特集記事
SPECIAL

(38)「明治史上最強のチームだった」田中澄憲監督 全国大学選手権優勝インタビュー

ラグビー 2019.01.15

 第38回は田中澄憲監督。チームを22年ぶり大学日本一へ導き、見Exceedを完遂させた。国大学選手権(以下、選手権)優勝後の心境、1年間の苦悩、そして引退する4年生への思いを伺った。


――改めて今22年ぶりの重みを感じていますか。

 「ОBが会場で声を掛けてくれて、次の日には明治が1面の新聞がコンビニで並んでいるのを見て、社会に感動を与えられるのが明治だと思いました。また、帝京大の岩出(雅之)監督や早稲田、東海大、慶応の監督からお祝いのメールをいただきました。普段はライバルですが、一緒に切磋琢磨(せっさたくま)して高め合ってきたのですごくうれしかったです。チーム関東みたいでした。高校、社会人ともに関西勢が優勝したので、日本一になることより『大学まで関西に持っていかれるなよ』という空気を感じて、そっちの方がプレッシャーでした(笑)」


――今シーズンはどんな1年でしたか。

 「ずっと順調だったわけではなく、自信を持ちながらそれを折られて、またそこから成長して最後勝ったので、いい1年を過ごしました。振り返ってみると古川(満・平30商卒・トヨタ自動車ヴェルブリッツ)の代が19年ぶりに決勝に進んで、あのような試合をしたことがすべての始まりだと思うので古川の代には感謝しています」

 

――関東大学対抗戦(以下、対抗戦)の敗戦で自信をなくさず、選手権で成長できた要因は何でしょうか。

 「選手は勝ち負けで判断するので、自信を失わせないようにすることに苦労しました。やってきたことが間違えているのではなく、なぜそうなったかを理解させました。またクラウドコーチングというシステムを夏から取り入れました。たとえば『ごみを拾う』など、自分で決めた項目を毎日やったかスマホでチェックさせました。平常心を保つことは、普段からどんな状況でも当たり前のことをやる訓練が必要です。タフな状況から逃げなくなったと思います」

 

――対抗戦途中まで4年生からの働きかけがないとおっしゃっていました。

 「僕が強制せずに彼らの実力をどう引き出すのか、その微妙なさじ加減が大事だと思っていました。一番難しいのが対抗戦の時期でした。実は早稲田戦で負けた後、祝原(涼介・情コミ4=桐蔭学園)が『4年生自体が一つにまとまっていない』と相談に来ました。でも僕は『お前が本当に勝ちたくて後悔したくないんだったら、今日にでも健太(福田主将・法4=茗溪学園)に話せ』と言いました。健太自身、一人でプレッシャーを感じていたと思いますし、みんなで話し合った時、それを吐き出して周りに『助けてくれ』と素直に言ったことでプレッシャーが分散されて良いチームになったと感じます」


――現時点での来年度の目標を教えてください。

 「連覇は本当に簡単なことではないので、昨年度やったことと同じでいいのか、3年生以下は自分たちで考えないといけないです。ある程度仕組みは作れたので、人が変わっても文化として残すことが大事だと思います。トレーニングに対しての姿勢や、ディフェンスでのコミュニケーションは成長しましたが3番、9番、10番のところでまだ抜かれるのでそこがキーとなります」

 

――シーズン当初『明治史上一番のチームになろう』とおっしゃっていました。

 「それには終わりがありませんが、明治史上最強のチームだったと思います。ただベストではない。一流のチームには素晴らしい人間が集まってるので、そうなった時にベストになると思います」


――ありがとうございました。


[木村優美]


 ◆田中澄憲監督(たなか・きよのり)平10文卒

 今年度より監督に就任。在学時には監督不在の中主将を務め、チームを大学選手権準優勝に導いた。卒業後はサントリー・サンゴリアスに入社。2016年度にはトップリーグ、日本選手権と2冠達成を支えた。

 


関連記事 RELATED ENTRIES

定期購読のご案内