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(38)OBインタビュー 7区・末次慶太氏

競走 2018.12.18

 歴史に名を刻んだ男の今を追った。今回で60度目の箱根に挑む明大は、これまで優勝7度を含め、箱根の歴史を彩ってきた。今特集では各区にちなんだOBを取り上げ、当時の思い出とともに、明大と箱根の歴史を振り返る。 

  

 第7回は第91回(2015年)大会で7区を走られた末次慶太氏(平30理工卒)を特集します。(この取材は1121日に行われたものです) 

◆末次氏の箱根成績◆ 

学年 

個人成績 

チーム 

1年 

7区14 

4位 

2年 

不出場 

14 

3年 

1区18 

18 

4年 

不出場

予選落ち 

 

 

 

――大学4年間を振り返っていかがですか。

「箱根にも2回出させてもらったんですけど、最後の年は後輩にも迷惑をかけちゃって、不完全燃焼だったかなって思いは個人的にあります」

 

――学業との両立はいかがでしたか。

「けっこう1年生のときはやべえやべえみたいな(笑)。三輪(軌道・理工3=愛知県私立愛知)もそうだと思うんですけど、三輪といじり合いながらやってきたんですけど。単位取るのに必死だった部分はあります」

 

――チーム内ですごいなと思っていた選手はいましたか。

「いっぱいいるんですけど、僕が1年のときにいいなって思ってたのは大六野さん(秀畝・平27政経卒・現旭化成)。他者にはすごい優しいんですけど、自分にストイックな方で。見習いたかったんですけど、ちょっと見習えなかったです(笑)。あとは横手さん(健・平28政経卒・現富士通)。あの人は規格外っていうか。4年のときの関東インカレで1週間前くらいまで故障して走ってなかったのに、入賞しちゃうっていう。そういうところがすごいなと思っていました」

 

――昨年はどういう1年でしたか。

「歯がゆかった1年というか。全日本で坂口が日本人1位だったときも、インカレでも後輩の走りを見ていて誰一人4年生が関わっていないっていうのが、個人としても4年生としてもできてないっていうのと、やっぱり箱根に連れて行けなかったっていうのが、一番の歯がゆさがにじみ出たときかなって思いました」

 

――西スーパーバイザーはどういう存在ですか。

「大学ってイメージしてたのがびしびしやらされるイメージが強かったんですけど、スカウトに来てくださった時から、アットホームなイメージというか。入学してからも、練習あがる時に、冗談を交えてざっくばらんに話せて、余計な気を使わなくていいのでやりやすかったです」

 

 

1年生で箱根デビューを果たした末次氏 

 

――1年次に箱根初出走なさいましたが、いかがでしたか。

「目標が三大駅伝のメンバーに入るっていうのが1年の目標だったので、走る準備しとけとかは言われてたんですけど、3日くらい前に『お前7区いけるか』って言われて唐突な抜擢ではあったんですけど、2位で襷をもらってこれが箱根駅伝なんだな、って。観客の多さもそうですし、前の方を走る楽しさっていうのを感じられて、改めて駅伝の楽しさを知れたかなって、これが自分の目指してた駅伝なんだな、と思いました」

 

――走られた7区はどんなコースでしたか。

「序盤がけっこう下りで、けっこう突っ込みがちに入りそうになるんですけど、そこで突っ込んじゃうと、中盤あたりから上り下りでペースを一定に保てるかっていうのが、ほかの区間に比べてあまりアップダウンの激しさでいえば平坦な部類に入るんですけど、ポイントだと思います」

 

――なぜ実業団に進まず、競技引退の道を選ばれたんですか。

「ギリギリになって悩んだところもあったんですけど、一番大きいのは、箱根がゴールだったというのがあります」

 

――箱根駅伝から得たものは何ですか。

「箱根駅伝出たからっていうわけではないんですけど、一つの大会というか、目標に向かって何かをずっと継続してやり続けるとか、粘り強くやっていくだとか、というのは生きているかなと思います」

 

――後輩へメッセージをお願いします。

「去年箱根に出れなくて、よりいっそう箱根に対する思いというか、特に2、3年生は持ってると思うんですけど、去年以上にチームの雰囲気も結果もいい中で、より安心して臨めるというか。期待はありますし、その期待をプレッシャーに感じるんではなくて、自分たちもできるんだという思いを持ってもらって、1月3日の大手町で、笑って会えるように頑張ってほしいなと思います」

 

――ありがとうございました。

 

[垣内萌恵]

 

次回のアップ日は1219日です。お楽しみに!


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