム一丸となり、5年ぶりシード権をつかみ取る。

今特集では、箱根に向けた座談会の模様や14日に行われた合同取材での選手コメントなどなど全24回にわたりお届けします!

 

 第24回は鎧坂哲哉選手(平24営卒・現旭化成)のインタビューです。(この取材は12月12日に行われたものです)

 

ーーご自身が明治大学に入学された理由は何でしょうか。

 「西さん(弘美スーパーバイザー)の勧誘があったんですけど、西さんはほんとに面白い人だなっていうのがありました。自分と合わない人と4年間過ごすのは辛いなというのがあったので西さんだと話しやすいですし、他の監督さんだと勧誘中に冗談とか言わないんですけれども、冗談ばっかりで。この人本当に面白いなというのがあったかもしれないですね」

 

ーーその中でご自身が箱根駅伝で印象に残っている事は何でしょうか。

 「4年生の時の3位になったっていうのは、故障も抱えていた中で、往路から後輩たちが頑張ってつないできて、最後おいしいところをもらって走れたというのは良い思い出ですね」

 

ーー1年生から4年生まで違う区間を走られましたが、それぞれの箱根を振り返っていかがですか。

 「1年生の時は1区でした。1週間前に足を痛めたのもあって、いったんあきらめて無理かなと思っていたら、意外と治療がうまくいって間に合いました。吹っ切れた気持ちになりつつ1区で失敗できないという緊張もありつつだったので。複雑な感じでしたけど、意外と楽しく走れたのかなと。フラットなコースで、最後スパート合戦というところだったのですが、故障の時に痛めていたところが不安で最後行き切れなかったというところもありますし、予想していたところよりも手前でスパートされたので追いつけなかったというところもあるので、そこは油断もありました。2年生の時の3区は下り基調のコースで、最後海沿いの風がある区間でしたけど、2年生の時は往路優勝狙えるぞという布陣で。4区までどれだけ稼げるかというところだったので、頑張らなきゃと思いつつ、失敗はできない、自分のところでトップに持っていくというのを思い描いていたらトップでもらうという状況でした。少しびっくりはしましたけど、その分自分のペースで行けたので走りやすかったですね。3年生のときの2区はエース区間と言われるところで、任されたからにはそこで流れをしっかり作れるようにと思って走りました。やっぱり後半のことも考えて前半ゆっくり走り始めて、後半上りのところはしっかり走れたのでトータルとしてはしっかり走れたかなとは思います。区間賞、日本人トップが村澤(明伸、東海大・現日清食品グループ)だったというのもありますけど、村澤は最初から突っ込んで最後まで行き切っているのを、抜かれながら見てしまうと、どうしてももうちょっと突っ込んでいたらどうなっていたかなという思いがありますね。4年(10区)はもう楽しみながら走っていました。早稲田を抜かなきゃなというところで、腰の痛みと相談しながら、15キロ過ぎても差が詰まらないようであれば痛みを無視して追いかけなければいけないし、詰まっているようであれば最後まで抜けるような走りをしようと。結果的に10キロ過ぎで急に詰まってきたので、無理はしなくても抜くことはできました。そこからは、ほぼほぼ楽しんで走っていましたね」



 

ーー部の雰囲気は4年間を通していかがでしたか。

 「1年生の時から過ごしやすくはありましたし、上下関係が厳しくて1年生がつらいということも僕自身は感じませんでした。西さんが監督でしたし、監督があの雰囲気なので(笑)。比較的緩めな。でも練習でやらなくてはいけない時はピリッとするようなところもあり。4年間通じてそんなイメージはありますけど、その年代のキャプテンによって多少色が変わっていったのかなというのはありますね。4年の時に自分はキャプテンやっていましたけど、日本代表もさせてもらいましたし、日本陸連の遠征としてヨーロッパ遠征なども呼んでもらいましたので。夏の間はほとんど部にいなかったのもあるので、夏の雰囲気が分からなかったです。メールとかで聞くは聞くんですけど、もうそっちはそっちで任せるしかないし、自分は自分で遠征に行っているんだったら結果で示すしかないから、『もう行った先では結果を出そう』という感じの4年間の雰囲気でした」

 

ーー今の明治が鎧坂選手の時代のように強くなるためには、何が必要でしょうか。

 「僕らの時代は強い選手が本当に自分で考えて練習をしてたなという印象がやっぱりあって。自分が1年生の時の3、4年生の先輩が特に、それぞれスピードが無いんだったらジョグは基本的にロングジョグばっかりする、箱根駅伝でいったら前半区間は任されないかもしれないけど、復路の7、8、9、10区のところでは使ってもらえるような選手になるためにそういう練習をするっていう選手がいたり。逆にスピードがないからこそ、スピードを磨くようなことをジョグの時にしてみたりとか。それぞれ本当にいろいろ考えながらやってる先輩がいたので、自分としても『こういう考え方の人がいるんだ』『こういうことできるんだ』とかいろいろ考えさせられました。そういうのを上級生が積極的にやっていって、下級生がそこから何か感じ、考えることができて、どんどんどんどん上級生になっていくっていう連鎖がつながっていってくれればいいなとは思いますし、それが強かった時の良いサイクルだったのではないかなというふうに思いますね」

 

ーーご自身の今後の目標は何でしょうか。

 「東京オリンピックに関しては、学生時代にロンドンの標準切っておきながら出れず、リオの前も標準を切っておきながら出れずという、2大会手をかすめている、本当にそういう状況なので、自国開催の東京に関しては本当に絶対に出なきゃいけないと思いますし、三度目の正直じゃないですけどそこをしっかり狙っていきたいなっていうところですね」

 

ーー最後に、後輩たちに向けてエールをお願いします。

 「本当にそれぞれ今まで努力してきたことがあると思います。その結果の一つじゃないですけど、この前の学連記録会では多数の自己ベスト出ていたと思うので、チーム状況としては上向いてきていると思います。4年生がちょっとエントリー少ないのが気になりましたけれど、それを1、2年生たちがどれだけカバーするっていうよりは、勢いで怖いもの知らずでどんどん行ったところを上級生3、4年生がカバーしていくような走りができたら、結果も面白くなってくるんじゃないかなと思いますし、それぞれの思いをしっかり持って走ってもらいたいなと思います」

 

――ありがとうございました。

 

[川和健太郎]

 

箱根駅伝まで、あと1日。


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